こちら異世界サポートセンターでございます   作:いたまえ

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二十話 【-幸福への誓い-(プロミシア・フェリシス)

 

 マティアスを自ら手にかけたアンナベルの嘆きは、三ツ橋が最も信頼を寄せていた防御アイテムをも破壊する。厚みは十二分に持たせていたので、盾が弱いのではなくそれを粉砕した【戦乙女の血涙】が強力すぎたのだ。

 

「セラフィーナさんっ!!」

 

 三ツ橋が庇うように覆い被さってくれたので傷は無いものの、盾が崩壊する時の余波で、セラフィーナは三ツ橋ごと1メートルほど後方に吹き飛ばされて床に頭を打ちつけた。

 

 強烈な頭部の痛みが走馬灯を見せる。だが、この異世界での記憶では無い。日本に住んでいた頃の……前世の思い出。

 

 転生前、佐藤叶として生きた時間を。

 

 生まれ育った家庭は決して裕福とは言えず、内気な性格で友人も多くは無い人生だった。それでも、自分が身体を壊し入院した際にはつきっきりになってくれた大切な人たちがいた。死後にアプロディテから転生の話を持ちかけられた時、日本でお世話になった人達に誓ったことがある。神様のミスで短命となったとはいえ、自分のせいで随分と気苦労をかけてしまった。ならば、あれだけ自分が病気を治して幸せに生きる事を望んでくれた大切な人達のためにも、2度目の人生ではうんと幸福になってやろうと。

 セラフィーナが立場に甘えず自分を律し、王太子妃に相応しい人物になるまでの努力は、全てその気持ちからきていた。

 

「なのにこのザマは……なんなのよ……」

 

 手にはまだ力がはいる。両の手で身体を支えながら顔を上げ、攻撃してきた人物を視界に捉える。

 セラフィーナとマティアスの婚約を妨害しておきながら、次はそのマティアスをも傷つけたアンナベルを。

 

「お父様……お母様……バーナード」

 

 父と母、使用人まで巻き込む形で攻撃してきたのには温厚なセラフィーナも堪忍袋の尾が切れる。爆風を受け、みんな吹き飛んで気絶してしまっている。

 

 指先が意図せず震え、心の中で何かが点火するのを感じた。

 

「私は……こんなところでは終われないのよ。じゃないと、本当はもっと日本でみんなと生きていられた時間をただ奪われただけじゃないっ。殿下にだって、護って貰ったお礼を言えてないのに」

 

 全身の痛みに耐えて立ち上がる。

 

 日本で見たアニメや漫画みたいな能力を使用したアンナベルには恐怖を覚えるが、どうにかしてマティアスを助けなくては。

 

「あらー、これはこれはセラフィーナ様ぁ。そんなとこにいたんですねぇ? 気づきませんでしたよー」

「随分と良い性格をしているわね、貴女。四条さんを狙っていたようだけれど、何がしたいの?」

 

 余裕の笑みで、セラフィーナを路傍の石同然と言わんばかりのアンナベル。理由はわからないが、この女の狙いは四条みたいだ。異世界サポートに何かしらの恨みでもあるのだろうか。そういえば爆風を受けた直後から四条の姿は見えない。周囲に倒れているのは三ツ橋と、ロートシルドに関係する人だけ。

 

「……えっ」

 

 アンナベルも、ここで四条が姿を消したことに気がつく。

 

「あの男はどこっ!? もしかして逃げた? じゃあサクッとロートシルド家には滅んでもらって、追いかけないといけないわね」

 

 アンナベルは人格が入れ替わったように、険しい顔で四条を探す。

 

「アンナベル。貴女、こんなことしてどうなるかわかってるでしょうね? 王太子妃といえど、無罪放免とはいかないわよ」

 

 セラフィーナは三ツ橋が庇ってくれたのでダメージが少ないが、スケルツォをはじめ他の面々は全身血だらけだ。マティアスほど深刻では無さそうだが、彼らにも一刻も早い処置が必要だろう。

 アンナベルという女は、つくづくセラフィーナの大切なものを踏み躙りたいらしい。

 

「ふふ。こんな力を持った私を、一体この国の誰が裁けると言うのですかぁ? 世界中を探しても、今の私を倒せる人間がいるかしら。マティアス殿下も虫の息ですし、当然貴女も生かしてはおきません。エルドリアは50年前同様、今再び滅びの危機に瀕しているんですよ」

 

 指輪の光は、今すぐに第二撃を放てる輝き。セラフィーナにそれを防ぐ術は無い。

 

「……こんな事なら、【転生特典】とやらを貰っておくべきだったわね」

 

