こちら異世界サポートセンターでございます   作:いたまえ

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九話 初期化

 

 白い大理石に赤い絨毯が特徴的な執務室。執務机には書類が山積みで今にも崩れそうだ。だが、今アプロディテを悩ませているのは溜まった事務処理などでは無く、人間達の恋模様。愛と美と性を司るとされる女神は、しかし今は人間の【愛】について混乱を極めている。

 

「私はダメな女神……私はダメな女神……」

 

 せっかく椅子があるのに腰をかけず、一人、立ったまま壁にぶつぶつと繰り返す美しい女神。

 

 自分のミスで早くに死なせてしまった人間に、頭を下げてどうにか二度目の生を許してもらったアプロディテ。その救済措置となる二度目の人生では苦労をさせないように貴族の家に生まれさせ、快適な王太子妃ライフで心を癒してもらうと約束までしたにも関わらず。

 

「なぜマティアスは婚約破棄を……? セラフィーナさんのために、恋愛に基づく結婚……ロマンティック・ラブ・イデオロギーにも配慮したのに」

 

 アプロディテには理解できなかった。セラフィーナは美しい容姿に、恵まれた家柄。努力しなくても良いと伝えたのに怠けずちゃんと勉学にも励み、どこへ出しても恥ずかしくないレディへ成長してくれた。

 単に親同士が決めた結婚にしない為、幼い頃から思い出を作れるような環境に置く配慮もしている。マティアスにとっても、彼女とのかけがえのない思い出が沢山あるはずだ。

 

 それゆえに、マティアスの行動原理が謎すぎる。

 

 幼馴染のセラフィーナを捨て、ポッと出のアンナベルへ靡くとは。家柄云々ともっともらしい理由を語ってはいたが、性的な情熱……エロースでは無いかと疑ってしまう。

 

 チリリーン……

 女神の空間らしからぬ、金属的な呼び出し音が鳴り響いた。

 

「あらっ」

 

 アプロディテの世界へ何者かが訪れた合図だ。

 

『恐れ入ります。異世界サポートの三ツ橋ですー!』

 

 明るい女性の声がアプロディテの空間へ響く。

 

「三ツ橋さんっ……! 早い到着ね。ありがたいわぁ」

 

 ガバッと振り向き、ササっと手櫛で前髪を整えた。

 

 ここはもう、直接三ツ橋に現地へ降りて貰ってセラフィーナのフォローやマティアスの思考調査をお願いするしか、解決に繋がらない気がする。

 

 アプロディテは光のゲートを出して、三ツ橋を出迎える。

 

「三ツ橋さん! お久しぶりです。申し訳ありませんね、経過観察の世界にお呼び立てして」

 

 すでに定期的なサポート契約が打ち切られている平和な世界で問題を起こしてしまうとは。アプロディテは羞恥からちょっと気まずい。

 

「お久しぶりですっ、アプロディテさん。メール拝見しましたが、中々大変そうですね」

「本当にそうなんですよ。なんで王太子が心変わりしたのか……ずっとチェックしていたわけではありませんが、解せなくて困ってまして」

 

 女神にとっても、F世界はずっと監視するほどの重要度では無く。よほど大きな出来事があればアラートが鳴る仕組みなのだが、なのでアプロディテも詳細を全て把握してはいなかった。

 

 三ツ橋は斜め後ろを振り返って。

 

「今日はですね。サポート課の先輩も一緒に連れてきていまして……」

「お世話になっております、アプロディテ様。サポート課の四条でございます。本日は三ツ橋の手伝いで同行しました。よろしくお願いします」

「四条……様……!? えっ? サポート課になったのですか!」

 

 アプロディテは、四条の部署が以前と変わっていたことに驚く。

 

「ええ。課長の桜井が、アプロディテ様によろしく伝えるようにと」

「桜井様が。……そうでしたか」

 

(ヨジョー先輩、前は違う部署にいたんだ)

 

 横にいる三ツ橋はどこの世界でアプロディテと四条が関わったのか気になったが、今優先すべきはセラフィーナだと自分に言い聞かせる。

 

「まずはセラフィーナ様へ初回接触し、メンタルケアから入ります。心の傷が回復してから、少しずつ王太子との関係性を聞き取れれば良いのですが……」

 

 三ツ橋は方針を考える。大勢の貴族がいる中で婚約破棄されたばかりのセラフィーナに、会ってすぐ王太子との関係を聞くのは大悪手。更に心を追い詰めてしまうし、三ツ橋へも悪い印象を抱かせる。まずは関係性を築いて信頼を得るのが先だろう。

 

「お願いしますね三ツ橋さん。今の彼女は、これまでの自分を否定されたも同然です。そのショックは計り知れません。個人的な話で申し訳ありませんが、このままセラフィーナさんが絶望し自ら命を絶ってしまえば、私も神界を追われるでしょう」

「おまかせください。我々異世界サポートセンターが、絶対にセラフィーナさんを幸せにしてみせますっ!」

 

 この自信満々な三ツ橋なら、必ずやセラフィーナを元気付けてくれるだろう。

 

「ゲートを開きます。何卒、彼女をお願いします」

「……全力を尽くしますっ」

 

 深々と頭を下げるアプロディテ。三ツ橋も、頭を下げてからゲートへ消えていった。四条が続こうとすると

 

「四条様っ!」

「……はいっ!?」

 

 アプロディテに引き留められた。

 

「どうかなさいましたか? アプロディテ様」

 

 いつもの、四条の営業スマイル。

 

