いざ来ませ、異邦人よ   作:川に揺蕩う論理の箱

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ひとりの男の幕引き、または異邦人の誕生

 晩冬の冷たい雨の中、目的地に着くと俺は、メキシコ人の運転手に無造作に金を放り投げた。後部座席へ運転手が身を乗り出す。声は擦れてどこか陽気だ。

 

¿Eres chino?(あんた、中国人か?)

What did you say ?(なんだって?)

I said “Are you Chinese?”(あんた、中国人かって言ったんだよ)

Nah, I'm Japanese.(いや、日本人だ) Soy japonés(俺は日本人だ)

I see. (そうか。)I like Japanese people(俺は日本人は好きだぜ、)there are a lot of decent people(いい奴が多いからな)

 

 俺はそれには返事をせず、降りた。タクシーの運転席から、あのメキシコ人が手を振って顔を出し、「アリガト」と、日本語でいい、まっすぐと並木道を走っていた。俺は暗闇をフロント・ライトで照らしていくタクシーが見えなくなるまで眺めた。それから雨で濡れ切った路地を歩き、ある一軒に止まった。そして開けぱなしのガレージに入り、いかにも高級そうな黒の車のドアを開けようとした。鍵がかかっていた。ガチャリ、と硬い感覚が伝わり、開かない。

 

 無言で俺は片足をあげて、ブーツの底でその窓を蹴った。一度目は何も起こらなかった。二度目、窓に蜘蛛の巣のように網目に白いヒビが入り、内側にへこんだ。三度目、窓が割れ、ガラス破片が運転席に散った。

 

 ガラスの破片は暗い車の中でも、街灯の光を反射し、あやしく光っていた。俺は身を乗り出し、銀色の紋章が書かれたクラクションを五度、掌底で叩いた。

 

 けたたましく警笛の音が響き、ゆっくりと路地へ消えていった。俺はそこで待った。誰も来る気配はなかった。俺は透明な雨合羽を脱ぎ、ポケットに隠していたナイフを取り出した。それからボンネットの上に雨合羽を巻いておくと、またクラクションを鳴らした。

 

 その音が消えないうちに、目的の男が、薄暗いガレージへ顔を出してきた。男は、壁際に設置されたスイッチをふらふらと手探りで明かりをつけた。

 

「誰だ、誰だ、こんなじ───」

 

 俺の姿を認めた男は言い切る前に言葉を失った。その男は俺と同じ日本人だった。男は魔女のように長く大きな鼻を忙しくなく撫でた。雨がしとしと、と降る音が明瞭に聞こえた気がした。

 

「なんで、お前がここにいる」

「会いにきた」

「どうやって」

「飛行機で、だが」

「早すぎる、どうやってこの場所を探し出した」

「そいつは秘密だ、どうせおまえ知ることはないだろうよ」

「知ることはない……? おまえ、まさか」

「そのまさかだよ」

「………たのむ、せめて、警察を呼ぶだけにしてくれ」

「いや、殺す、おまえは生かしてはいけない、さあ、出せよ、おまえも持っているんだろう」

 

 男は黙然とし、俺をみつめた。その目の奥から何か秘密を取り出すかのように。俺は、笑いそうになった。そんなものは俺の目にはない。男は爪をかみ、ポケットからタバコ箱を取り出し、タバコを一本取り出した。火はつけずに、口に加え、上下にゆらした。白い歯がそこからのぞいた。数回揺らすと、揺れ動いていた目が定まった。覚悟が決まったかのように。

 

「なあ、はやくしろよ、その方が潔いじゃないか、それにいつ警察がおまえを捕まえにくるかわからない」

「………ああ、わかってる、ただすこし考えているだけだ」

 

 そういうと男はポケットから折りたたみ式ナイフを取り出し、展開した。そして俺に突きつけた。ナイフは点のようにみえた。男はナイフを回しはじめた。クルクルと回転するそれは、何か重大なことを決めるルーレットのようであった。

 

「何を考えたのさ」

「おまえが考えているようなことさ」

 

 そして俺らはナイフを振った。

 

