こちら異世界サポートセンターでございます   作:いたまえ

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二十二話 操り人形

 

 セラフィーナが放った白銀の光に飲み込まれたアンナベルは、肉体に欠損は無いものの、全身の力が抜けて倦怠感に襲われる。思考だけはクリアで、斬撃の撃ち合いに負けてしまった事はわかった。

【-幸福への誓い-】の一撃を受けた時にはマティアスも側に倒れていたのだが、彼だけは白いモヤに包まれておりノーダメージ。セラフィーナの剣によって、攻撃対象を選別されていたのだろう。

 

 アンナベルはふと、奥歯の裏側に舌を這わせる癖が出た。

 

(ああ、これで終わりなのね……)

 

 死罪確定の騒動を起こしたのだ。指輪も回収され、刑の執行まで2度と自由には出歩けまい。

 物心をついた頃から、母グラナダから「お前は人生をかけてこの国に復讐するのよ」と思想を植え付けられてきたアンナベル。王太子妃になる、そこまでならアンナベルにも益のある話だったのだが。四条が現れた事によって計画は変更されてしまった。【人生をかけたこの国への復讐】よりも四条殺害を優先させられたのは、暗にアンナベルのこれまでの、これからの人生などどうでもいいと母親に思われていた証左だ。

 

「マティアス!! 大丈夫っ!?」

 

 セラフィーナがマティアスへ駆け寄る。白い光には回復効果があるようで、生死の狭間にいた王太子の傷は塞がり、顔色にも生気が感じられた。

 

「セラフィーナか……助かったぞ」

「喋れるのね、良かった……」

 

 意思の疎通ができてセラフィーナは安堵した。マティアスの手を握り、伝えぬまま終わったら死んでも死にきれないと思っていた事柄を口に出す。

 

「ごめんなさいマティアス殿下。貴方の優しさに気が付かず、私はもう少しで貴方を恨んだままこの国を出るところでした」

 

 婚約破棄され、異世界サポセンの二人に新たな幸福を模索してはと提案された時に。セラフィーナはこの美しい異世界を気ままに旅する未来を考えていた。アンナベルに靡いた王太子に嫌悪感を抱きながら巡る世界はどうしたって色褪せていたかもしれない。

 

「そうか、カーナ様から聞いたのだな? ……謝るのはこちらの方だ。()との誓いを戯言などと、傷つけるような発言をしてしまった」

 

 婚約破棄した時のやり取り。涙目で幼少期の誓いを持ち出したセラフィーナに、あまりにも残酷な態度をとってしまった。最愛の幼馴染を傷つけてまで……大好きな人に恨まれてでもその命を救いたかったのだ。

 

「もう良いのです。私も貴方を信じることが出来なかったのですから。でも、これから先は何があっても殿下のお側を離れません……」

 

 セラフィーナの頬を流れる雫。

 

「この国を二人で背負っていくためにも」

 

 愛する国を、人を守る力を手に入れた。もうこの先どんな困難があろうとも、マティアスから離れたりはしない。

 

「あんなことをしてしまったのに、また君に名前を呼び捨てにしてもらえるとはな。ならば、死の淵に立つのも存外悪くは無いものだ」

「……おかしな殿下ですね、死にかけたって言うのに嬉しそうな顔をして。やっぱり私が隣にいてあげないと駄目ですかねぇ」

 

 一度死んだ前世の自分が願っていた【穏やかな時間】が、いま目の前にあった。

 

 子供の頃に交わした約束は、時を経てより強固なものに。例えこれから予想も出来ない困難に幾度陥ろうが、守り抜いてみせる。

 白銀のサーベルが持ち主の覚悟に比例して輝きを増す。マティアスも、ロートシルド家も、三ツ橋も。傷ついた人たちを癒すように光が満ちていく。

 

「攻守兼ね備えた剣か。効果範囲も良さげだし、イスタルテさんに今度お勧めしてみようかな」

 

 四条は気を失った三ツ橋が回復していく様子を見守りながら、A-27の対応を考える。スーツの上着を丁寧に折りたたみ、三ツ橋の枕にしてあげる。汚れてもいい、と迷いなく上着を差し出す姿に、兵士たちの視線が揺れた。

 

「……とはいえ田中君がセラフィーナさんみたいな黄金の精神を持っているかはわからんけど。デザインも薔薇だから女性の方が似合うかね」

 

 まだ接触していないので判断がつかないにも関わらず、転生者田中に対して失礼な思考をしていれば。

 

「んぅ……先輩……?」

 

 全快した三ツ橋が目を開いた。

 

