交差する次元、シュテルン   作:ろいど

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エルン・ギアレットの消えない過去の話です。

※注意※
この物語には、グロテスクな表現が含まれます。


消えぬ炎

様々な環境、文化を持つ次元が歪に結合され、

1つの大きな次元か構築されている世界、シュテルン。

 

その中にある次元のひとつ、ポリスの森林地帯にある名も無き集落の中で、

彼は母親と1人の妹と共に暮らしていた。

その家では、毎日のように木刀がぶつかり合う音が響いていた。

 

「立て、エルン。まだ稽古は終わっていないぞ。」

「はぁ…はぁ…母さん…少し休憩させてくれ…」

「…そうだな。ではあと一本で休憩にしよう。」

「あと一本…はぁ…すぅ、お願いします。」

「来い。」

 

俺は物心ついた時から、母さんに剣術を教わっていた。

何かあった時に身を守れるようにと、ほとんど休み無しで稽古をつけられた。

母さんの剣は無駄がなくしなやかで、それでいてとても重かった。

そんな母さんは、ずっと俺の憧れだった。

 

「はぁっ、ふっ、そこだっ!」

「遅い。」

「ぐっ…!いっった…!」

「よし、休憩にするぞ。」

 

俺は、母さんから1本も取ったことがない。

10年近く稽古を受けているが、腕の差が縮まることはなかった。

もう上げるのもままならない腕で、水瓶をなんとか持ち上げて身体に注ぎ込む。

 

「…はぁ、俺はいつになったら、母さんに剣を当てられるんだ。」

「さあ、あと10年位かもな。」

「10年か…先は長いな…」

「ふふ、私も師匠には勝ったことがないからな。そういうものだ。」

「化け物かよ…そんなに強いなら、1度でいいから手合わせしてみたかったな。」

「師匠もきっとそう思っているはずだ。向こう側でな。」

 

母さんはそういい終えると、木刀を立てかける。

 

「夕飯にしよう。今日はシチューを作ってある。フェリアを呼んできてくれ。」

「わかった、呼んでくる。」

 

妹のフェリアは、生まれつき身体が弱いため剣術を習っていない。

俺が稽古をしている時間は大抵自室にいるはずだ。

額から流れる汗を拭いながら階段をのぼり、ドアをノックする。

 

「フェリア、夕飯ができたぞ。」

「わかりました。少し待ってください!」

 

バタバタと本を片付ける音の後、黄色に輝く瞳が開いたドアから覗いた。

 

「お待たせしました!行きましょう、兄さん。」

「ああ。そういえば、今日はフェリアの好きなシチューだって言ってたぞ。」

「ほんとですか!やったー!ちょうど食べたいって思ってたんですよ!」

「よかったな。母さんにお礼言っとけよ。」

「もちろん言いますよ!今日は念入りに言います!」

 

フェリアの足取りが軽くなる。時折こちらを振り返って、

早く行こうと目で訴えてくる。

こっちは待たされたのになと思いつつ、歩幅を大きくする。

階段を下りて、リビングのドアを開ける。

その瞬間。

 

「エルン、フェリア!来るんじゃない!」

 

母さんの怒号が響いた。

扉を開けた先には、刀を抜いた母さんの姿があった。

こっちを見ることなく、庭に面した窓の方をじっと睨んでいる。

 

「魔物の襲撃だ!下がっていろ!」

 

次の瞬間、轟音を立てて窓ガラスが弾け飛び、

家の中に凄まじい熱が流れ込んできた。

村を覆う大火の中で夥しい数の魔物が蠢き、村人を襲っているのが見える。

そしてこの家にも数匹、黒い獣のような魔物が入り込んでくる。

 

「奥の寝室へ逃げろ!あそこなら大きな窓がない!