 女神アプロディテと出会い、この世界へ転生する直前。セラフィーナは転生特典としてチートなアイテムを貰えると言われた。もしも命を狙われたりした時に戦えるようにと、それこそゲームに出てきそうな伝説の剣みたいなものを。

 

 だがセラフィーナはお断りしたのだ。借り物の力で幸福になっても、それは真の幸福とは言えないのではないか。そんな、あまりに潔癖な持論によって。

 

 大貴族の家に生まれ、王太子と幼馴染になれる。それだけで十分チートと呼べる環境だったし、ロートシルド家は武に秀でた家柄の為、剣術も自分が努力し会得すれば良いと当時は考えていたのだ。実際、今のセラフィーナは屈強な男相手でも負けないほどの実力を身につけている。

 

「でもまさか、相手がこんな反則技を持ってるだなんて知らないわよっ」

 

 女神も、現地人がロスト特典を所持していたのは知らなかった。もしも把握していれば問答無用でセラフィーナにもチート能力を押し付けていただろう。

 

 セラフィーナはチラリとスケルツォの腰にあるサーベルを振り返る。

 

「……駄目ね」

 

 このアンナベル相手では剣があっても、刀身ごと真っ二つにされるのが関の山。転生特典があれば、そもそもマティアスが婚約破棄なんて荒技に追い込まれる前にリシェル家をどうにか出来ていたのかもしれない。

 

 全ては後の祭り。

 

「さっきから一人でボソボソと喋っちゃって。死の恐怖で狂っちゃいましたかぁ? 一応謝っておきますけど、大好きな殿下を奪っちゃってごめんなさいね。でも、一緒にあの世へ送ってあげますから、向こうで改めて結婚でもなんでもしてください」

 

 指輪は一層大きな光を放ち、今度は無防備となったセラフィーナに数枚の紅き刃が迫る。

 

 どうせ死ぬのなら、最期に倒れたマティアスを見つめながらが良い。視線をアンナベルから下げて、血の海に倒れ込んだ幼馴染を見つめる。この国を良くしようと誓いあった仲だ。こんな結末はマティアスにとってもセラフィーナとっても、残念極まりない。

 

 死んだ……と認識する頃にはとっくに刃が周囲を巻き込みセラフィーナを木っ端微塵にする。人間の反応速度を超える斬撃なので、恐怖する暇さえ無い。

 

「じゃあねぇー、セラフィーナ様ぁ。と、おまけにロートシルド家のみなさぁん」

 

 アンナベルが上機嫌に爆風を眺める。

 

 周囲では歴戦の兵士達が悔しそうに剣を構えているが、飛びかかる隙が見つからず手をこまねいている様子。

 

「兵士の皆様も殿下の次に殺してあげますから、もう少し待っていてくださいねぇ」 

 

 魔族との戦いを経験していようと、誰がこんな化け物に立ち向かえるというのか。この場から逃げ出さず、懸命に隙を窺っているだけでも大金星だ。

 

「マティアス殿下。こんな生い立ちでなかったら、私は貴方との婚約に胸を躍らせていたでしょう」

 

 指輪のチャージが完了するまで、アンナベルはマティアスに最期の別れを告げる。復讐に囚われていなければ。マティアスとの結婚生活を今しばらくは楽しめていたのだが。

 

 実際にはそうはならなかった。少しだけ勿体無いと思う。

 

「マティアス様はやらせんぞぉっ!!」

 

 マティアスを救うべく、兵士が一人アンナベルへ切りかかる。流石は魔族と戦った経験がある老兵。老いてもその動きにはキレが残っている。だが……

 

「邪魔ですわ」

「……うぐぅ!?」

 

 指輪が光り、頑強な鎧もろとも肉体を抉られ即死してしまう。ドチャ……と兵士だったものが床に落ちた。

 

「くそ……化け物め……」

 

 戦友のあまりに呆気ない最期に、他の兵士達は戦意喪失する。

 

「妻が夫を看取る場面に水を差すのは野暮ですよぉ」

 

 狂気に満ちた微笑み。人を殺しておきながら、虫を潰した程度の感覚でしかないらしい。

 

「……では。さようなら、心優しい王子様」

 

 兵士を殺すのには躊躇いが無くとも。こんな自分さえ守ろうとしてくれたマティアスの優しさには、とどめを刺す決心も鈍る。それでもアンナベルには引けない理由が存在する。

 

 指輪の光は最低限。マティアスの身体をこれ以上無駄に傷つける事なく、生命活動だけを停止させるよう加減した一撃は、兵士に向けた刃よりも遥かに小さかった。

 