「貴方は、今回あくまでも三ツ橋さんの補助なのですよね? それ以外に理由は無いんですよね!?」

 

 アプロディテが知る【四条】なら、こんな風にニコニコと後輩女子のサポートなどするわけが無い。見た目や声は同一人物だが、別人だと言われた方が納得できる変わりっぷりだ。

 

「ええっと、おっしゃっている意味が……」

「わかりませんか? ……本当に?」

 

 目を細める女神。単なる三ツ橋の先輩社員へ向ける視線では無かった。

 

「四条様が今回ただのお手伝いだと証明してもらうためにも、その【社員証】を私に預からせてはくれませんか?」

「……ほう? それは異なことを。社員証を失くせば始末書を書かなくてはなりません。大変申し訳ありませんが、アプロディテ様の頼みは聞けません」

 

 サラリーマンとして社員証の紛失に繋がる行動は取れない。いくら女神に頼まれてもだ。

 

「やっぱり貴方は……!」

 

 アプロディテが細めていた目を開いたところで。

 

「社員証を預けたまま異世界に行く事は出来ません。しかし、社員証自体を改めて貰うことは可能です。それでアプロディテ様の懸念は払拭されることでしょう」

 

 四条は言い、首に下げた社員証を外して差し出す。おずおずと受け取ったアプロディテは一目で

 

「えっ。何も……【インストール】していない!? 初期化状態……?」

 

 あり得ない事態に、反射的に四条の顔に視線を移した。

 

「ええ、その通り。何やら疑いの眼差しでしたので、たった今社員証の【初期化】をしました。せっかく急いで準備してきたのですが……ここはアプロディテ様に信用して貰うのが優先かと」

「そんな! いくら【F案件】とはいえ、それは……。まさか丸腰で異世界に降りるおつもりですか」

 

 アプロディテの目に先ほどまでの疑いの色は無く。ただただ四条の行動に驚いている。

 

 四条的にはそこでビックリされる方が謎だった。

 

「もう。なんなんですか? アプロディテ様がおっしゃったように社員証を預ける行為も同じ事です」

 

 丸腰で異世界に降りろと言うので、せめて社員証を預けなくても良いよう機転を効かせたというのに。

 

「それは……貴方が一度手渡してくれたのなら、その時点で信用に値するので返却しようかと……」

「返却して貰えない可能性もあったので。中身がどうだろうと、私からすれば同じ事ですよっ」

 

 四条が社員証を改めて首にかけると。

 

「ではアプロディテ様、私も三ツ橋を追いかけなくてはいけませんので」

 

 四条は丸腰になる前と後。全く同じ足取りで光のゲートへ向かい、異世界へ向かっていった。

 

「嘘でしょ……!? あれだと、現地人とイザコザが起きても抵抗出来ないわよっ!!」

 

 四条は三ツ橋のサポートに来ただけ。それは信用出来たものの今度は別の心労が。異世界サポートセンターの社員に装備を放棄させた上で、現地で死なれては……

 

「まずい、まずい……! それはまずいって!! 四条様、死なないでくださいよぉ……!!」

 

 昔の四条に対するイメージを引きずり、余計なことをしてしまった。アプロディテは三ツ橋が来る前同様、壁に向かってしばらく「まずい……」と繰り返し呟くのだった。

 

 ◇

 

 ゲートに入った途端。三ツ橋が腕組みして待っていた。

 

「せんぱぁーい! 遅いっ! アプロディテ様と何話してたんすかぁ」

「悪い悪い。なんか、社員証を置いてけとか言われてさ」

 

 軽く両手を合わせて謝罪する四条。

 

「社員証を……? どうしてっすか。てか、先輩!?」

 

 三ツ橋が四条の社員証を凝視して、あることに気がつく。

 

「なんで社員証を初期化してるんですかっ、自殺するつもりっすか!? 【帰還ビーコン】も【簡易防御】すら無いなんてっ。せめて、工場出荷値にして下さいよっ!!」

「ははは。その通り、自殺行為だよね? 今頃はアプロディテ様も焦ってるだろうな。自分の発言で、取引先の社員が丸腰で異世界に降りたんだからな」

 

 三ツ橋を追い抜き、先導するように歩き出す四条。

 

「ちょっ、一回車まで戻ったほうが……」

「平気だよ。なんかあっても三ツ橋が守ってくれるでしょ? お前も児玉さんの教育係として、そろそろ同行者を守れるようになんなきゃいけないからね。良い練習になるだろっ」

「そう……ですけどぉ。今の先輩よりは、装備万全の香織の方が強いんじゃ……」

 

 まるで他人事のような先輩に、三ツ橋は軽く頭を痛めた。やがてゲートを抜けると、二人は王都の中にいた。

 

「さーて、三ツ橋先輩っ!まずは何から開始しましょうか」

 

 四条の後輩ムーブに若干イラつきつつも、丸腰で来てしまったものは仕方がない。

 

「まずはセラフィーナ様と接触するところからでしょう。先輩、あんまり失礼なこと言っちゃダメですからね?余計な口出しはしないでくださいよ」

「やだなぁ、人をトラブルメーカーみたいに言っちゃってさ。お前こそセラフィーナさんの機嫌を損ねないよう気をつけろよ?」

 

 ある意味で、四条が丸腰なのはメリットもある。なんでもパワーで解決するきらいのある四条も、丸腰なら大人しくしていてくれるだろう。いつバトルが開始するか心配しなくて良いのだと、三ツ橋は少しでもプラスに考えることにした。

 

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