こちら異世界サポートセンターでございます   作:いたまえ

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第二章:王太子妃として転生させてあげたのに婚約破棄!?
八話 F案件


「セラフィーナ。お前との婚約を破棄する!」

 

 王城・謁見の間に貴族達のざわめきが反響した。王太子からの唐突な婚約破棄。セラフィーナにとって約束されたはずの幸せは一瞬にして崩れ去る。

 

「な、何故ですか、マティアス殿下!! 我々は幼い頃から親しく、将来共にこの国を背負おうと誓い合った仲ではありませんかっ!!」

 

 セラフィーナの声は悲鳴に近かった。

 

「ふんっ。幼少期の戯言が、未だに有効だと信じ込んでいたとは……なんと愚かな。情など政には不要だと何故わからんのだ」

「戯言ではありません。あれは、両家も認めた誓約。思いつきで破棄できるものでは……」

「うるさい! あまり失望させるな、セラフィーナよ。誰が何と言おうと、私はこのアンナベルと結婚する。これは王太子による決定事項である!」

 

 マティアスの隣には、フリフリのドレスを着た可愛らしい女性が立っていた。幼い顔立ちに、長く艶のある髪。強く、芯のあるセラフィーナには無い、守ってあげたくなる儚さを持ち合わせている。謁見の間に相応しくないフリルは目に痛いが。

 

 結婚相手を見せつけられ、セラフィーナの世界から音が消える。彼女が積み上げてきた礼法も政務も、王太子妃としての矜恃も瓦解した。

 

 崩れ落ちるセラフィーナに勝ち誇った顔をする、アンナベルと呼ばれた女。その隣から、マティアスは元婚約者に淡々と語る。

 

「お前の家は保守派だ。しかし平和なら既に50年も続いている。これからは交易と融和の時代。戦うだけが取り柄の家の娘など、女王に相応しく無い」

「殿下!? そのようなお考え、一体どこから……」

 

 言いかけて、セラフィーナはアンナベルを見やる。

 

「さ、いくぞアンナベル。我々の部屋へ」

「はぁーい、殿下ぁ」

 

 アンナベルの腰に手を回しエスコートするマティアス。王太子達が消えた謁見の間に取り残されたセラフィーナを、周囲の貴族達は見ていることしかできず。

 

「まさか。殿下がそのようなお考えとは……」

 

 セラフィーナの目には涙が浮かぶ。

 

 マティアスとの結婚こそが、彼女にとって二度目の生でいうゴールだった。この世界に生まれてからこれまで、慣れない貴族の作法・礼儀。王太子妃としてやるべき事を死に物狂いで勉強したのだ。こんな形で台無しにされるべき努力では無い。

 

「私は、この世界でも幸せになれないの?」

 

 ◇

 

 

 朝8時10分。定時前に出社した三ツ橋は、デスク周辺の整頓をしながら業務に備えていた。

 

「おはようございます三ツ橋さん」

 

 新入社員の児玉香織が丁寧に朝の挨拶をし、三ツ橋の隣へ着席する。ミディアムウルフな髪型に控えめなネイル。一昔前のおじさん社員からは近頃の若者はと言われそうな洒脱さだが、実際にはおじさん社員からは文句一つ出ていない。この会社のおじさん社員は随分とインクルーシブなようだ。決して、女性に弱いわけではない。きっと。

 今は、三ツ橋が彼女の教育係だ。

 

「おはよー香織。今日も頑張ろうね」

「はいっ!」

 

 女性社員二人、長い一日の始まりにお互い檄を飛ばし合う。そのうち課長の桜井も出社し、ここは美容業界なのではと思わせる華やかさになった。

 

「おはよう、二人とも」

「「おはようございます!」」

「……あら」

 

 課長にとって、課員の健康状態を把握するのも仕事のうち。桜井は三ツ橋がやや疲れているのを感じとると。

 

「ねえ佳奈ちゃん。昨日は休めた?」

 

 すかさず体調を気遣う。もしも疲れが溜まっているなら、外回りがあれば四条に代わりに行かせようと考えつつ。

 三ツ橋もメイクで目の下のクマを隠したつもりでいたので、一目で見抜かれ課長の洞察力に感服する。

 

「少し寝不足で。やっぱりわかっちゃいますか」

「そりゃあね。みんなの上司ですから」

 

