交差する次元、シュテルン   作:ろいど

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今回はラト・ミーリアのお話です。

残酷な描写がございますため、閲覧注意となります。
ラトはお気に入りのキャラクターのため、読んでいただけると嬉しいです。



変幻自在の破壊衝動

「おい、起きろ!寝てる暇なんてねぇぞ!」

 

毎朝毎朝、野太い男の声で目を覚ます。

脅すように鞭が床を叩き、また地獄の1日が始まる。

 

私たちは今日も岩を運んで、泥をかき出して、何のために使うかも分からない建物を

建てていく。もう自分がなんのために働いているかも関係ない。

目の前の仕事をやらないと鞭が飛ぶから、痛いのは嫌だから仕事をするだけ。

そこに理由なんてない。

 

「あは、あはは。」

「おい、ラト。気味が悪いからやめろっていつも言ってるよな。」

 

男は鞭を構え、少女の身体に容赦なく振るう。

 

「いっ、ああああああっ!!!!」

 

痛い、痛い。この痛みには、慣れることなんて出来ない。

皮膚はズタズタに裂かれ、血がドクドクと流れ落ちていく。

あまりに、あまりに痛すぎてつい、そうしたくないのに、

笑ってしまう。

 

「は、あは…」

「くたばってないで働け!もう1発食らいたいか!」

 

痛みに耐えながらヨロヨロと立ち上がり、作業を再開する。

これが、親に売られた子供たちの日常。

命に価値などなく、使えなくなったら処分されるだけの存在。

私はそんな状況でも、ずっと笑ってた。

笑いたくなくても、笑っちゃいけない時ほど、自分の意志と関係なく笑ってしまう。

真っ赤な髪で生まれて、どんな時でも笑っている私を親は気味悪がった。

だから奴隷商へ売り飛ばした。

その後は大変だった。体も心も壊されて、利用できるものは全部使われた。

この世界には物好きが多い。それは私みたいな子供にとって最悪だった。

 

乾燥して硬くなったパンを齧りながら、朝から晩まで仕事をした。

その日、男は用事があるからと、早めに作業を終了してどこかへ行ってしまった。

急いでいたのか、ろくに拘束もされなかった。

周りの子供たちは拘束されていないにも関わらず、その場から逃げようともせず、

ただぼうっと虚空を見つめているだけだ。

もうとっくに生きる気力を失っているんだろう。

私も同じだ。逃げ出したところで、誰に拾われるかも分からない。

野良犬に襲われて食べられてしまうかもしれない。

だから動けないと思っていたんだけど。

ふと、いつもとは違う匂いに気付いた。

 

「…いい匂いがする。」

 

匂いに誘われて部屋を出る。いい匂いに夢中で何も考えられない。

子供が押し込まれる小屋を出て、男が住んでいる住居へと向かう。

鍵のかかっていない不用心なドアを開け、誘われるままにキッチンへ向かう。

 

「…あれ?」

 

キッチンには、何も無い。食べ物も、飲み物も、いい匂いがしそうなものは何もない。

ただ一般的な調理道具が並んでいるだけの空間だ。

なのに、匂いが一層強くなっている。

 

「どれ?どれなの?いい匂いはどれからするの?」

 

少女はキッチンを物色し始める。

お皿?フライパン?グラス?違う。どれもこれもいい匂いじゃない。

 

「…これだ!」

 

ようやく見つけたタイミングで、玄関の扉が勢いよく開く音がする。

少女は見つけたものを握りしめ、急いで物陰に隠れる。

 

分厚い足音はキッチンへ来ることはなく、そのまま2階へと上がっていく

男が帰宅したんだろう。ほっと胸を撫で下ろすと、少女は握られたナイフを見つめる。

いい匂いはし続けている。

ナイフだと認識しているのに、焼き菓子のような、紅茶のような、甘くて落ち着く匂い。

目が、離せない。

 

「あは、私、おかしくなっちゃったのかな。」

 

邪な考えが頭を過ぎる。普段なら考えもしないことだ。

このナイフを見つめていると、グツグツと衝動が湧いてくる。

苦しい、怖い、痛い、嫌い、憎い。

自由になりたい。力が欲しい。この世界の全部が憎い。

嫌いなもの、気に入らないもの、全部。

全部、ぜんぶ、ぜんぶ、ぜーんぶ!

