上司「お前さぁ、ただ普通にプレゼンしても埋もれるだろ?いきなり歌うとか、お笑いのリズムネタっぽくやるとかどう?」(実話
娘が王太子から婚約破棄された貴族は、今後社交界でどのような顔をすれば良いのか。しかもその理由が家柄だとハッキリ言われてしまっては屈辱などという表現では足りない。これほど家名に泥を塗られる行為が他にあるだろうか。汚名返上の為、娘を勘当または辺境にでも嫁がせた上で、でっちあげた罪を着せることでトカゲの尻尾切りをする。それが、この世界の常識だった。
だが。セラフィーナの両親はただただ傷ついた娘に寄り添い、悲しみを共有していた。そこには貴族としての外聞など微塵も気にせず、大切な一人娘を慮る姿勢しかなかった。
セラフィーナの自室では、3人掛けのソファに娘を挟んで両親が座っていた。
「おお……すまないセラフィーナ。あのような王太子と婚約させてしまった父を許しておくれ」
「ごめんなさいね、貴女に辛い思いをさせてしまって。勉強も剣の稽古も、元気になるまではお休みしていいのよ。元気になったとしても、やりたくなければやらなくていいわ」
父と母が自分に頭を下げる光景はセラフィーナにとって辛いことだった。自分が婚約破棄されたせいで両親に心配かけてしまい、同時に幼い頃からかけてくれていた期待を裏切った形になる。
【セラフィーナは将来の女王様だ! 凄いなぁ、我々の愛する娘は】
これまで何回言われたかわからない父親の口癖が脳を過ぎる。
「至らない娘で本当に申し訳ありません……」
セラフィーナには、もう謝るくらいしか出来なかった。
「明日の夜会では皆どんな顔で我々を見るのだろうな……。わからないが、どうでも構わん。セラフィーナを責める者がいれば、父が相手になるだけだ」
「王子に愛されなくてもいいの。私たちが貴女を愛しているわ。愛はどんな地位や大切な約束よりも、もっと確かなものなのよ」
「お父様……お母様……」
二度目の生を受けなければ、王太子から婚約破棄されるなんて辱めを受けずに済んだのに。あの直後まではそう考えていた。けれど今は違う。王太子妃になれないからどうした、自分にはこの両親がいるのだと。貴族としてのプライドよりも娘である自分を優先し、一緒に悲しんでくれる二人が。これだけでも、セラフィーナにとっては転生して良かったのだと思える。
セラフィーナは、涙が頬を伝っていることに気づかなかった。
「悲しかったら思う存分泣きなさい。我々がセラフィーナを守るからな」
父親に言われて自分が泣いていることに気がついたセラフィーナは、か細い声で否定する。
「違いますわ。この涙は悲しいのでは無く、お二人の優しさによるものです……」
人間、嬉しい時にも涙は出るのだ。
親子3人が心を通わせる中、静かに執事が部屋の外からドア越しに声をかける。
「失礼します。旦那様、来客でございます」
「む……このような時に? 今日は来客の予定は無い筈だ。まさか、王城からの使者か」
王太子の件を謝罪にでも来たのか。あれが若き王子の暴走であるなら、王から説明があって然るべき。場を設けてくれれば、登城もやぶさかではない。
「いえ。何やらイセカイサポートなる二人組の商人みたいですが。追い返しましょうか?」
が、来客は知らない人物だった。
「イセカ……? 構わん、追い返してくれ。今はどうでもいい商人の相手はしていられんのだ」
どの世界でもアポ無しセールスは良い顔をされず。三ツ橋らは門前払い。……されそうなところを
「異世界サポート……?」
セラフィーナだけが単語の意味を理解し、その商人達の目当てが自分であることも予測する。
「父上! その者らは私がお呼び致しました。応接室の使用許可を頂けますか?」
「おお、セラフィーナが呼んだのか。勿論構わないとも。欲しい品があったらなんでも買いなさい。……もっとも。土地や城は、一言相談して欲しいがね」
わはは。と、笑いながら両親は退室していった。
「……もしかして、アプロディテさん?」
自分をこの世界に転生させてくれた女神が、先の一件を見てフォローしに来てくれたのだろうか。ドレッサーで軽くメイクを直してから、来客用のドレスに着替え応接室へ向かう。
もしもアプロディテだった場合、転生する際に聞いていた話と違うと伝えても良いものか。なんの苦労もせず王太子と結婚出来ると説明されたが、沢山苦労したのに婚約破棄とはこれいかに。
「お待たせしました。セラフィーナです」
応接室には、執事によって案内済みのサポートセンター社員が起立してセラフィーナを待っていた。
「お初にお目にかかります、セラフィーナ様。私、異世界サポートセンターの三ツ橋と申します」
「同じく四条です。以後、お見知り置きを」