「お疲れ様、三ツ橋。セラフィーナさんを守ってくれてありがとうな。おかげさまで、無事に事態は収束しそうだよ」

 

 サポート対象を捨て身で守った後輩の勇気を讃える。三ツ橋が上体をガバッと起こすと、イチャイチャするセラフィーナとマティアスが見えた。

 

「殿下も無事でしたかっ! アンナベルは倒れてるし……セラフィーナさんの手にあるのはウチの製品っすか?」

「そうだ。アレでセラフィーナさん自身がアンナベルにケリをつけたんだ。マティアス殿下とも和解したし、この上ない結末じゃないか?」

 

 社内的にも、トラブルは現地人に解決させた方が良いとされる。サポート課としては満点の対応だ。

 

「ですねぇ。セラフィーナさんも心から笑えているみたいですし、彼女が幸せならOKっす。最後に気絶しちゃってたのは社員として恥ずかしいですけど」

 

 照れ臭く笑う三ツ橋。不慣れな対人戦闘と考えれば合格点なので、四条は叱責したりせず。

 

「戦闘は経験がものを言うからね。これからお前もちょっとずつ強くなれば良いのさ。なにせ我々は、普通の人よりも【勤務時間】が長いんだから」

 

 日本よりも時間の進みが遅い異世界でなら戦闘経験も沢山積めるし、焦る事は無い。ステップアップの機会は沢山ある。

 三ツ橋は戦闘力の高い四条から励まされ、目を輝かせる。

 

「強くなれますか!? ワタシでも」

「なれるよ。なんならバリアの扱いとかは既に社内でトップクラスだと思うし。……てか、結構向上心あるタイプだったか?」

 

 そんなに前のめりで食い付かれるとは。

 

「ワタシ、実は【掃討部のアポロン】って人に憧れてるんですっ! 女性でありながら、掃討課で男性社員よりも強いって噂の。掃討部はトップシークレットな組織ですから、それこそ噂でしか知らないんすけど……もしも掃討部にスカウトされたらお会い出来ますかね?」

 

 女子社員の間でまことしやかに話される、掃討部のアポロンとやら。秘匿されるべきなのに、まるで女子校のアイドルでは無いか。

 

(もう、会ってますがな……。今の課長見たらイメージ崩れちゃうんじゃないか?)

 

 とは言えず、四条はなんと答えるか逡巡して。

 

「掃討部はやめとけ。ブラック企業の中のブラック部署って言われてるし」

 

 一旦、桜井課長には触れず掃討部を否定しておいた。あんな部署は労◯基準監督署に訴えられてしまえばいい。

 

「ああ……掃討部がヤバいのはなんとなくわかりますけどぉ」

 

 ヤバいなんて言葉で済ませないで貰いたいところだったが、ここでは四条も掃討部に詳しく無いスタンスでいなくてはならず。ひとまず話題を打ち切っておく。

 

「ところで。早いとこアンナベルから指輪を回収しなきゃならんな」

 

 セラフィーナによって無力化されたアンナベル。真の意味での無力化はロスト特典を指から取り外して完了となる。

 

「そうでしたね。早くしましょう、先輩!」

 

 三ツ橋が立ち上がって、その時枕がわりに置いてあった四条の上着に気がついた。

 

「って、これ……先輩がやってくれてたんすか……?」

 

 手で掴んで広げてみると、間違いなく四条のスーツだった。

 

「そうだよ。床、固そうだったしな」

 

 受け取って、袖を通しながら何でも無いかのように四条は言う。

 

「あ、有難うございます……!」

 

 サラッとこういう事をしてくる辺り、全く油断のならない先輩だなぁと三ツ橋は思うのだ。

 

 四条がコツコツと革靴の音を立てながらアンナベルへ近寄る。念の為、不意打ちを警戒して。セラフィーナとマティアスもそれに気がつき、アンナベルへと視線を移す。特にセラフィーナはサーベルを構えて、素早く応じられるように備えた。

 

 アンナベルはぼんやりと天井を眺めていた。その唇が、誰にも聞こえないほどの声で震える。

 

「ここまで姿を見せないということは……やれ、という意味ですのね、お母様……」

 

 そして。

 

(これでようやく、お母様に褒めていただけますわ……)

 

 カチンと乾いた音が大広間に落ちた。アンナベルの口内、奥歯で小さな金属が砕ける音。瞳から、スゥッ……と光が抜ける。

 

「……駄目っ!?」

 

 何をしたのか、真っ先に理解したのはセラフィーナだった。

 

 アンナベルの胸に嵌まっていた指輪が、赤黒い光を脈打ち持ち主の肉体を離れた。まるで、【本来の持ち主】へ戻るように。

 

