架空戦記 旭日高く   作:アドリアドリア

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第7話「夜の眼」

アメリカ合衆国首都、ワシントンDC。そこにある威厳ある2階建ての建築、ホワイトハウスの地下階にある地図室でフランクリン・デラノ・ルーズベルト大統領はたいそう不愉快そうな顔を浮かべていた。その部屋の名前通り、壁には無数の島が浮かぶ例の海域の地図が貼られており、複数のバツ印が殴り書かれていた。

 

「、、、それは本当か」

 

傍で申し訳なさそうに男がウイリアム・リーヒ大将、合衆国陸海軍最高司令官付参謀長である。

 

「はい、閣下。輸送船団は文字通り全滅、ターナーやバンデクリフトといった現地指揮官も戦死、フレッチャーはどうにか空母を2隻連れ帰ったものの彼も負傷。また、残った〈サラトガ〉及び〈エンタープライズ〉もオーバーホールが必要かと」

「つまり、君達は戦略的にも戦術的にも敗北した。そういう意味に捉えてよいのだな」

「はい、閣下」

 

同席していたアーネスト・キング大将はルーズベルトよりも怒っていた。

 

「あの糞ジャップ共に負けやがって!大体、これはクラッチレーとバンデクリフトのせいだ。指揮系統をちゃんと整えずレーダーも使いこなせず!」

「キング君、落ち着け。今は軍法会議ではない。責任追及は後で好きなようにしたまえ」

 

ルーズベルトに諌められたキングははっとしたように冷静さを取り戻す。

 

「はっ、申し訳ありません」

「そうだな。リーヒ、ニミッツに伝えろ。『ガダルカナルは必ず奪取する。必要なものは送るので成功させろ』、とな」

「国民への発表はどうしますか」

「そうだな、、、完全に隠し通すのは難しい。『戦線の膠着』、『大破なれど上陸に成功』といった感じで伝えろ。嘘は言ってないだろう?」

「了解しました、閣下」

 

二人が退室したあとルーズベルトは歯ぎしりをしながら地図を睨みつけた。

 

「忌わしいジャップめ、、、必ず根絶やしにしてくれる」

 

連合国にとって戦況は最悪であった。日本軍は先の第一次ソロモン海戦で輸送に成功した一木支隊先遣隊に続けて本隊1500人、さらにそれとは別に横須賀第五特別陸戦隊六一六名の輸送にも成功。飛行場の防御を着々と固めつつあった。ルンガ飛行場にも航空機の搬入が完了し、迎撃用の零戦も稼働状態にあった。米軍の一番近い飛行場はエスピリトゥサント島であったが、距離は560海里でありせいぜい300海里の飛行が限界である当時の単発戦闘機には護衛が不可能だったのだ。よって、少なくとも昼間において日本が不利になることは考えられなかった。逆に言えば、米軍が作戦行動にはいるのは必然的に夜間にならざるを得なかったのである。当然、日本もそれを察知していた。故に潜水艦の派遣による輸送船団潰しもしばしば行われたのだ。次第にガダルカナルに上陸した米海兵隊が“The “G” in Guadalcanal is the “g” in hungry.(意味:ガダルカナルの「G」はハングリーの「G」だ)”と揶揄される程度には飢餓に追い込まれつつあった。サバイバル能力に長ける海兵隊なのでジャングルのなかでも食糧採取することで餓死は抑えていたが、それでも栄養失調寸前であったのだ。

 

そんなある日、ツラギの水上機基地より発進した二式飛行艇が哨戒飛行中にヌーメア沖を航行する重巡2、軽巡2、駆逐艦5の護衛艦隊を伴う大規模な輸送船団を発見した。これは輸送船団の露払いとして以前から日本艦隊の攻勢任務にあたっていたノーマン・スコット少将を指揮官とする巡洋艦部隊であった。この報告を受けた日本は第六戦隊及び〈吹雪〉〈初雪〉を以て敵艦隊の捕捉、撃滅を試みたのである。ラバウルの第三艦隊や第八艦隊ではなく敢えて第六戦隊に命令を下したのには、第八艦隊では単純に火力不足の可能性が高いことと電波探信儀、つまるところレーダーがまともに装備されていなかったというのが大きい。一応、第六戦隊は既に先の海戦で電探を装備してはいたが訓練と最終調整が済んでいなかったために使用は控えていた。上層部としても現場としても、この機会に電探を用いた戦闘のノウハウが欲しかったのである。