 

「この手で壊す!」

 

少女はナイフを握りしめ、キッチンを飛び出す。

音を出さず、子供とは思えないスピードで階段を上っていく。

2階に上がると、寝室のドアに手をかけた男と目が合う。

 

「てめぇ!なんでここ_」

 

男が言い終わる間もなく、少女は男へ飛びかかる。

空中で男の首を掴んで地面へ倒すと、ナイフを男の腹へ突き立てる。

 

「ぐあああっ!?」

 

ナイフは深々と突き刺さり、血がドクドクと溢れ出す。

 

「あはは!あは!はは、はははは!!!」

 

何度もナイフを振り下ろす。何度も、何度も、何度も、何度も。

少女の目は紅色に染まり、ナイフを握った手は黒く侵食されていく。

まるでナイフが少女の身体を乗っ取るように、赤黒く染まる。

 

「壊れろっ!壊れろぉ!あっはは!」

 

ナイフを振り下ろす度、凶刃が歪に膨張、変形していく。

刃はより長く、分厚く、重く、やがて両手剣程の大きさになると、少女は大きく振りかぶる。

 

「ぶっ壊れろ!」

 

少女は勢いよく、巨大な刃を振り下ろす。

ぐしゃっと濡れた音が、屋敷に鳴り響く。

男の身体はもはや原型を留めておらず、肉塊と血溜まりだけがそこに残されていた。

返り血で染まった少女は、血とはまた別の赤黒い物質で体の一部が覆われており、

握られた刃は、まるで心臓のように脈動している。

 

「はぁっ、はぁっ、はは、これで、これで私は自由になれる!!」

 

少女は恍惚とした表情で天を仰ぐ。

そこに罪の意識など微塵もなく、ただ嫌いな人を手にかけたことによる

快楽に溺れているだけだ。

突き立てられた剣は男の生き血を吸い上げながら、脈動を続けている。

少女は武器が男の血を全て吸いきったのを見て、直感した。

自分は、この武器が生き血を吸うために利用されているんだと。

この武器に誘われ、狂わされ、良いように使われている。

でも、そんなことどうだっていい。

気に入らないやつを殺すだけの力は手に入った。

それなら例え利用されていたとしても、今までの生活より100倍マシだろう。

 

「あなたが誰か知らないけど、これから一緒にたっくさんの血を吸おうねっ」

 

少女は武器を掴むと、持ち運びやすいダガーの形状へ変質させる。

武器は彼女の思い通りに、薄く、小さく形を変えていく。

血まみれの少女は階段を降りて、スキップしながら街の方面へ向かう。

 

真夜中の街。誰もいない道の真ん中で、少女は大きな武器を振り回し踊る。

彼女を縛るものはもう何もない。あるのは尽くを叩き潰す力と、果てなき飢えだけ。

 

月明かりが少女を照らし、その影は色濃く、街を包んでいく。

少女の視界の隅で、その影の一端が一瞬揺らぐ。

 

「ん?気のせいかな。」

 

違和感を抱き目で追うが、そこには何もない。

何か動物でもいたんだろうか。それとも、ただの視界の揺らぎか。

 

「すこぶる夜目が効くんだな、嬢ちゃん。」

 

突如、背後から男の声がする。

ラトは確認する前に、背後に向かって思い切り大剣を振り抜く。

だが、そこには誰の姿もない。

 

「っっぶねぇな!危うく真っ二つにされるとこだったぜ。」

 

姿がないのに、声だけが聞こえている。しかも正面から。

 

「あは、誰なの?どこにいるの?私の敵なの?」

「まあ落ち着けよ。俺は嬢ちゃんを傷つけようとしてる訳じゃねぇ。

血塗れで踊りながら歩いてるもんだから、困ってるんじゃないかと思ってよ。」

「困ってる?何にも困ってないよ?」

「そうか?そういう割には、今にも死にそうな顔してるように見えるけどなァ?」

 

そう言われて初めて、身体に激痛が走る。

全身が痛い。骨が、筋肉が、肺が、心臓が痛い。

 

「魔力の流れを見るに、その得物に身体を無理やり動かされているように見えてるが、違うか?」

「わ…かん…な…」

 

痛みで意識を失いそうだ。男の言葉も上手く聞き取れない。

 