 床を滑るようにして、赤い光が王城の奥へ吸い込まれていく。

 

 悪意の根源へ向かって一直線に。

 

「一時的なアイテムの譲渡か。そこまでやるか? 普通……」

 

 本来の持ち主から別の人間への特典貸与。別の人間が死ねば、当然アイテムは持ち主へと還る。

 眼前で起こった現象に四条は虫唾が走る。

 

「先輩っ! これは何が起きたんすかっ!?」

「恐らく、アンナベルは歯に毒か何かを仕込んでいたようだ。あの指輪は何者かからレンタルしてたみたいで、アンナベルの死と同時に元の持ち主へ戻っていってるみたいだな」

「つまり、服毒自殺ですか。アンナベル……さんは、それだけの覚悟で犯行におよんだと?」

 

 あるいは、それさえ何者かに強要されたのか。犯行が失敗し、指輪を奪われそうになったら自害せよと。

 

 赤い光が収束したのは、大広間入口脇の赤いカーテンの裏。アンナベルに犯行を指示した人間がそこに隠れているのは明白。

 

 全員がカーテンに注目する。

 

「……はぁ、役立たずな娘だこと。あわや指輪を奪われそうになるだなんて。毒を仕込ませて正解だったわね」

 

 悪びれる事も無く。指輪の真の持ち主は、大貴族としての振る舞いでカーテン裏から現れる。娘の亡骸を、まるで汚物を見る目で観察して。

 

「せめて死ぬくらいは、きっちり役に立ってもらわないとねぇ」

 

 言いつけを守り死んでも尚、アンナベルは母親に褒めては貰えなかった。

 

「グラナダ……リシェル。娘を殺人鬼に育て、自分は影で指示していただけなのに随分な言い草では無いか」

 

 マティアスが立ち上がり、黒幕を睨む。アンナベルの背後にいる人物となれば推理の余地もない。表向きは、どん底からリシェル家を復活させたやり手。蓋を開けてみればアイテムを頼りに多くの犠牲の元成り上がったに過ぎない外道。

 娘を道具として扱うとは、貴族の風上にも置けない。

 

「死に損ないの王太子……せっかく拾ったその命、無駄に散らしたくなければ黙りなさい。我が目的は、そこの英雄のみなのですから」

 

 グラナダが指差す人物は他でもない、四条慧ただ一人。

 

「英雄? ヨジョー先輩、あの……グラナダさん? と知り合いなんですか」

「多分。50年前に一度だけ、な」

 

 グラナダを見る四条の目つきは、唾棄すべき人間へ向けるものだった。

 

「一度だけ、とはつれないじゃない。我が姉が眠る場所に献花してくれていたでしょう?」

「あぁ。やはり、あの親子連れはアンナベルさんと貴女だったのですね」

 

 帽子を深く被っていた親子。50年前、瓦礫に埋もれて亡くなった少女に花束を添える人物はかなり限定される。四条はとっくに気がついていた。自らの行いが生んだ、復讐に囚われた人型のモンスターの正体に。

 誰も傷つけず、ただ四条を殺したいだけであったなら理解できた。それが王国を滅ぼすところまでいってしまうとは。

 

「御息女をマティアス殿下に近づけ、王太子妃の座を狙ってまで王国に恨みがあると?」

「この50年、英雄二人を褒め称えるこの国に何度も憤慨しました。貴方はこの国の歴史の教科書にだって載っているのですよ。我が姉を見殺しにした冷酷な人物を……未来永劫英雄として語る国など滅ぶべきでしょう」

 

 グラナダの指輪が、アンナベルが身につけていた時とは比較にならない光量を見せる。

 

「ヨジョー先輩……昔、この国で何をしたんすか」

 

 歪みきったグラナダに、三ツ橋は当時のサポート内容を知りたい。人をここまで復讐の鬼にするなど普通では無い。

 

「もういいか。さっき話題にも出たところだし……この状況を解決する為には、三ツ橋に伝えなきゃならないな。社外秘どころか社内秘だから、他言は無用だぞ」

 

 四条の念入りな前置き。この会社で社内秘扱いされる情報は一つ。

 

 50年前……つまり、日本では5年前。救国の英雄として歴史の教科書に載る出来事。アプロディテが以前漏らした、『四条は別部署出身』という発言。ロートシルド家による手厚すぎる歓待。そして、そもそもの四条の異常な戦闘能力。

 

 思えば、ピースは揃い過ぎていた。

 三ツ橋はゴクリと喉を鳴らす。

 

「……実は俺、元々は掃討部にいたんだよね」

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