こちら異世界サポートセンターでございます   作:いたまえ

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四十二話 図書館ではお静かに

 

 四条達と別れた足で吉田は【森】へ向かう。もうノクティアはおらず、女神から隠す必要が無くなった場所へと。鬱蒼とした森は吉田の能力を使うまでも無く、陽の光も遮るほど濃い。湿った地面に足をとられながらも最奥を目指せば。

 

「おやおや……貴殿と再びお会いするとは。喜ぶべきか、悲しむべきか」

 

 ノクティアの教育係を務めた魔人が迎えにやって来た。魔族としてもかなり高齢で、見た目は人間の90歳程度。吉田の顔を見つめる表情は、発言通り嬉しさと悲しさが半分ずつといった風。

 

「俺が再びここを訪れる事があれば、それは魔族の危機。覚えていてくれたか、モルディス爺さん」

 

 吉田がまだサポートセンターにいた頃。眼前の魔人、モルディスと最後に交わした言葉を思い起こす。

 

「当たり前ですぞ。そしてヨシダ殿、我等の不始末でノクティア様が森から出てしまったようなのだ。今、部下に捜索させているのだが一向に見つからず……面目無い……!」

 

 魔王の娘を教育する、そのような重大な責務を与えられた地位の魔人が【人間】に頭を下げた。吉田はすぐにモルディスの肩に手を置く。

 

「それについては心配するな。ノクティア様は現在人間の王都にいらっしゃる。捕らえられたわけじゃなく、自らのご意志でだ」

「なんと!? 人間の街に……、なるほど見つからぬわけです。けれど、ノクティア様は何故そのような場所へ?」

「わからん。ただ、ノクティア様を害する恐れがある人間どもは俺が交渉して手出しさせないようにした。……一時的な停戦協定ってところだがな」

 

 魔王の能力を十全に受け継いだノクティアを倒し得る人物、エイリーン王女あたりかとモルディスは予測する。

 

「すまない、ヨシダ殿。一時的と言いましたな? 再び交戦するまでに出来る事はありますか? ノクティア様をこの森へ連れ戻すのは最優先ですが……」

「あー。それなんだが、俺の能力による森の守りは既に失せている。ノクティア様がいなくなったのを察知し、この場へ駆けつける為にキャパシティを割いたからだ。なので森へ連れ戻すのはマストでは無い。連れ帰ったところで、絶対に安全とは言えなくなったからな」

「ふむ。だとしたら、王都にいるノクティア様をお守りする方向ですかな」

「ああ……それも悪く無い。が、俺には違う考えがある」

 

 吉田は腕を組み、貞操逆転世界にいながらずっと考え続けた【打倒イスタルテ】の手段を口に出す。

 

「ノクティア様の、亡くなった肉親から力を受け継ぐ特異体質……アレを俺の能力で【全魔族】から力を回収可能なように変更しようと思う」

 

 そうすれば、これから【A-27】で魔族が死んだ際にノクティアは何割かの能力を受け継げるようになる。強くなるには同族の死が前提なので万事解決とは言い難いが、新たなる【魔王ノクティア】が死んでしまう確率は大幅に下げられる。この世界の全魔族分強くなった暁には、女神イスタルテをも射程に捉えられるかもしれない。

 

「昔ヨシダ殿が話していたプランですな。ただ、それをやるには貴殿が全ての能力を失うのと引き換えだったと記憶しておりますが……」

 

 目下、異世界サポートセンターが懸命に解析している吉田の強大な能力。エフビレッジ4個分の広さの森を別世界にいながら護り抜けるほどのもの。ノクティアの特性を書き換える為には、それを失うくらい余す事なく力を使い切る必要がある。

 

「安いもんさ。そうなりゃ俺は戦力外……後のことは頼む他なくなっちまうがな」

 

 吉田は付近の切り株へ座り、残り一本になったタバコに火をつける。能力を失えば金輪際味わえぬ紫煙。肺の奥まで充満させて、じっくりと堪能する。

 