 これで王太子妃ごっこも完璧に終わり。四条を追いかけて殺したら、アンナベルは生まれて初めて母親からも解放される。事が済んだら真っ先にグラナダへ報告へ行き、自由を与えて貰おうと考えていると。

 

「そんな生い立ちでも無ければ、貴女はマティアスと婚約出来ていないわよ。アンナベル・リシェル!」

 

 赤き一撃を、突如マティアスを包むように出現した白い光が打ち消した。

 

「その声はセラフィーナ!? 生きてたのっ!!?」

 

 ロートシルド家がいた場所は瓦礫と化した筈。だが、土煙が消え去ったその場には。

 白いバラをモチーフにしたサーベルを構え、セラフィーナ・ロートシルドが万全の状態で存在していた。

 

 セラフィーナだけでは無い。スケルツォもアリアも、誰一人としてとどめの一撃は受けていなかった。英雄四条の仲間である三ツ橋でさえ防げなかった攻撃にも関わらず。

 

「あり得ないっ! 私の……この指輪を! どうやって防いだのよ!?」

 

 ヒステリーに近いアンナベルの叫び。

 

「マティアスを護っているその光でわかるでしょ? チートアイテムは、もうアンタだけの特権じゃなくなったってわけ」

 

 つまり、マティアスが無事なのもセラフィーナが何かしたかららしい。

 

「良いですねぇ。やはり、現地のトラブルは現地の人に解決して貰うに限ります。そのサーベル、まさにセラフィーナ様の為に造られたみたいですね」

 

 場違いに、パチパチと拍手が響く。

 

「お前はっ……!」

 

 いつの間にかいなくなっていた四条が、これまたいつの間にかセラフィーナの隣にいた。ニコニコと、セラフィーナが剣を握る姿を見て満足そうに頷いている。

 

 アンナベルは再度現れた仇に反射で攻撃する。……しかし。

 

「させないわよっ」

 

 セラフィーナが白きサーベルを振るい、斬撃を全て打ち払って見せた。流れる水のような動きは長年の鍛錬によって身につけたもの。剣に疎いアンナベルでも、あの身のこなしはセラフィーナ自身の実力だとわかる。

 

「四条さん、ありがとうございます。このサーベルがあれば……私は家族を守り、日本にいる大切な人への誓いも果たせます」

「いえいえ。私はただアプロディテ様とお会いして剣を預かってきただけですよ。その【-幸福への誓い-(プロミシア・フェリシス)】は、本来貴女が転生する時に渡されていたアイテムですし」

 

 四条としては、爆発のどさくさに紛れてアプロディテに会いに行き、ただアイテムをセラフィーナに渡しただけでなのだ。ロスト特典は異世界サポートのミス。故に、アイテム代はサービスすると約束して。

 

「アンナベル……よくも好き勝手やってくれたわね。さっき、アンタ言ってたよね? 『こんな力を持った私を、一体この国の誰が裁けると言うのですかぁ?』って」

「だ、だったら何ですの? というより、セラフィーナ様、なんだか口調が……」

 

 セラフィーナの口調が砕け、佐藤叶として告げる。サーベルの先端をアンナベルへ突きつけて。

 

「アンタはこの私が裁いてあげるわよ。日本にいる家族と友達に誓ったの。この世界で、幸福になるってね! その為にも……アンタはここで倒す!!」

 

 セラフィーナが持つサーベルが白く輝く。【-幸福への誓い-(プロミシア・フェリシス)】は、何かを護りたいという意思が強いほど効果を発揮する。

 マティアスや家族を護りたい。日本にいる大切な人への誓いを護りたい。セラフィーナがそう願うほど、白銀の頭身が聖なる輝きを放つ。

 

 憎しみでパワーを増すアンナベルの指輪とは対極に有るアイテムだ。

 婚約者と元婚約者。赤い光と白い光が、大広間を染めていく。

 

 指輪とサーベル。それぞれから放たれた斬撃は真正面からぶつかり、せめぎ合う。

 

「私は……! 私はマティアスを殺して、そこの英雄も殺さなきゃいけないのよ……邪魔しないで!!」

 

 微かに赤い刃が勢いを強める。だが……

 

「ねえアンナベル、その指輪は確かに強いわ。でも肝心のアンタの四条さんへの憎しみ……それの出どころはどこなわけ?」

「……それはっ」

 

 徐々に、白い刃がギリギリと轟音と閃光を生みながら赤い斬撃を押し込んでゆく。

 

「即答できない曖昧な恨みで……私の幸福の邪魔をするんじゃないわよっ!!」

 

 お互いの覚悟が反映される形で。

 

 白い光に軍配が上がった。

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