 えへんと胸をはる課長。四条に対する態度とは全然違い頼れるお姉さん感を出しているのは、やっぱり同性同士ありのままの自分でいやすいからか。そうならば、今の態度が課長の素に近いと言える。

 

「実は、昨晩はヨジョー先輩にあまり寝させて貰えなくて……」

 

 三ツ橋が頬をぽりぽり人差し指でかきながら、急に呼び出された昨晩を思い出す。言葉足らずだった四条が全面的に悪いが、勘違いした自分も恥ずかしくなり口元を覆う。

 

「えーっ! 四条さんと三ツ橋さんってそういう間柄だったんですか!?」

「佳奈ちゃん! ついにやったの!?」

 

 幾つになっても恋バナは盛り上がるもので、桜井も児玉も乙女の眼差しで三ツ橋に迫った。

 

「……突然電話が来たかと思えば、先輩の部屋に呼び出されまして。その時ワタシまだシャワーも入ってなかったのに、別に構わないからって」

 

 想像以上にガッツリな説明に、聞いていた二人が赤面する。

 

「四条先輩って、疲れた風な感じで実は肉食系……?」

「アイツ、佳奈ちゃんを呼び出すなんて何様よ! 自分が来いってのっ!!」

 

 出社するやとんでもない空気になっているデスク周りに、四条はカバンを床に落としかけた。

 

「三ツ橋! お前は俺を居づらくして辞めさせる気かっ!!?」

 

 女3人寄れば姦しい中勇気を出して踏み込む。いつの間にか後輩女子を夜中自宅に呼び出した男にされそうだったからだ。いや、それに間違いは無いが……

 

「あ! ヨジョー先輩、昨晩はどうも」

「どうもて、お前なぁ。あえて児玉が誤解するような言い方は教育にも良く無いぞ?」

 

 A-27について来てくれて、帰りも送ってくれたのには本当に感謝しているが、その恩を別に返さなくてもいいか? と思わせる振る舞いはよして欲しい。

 

「四条さん、おはようございますっ」

 

 わざわざ一度立ち上がってまで礼をしてくれる新入社員。すっかり先輩に対する礼儀を忘れてきた三ツ橋を、むしろ児玉に指導してもらいたい。

 

「おはよう。児玉さん、三ツ橋の話は気にしなくて良いから。嘘だからね」

「そうなんですか。では昨晩、三ツ橋さんを四条さんの自宅に呼び出したわけじゃないんですか?」

 

 これがオフィスラブ!? と、ドラマや漫画で見たシチュエーションが身近にあって興奮した児玉は少し盛り下がる。

 

「んー……呼び出してはいるんだけど、そうじゃ無くてね?」

「呼び出したんですねっ!? なら嘘じゃないのではありませんか?」

 

 ごもっとも。

 

 もしも児玉から他の新人達に今の話をされては社内中の噂になる為、ここはしっかり口止めしておこうとするも、三ツ橋が嘘は言ってないのが厄介だった。

 

「呼び出されました!」

「やっぱりオフィスラブじゃないですかぁ」

 

 右手をビシッと挙げる三ツ橋に、児玉も嬉しそう。

 

「児玉さんは、出社したらまず対応履歴を確認するクセをつけようなっ! 質問はそれから。いいね?」

「……わかりましたっ」

 

 四条は出勤打刻をする前からもう既に退勤打刻をし、立場を忘れてイスタルテさんと愚痴を言い合いたい気分になってきた。

 

「ウチは別に社内恋愛禁止じゃないけど、倉庫や社用車で隠れて逢瀬は流石にダメだからね?」

「逢瀬て。課長、貴女は昨夜の対応履歴で俺たちがA-27に行ってたのをご存知なのでは……」

 

 コールセンターから山本さんへ依頼メールが入った時、CCで課長にも送られる決まりだ。その後、山本さんが腰を痛めて四条が対応したことも。

 

「えぇ〜、春華わかんなぁーい」

「だとしたら管理職失格ですよっ!? そのノリきついですし!」

 

 いい歳こいてぶりっ子ポーズをしていた桜井は四条のツッコミで急に真顔になると

 

「四条くん。そんなに吉田くんの後任として貞操逆転世界へ行きたいの?」

 

