10/1、〈アトランタ〉の発砲はさながら徒競走のピストルであった。〈暁〉による探照灯照射を受けた同艦の発砲と同時に第二次ソロモン海戦は幕を開けた。だが、肝心の〈アトランタ〉がこの海戦で初めて出した命中弾は友軍艦、しかも旗艦〈サンフランシスコ〉への誤射であった。艦橋に19発命中し、スコット少将ら〈サンフランシスコ〉の幹部をなぎ倒す。
「キャラハン少将に打電しろ、今すぐ辞めさせるんだ」
「了解、ただちに‼」
〈アトランタ〉を旗艦とする新編成の第64.2任務群の司令となったダニエル・J・キャラハンは元々ゴームレーの参謀長であった。だが、連続的な敗北とひたすら消耗するばかりの戦闘の連続でゴームレー以下幕僚はみな疲弊していたのである。これを重く見たニミッツは現地視察のちゴームレーに幕僚の入れ替えを提案。打つ手なしと徹底的に悲観していたゴームレーもその提案を受け入れ、彼を同部隊の指揮官に据えたのだ。元より、アメリカにおいて参謀とはあまりよく思われない職であったこともあり彼に親しい者はこれを栄転だとして心から祝った。
しかし、彼は島嶼部の間隔が極めて狭いガダルカナル周辺での戦闘の指揮にはまるで不慣れであった。これが通常の先頭ならまだ、経験の下積みとしてどうにかなったかもしれないが今回の海戦のような乱戦となると話は別であった。素人に正確な指揮はまるで出せなかったのである。
そもそも、重巡洋艦からすれば防空巡洋艦の5インチ砲など他視したことがないように見えるかもしれない。しかし、〈アトランタ〉は最新のレーダーを搭載しているが故の精密な射撃が可能であり命中率は並の砲撃より高いものであった。防空巡洋艦となれば猶更だ。防空巡洋艦は対空戦闘において弾幕を張ることが極めて重要であり、速射に極めて長けている。ともなれば、いくら〈サンフランシスコ〉と言えど蜂の巣になるのは時間の問題であった。
「おい、これは誤射だ。砲撃中止‼」
誤射に気づいたキャラハンは砲撃を中止させるが、どういう訳か同部隊の隷下の駆逐艦にまでその式が伝わってしまっていた。
「砲撃中止だと⁉」
「キャラハン少将は何を考えているんだ‼」
激しい混乱に包まれた部隊に成す術はなく、それはとても艦隊行動とは言えなかった。それから間もなく軽巡〈長良〉の砲撃によって〈アトランタ〉の艦橋が完全に損壊、キャラハン少将以下艦橋要員は全滅した。それに追い打ちをかける形で、米軍の集中砲火を浴び大破した〈暁〉が最期の最期で放った魚雷が〈アトランタ〉の左舷機関室に命中しすべての動力を失うという最悪の事態に陥った。
ここで、〈比叡〉による正確な電探射撃はすでに艦橋が損傷していた瀕死の〈サンフランシスコ〉にとどめを刺した。旗艦の喪失により米艦隊はさらなる混沌へ叩き落された。
そこで戦局を打開すべく、〈ワシントン〉が探照灯により日本艦隊を照射。これを機に米軍側の攻勢が激しくなった。自らの位置を晒すこととなった〈ワシントン〉を守るべく〈フレッチャー〉、〈モンセン〉、〈アーロン・ワード〉、〈バートン〉が前に出る。だが、日本艦隊は探照灯で自身の位置を赤裸々に明かした〈ワシントン〉を目掛けて次々と砲撃、上部構造物を破壊する。
とはいえ、前衛が邪魔であるのもまた事実であった。〈朝雲〉と共に〈霧島〉の前方警戒を命じられていた駆逐艦〈照月〉は主砲で〈カッシング〉を徹底的に破壊。米軍の防空艦とは対照的に大活躍を果たした。10㎝主砲160発、25㎜機銃200発を発射し「敵巡洋艦1隻・駆逐艦6隻と交戦し駆逐艦1隻撃沈・全隻に命中弾」と報告している。