「出来ることなら、魔族側の損害は抑えたくはありますが」

「……どうせ、何もしなくても女神から力を与えられた人間が魔族を滅ぼしにやってくる。だったら、犠牲者が出るたびにノクティア様を強化するのは悪い手じゃない。意味のある死にしてやるんだ」

「ううむ……」

「魔族が死なずに解決すんなら、一番良い。俺がやるのはあくまで保険さ。人間である俺が能力を失うだけで保険をかけられるなら、魔族にとっては一石二鳥みたいなもんだろ?」

 

 これまで長い間森を守り抜いてくれた理解者。モルディスにとって、吉田はそこらの人間と同列には語れない。もはや同胞と呼んでも良いほど。そんな男に全能力を失わせるのは気が進まない。

 

「貴殿の覚悟、受け取りましたぞ。能力を失ったヨシダ殿は我々が命懸けでお守りします。それから……ノクティア様に力を与える為、魔族の精鋭部隊を敢えてエイリーン征伐へ向かわせましょう。そのまま王女を殺せれば最良、失敗してもノクティア様が強化されるのなら無駄ではありません。未来の魔王様のためとはいえ同胞を失うのは、前魔王様が望んだ道ではないのかもしれませんがね」

 

 魔族側も全面的に吉田に協力してくれるらしい。能力を失う覚悟に、モルディスもまた覚悟で返す。自分が弱いせいで魔族に負担を強いる不甲斐なさに唇を噛み締める吉田。しかしこれで、何の未練もなく能力を手放せる。

 

「……決まりだな。つーわけでモルディス爺さん、祭壇をちとお借りするぜ。ここから遠隔でノクティア様の特性を書き換える」

 

 魔王の娘がベッドにしていた祭壇。吉田はそこへ力を集約させ始めた。眺めつつ、モルディスは若き魔王との思い出を蘇らせる。

 

「ノクティア様は、もしかすると見聞を広める為に人間の街へ行ったのやもしれません。この森から一度も出た事が無かったあの方にとって、人間は知識でしかありませんから」

「そうかい。人間が魔族にとって真に有害なのか、自分の目で確かめたくなったのかもな。好奇心旺盛なのは悪い事じゃあない」

 

 吉田の中にある力が徐々に祭壇へ移っていく。

 

「本当に良いのですか? ヨシダ殿。貴殿にとってもその力は特別なもの……。失ってまで、我等魔族に肩入れしてくださるのは嬉しいのですが」

 

 今ならまだ中止も間に合う。だが吉田は一切の躊躇なくノクティアへの干渉を続けた。

 

「良いんだよ、俺じゃあ敵に勝てなさそうだからな。ましてやイスタルテ相手は荷が重すぎる。ノクティア様へ託す事が今んとこ唯一の勝ち筋なのさ」

「王女エイリーンの事でしょうか? 確かに強いですが、全力のヨシダ殿なら或いは」

「お姫様じゃなくてな。もっと厄介な奴らが二人ほど敵にまわっちまったのよ」

「まさか、前魔王様を殺した?」

「……そうだ」

 

 四条に桜井。どちらか一人でも厄介なのに、セットで行動されては厳しい。故に吉田は彼らの強さを逆手に取る事にした。

 

(これが終わったら……モルディス爺さんには悪いが、四条君達にどんどん魔族をけしかけて貰うぜ。あの二人なら返り討ちにしてくれる。ノクティアを強化しているとは知らずにな)

 

 魔族を守りたいと考えた男が、結局は魔族の犠牲を伴う作戦に縋るしかなくなってしまった皮肉。人間側にも多くの被害が出るかもしれない。ただ、それがイスタルテへの精神的ダメージになるならむしろ望ましいのだ。

 

 吉田の身体から力が抜けていく。異世界由来の特別な能力は、ノクティアの為に消えようとしていた。しかし構わない。どの異世界でも虐げられる魔族の、未来への展望が望めるのなら。

 

 吉田の視界から、何かが消えていく。空間の歪み。遠くの気配。手を伸ばせば触れられたはずの【世界】。

 それらが、ゆっくりと指の間から零れ落ちた。

 

「……終わりか」

 