私が行くまで隠れているんだ!」

 

母さんは戦うつもりだ。刀1本でこれほどの大きさの魔物を複数体、

相手取るつもりだ。

無茶だ。刀が効くかも分からない。かと言って、丸腰の俺に出来ることは…

 

「ま、まもの…?なんで…どうして…」

 

横にいるフェリアが俺の腕を弱々しく握り、震えていることに気付く。

目の焦点があっていない。完全にパニック状態だ。

 

「来い!こっちだ!フェリア!」

「いやっ、いやです!!母さん!!!母さんも一緒に!!!」

「早く!!!いいから来るんだ!!」

「そんなっ、いやだっ、いやあああ!!!」

 

抵抗するフェリアを強引に掴み、奥の部屋へ引きずっていく。

寝室に入り鍵をかけて、フェリアを抱きしめる。

 

「大丈夫。大丈夫だ、フェリア。母さんは大丈夫。

必ず戻ってきてくれる、いいな。」

 

フェリアは声も出せないまま、震える体でこくりと頷く。

 

「俺は母さんを助けに行ってくる。ここで静かに待ってるんだ。出来るか?」

 

フェリアは頷く。俺は寝室にある短刀を持って、ドアに聞き耳を立てる。近くに気配は無い。ドアノブに手をかける。

 

「エルン兄さん…」

 

フェリアが声をかける。

 

「必ず…戻ってきてくださいね…約束ですから…!」

 

フェリアに向き直り、微笑む。

 

「ああ、約束だ。必ず、戻ってくる。」

 

エルンはドアを開け、警戒しながら外へと出る。

フェリアが内側から鍵をかけたのを確認し、急いでリビングへ向かう。

 

「母さん!大丈夫か!」

 

そこには、数匹の魔物の死骸と、返り血にまみれた母の姿があった。

 

「エ、エルン…来るなと言ったはずだ…」

「見捨てられるわけないだろ…!怪我は?」

「少し足を怪我しただけだ…問題ない。」

「奥で手当する。歩けるか?」

「ありがとう…肩を貸してくれ…」

「ああ、行くぞ、せーのっ」

「くっ…」

 

左足をやられているようだ。本人は軽いと言ったが、もう力が入っていない。

 

「…あの魔物はどうやって倒したんだ?」

「急所を狙っただけだ。探すのに時間がかかってしまったが…」

「だけ…か。その冷静さ、見習わないとな。」

 

廊下に出て、寝室に向けて歩き出したところで違和感に気づく。

廊下がやけに暗い。灯っているはずのランプが、ひとつ残らず消えている。

さっきリビングに移動した時はたしかに灯っていたはずだ。

 

「…おかしい…なぜ明かりが…」

「エルン!下がっていろ!」

 

不意に母さんに突き飛ばされる。母さんの目の前で、

黒い何かが蠢いているのが見える。そして何か妙な音…何かの羽音か?

そして黒い羽音の塊は、徐々に形を作っていく。

足先から胴体、腕、髪…人間の形をしているが、異様な邪悪さを伴っている。

母さんが警戒しながら口を開く。

 

「貴様、ヴァンパイアだな。」

 

怪物は答えない。血走った目と涎が垂れている口元から、

もう自我は残っていないんだろう。

 

「ほぼ食屍鬼化しているか。」

 

母は刀を抜く。本来立っているのも不思議な程の怪我を負いながら、

俺を、フェリアを守るために立っている。

 

「来い、グール。」

「グアァァ!!!」

 

母は刀で攻撃を逸らし、足、腕を素早く切り裂く。

だが、止まらない。何度切っても、貫いても化け物は攻撃を止めることは無い。

 

「ぐっ、うぅっ」

 

急所を狙う隙がない。

無尽蔵の体力、痛みを感じない身体に任せてひたすら攻撃を繰り返してくる。

1歩、また1歩と後ろに下げられる。

今のままでは、いずれ殺されてしまう。

 

(俺が…俺が何とかするんだ…!どうにか隙を作り出せれば…!)