何度も述べてはいるが、この海戦は歴史上稀にみる乱戦であり何れの艦の記録もやや信頼に欠けるところがある。だが、仮にそうであったところで「日本艦隊が米艦艇を多数沈め、ガダルカナルを守り抜いた」という事実は変わらないので細かく気にする必要はないともいえるだろう。
だが、米軍もまた奮戦していた。その一つに駆逐艦〈ラフィー〉が挙げられる。〈ワシントン〉の前に出た本艦は日本軍に対する反撃を繰り返していたが、見張り員が目を細めもう一度海の向こうの闇を覗くと同時に艦内に声を響き渡らせた。
「ジャップのbattleshipだ!遂に来たぞ!」
艦橋内がどよめく。やがて、〈ワシントン〉もその様子に気づいたのか探照灯で闇の方を照らす。だが、それと同時にその闇からうねり越えのような恐ろしい声が響いてきた。〈比叡〉が〈ワシントン〉へと主砲を放ったのだ。更に〈ワシントン〉の存在をはっきりと確認した〈雷〉〈電〉〈照月〉は米艦隊へ接近、全武装を用いて徹底的な攻撃を行い、射撃装置の破壊を試みた。
〈カッシング〉将校も次々と衝撃が確信へ、それから恐怖と高揚へと変わる。
「あれは、、、」
「間違いない。ジャップのbattle shipだ!両舷増速、奴らの足元に食い込む」
初弾命中を食らい金切り声をあげる〈ワシントン〉を尻目に、〈ラフィー〉はスクリューをかき回す。激しい火の雨の中を潜り抜け、いよいよ巨大な環境が目の前に聳え立つくらいの距離にまで接近した。あちらとこちらで反復横跳びをするように激しい音が聞こえる。戦艦同士の砲撃戦だろう。
「魚雷発射、てえ!」
「主砲発射、撃て!」
魚雷、主砲と〈ラフィー〉はあらゆる手を費やして〈比叡〉への攻撃を試みた。なるほど、山椒は小粒でもぴりりと辛い。砲弾は〈比叡〉の艦橋へと直撃し阿部弘毅中将は負傷、彼の参謀長も戦死した。
ただ〈比叡〉が黙ってやられるようなフネではない。そもそも、こんな近距離で魚雷を射撃されたところで安全装置が働くのは当然であり、信管が作動するはずもなく〈比叡〉自慢の装甲で跳ね返されるに終わった。
反撃が始まった。側面にずらりと並ぶ長10㎝砲、流石に戦艦相手ではとても有効打とは言えない。だが、先に述べた〈アトランタ〉と同じ対空用の速射砲である。それを食らった重巡洋艦ですら損傷したのならば、装甲の貧相な駆逐艦相手には十分な武装であるのは容易に想像がつくだろう。
「副砲斉射、叩きのめせ!」
〈ラフィー〉は舷側に並ぶ10㎝砲に次々と撃ち抜かれ、酷い損傷ぶりとなった。しかし、足はまだ生きている。出せる限りの最高速度を出すと日本艦隊の更に奥深くへと突撃した。その様子は〈比叡〉の姉妹艦である〈霧島〉からもしかと観測できた。
「敵駆逐艦1隻、突っ込んできます!」
「戦艦を思い知らせてやれ、主砲発射用意」
〈霧島〉艦長のは直情的な男である、故に〈ラフィー〉の突撃には皮肉抜きに感心していた。きっと艦長とは話が合うかもしれん、一度なら酒でも交わして話してみたい。だが、ここは戦場。酒の代わりに砲弾が飛び交う。相手は酒で落ちずとも、命を落とす。そう、戦場とは精一杯をもって相手を殺しにかかることこそが相手への最大限の敬意となる異常な世界なのだ。
「了解、主砲発射用意」
〈ラフィー〉は構わず砲火を吹きながら突撃を続ける。
「ジャップがあああ!!!」