 試しに、森へ意識を伸ばす。……何も起きない。これまで当然のように出来ていたことが、一切応えない。膝が崩れた。

 

 重い。どうしようもなく、身体が重い。

 

「後は頼んだぜ、ノクティア様」

 

 ◇◇◇

 

 ティーナとノクティア。二人はあれから毎日色々な場所を巡っていた。世間知らずなノクティアに付き合ううち、ティーナ自身も人間社会について深く考えるきっかけを得る。

 

「ティーナお姉さん、今日は図書館に行ってみたいわ! 色々な本が置いてあるんだよね?」

 

 共に過ごす内に、ノクティアはティーナにすっかり心を開いていた。口調も砕け、手を引っ張り先を促す姿は仲の良い姉妹にしか見えない。

 

「こらこら、また先走って! そんなに慌てなくても本は逃げやしないよっ」

 

 優しい口調で諫めるティーナ。彼女にしても、幼い妹と接しているようで非常に楽しそうな笑顔。貧困街で生活する中では決して浮かべなかった表情だ。

 

「いいかい、ノクティア! 図書館では静かにしなきゃダメだからね? あんまりはしゃいで追い出されても知らないわよ」

「わかってるよー! ほら、早く早く!」

「まったく、本当にわかっているんだか」

 

 王立の図書館は広く国民に開放されてはいるが、入館に身分証は必要。いきなり銀貨を渡してきた事から、ティーナはノクティアが良いところの出でその辺の問題は無いと楽観していたのだが。

 

「身分証が無いとお通し出来ませんね」

 

 職員に冷たく拒否されてしまった。

 

「あ、あぅ……」

 

 このような状況に慣れていないのか、ノクティアは固まってしまった。

 

「ちょ、ノクティアあんた身分証無いのかい!?」

 

 慌てて隅まで連れて行ったティーナは小声で問い詰める。

 

「うう……それは……」

 

 言葉に詰まる様は庇護欲をくすぐる。しかし、どれだけ可愛くても身分証が無いと話にならず。

 

「そうかい、あんたやっぱりお忍びでこんな事をしてるんだね? だから身分は明かせないってわけか」

 

 世間知らずなお嬢様。ここで身分を提示しては不都合でもあるのだろう。ティーナは悟った。だが、それなら図書館は諦める他無い。

 何か上手い手が無いかしばらく考え込んでいる間にも、二人組の男女が入館していく。

 

「やっぱり、もう一回聞いてみるしかないか」

 

 ティーナは先ほどの職員に再度お願いしてみる。

 

「ねえ、どうしても駄目ですか? 私の身分証はあるから、連れって事で」

 

 如何にも堅物そうな職員は、光がない目をティーナへ向けた。ボーっとした覇気のない顔は、つい先ほどとは別人のよう。

 

「……どうぞ」

「あれっ?」

 

 あっさりと許可してくれる。聞きつけたノクティアは目を輝かせて図書室へ入るべく駆け寄った。

 

「いいんですかっ!? やったー!」

「どうなっているんだか……」

 

 ティーナは不審がりつつも、別に不法侵入するわけではないので【ラッキー】くらいで済ませるとした。

 

「わあー! 本、こっちにも本!? あそこにも!! こんなに沢山の本は見た事がないわっ!!?」

 

 テーマパークに来たみたいにテンションを上げるノクティア。

 

「ちょっと! 私の注意をもう忘れたのっ!?」

 

 慌ててノクティアの口を手でふさぐ。

 

「……あそこの子供が言う通り、本多すぎますね。これじゃあ吉田さんが何故魔族に肩入れするのか、歴史を調べるのも一苦労ですよ。人間に都合が良いよう、かなり歪んで記されてるでしょうし」

 

 ティーナらを抜かす形で入館した異世界サポセンの二人は、社員証の効果で職員に暗示をかけた。そのおかげでノクティアも中まで入れたのだ。

 四条らはまさかこの場に魔王の娘がいる事までは気が付かず。ノクティアが身につけるローブの効果によって、すぐそばにいながら平和に本でお勉強する奇妙な状況となった。

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