 

手に持った短刀を握りしめる。額に汗が滲む。

これは稽古じゃない。いつもの武器でもない。

だが、ここでやらなくては、全員死んでしまうかもしれない。

やるんだ。俺が。

いつだ、見えるはずだ。母さんとは比べるまでもなく隙だらけで、

俺の角度なら急所を狙える。

「っ、そこだ!」

 

こちらが死角となったタイミングで仕掛ける。

タイミングは完璧。狙うは心臓。その一点。

 

「なっ…エルン!避けろ!」

 

母さんの声で目線を上に向ける。

こちらは死角のはずだった、はずだったんだ。

怪物の首は180度回転し、こちらに牙を向けていた。

完全に予想外だった。こいつは、こいつは最初から俺を狙っていた。

待たれていたんだ。この瞬間を。

怪物は、伸ばした俺の腕を齧りとった。

 

「がっ…ああああああああぁぁぁ!!!」

「っ…!貴様ああああ!!!!」

 

母さんはこの一瞬を見逃さず、刀を怪物の心臓に突き立て

素早く引き抜くと、頭を切り飛ばした。

怪物の体が音を立てて倒れる。

 

「う…ぐ…あ…」

「エルン!しっかりしろ…!」

「だい…じょうぶ…少し抉れただけ…で…」

 

そういうものの、腕からの出血が酷い。

痛みはあまり感じないが、手当でどうにかなるものだろうか。

 

「少し荒っぽいが、手当するぞ。もう少し耐えるんだ。」

「ああ…」

 

血が流れすぎたせいか、意識がだんだん遠のいてきた。目が霞む。

視界の端に何か動くものが映っている。幻覚か、血か、それとも…

遠のく意識の中で、かすかな視界が違和感を捉える。

さっき倒したはずの、怪物の死体が、首のない体が、

少しずつこちらに近づいている。

怪物の爪が、母さんの首筋に狙いをつける。

 

「か…さ…ろ…」

「無理するな。傷が開くぞ。」

「か…あ…さ…うし…ろ…」

「なっ…に…?」

 

爪が、母さんの首にくい込んだ。

 

「う…そだ…たおし…た…はず…」

 

母さんと怪物の身体が、俺に向かって倒れ込んでくる。

母さんの首筋から血が吹き出す。

怪物の体は、もう動かない。

 

 

「ご…は…」

「か…あさん…ダメ…だ…死んじゃ…いやだ…」

「お前…の…手当…だけでも…」

「いやだ…いやだよ…かあさん…かあさん…!」

「生きてくれ…エルン…フェリアを…頼む…」

「…いや、いやだ…母さん…死ぬな…死んじゃダメだ…母さん…母さん…!」

 

母さんの身体が冷たくなっていくのを感じる。

命がある失われていく感覚。ボロボロの腕で、母さんを抱きしめる。

 

「母さん…大丈夫…俺が絶対、フェリアを守ってみせる…

だから、お願い…生きて…生きてくれよ…」

 

返事はない。

 

「うぅ…母さん…!なんでっ、くそっ、

なんでこんな…俺はただ、家族と一緒にいられれば…それで…」

 

拳を床に叩きつけるが、もう痛みを感じない。

意識が急激に遠のく。

ダメだ、こんな、こんな所で死ぬわけにはいかない。

 

「死んで…たまるか…必ず生きて…フェリアを守る…!」

 

血を補うために、本能のまま怪物の屍を引き寄せて食らいつく。

 

「どんな手を使っても…生きてみせる…生きてさえいれば、俺の体はどうなってもいい…!」

 

怪物の、吸血鬼の血が流れ込んでくる。身体が熱い。頭が痛い。血液が沸騰する感覚が襲ってくる。

 

「ぐ、ああ…あ…が…」

 

熱い、苦しい、喉が渇く。

もっと、もっと血を、血を取り込まなければ。

 

「もっと、もっとだ…もっと血を…!」

 

吸血鬼の屍に食らいつき、一滴も残さず啜ろうと体を起こした瞬間、廊下の奥にいるフェリアと目が合った。

 

「にい…さん…?」

 

フェリアは俺を、恐怖の表情で見つめていた。

まるで、化け物を見るような目で。

フェリアの顔を見た瞬間、何か、赤黒い感情が湧き出てくる。

 

「喉が…渇く…」

 

果てのない、血への渇望。無意識で刀を拾い、獲物に狙いを定める。

獲物…違う、フェリアは大切な…何だ?