だが、その瞬間〈ラフィー〉はちょうど〈霧島〉の砲に睨まれていた。
「てえ!」
「発砲!」
〈霧島〉の35.6サンチ砲をもろに食らった〈ラフィー〉は真っ二つという言葉でも生ぬるいような、スクラップの工程でも施されたかのように粉々に砕けた。
一方、〈天津風〉は海戦が始まった頃は〈比叡〉の右舷前方で護衛の任についており、〈雪風〉と共に先頭を切って敵情を探っていた。海戦が始まると同時に米艦隊の中でも最前線にいた〈カッシング〉からの砲撃を受ける。どうにか回避に成功したが、執拗に追いかけてくる。幸い、〈カッシング〉からの攻撃は〈長良〉〈雪風〉の迎撃で事なきを得た。それから間もなく〈カッシング〉は〈照月〉によって撃沈された。
「しかし、えらい乱戦となってしまったな」
「艦長、どうします」
「うん、敵艦隊に接近するほかあるまい」
そう言うと〈天津風〉艦長の原為一少佐は両舷いっぱい、増速を命じ高度な水雷戦を仕掛けるべく接近を試みた。敵艦隊までの距離が5000メートルに近づいてきたところで空が急に明るくなった。〈長良〉が〈ワシントン〉を護衛する駆逐艦隊に対して照明弾を放ったのである。この距離は〈天津風〉が搭載している九三式魚雷の射程距離であった。〈長良〉の援護に感謝しながら〈天津風〉は接近しつつ魚雷発射準備を整える。それから3000メートルまで接近する。
「左砲戦、左魚雷戦!」
砲雷長の号令と共に魚雷8本をシュコン、シュコンと放つ。射線上にはちょうど〈モンセン〉〈アーロンワード〉がいた。僚艦は雷撃に気づいていたが、案の定乱戦のせいで衝突の危険からまともな身動きをとれず直撃大破、更にその二隻を避けようと機関を停止させた〈バートン〉が2本の魚雷を機関室とボイラー室に食らい、全身から蒸気を吹き出しながら真っ二つに折れて轟沈した。
魚雷を一度撃ち尽くした〈天津風〉は〈比叡〉のもとまで一度撤退、数分間かけて魚雷を再装填、再び敵陣と赴いた。しばらくすると艦首の先に戦火が再び見られた。
「あれはどっちだ」
「間違いない、敵巡洋艦だ!撃て撃て!」
この巡洋艦は〈ジュノー〉、この海戦で真っ先に被害を受けた〈アトランタ〉の姉妹艦である。米艦隊が〈ワシントン〉の護衛に夢中になっている間に〈夕立〉は僚艦の〈春雨〉と共に米艦隊深部へ突撃を試みた。だが、この直後に〈春雨〉は〈夕立〉と間反対の方向に転舵してしまったために〈夕立〉は単艦で突撃することとなった。〈夕立〉はソロモン諸島で何度も輸送作戦に従事していたので自信があったのだろう。だが、魚雷を一度発射したのちに識別灯の点灯していない艦艇に主砲を向けたところ、両舷から集中砲火を受けた。〈ステレット〉〈フレッチャー〉である。これによって満身創痍となった〈夕立〉を沈めようと狙っていたのが〈ジュノー〉であった。なお、この一度ばかり発射することに成功した雷撃が見事に命中してしまった巡洋艦は重巡〈ポートランド〉であった。なお〈ポートランド〉はこの攻撃で舵が損傷し、同じ海をぐるぐると回り続けていたところを山口司令の指揮で翌朝に飛来した〈隼鷹〉航空隊によって撃沈された。
〈天津風〉はひとまず挨拶代わりに主砲を撃ち込んでみるが、どうしたことか反撃の様子が全く見られない。米軍側の戦闘記録を見ても特に大きなトラブルが見られなかったために、突然の奇襲に対応しきれなかったと考えるべきだろう。そのまま勢いづいた〈天津風〉は徹底的に砲撃を続けた。
「やれ,やれ!撃沈だ!」