 ぶりっ子ポーズのまま死刑宣告する。真顔になると、もうボクシングのピーカブースタイルにしか見えない圧だった。

 

「……申し訳ありませんでした」

 

 四条に味方はいない。共感してくれるはずの、四条の隣人男性社員は長期出張により春先からしばらく不在だ。女性陣が悪ノリしだせば四面楚歌確定。早く帰って来て欲しいものだと、彼のサポート活動が上手く行ってることを願う。

 

「課長! ヨジョー先輩に貞操逆転世界はダメっすよ。昨日もA-27で現地の王女様と結婚しそうになってたんですから」

「そうなの? じゃあ、吉田くんと同じルートを辿りそうねぇ」

「結婚しそうになってないよ別に!! 三ツ橋お前、俺の査定下がったらお前、わかってるなお前!」

「査定? 佳奈、わかんなぁーい」

 

 この上司にしてこの部下あり。

 

 どうしてサポート業務以外でこんなにストレスを溜めなきゃいけないのか。次回の人事部アンケートやストレスチェックで職場環境を【最悪】にしようか本気で悩む四条だった。

 

『ラジオ体操第一!』

 

「ほらみんな、体操始めるわよ」

 

 手をパンパンと叩き、おふざけは一旦おしまい! と課長が。

 

(1番ふざけてた人がよく言うよ)

 

 異世界サポートセンターの始業時間は8時30分。時間ぴったりにスピーカーからラジオ体操が流れ出し、終わったら全体朝礼の後に各課でミーティングが行われる。四条は桜井と三ツ橋に【要害粉砕】をお見舞いしたくなってきていたので、強制的にラジオ体操が仕切り直してくれて助かった。

 

「……ん、メール??」

 

 体操の途中、三ツ橋宛にメールが届いたようだ。三ツ橋はラジオ体操を中断し、内容を確認してから

 

「まじかぁ。Fなのに」と呟いて、体操を再開する。

 

 体操後のミーティングは、課員が現在担当する世界の進捗を報告しあう場。四条は【イスタルテ案件:A-27】で昨夜起きた出来事を端的に述べる。

 

「昨夜の対応は以上です。その結果魔王の娘を倒すまでの間、イスタルテ様から引き続きサポートを依頼されました。【伝説の剣】は航空便で輸送中ですので、明日か明後日にはイスタルテ様へ納品します」

 

「そうねぇ。魔王を正当防衛規定に則り制圧したあたりが気になるけど、まぁいいわ」

 

 桜井が報告書にハンコを押し、支店長への承認依頼棚へとしまう。すんなりと魔王をボコった点は流してくれた。契約が延長になりそうなので損も無いからか。呼び出されず済みそうだ。

 

「佳奈ちゃんの担当はどう?」

「はい。実は私の【F-14案件】でも、少し問題がありまして……さっき女神様からメールが届いたんですけど」

「あらぁ……今更【F】でどうしちゃったのかしら。確か、アプロディテ様の担当世界よね?」

 

 担当世界のコードはアルファベットによって管理されている。イスタルテが担当するA-27の【A】はactive(進行中・問題あり)という意味だ。そして三ツ橋の担当する世界、【F】はfinished。対応そのものは完了し、後は経過観察するのみな世界。入社して数年の社員が担当するパターンが多く、四条くらいベテランになるとまずまわってこない世界。桜井の言う通り、今更になってそこで何が起きたというのか。

 

「アプロディテ様がつい最近、【寿命逸脱ケース】でF-14に女性を一人転生させていたのですが……」

 

【寿命逸脱ケース】とは、以前少し触れた神々が誤った寿命で死なせてしまった人を指す。平和な世界で第二の人生を送らせる目的なら【F】はおあつらえ向き。

 

「そこは報告書に目を通した記憶があるわね。それで?」

「はい……。その転生者を王子様の許嫁として、高名な貴族の家に転生するよう調整したらしいんですけど」

 

 生まれた瞬間から貴族で、しかも王子様と許嫁とか。イージーモードすぎて、まさに【寿命逸脱ケース】への特別待遇だ。四条は聞きながら、男性の場合は吉田が担当していた貞操逆転世界へ送れば喜ぶんじゃ……なんて考える。

 

「その世界の王子様が、結婚を間近に控えたタイミングで別の女性と結婚すると言いながら婚約破棄してきたみたいなんです」

「……ん?」

 