あれは獲物だ。新鮮な生き血だ。

 

「兄さん…ですよね…?なんで、何も言わないんですか…?」

「…血を」

「血…?」

「お前の血を、寄越せ!」

 

素早く距離を詰め、女を壁に押し付ける。

 

「兄さん!?やめてっ…」

「血を…もっと血を!」

「エルン兄さん!しっかりしてください!」

「…はっ」

 

俺は一体、何を。

フェリアを、この手で殺そうとしたのか。

 

「違うんだ…フェリア…俺はっ」

 

後退りしたところで、フェリアの横にある窓ガラスが目に入る。

ガラスには、赤く輝く目と歪なひとつの翼、

そして黒い炎を纏った血塗れの化け物が映っていた。

 

「…そうか。俺は、あの時既に…」

「一体… 何があったんですか。」

 

フェリアは俺に近付き、まっすぐに俺を見る。

覚悟を持った目だ。

俺は正直に、全てを話し始める。

 

「魔物は母さんが倒してくれた。

その後、吸血鬼に襲われて…俺は母さんを守れなかった。」

「っ…」

「生き残るために俺は血を啜ったが、

その血は俺を化け物に変えた。そして、お前を襲った。」

「……」

「…ごめんな、フェリア。何もかも失ってしまった。」

 

フェリアは震える息を整え、ゆっくりと口を開く。

 

「…何もかもじゃないです。約束通り、兄さんが戻ってきてくれたから。」

 

震える声で、フェリアは笑顔を作る。

 

「無理しなくていいぞ、フェリア。泣いていいんだ。」

「うぅ…ぐすっ…」

 

フェリアは膝から崩れ落ちる。

ゆっくりと近付き、優しく抱き寄せる。

 

「うぅ…かあさん…!」

「…すまない、フェリア…俺がもっと強ければ…」

「ぐすっ…ひぐっ…」

 

罪悪感で胸がいっぱいになる。母さんは俺が殺したようなものだ。

どんな言葉をかけるべきか、俺には分からなかった。

 

「にいさん…兄さんはいなくならないでください…おねがい…」

「っ…ああ、ずっとそばにいる。絶対に。」

 

フェリアは涙を拭い、微笑んで顔を上げる。

 

「今の兄さんなら、前より頼りになりそうですね。」

「もう人間じゃないじゃないからな。」

「それでも、あなたは私の兄さんです。」

「また、お前を襲うかもしれない。」

「その時は、私が兄さんを倒します。」

「……」

「たとえ兄さんに殺されることになったとしても、

私は兄さんと一緒にいたいです。」

「…ありがとう、フェリア。」

「…だから、絶対置いていかないでくださいね。約束ですよ。」

「ああ、約束だ。」

 

やがて外の騒ぎは消え、周囲の家が焼け落ちる音のみが残った。

俺とフェリアは、夜が明けないうちに母さんを弔い、形見である刀と、

写真の入ったロケットを持って廃墟となった村を後にした。

 

「これから、どうしましょうか。」

「ポリス中心部の都市へ行く。

俺のような歪んだ者でも、生きていく術はあるはずだ。」

 

たとえそれが日の当たらないものだったとしても、

俺はフェリアを守れればそれでいい。

そのためにも、もっと力をつけなきゃいけない。

俺は刀を握りしめ、心に新たな決意を抱く。

もう二度と、何者にも奪われないために。

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