 

もしかすると、ここで日本海軍の電探開発史を振り返る必要があるかもしれない。日本におけるレーダーの開発史が東北帝国大学の八木秀次・宇田新太郎両博士による指向性アンテナ発明から始まることは異論がないだろう。八木・宇田アンテナが開発された1926年当時の軍はせいぜい通信方面にしか考えておらず戦闘用に活用することなど眼中になかった。

だが、1936年に横須賀の海軍技術研究所で起きた出来事が事態を一変させる。所内極秘会議において研究員の一人である谷恵吉郎中佐が典型的な堅物である所長、佐藤造兵大佐に対する説得を行なったのだ。

 

「電波など敵に位置を知らせるだけだ。『闇夜の提灯』ではないか。闇に紛れて接近し、魚雷と主砲で一撃離脱出来れば良いではないか。フネに余計なオモリは要らん。予算、人員、資源、時間。全てが無駄だ」

 

と言い張る佐藤、軍令部作戦課から顔を出していた大佐も鼻で笑いながら佐藤の意見に同意していた。

 

「同感だ。夜戦で米軍を叩くなど赤子の手をひねる様なもの、光学照準と訓練で十分だ。君の『電波探信儀』なるものは、せいぜい陸軍の玩具だろう。海軍がそんなものに頼ったら、士官たちの闘志が削がれるぞ」

 

そう、このとき陸軍では防空目的で既にレーダーの開発を積極的に進めていた。後に世界初の全通甲板を持つ強襲揚陸艦(陸軍での呼称は『特殊船』)「あきつ丸」を進水させた様に陸軍は非常に柔軟な組織であった。その為に海軍の革新派層は常に陸軍との融和を求めていたのである。

 

「閣下方のお言葉、痛み入ります」

 

「しかし、夜戦を十八番とするわが海軍だからこそ戦端は必要不可欠なのだと信じて止みません」

「こちらの資料をご覧ください。これは先日、我々が試作した『暗中測距儀』で浦賀沖を航行していた〈金剛〉を探知したものです」

 

渡された資料を見て佐藤は目を見開いた。

 

「これは!」

「距離にして凡そ10km、この『おもちゃ』で熟練の見張員と同程度の距離を観測できる。つまり、本格的に予算を投じればどうなるかは想像に難くないでしょう。我々の予想では本格開発した暁には25km先の敵をも観測できると確信しております。逆に米軍が開発し、船に搭載すれば、、、どうなるかはお分かりですね」

「上手く行けば300円程度で原型機の試作が可能だと思われます。対米戦の可能性が高まりつつある今、彼らの『量』に抗うにはこの『質』を以て対抗する他に道はありません。どうか!」

「つまり、君たちはこの暗中探針儀が『闇夜の提灯』ではなく『闇夜の眼鏡』だと言いたいのだな」

「、、、良く分かった。上には相談するが成功するかは分からんぞ」

 

晴れて1937年には陸海軍共同の合同連覇研究所が設立された。設立までは上層部(特に石頭の海軍)が揉めて一苦労であったが、一度設立すれば新技術に貪欲で両軍の主義主張など二の次な人々が集まったことで話はトントン拍子に進んだのだ。人に関知できぬほどの微弱な地震が絶えず発生しておるため内地での精密な真空管の設計が不可能と分かるやいなや遼東に真空管工場を急遽建設、1940年までに10〜20kW級安定マグネトロン(M-312改良型)を量産することに成功した。