 四条がすぐに状況を理解できなかったのは、勉強不足だからだろうか。いくら王子様でも、高名な貴族の娘との婚約をそんな簡単に破棄して良いものなんだろうか。しかも理由が別の女性と結婚するからとは一体。

 

「つまり、その最低な王子様を痛めつけて言うことを聞かせれば良いということか?」

 

 四条は腕組みをしながら対策を考える。転生者を蔑ろにすればどうなるか、身をもってわからせてやるのが手っ取り早そうだ。そんな男、ぶちのめすしか処方箋が無いだろう。

 

「先輩はホント脳筋なんですから。【F案件】では戦闘による解決なんてまず無いと思ってください。ここは、どうやって王子を取り戻すかや、ゴミ王子に代わる素敵な相手がいないかを捜すのがサポートっす」

「結婚相談所みたいなことか。……俺はその辺あまり詳しくは無いが」

 

 要するに、転生者が幸せな生涯を送ってくれれば任務は達成するらしい。絶対に王子と結婚させなきゃいけないのでは無く、別の道があればそちらを模索して差し上げる。

 アプロディテ様からのサポート依頼は転生者第一なのだ。

 

 戦闘が起きない世界、それだけで素晴らしいのにと四条は思ってしまうが。人間一人の寿命を間違えるとは、神界にとってはとても重いもののようだ。

 

「じゃ、四条くん今日は暇よね? 剣は輸送中だし……佳奈ちゃんは君のせいで寝不足みたいだから、一緒についてってあげて欲しいの。香織ちゃんは社内で研修させておくから」

「ええっ!? 嫌ですけど」

 

 シンプルに断った。剣が届かないといっても、仕事が無いわけではない。社内でやりたいことは山ほど存在する。

 

「もう四条くんてば。いつから課長の命令に背く悪い子になっちゃったの? 仕方ないわね。なら代わりに、今日は【F-31】へ行ってもらおうかしら」

「F-31ですか?」

 

 このアルファベットと数字の名称、初耳だとどこの世界か判断しづらいのがネックだ。四条はPCで社内マスタに名称を打ち込んで検索。……すると

 

「吉田案件じゃないですか!! 嫌だって言ってるでしょっ!」

 

 貞操逆転世界のことだった。

 

「なら、佳奈ちゃんに同行してくれるわね?」

「……仕方ないですね。その世界で役に立てるかはわかりませんが、今日だけ同行しますよ」

 

 今日も四条は優雅なランチタイムとはいかなそうである。

 

 異世界へ向かうとなると。いくら安全なF世界とはいえ、万一に備えて軽く装備のチェックも必要だ。

 

「四条くん。アプロディテ様によろしくね」

「……はい」

 

 フロアを出て車に向かう四条と三ツ橋。

 

「先輩、アプロディテ様とも面識あったんすねぇ」

「昔ちょっとね。ゲートの場所は?」

 

 世界へ繋がるゲートの場所は各々違う。あまり遠く無いと嬉しい。

 

「小樽ですね。ちょうど運河付近なんですけど」

「まあまあ遠いな!」

 

 今やインバウンドの方々に大人気な日本遺産、小樽。平日でもかなりの賑わいで、小樽運河なんかは有名スポット過ぎて写真を撮ろうにも運河がメインなのか観光客がメインなのかわからないほど。

 

「じゃあ……別に転生者に命の危険があるわけでもなし、コンビニでコーヒーでも買ってからいくか」

「先輩、なんかドライブ気分じゃありません?」

「ついでに、帰りは海の見えるレストランであんかけ焼きそば食おう!」

 

 小樽のソウルフードあんかけ焼きそば。せっかく足を運ぶなら食べておきたい。

 

「あなたは観光客っすか!?」

 

 戦闘がメインとなる世界とでは、こうも心持ちが違うのかと四条は考える。入社してからずっと異世界では基本的に何かと戦ってばかりいたので、王子が婚約破棄してきたくらい、ついリラックスしてしまうのも無理は無かった。

 

「いいか三ツ橋。いくらF案件とはいえ、女神様にとって【寿命逸脱】は最優先したいだろう。気を引き締めて行くぞ」

「うわぁ!?いきなり先輩らしい発言しないでくださいよっ」

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