スーツ姿の男女が揃って頭を下げた。もう十何年も前に会ったきりだが、記憶にあるアプロディテでは無いようだ。眼前の二人は人間離れしたオーラは持ち合わせていない。というよりむしろ、セラフィーナにとっては非常に馴染みのある顔立ち。
「日本人……ですか!? ひょっとして!!」
二人揃っての黒髪に黒目。この世界へ降りたってからは、一度も見た事がない人種。名前からしてひょっとしなくても日本人確定だ。
「はい。といっても少し複雑で……セラフィーナさんがいた日本と全く同じでも無いのですが、そのあたりの説明は省略しますね」
三ツ橋がまるで日本が幾つもあるかのように話す。セラフィーナは、自分が転生してから日本ではそれなりの時間が経っているので、確かにまるっきり同じとも言えないのだろうと考える。
「このタイミングで我々がセラフィーナ様を訪ねて来た理由は、もしかすると察しがついているかもしれませんね」
「大体は。転生してからここまでずっと、女神アプロディテ様は静観しておりましたので……貴女達のような方を派遣なさったとすれば当然、最近の出来事に起因しますよね。それはつまり、私がマティアス王太子に婚約破棄されたからではありませんか?」
言いづらそうだった三ツ橋の意を汲んで、セラフィーナはズバッと本題に入った。この話題に触れるのは誰よりも辛いというのに。
「こんなにも人間の出来た方を何故……!」
気丈な振る舞いを見せられて、三ツ橋は今すぐに王城へ突撃し王太子をぶん殴りたくなった。ただ殴るだけでは何も解決せず、四条に脳筋と言った手前我慢しなくてはいけないのだが。握りしめた拳は行き場も無く、プルプルと震えるのみ。アンガーマネジメントで王太子への敵意を鎮めてから、笑顔でセラフィーナへ返答する。
「おっしゃるとおり、我々はセラフィーナ様のお力になる為やってきました。当初アプロディテ様が想定したシナリオから外れた今最も優先すべきは、貴女が現在何を望みこの先どう過ごしたいか。それを叶えるのが我々の仕事でございます」
「私が……どう過ごしたいか……」
第二の人生は全て、将来女王としてこの国を良くする為の努力に費やして来た。その中で自分も笑顔でいられれば何も望むものなどなかった。それが今、ゴールポスト自体が消え去ってしまい、セラフィーナは何をするべきか目標も見失った状態にある。
「失礼します。お嬢様、紅茶をお持ち致しました」
先ほど四条達を案内してくれた執事が、カートに乗せたティーセットを手際良く各人の前へ置いていく。
「ありがとう、バーナード」
バーナードと呼ばれた執事は一礼し、部屋から退室する。
「セラフィーナ様。話を戻しますが、今の貴女の関心は……」
「唐突にやって来た人間にいきなりこんなこと言われても、困惑しちゃいますよねぇ」
話題を戻そうとする三ツ橋を遮る形で、横で紅茶を飲みつつ四条が口を開く。課長の桜井から、客先での飲み物は相手にすすめられてからか、商談がひと段落してから。もしくは帰る間際に初めて口にすること! と教えられたのに、全く気にせず楽しげに味わう。
「ちょっ、先輩! 何普通に許可なく紅茶を楽しんでるんですっ。マナー違反ですよ!?」
焦る三ツ橋。セラフィーナに不快な思いをさせかねない行動は慎むべきだと。事前にもそう打ち合わせしたのに。
「しかし三ツ橋くん。せっかく執事さんがカップまで温めて、紅茶を美味しく飲める温度に淹れてくれたのに……口をつけず冷ます方が失礼でしょう?」
「うぐっ……!? そりゃそうですけど、社会人としてのマナーは【どうぞ】とすすめられてからって……」
桜井課長も、教育係だった頃の四条もそう言っていた。ワタシを教育した人とは別人?? と三ツ橋が口を尖らせる。
「大体、日本でのマナーが異世界でもそのまま通じると思わない事です。異世界には異世界のしきたりがある。そうでなければ、セラフィーナ様も転生してからそこまで必死に世界のルールを学ぶ必要も無かったかと。……違いますか?」
日本にいた頃の常識は全て捨てて。セラフィーナとして一から異世界の全てを学ぶ覚悟で勉強してきた。四条が言うように、日本と何も変わらないなら苦労も無かったのだ。
そういえばと。日本で社会人として働いていた懐かしい記憶を思い出す。まさしく、客先で出された飲み物をいつ飲むか、それとも残すべきか悩んでいた頃の自分を。
「懐かしい。私にも、そんなどうでも良い事で悩んでた頃があったなぁ」
遠い目をしつつも、四条と三ツ橋のやり取りに和んでくれたようだ。
「そうよね。紅茶だって、美味しく飲んで貰いたいですよね……」
セラフィーナもやおらカップを手に取ると、音もなく紅茶を口に含んだ。香りが鼻を抜け、身体を芯から温めてくれる。例の一件以来、何かの味をしっかり認識したのははじめてかもしれない。元気が出るようにとシェフが特別に用意してくれた好物も、大好きな甘味も、全てが味気なく色褪せていたというのに。