ミッドウェイの悲劇にも間接的な関係はあると言えよう。実際、いずれの空母も電探の搭載予定があったにも関わらず、4月のドーリットル空襲で焦った上層部がMI作戦の実行を早めてしまったために不完全な状態での出撃となってしまったのだ。もし空母全て、いや、1隻にでも開発された電探が搭載されていれば結果は全く違うものとなっていただろう。尤も、日本海軍は防空にも注目していた陸軍と異なり測距儀の補助としての側面を重視していたことから対空電探の設置が遅れたと考察することもできる。一方、改装のスケジュールを少し切り詰めさえすればミッドウェイ海戦前に搭載することも可能だったという主張もある。これが本当ならば、戦の前から油断していた日本海軍は負けるべくして負けたとも言えてしまう。この油断をガダルカナルまで引きずらなかったのは不幸中の幸いだ。

 

8月23日の2000、サボ島沿岸10kmに艦隊を展開させていた〈青葉〉の見張員は遠方で発光する何かを認めた。これは米軍の重巡〈ソルトレイクシティ〉及び軽巡〈ヘレナ〉の偵察機が発艦前の事故により炎上したものであった。しかし、日本側はこれを発光信号だとして返答するという判断ミスを犯した。幸い、これによって敵側に先制発見されることはなかった。それから間もなくスコールに突入してしまった日本艦隊は警戒どころではなくなってしまい、ひたすらにスコールを抜けることに専念した。完全に抜けたのは実に2133のことである。

スコールを抜けると星やら月やらで非常に眩しい夜だった。そこで、第六戦隊司令官である五藤存知少将は30ノットから26ノットへの減速を下令したのである。

 

「電探に感あり、一二〇!」艦橋内は緊迫した空気に包まれる。

 

と叫んだ。「一二〇」は1万2000メートルの短縮語である。

 

「あれは、味方の駆逐艦だよ」

 

と五藤は悠長に構えていたが、

 

「正体不明の艦隊は、我軍に対し丁字の体制を組もうとしています!」

 

という電測員の言葉で彼の唇も噛み締められた。

 

「同航戦だ!全艦に通達、右回頭急げ!」

 

空が輝く。敵の照明弾だ。

 

「まだ間に合う、全艦照準合わせ、撃ち方始めえ!!」

 

両者共に、ほぼ同時に初弾が命中した。〈青葉〉の艦橋に命中したものは盲弾であったが、艦橋の破片によって五藤の左足が切断されほかの将校も多数死傷した。だが、この程度で怯むほど〈青葉〉がやわな軍艦ではない。〈青葉〉の放った主砲が突出していた駆逐艦〈ダンカン〉に命中する。さすがに駆逐艦では巡洋艦の連撃に対し為すすべもなく一方的に蹂躙された。やがて、爆発音とともに沈んだ。

 

この間にも〈青葉〉は集中的に攻撃を浴び、通信装置や主砲射撃指揮所の方位盤、二番砲塔が命中弾により完膚なきまでに破壊された。だが、それでも奇跡的に機能している電探と残った主砲での反撃をやめない。それが功を奏したのは1分後、敵からの砲撃が止んだ時である。

 

「全軍、砲撃やめ」

「司令官、何を考えておられますか!」

 

スコットの指揮に参謀は戸惑う。

 

「我が軍の駆逐艦が行方不明だ。もしかすると、同士討ちに巻き込まれているのでは?味方識別を要求しろ」

 

だが、その隙を突いて〈青葉〉艦長の久宗米次郎大佐は最大戦速のもと、態勢の立て直しのために反転を指揮した。

 

「当たってるぞ!撃て撃て!」

 

艦橋内で思わず声が上がる。戦後に明らかになった資料から考えるに、恐らくこの時点での電探技術は凡そ同等であり夜戦での電探を用いた砲撃の訓練による練度から総合的に見れば日本側の命中率のほうが高い、といった状況であった。とは言え、米軍の攻撃は先頭の〈青葉〉に集中しており、その間断のない攻撃はさながら虹のようだった。遂に3番砲塔への命中弾で砲室が全滅、砲塔内で誘爆が発生するも掌砲長が敵弾の飛び交う中を這うようにして進み注水弁を開くことで事なきを得た。