「アー、まあなんだ、本当に困ってるってんなら助けてやってもいいぜ。

ただし、高くつくぞ。」

 

そういいながら、ラトの足元の地面が揺れる。

いや、正確には、地面に写った影が揺れ動く。

水面のように揺れたかと思うと、影は徐々に形を変え、狼のシルエットを映し出す。

 

「初めまして、嬢ちゃん。」

 

さっきまで正面にいた声が、背後から聞こえる。

振り向くと、獣のような光る眼をした男の姿があった。

その男の足元には、四足歩行の狼の影が付いている。

 

「…助け、なんて」

「あ?」

「助けなんていらない!!!」

 

ラトは武器を槍に変え、男へ襲いかかる。

ラトの意志とは関係なく、筋肉が収縮し、上記を逸したスピードで突きを繰り出す。

男は手についた鉤爪で刃を受け流し、軽々としたステップで距離を取る。

 

「おいおい、無茶すんなよ。身体は限界だろ?」

「うるさいっ!」

 

ラトは再び深く踏み込んで突きを繰り出す。

男は右に身を翻して避ける。

それとほぼ同時、ラトが持っている武器が爆発的に膨張し、

大槌となった武器が男の身体を捉える。

 

「がっ!?」

「吹っ飛べぇ!」

 

ラトはそのまま、大槌を横方向へ振り抜く。

男の体は易々と数メートルほど吹き飛ばされる。

 

「…あれ?」

 

おかしい。手応えはあったはず、吹き飛ばしたはずなのに、

地面や壁との衝突音がしない。

男の姿も見当たらない。

 

「あっぶね〜、危うく死ぬとこだった。」

 

また背後から声がする。

 

「なんでっ!死んでないの!」

 

ハンマーを背後に振り下ろすが、やはり男の姿はない。

 

「まーなんだ、俺は特殊だからよ。」

 

また背後。

 

「…なんで、何がしたいの…」

「俺は困ってる嬢ちゃんを助けたいだけだ。こういうのはほっとけない性格なんだよ。」

 

男は軽快な口調で喋り続ける。私の攻撃を容易くいなしながら。

 

「なー、もう限界超えてんだろ。止まんないと死ぬぞ。」

「…うるさいっ、死ね…!」

「…強情だなァ。」

 

次の瞬間、後頭部に衝撃が走る。

 

「ちょっと眠ってな。」

 

意識がブツンと途切れ、その場に力なく倒れる。

男は少女の身体を担ぐと、そのまま影の中へ溶けていった。

 

次に目が覚めた時、私は見知らぬ部屋で、ベッドに寝かされていた。

広めのベッドはふかふかで、血まみれだった服は綺麗な服に取り替えられていた。

声を出そうとしたが、喉が枯れていて音にならない。

起き上がろうとしても、身体に力が入らない。

困っていたところで、男が部屋に入ってきた。

 

「お、起きてる。どうだ、身体の調子は?」

「…う…」

「ん?あー待ってろ。水取ってくる。」

 

男はそう言うと、コップに入った水を汲んで持ってきてくれる。

 

「まる3日寝てたんだ。ゆっくり飲めよ。」

 

コップを受け取ろうとするが、腕が上がらない。

男は呆れたような表情をして、ゆっくり水を飲ませてくれる。

 

「どうだ?まだ水欲しいか?」

「ううん…ありが…と…」

 

男はコップを置くと、顔を覗き込んでくる。

 

「目は見えてんな。飲み物も飲める。身体が動かねぇのはそのうち治んだろ。」

 

見つめる男の目は、獣のような鋭い瞳で、少し緊張する。

そんな様子を感じ取ったのか、男はけらけら笑う。

 

「なんだ、こないだ殺しにかかってきた時より随分大人しいじゃねえか。」

 

そう言われて、あの夜のことをぼんやり思い出す。

記憶も曖昧で、まるで自分ではなかったように思える。

今となっては、なんであんなことをしたのかさっぱりわからない。

殺した男のことを憎んでいたのは事実だけど。

 

「なんで、助けてくれたの?私、おにーさんのこと殺そうとしたんだよ?」

「殺そうとした?バカ言うな、あんなんじゃ死なねぇよ。」

「…でも、殺そうと思ってたのは事実だし。」

「例え殺意を向けられようが、助けたかったから助けただけだ。

それ以外に理由なんてねぇよ。」

「…変なの。」

「はぁ〜?命の恩人への態度かそれ?」

「ごめんごめん、こんな世の中で珍しいなって。」

「こんな世の中だからこそ、だろ?たまには人助けもしておかねーと。」

 