〈天津風〉から放たれた8本の魚雷が足を引き摺る〈ジュノー〉へととどめを刺すべく竜骨、射撃装置を破壊。そのまま〈ジュノー〉は船が曲がってはいけないような方向に折れたと思うと海に断末魔を轟かせた。だが、そのタイミングで興を覚ますかのようにどこからか〈天津風〉は砲撃を食らった。それは軽巡〈ヘレナ〉の放った主砲弾であった。
「こんな状況で!」
だが、〈ヘレナ〉を引き寄せたのは〈天津風〉のミスが招いた事態でもあった。先の幾たびかの夜戦において興奮していた原はサーチライトの消灯を命じ忘れていたのだ。次々に152㎜の砲弾が降り注ぐ。こりゃたまらんと思った原は急いで煙幕の展開と対比を命令するが、そのタイミングで射撃管制室と無線室に弾が直撃。油圧系統も機能停止し主砲と操舵が不可能となった。更には缶室にも被弾、浸水し左舷に14度傾くこととなった。万事休すであったが〈朝雲〉〈村雨〉〈五月雨〉が救援に参上し、〈ヘレナ〉目指して進撃を開始したことでそのすきに煙幕の内側に逃げることができた。3隻が〈ステレット〉を撃沈するのを見届けながら20ノットで戦域から離脱するのであった。
また、これら3隻の駆逐艦は大破漂流していた駆逐艦〈夕立〉の救援も行った。戦闘序盤で突撃して以降、完全に行方不明だったもので殆どの者がまだ浮上していたことに驚いていた。だが、それよりも驚きあきれたのは帆布やハンモックをマストや煙突に張り巡らして白旗を掲げていたことだ。〈夕立〉艦長の吉川潔中佐は
「馬鹿にしているのか!我々は〈夕立〉の機関が駄目になったので帆走を試みたのだ」
と激昂したが、あまり深い納得は得られなかった。とはいえ、生還は生還である。〈夕立〉乗組員で喜ばぬ者はだれ一人としていなかったし、ラバウル泊地の水兵の歓迎を受けた。更にそこに通信機器が損壊していた為に連絡が取れず、沈没したものだと思っていた〈天津風〉が帰還したのだからその日の泊地はお祭り騒ぎであった。
だが、アメリカの戦艦は2隻とも生きている。奴らは今度こそルンガを焼きに来るだろう。勝って兜の緒を締めよ、再びアメリカ艦隊をあの海峡に叩き落す備えをするのだ。その懸念を示すように、〈ワシントン〉艦内では着々と応急修理を進めていた。
海戦名称:第二次ソロモン海戦、ガダルカナル海戦
交戦勢力
日本軍
挺身迎撃艦隊 指揮官:阿部弘毅中将(第十一戦隊司令官)
第十一戦隊(戦艦:比叡、霧島)
第十戦隊(軽巡洋艦:長良)
第六駆逐隊(駆逐艦:暁、雷、電)
第十六駆逐隊(駆逐艦:天津風、雪風)
第六十一駆逐隊(駆逐艦:照月)
第四水雷戦隊(駆逐艦:朝雲)
第二駆逐隊(駆逐艦:村雨、五月雨、夕立、春雨)
第二十七駆逐隊(駆逐艦:時雨、白露、夕暮)
連合国軍
司令官:ノーマン・スコット少将
第67.4任務群
重巡洋艦:サンフランシスコ、ポートランド
軽巡洋艦:アトランタ、ジュノー、ヘレナ
駆逐艦:カッシング、ラフィー、ステレット、オバノン 、アーロン・ワード 、バートン 、フレッチャー
第64任務部隊
戦艦:ワシントン、サウスダコタ
駆逐艦:ウォーク、グウィン、ベンハム、プレストン
損害
日本軍
沈没
駆逐艦:暁
大破
駆逐艦:夕立
小破
駆逐艦:天津風、村雨、雷
連合国軍
沈没
重巡洋艦:サンフランシスコ、ポートランド
軽巡洋艦:アトランタ、ジュノー
駆逐艦:アーロンワード、ラフィー、カッシング、バートン、ステレット
小破
戦艦:ワシントン
駆逐艦:ヘレナ