マシューズ少尉はヌーメアの港湾管制官である。南国特有の強い日差しの影響で双眼鏡を当てている両目周辺以外の顔がかなり日焼けしていた。
「あれは!」
彼がレンズの向こうに視認したのは2つの巨大な煙突を有した戦艦が2隻、ヌーメアへと入港しようとしている様だった。横では基地司令部作戦参謀のジョンソン中佐が腰に手を当てて安堵のため息をついていた。
「話には聞いていたが遂に来たか」
「〈ノースカロライナ〉が潜水艦にやられてから泣き言ばかりでしたからね」
「これが彼のおしゃぶりになれば良いのだがなあ…」
彼は司令部施設のあるほうを不愉快そうな目で見るのであった。
「ようこそ、サウスダコタ」
何処か弱々しい顔で戦艦部隊を迎えるのは南太平洋部隊司令官のロバート・ゴームレーであった。艦から降りてきたのはこの戦艦部隊のウィリス・リー少将。両者は固い握手を交わした。
「やはり太平洋は大きいものですね。ガダルカナルでの我軍の状況は芳しくないと聞いております」
「ああ。8.7の奇襲は出鼻を挫かれ、兵は飢餓状態。空母も壊滅して制空権は喪失。たった1隻のジープ空母で対抗しつつ夜間にコソコソと残存した駆逐艦で物資を搬入せざるを得ない」
「まるで鼠ですな」
「全くだ、、、状況は絶望的だよ」
リーはこの男の悲観的な様が気に入らなかった。何か一発、火でも付けてやりたい気分であった。
「この私が率いる戦艦部隊をもって必ずやジャップを叩きのめすことを誓いましょう」
「だと良いのだが、、、とりあえずよろしく頼むよ」
リーは確信した。おそらく私が悩まされるのは戦況それ自体よりもこの男の態度だろう、と。時に9月13日のことであった。
ただ、戦局が絶望的なのもまた確かであった。先のサボ島沖海戦の末に上陸に成功したアメリカル師団歩兵第一六四連隊の上陸を活きの良い新参だと大いに歓迎したが、ルンガから直ちに飛び立った爆撃機や地上からの十五糎榴弾砲の攻撃という日本軍による派手なお出迎えを食らっていたのだ。
この戦局の劣勢は制空権の劣勢に起因する、というのが米軍の総意であった。現状、太平洋上をまともに活動できる正規空母はゼロ。一応、〈サラトガ〉修理までの間は辛うじて飛行機を飛ばせる程度の状態で浮いている〈エンタープライズ〉もあるが、焼け石に水であろう。大西洋戦線から全てを引き抜く訳にもいかない。最悪、イギリスを脅して〈ヴィクトリアス〉でも借りれば話は済むが交渉、慣熟訓練、こちらへの航海、、、時間がかかるのは確かであった。
そこで米軍は日本軍の航空隊基地を艦砲射撃を以て破壊する作戦を立てた。これはリー少将直々の立案であった。ニミッツやゴームレーは
「敵前に長時間姿を晒すことは的になりに行くことに等しく、先のガダルカナル上陸時に〈ノースカロライナ〉が艦砲射撃を行なったにも関わらず日本軍の守備隊が平然と生き残っていたことから効果は薄い」
と反対していたが、リーは結果を以てその懸念の返事とするとして聞く耳を持たなかった。リーはミッドウェイ以後も戦艦が海戦の決定打となることを信じて疑わなかった数少ない米海軍の将校の一人である。
ここで砲撃に投入されたのは彼の指揮下にある戦艦〈ワシントン〉〈サウスダコタ〉の2隻及び護衛部隊としての第64.2任務部隊であった。但し、第64.2任務部隊は先のサボ島沖海戦で大きな損害を被っており敵艦隊を観測した場合は戦艦舞台に通達後、撤退しても構わないという指示が下されていた。
とは言え、矢面に立つ戦艦乗組員は艦長含め生きて帰れるとは思っていなかった。特に〈サウスダコタ〉艦長のトーマス・L・ガッチ大佐は
「敵機が百機駐在する飛行場に戦艦2隻で殴り込めとは中々無理な話だ。恐らく、ガダルカナルでの戦局が暗礁に乗り上げて頭を抱えた上層部が切羽詰まったことで立てた窮余の一策だったのだろう。それを理解した我々は皆、悲愴な決意を固めていた。場合によっては擱座の上、本艦を陸上砲台として斬り込むということも考えられるが最悪のケースとしては敵機の攻撃で足止めを食らい、そのままなぶり殺しにされるということだ。そうなれば沈むまで奮戦するほかにない。その際、私一人の命はそう惜しむものではないが、預かっている2500名の命のことを思うと機器が重くなるばかりであった」
と戦後に語っている。艦長たる者、こんな後ろ向きな感情を表に出すことなど決してないが乗員が同じ気持ちなのは目に見えて明らかであった。