男はそう言いながら、コップを片付ける。

ふと、男の違和感に気付く。

茶色の髪から、狼の耳のようなものが生えているのだ。

 

「…おにーさんって、わんちゃんなの?」

「犬じゃねぇ!狼だ!」

 

男は怒った顔で至近距離で睨みつけてくる。

威嚇するように喉がなり、さながら獲物を狙う獣だ。

 

「あはは…し、失礼しました…」

「わかりゃいい。」

「…その、もふもふの耳は触らせてもらうことって…」

「ああ?…何か言ったか?」

「い、いえ〜…なんでもないでーす…」

「そういえば、お前家はどこだ?まだ動けんだろうが、歩けるようになったら送ってってやるぞ。」

「私奴隷だったし、雇い主殺しちゃったから、帰る場所ないんだ…」

「おっ…と、そうか。あの返り血は雇い主のものだったんだな…」

「おにーさん、面倒事に巻き込まれちゃったね。」

「…まあ、いい。ただ帰る場所がねぇってのは困ったな。」

 

男は少しばかり思案して、なにか思いついたように顔を輝かせる。

私が言うことではないかもしれないけど、わかりやすい人だ。

 

「お前、ハンターに興味はねぇか?」

「はんたー?」

「依頼やらなんやらで魔物を狩って、その報酬や素材を売って生活する職業だ。

俺もその端くれなんだが、イマイチ火力不足でな。大きい獲物を狩るのはなかなか苦労してる。

でもお前の能力なら!でっけぇ魔物でもダメージ与えられそうだろ!

俺に協力してくれんなら、この部屋も寝床もお前にやる。3食寝床付き!

悪くねぇ話だろ!」

「う、嬉しい提案だけど、役に立たないと思うよ…」

「何言ってやがる!3日前俺のあばら折っておいて役に立たないなんてねぇだろ!」

「折っちゃったんだ…ごめん…」

「んなこたどうでもいい!どうだ、俺と組まないか?」

 

男はこちらへ手を差し伸べる。

正直、奴隷だった生活に戻るのに比べたら、夢のような提案だ。

でも、やっぱり引っかかる点がある。

 

「もし、私があの日みたいに暴走したら…」

「その時は、俺が責任持って止めてやる。」

「…そっか、じゃあ。」

 

必死に腕をのばして、男の手を握る。

 

「私、頑張る。」

「頑張らなくていい。ほどほどによろしくな。」

「えーっと、名前は…」

「セルクだ。セルク・ディール。よろしくな。」

「ラト・ミーリア!よろしく!」

「よっしゃ、これで俺のハンター稼業も安泰だな!」

「気が早くない?あと腕振らないで〜!」

「っとわりぃ。つい嬉しくてな…」

 

それから2週間後、私は彼と共に魔物の巣くう森に来ていた。

 

「よし、俺が囮になる。ラトは死角から急所を狙うんだ。いいな。」

「うん、わかった。もし私が暴走したら、よろしくね。」

「おう、任せろ。」

 

セルクはそう言うと、影に潜る。

ラトは武器を握りしめ、魔物を一撃で仕留めるための大剣へ変形させる。

 

魔物がラトに注意を向けたところで、魔物の影からセルクが鉤爪で攻撃を仕掛ける。

 

「来いよドラゴン!俺が相手だ!」

 

セルクが注意を引いたのを確認し、武器の力を解き放つ。

ラトは目を見開き、大剣を引きずるように構え獲物に狙いを定める。

 

「行くよ、セルクにぃ!巻き込まれないでね!」

「俺は死なねぇ!気にせず暴れろ!」

 

今宵もまた、2匹の獣の狩りが始まる。

2匹は踊るように獲物を狩っては自らの糧にしていく。

その飢えは満たされることなく、狩りは永遠に続くだろう。

全ては、その身を焦がす衝動のままに。




今回はラトとセルクのお話でした。

いずれ指折りのハンターとなる2人のお話です。
この2人もこの後ちょくちょく登場予定のため、覚えていていただけると嬉しいです。
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