また、この時〈青葉〉が沈まずに済んだのは敵弾の破片で電探などを損傷した〈古鷹〉が探照灯を照射したことも要因として大きい。ここで一気に的となった〈古鷹〉は敵のレーダー射撃も相まって三十発以上の命中弾を受けた。更に二一五〇に〈青葉〉が避退すべく煙幕を張りながら転舵したことで意図せずとも〈古鷹〉は矢面に晒されることになったのである。この間に〈青葉〉は全乗員の奮闘による懸命のは消火活動を行うことで素早く消火された。ぐしゃぐしゃの艦上構造物とは対比的にほぼ無傷の船体は依然として33ノットでの航行を可能にしており、それによって無事の退避に成功したのだ。また、駆逐艦〈吹雪〉は〈青葉〉の右前方を直進していたが、近くの〈青葉〉が集中的に攻撃を受けていたために大きな被弾することなく〈青葉〉が展開した煙幕内に飛び込んだことで事なきを得た。

 

一方で、それに続いていた重巡〈加古〉〈衣笠〉及び駆逐艦〈初雪〉は敵の砲火が開幕と同時に撃ち込まれた訳ではなかったので、照明弾による照射直後、左へと転舵しつつ有効な砲雷撃戦の敢行に成功した。この時、スコットは日本艦隊がまだ目視圏内にいるにも関わらず、味方艦隊の状況整理をするべく再び射撃中止を命じていた。その時に〈衣笠〉が夾叉弾を殴り込ませてきたのでスコットは慌てて戦闘再開を指示した。だが、ここで軽巡洋艦〈ボイス〉に魚雷が命中しスクリューが対し、主砲を6発命中させ轟沈させた。重巡〈ソルトレイクシティ〉が〈ボイス〉を庇うべく前に出るが、時すでに遅く〈ボイス〉の沈没は運命づけられた状況にあった。〈加古〉〈衣笠〉の両艦はここぞとばかりに主砲を〈ソルトレイクシティ〉へと撃ち込み続けた。2発が缶室に命中、爆発による大規模な火災を引き起こす。そのまま航行不能となったところで〈初雪〉による雷撃を食らった。竜骨の下でちょうど爆発、真っ二つに折れて為すすべもなく轟沈した。〈衣笠〉も四発ほど被弾したが致命傷には全く至らなかった。

 

全ての戦闘が終結したのは2230頃であった。日本は缶が損壊し航行不能となっていた〈古鷹〉が0028に沈没。〈初雪〉による乗組員の救援が行われた。更に五藤少将はショートランド帰投後に失血死してしまった。一方の米軍は戦闘艦を3隻失ったもののアメリカル師団第164歩兵連隊の揚陸に成功、戦略的には勝利していた。だが、日本側も一木支隊の本体を投入したほかさらなる人員の輸送作戦もあるという。この戦略的勝利は些細なものに過ぎなかった。故に、ゴームレーは確実な勝利を得るために戦力をハワイに要求した。

 

「戦況は絶望的だ。例の新鋭戦艦が欲しい、2隻だ」

 

そう彼が要求して程なく、2つの巨影がノーフォークからその姿を海に現しつつあった。

 

「これより〈ワシントン〉及び〈サウスダコタ〉は南太平洋へと向かう。主砲でジャップを打ち砕くのだ。全艦増速。目標、ヌーメア!」




海戦名称:サボ島沖海戦
交戦勢力
 連合国:サンフランシスコ(重巡) ソルトレイクシティ(重巡) ボイス(軽巡洋艦) ヘレナ(軽巡洋艦) 
     第64.2任務部隊(ファーレンフォルト ラフィー ブキャナン ダンカン マッカラ)(何れも駆逐艦)

 日本:第六戦隊(青葉 衣笠 古鷹 加古) 吹雪(駆逐艦) 初雪(駆逐艦)

損害
 連合国:ソルトレイクシティ(撃沈) ボイス(撃沈) ダンカン(撃沈) ファーレンフォルト(大破) サンフランシスコ(小破)

 日本:古鷹(撃沈) 青葉(大破) 衣笠(小破)
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