9/20、いよいよ作戦の夜である。甲板上の可燃物に水を掛けるなどの戦闘準備を進めていたが、敵艦隊に遭遇することなくガダルカナル沖にまで到達してしまった。予定通り、第64.2任務部隊はツラギ方面の警戒のために先行し海域には戦艦が2隻のみ残された。それからまもなくして砲撃隊は島に3つの発光仮標を観測した。島内に残る海兵隊が決死の思いで設置した目標灯である。
2331、砲撃隊はいよいよ射撃コースに入った。上空で待機していた両艦の水偵が滑走路に大型の照明弾を投下する。火ぶたを切ったのは旗艦でもある〈ワシントン〉であった。艦内ではけたたましく斉射を示す警報が鳴り響いた。
「仰角+12度、方位追従中……目標捕捉! Ready!」
砲身操作手の合図と同時に第一砲塔長が声を上げる。
「全門、Ready確認!」
「右砲、Ready!」
「中央、Ready!」
「左砲、Ready!」
「Turret 1、All guns Ready!」
全砲の準備を確認した砲塔長はインカムに向けてこの旨を伝える。
「Turret 2、All guns Ready!」
「Turret 3、All guns Ready!」
第2砲塔、第3砲塔からも同様に準備完了の旨が伝わった。その合図に対する射撃指揮所の返答はただ一つ。
「Fire! 」
辺りに雷の如き轟音が響き、海は割れる。遠方から見ても島が炎で赤くなり始めているのは明らかであった。
「発射確認! ブローアウト開始! 砲身+5度に戻せ、次弾装填!」
「ブローアウト! 次弾ホイストアップ!」
「全門、無事発射! 再装填急げ!」
各砲塔で再装填を急がせる。
「弾着観測! ……Spot1、短弾……修正値、上方20ヤード、右方50ヤード……次の斉射準備急げ!」
射撃指揮所の分析を元に的確に滑走路へと目標を定める。島の陸上放題が反撃を試みるもいかんせん射程が足りずどうにもならない。当たらなければ石か鳥蚊が水面に飛び込んで立てる水柱と同じようなものだ。
戦いは終始一方的なものであり、砲撃中止の令を下したのは0058の頃であった。その頃にはすっかり炎が空までをも赤く染め始めていた。弾薬と燃料が次々と誘爆を起こしていたのだ。これによって基地に駐留していた零戦40機のうち18機、九九艦爆32機のうち21機、九七艦攻10機のうち5機、一式陸攻20機のうち9機、つまるところ基地に駐留していた102機のうち53機が砲撃で壊滅してしまった。当時、ガダルカナルでの戦闘に参加していたある米海兵隊の日記によると
「聞いていた時間になるとスコールみたいなとんでもない音とともに島の空が明るくなりだした。見ると俺たちを空から嫌ったらしく攻撃していたジャップの飛行機の基地が燃えてやがる。俺たちは歓声を上げた。あれは野砲1000門に値すると思った」
とある。つまり、作戦は立案したリーですらも驚くほどの成功を収めたのだ。第64.2任務部隊の方も日本の魚雷艇に狙われたが被害はなかった。
艦船による陸上への砲撃に効果があると考えを改めたニミッツは控える高速輸送船団によるガ島揚陸に合わせて第64.2任務部隊の〈サンフランシスコ〉〈ヘレナ〉による再度の砲撃を立案した。ここで日本側が機動部隊を下ろしてくることを懸念して、〈エンタープライズ〉〈ロング・アイランド〉からなる臨時の機動部隊を支援に展開させることにした。
戦艦部隊の砲撃の翌日、第67任務部隊による輸送作戦を敢行。揚陸自体には成功したが物資の大半は軍が飛行場の残存戦力やラバウルからの航空隊に焼き払われ完全な成功とは言い難かった。そこでその夜に第64.2任務部隊による追い打ちとも言えるガ島への砲撃を行なった。〈サンフランシスコ〉460発、〈ヘレナ〉453発といった具合である。先の戦艦部隊の砲撃ほどではなかったが、基地が赤く燃え上がるのを確かに観測。その効果は明らかであった。
ラバウルからガダルカナルは日本軍の航続距離の範囲に入っているだろうし、南雲の第三艦隊が生き残っている以上このような砲撃作戦に意味がないと思う者もいるかも知れない。しかし、ガダルカナルはラバウルから見て往復と空中戦の分を加味すると、航続距離限界すれすれの位置にある。また、第三艦隊も恐らく重油を渋っているのか出撃を躊躇っているように見えた。つまり、ガダルカナルの基地を焼いて夜のうちに揚陸を急ぎ夜明け前にラバウルから飛来するジャップから逃げ切ればよいのだ。これが当時の米軍の総意であった。