「……なんか、生き返った気持ちだわ」
久しぶりに日本人と話したからか。ここではセラフィーナでは無く、素の自分を出せた。ごはんと味噌汁が無性に恋しくなってくる。
「ですよね! 紅茶はあったかい内に飲むに限りますよ、
四条はセラフィーナを転生前の名で呼んだ。約20年の人生で、誰一人そう呼ぶものはおらず。自分でさえ忘れかけていたかつての名を。
「そうか。私、叶って名前だったわね」
名前と共に、前世での思い出が溢れてくる。日本での家族、友人、この名前で呼ばれたあらゆる場面が鮮明に。この異世界こそが、長い夢なのではと思わせるほどに。
「おやおや。それではまるで【千と千尋】みたいですよ、佐藤さん」
四条が口にする言葉が段々と無礼になって来たので、三ツ橋が肘で脇腹をつく。
「担当者はワタシですからっ! 先輩、ちょいうるさいっすよ!」
「ぐむっ!?」
「紅茶飲んで【おやおや】とか、右京さんくらいしか言わないですって」
すっかり気を抜いていたところにクリーンヒットし、四条は口から紅茶が出そうになるのを必死で堪えた。
「お前なぁ……! お客様の前で社員同士揉めるのはマナー違反じゃないのか!?」
「さて? 日本ではあまり褒められないでしょうけど、ここは異世界ですからねぇー」
思わずセラフィーナが、くすっと小さく笑う。
「ほら見ろ、セラフィーナ様に笑われちゃってるぞ? 三ツ橋がっ!」
「いやいや! 笑われてるのは先輩っすよ!」
お互いに罪をなすりつけ合う。
「ごめんなさい、二人のやりとりが面白くてつい。お二人とも、社会人なんですよね?」
暗に学生っぽいと思われている発言だったが、セラフィーナがほんのわずかでも元気を出してくれたならそれで良い。今日の目的は、セラフィーナとの接触と精神状態の確認だ。これが部屋から出てこないとか、一言も喋れない状態だとサポート業務も暗礁に乗り上げていたかもしれない。
「正真正銘、社会人ですよ。セラフィーナ様に楽しんでいただけたのなら、私も後輩に脇腹を小突かれた甲斐があります」
「もー。【笑わせた】と【笑われた】じゃ大違いなんすけどっ」
アプロディテもこの光景を見ているとすれば、やや照れる。
「お二人とも、今日は晩ご飯でも食べて行きませんか? もしお時間が許すのであれば」
セラフィーナから食事の誘い。
「よろしいのですか? では、お言葉に甘えて」
三ツ橋がすかさず受ける。今回はセラフィーナを核にした依頼だ。彼女を傷つける選択は避けるべきだし、必要以上に親密にならないといった注意も必要無い。もしA-27世界のエイリーンがこの光景を見ていたとしたら、ぐぬぬ……と顔を曇らせたことだろう。
「嬉しいわ。久しぶりに日本のお話が聞けるわねっ! 私、両親やシェフに伝えてくるのでお二人はくつろいでいて!」
お嬢様がいなくなり、部屋にはサポート課の二人が残される。
「三ツ橋、ここは日本とどのくらい時間ズレてるんだっけ?」
「んー。10倍速っすね」
つまり、日本で1年経てばこちらでは10年経つズレ。四条は【日本で一日】三ツ橋に同行する予定なので、異世界で3日活動しても良い計算だ。いや、活動しても良いではなく、活動しなくてはならない。
「えっ。3日も……? 結構ズレてんじゃん」
「やっぱり社員証の初期化は痛かったんじゃないっすか?」
「だってそれは、アプロディテ様のせいだし……。しかし、3日は長いって」
「なんなら四条先輩が手伝ってくれてる間に良いとこ落ち着くんじゃって思います」
日本での一日の業務が、行った世界とのズレによって増えるのはブラック過ぎでは? と思うかもしれない。8時間労働が、この世界を担当すれば80時間労働になる。そう、異世界サポートセンターはまごうことなきブラック企業なのだ。とはいえ反対に日本より時の進みが遅い世界では8時間労働が80分労働になってしまうケースもある。誰しもがその世界を担当したがるんじゃとよく新入社員などが懸念するが、そこは会社が無償で【クロノスタシス】を使い日本と時間を揃える隙のなさ。では、80時間労働を8時間労働に何故しないのか?
結論、勿体無いからである。
……長く働いた際の肉体年齢は世界を渡るタイミングで修正されるのが救いか。
「やべーな。三ツ橋の社員証でスーツだけはクリーニングしてもらわんと」
「それくらいは良いですけど。帰社したら、ちゃんとワタシの社員証で先輩のスーツをクリーニングしたって履歴に残しといてくださいよ。でないとワタシが一日に2回クリーニングしたことになっちゃいますから」
両親に晩餐を快諾してもらったセラフィーナは、ドアの前で不思議な会話を聞いた。
「えっ! 今の日本って社員証でスーツ洗えるの!?」
自分がいた頃から何年経ったのかはわからないが、かがくのちからってすげー!状態になる佐藤叶なのだった。
どう、とは?