そこで米軍は大成功を収めた作戦、つまり戦艦部隊による再度のルンガ飛行場砲撃を立案したのである。この作戦に付随して陸軍第182歩兵連隊、第4海兵隊補充大隊、第1海兵隊航空技術者大隊の揚陸も実施させることを決定。彼らは一大陸戦戦力をガダルカナルに一気に集める計画であったのだ。
この動きは第十一航空艦隊による偵察で日本側も察知していた。この頃、偶然なことに日本側でも陸軍第三十八師団の揚陸作戦を決行しようとしており、第三艦隊を中心とした支援部隊を編成、11隻の輸送船に分乗する形でガダルカナルを目指していたのである。更に偵察で戦艦を差し向けていることが分かった。そのことを知った〈比叡〉〈霧島〉の多くの乗組員がいよいよ戦艦同士の大決戦が行われるのではないかと心を弾ませていた。
米軍より一足先にガダルカナルへと到着した迎撃艦隊は第三十八師団の揚陸を敢行、1100頃に〈エンタープライズ〉飛行隊による攻撃に遭うも大きな被害は見られなかった。再度、日本は偵察を行い米艦隊の接近を観測する。また、この段階で米艦隊に空母が含まれていることも認識した。偵察結果から敵機の総数は60機程だと推測されていたが、近辺で作戦行動を展開している航空隊による撃墜数の合計が60を大きく上回っており、連合艦隊参謀長の宇垣もこの状況には困惑している。更に、米艦隊の迎撃に向かった〈飛鷹〉航空隊の報告では先の偵察と全く異なる構成の艦隊が報告されるなど、様相は混沌を極めた。第三艦隊はひとまず船団の護衛を優先し、連合艦隊司令部からの通信次第で行動を変えることにした。幸い、サボ島沖北方まで護衛している間、特にこれといった攻撃もなく事なきを得た。
さて、再びガダルカナル方面へと向かった第三艦隊は運悪くもスコールに見舞われることとなった。〈比叡〉に座乗する阿部司令官はやむを得ず反転を下令、天候回復を待つことにした。ガ島の陸上観測所から天候良好の旨を告げられた迎撃艦隊は再びガ島を目指して進撃を開始した。しばらく進んでエスペランス岬の炬火を確認した艦隊は射撃速度として18ノットに速力を落とし、「射撃準備」を下令した。〈比叡〉〈霧島〉両艦ともに徹甲弾を装填し迎撃の準備は万全、残るは測的のみといった様子であった。
しかし、このスコールの影響で艦隊は大きく乱れていた。駆逐艦〈夕立〉〈春雨〉は行方不明、第四水雷戦隊の位置も予定から大幅にずれていた。更に本来は最前線で戦艦を迎撃するはずだった〈比叡〉〈霧島〉は気づけば艦隊の後方に位置しているなど、この後の乱戦の原因となる大きな陣形の乱れが起きていた。
〈サウスダコタ〉〈ワシントン〉も同じころ、射撃体勢に入っていた。海面にはわずかに立つ靄以外には遮るものは何もなく、戦闘環境としてはすこぶる良好であった。後はリーの飛行場への砲撃開始の指示を待つのみ、そんなタイミングでルンガ沖を北上していた警戒部隊の〈ヘレナ〉がレーダーで日本艦隊を探知してしまったのだ。つくづく運がないときはとことん無いもので、この海戦における米軍はまさにその典型例であった。日本軍が従来のニュージョージア海峡を通過する経路ではなく、北西から南下する形でガダルカナル方面に向かうというこれまでにない行動をとったために米軍側は動揺したのだ。尚もスコット少将はT字戦法による日本軍の撃滅を試みるべく敵の頭を抑えるために接近を仕掛けた。だが、不明瞭な命令と隊列の乱れが米軍側にも混乱を引き起こした。
「艦隊を左へ」を「艦を左へ」
と勘違いした前衛の駆逐艦が意図しない動きを始めた上にレーダーで日本艦隊を発見できていない〈サンフランシスコ〉は〈ヘレナ〉に日本艦隊の方向を電話通信で聞くばかり、痺れを切らした各艦は電話通信に割り込み攻撃命令を促すなどして混沌の限りを極めていたのだ。その状態で「奇数番艦は右砲戦、偶数番艦は左砲戦」などと複雑な命令を出されてはたまったものではない。
極めつけは艦隊最前列の〈カッシング〉が日本艦隊との衝突を避けるべくとった急激な転舵であった。この時の日本艦隊との距離は実に2700m、〈カッシング〉の判断は当然といえよう。しかし、これによって米軍は態勢を立て直すことが完全に不可能になったのもまた事実である。
そこに一筋の光が差し込む。駆逐艦〈暁〉の探照灯だ。これに慌てた〈アトランタ〉は急速に〈暁〉へと照準を向けつつあった。
今、海戦史上にその例を見ない乱戦が始まろうとしていた、、、