 ────決着はついた。霧雨はやまない。俺は両手を腹を押さえ、男の家の反対側の建物の玄関に寄りかかっていた。男は道路の真ん中で倒れていた。その胸部には俺が持っていたナイフが刺さっていた。そこから霧状の真紅の血が吹き出していた。

 

 俺は腹を切り裂かれ、男はナイフを心臓に刺された。相打ちだった。もはや俺は立ち上がる気力はなく、徐々に黒く狭ばっていく視界に映る、霧雨が降る光景を眺めた。腹から腸が飛び出ているのを手から感じ、そこから絶えず夥しい量の血が流れてくるを感じた。血が流れるたびに、俺は体の温かみが抜け、死の冷たさが体を支配しはじめた。流れた血は濁った水だまりに糸のようになって溶けていく。

 

(死ぬのか、まあ、死ぬか)

 

 思い返してみたら、くだらない人生だった。俺は、親の会社を継ぐのが嫌で、東京を出ていて、そこで日本中を旅をした。北は北海道、南は沖縄を目指して、どこだっていった。とにかく、俺は東京以外でどこか、楽園のような場所を探し求め、放浪していた。そして当たり前だが、そんなところはなかった。いつの日か、俺は、旅をする目的が変わっていた。こんな日常から逃げ出しくて、死にたかった。

 

 だが、そんな俺はそれでも一生を捧げたいと思いたい相手をみつけることができた。一目惚れだった。一目見たときには、彼女の美しさに恋に落ちた。俺はその日から、彼女の傍にいた。そして俺は彼女が喜ぶことを何度だってやった。まさしく、恋に盲目となった男が、俺だった。

 

 ある日、俺は告白をした。天気は晴れで、とくに特別なイベント日でもなかったが、俺は喫茶店で何気なく、日常会話を言うように告白をした。

 

 彼女は了承した。そして俺は彼女の恋人となり、幸せな日々を送った。いつの日か、結婚をしようか、なんて馬鹿馬鹿しいことを話したことがあった。子供は何人作りたいか、なんてこともいったっけ。

 

 本当に幸せな日々だった。俺に元々、ぽっかりと空いた穴に彼女が埋まった、そんな感じだった。俺は彼女のために、どんなものでも捧げることができた。それこそ、自身の命だって。──そこで、俺は吹き出した。

 

 ───自身の命だって? その言葉の滑稽さに俺は笑ってしまった。俺の笑い声が誰も通らない路地で響く。その結末はなんだ。いま、俺はあの旅で求めた死というのが、この手に収まろうとしている。彼女を、誰も守ることはできなかった俺は、くだらない復讐に呑まれ、こうして目的を達し、死にそうになっている。

 

 喜劇だった。悲劇なんかじゃない。たとえ、日本にいて、家族を奪われ、恋人を失おうとも、まぎれもなく、俺の人生は喜劇だった。シェイクスピアだって、この喜劇に顔を顰めずにいられないだろう。こんなくだらない男にぴったりの幕引きだ。

 

 そして俺は死んだ。せめて、この家の主人が玄関を開ける際に、邪魔にならないように、庭へ体をずらして。

 

《路地のガレージで刺し合い 男性2人死亡、車内から「銀色の小片」発見》

 

 3日夜およそ午後9時10分、イーストポート市内の住宅街にある私設ガレージで、男性二人が刺し合ったとみられる事案が発生し、両名とも死亡しているのが発見された。現場に駆けつけた警察が遺体を確認し、周辺住民は大きな音と笑い声を聞いたと証言している。

 警察のまとめによれば、発見された二人はいずれも30歳前後と推定される。一人は胸部に致命的な刺し傷、もう一人は腹部に深い刺創を負っており、いずれも搬送先で死亡が確認されたという。遺体の身元は現在確認中で、身元特定と親族への通知を急いでいる。

 通報を受けた近隣住民は、事件の直前に「クラクションが五度鳴り、その直後にガラスが割れるような音が聞こえた」と口を揃える。現場付近で営業していたタクシー運転手は、本紙の取材に対し「ガレージの前で短いやりとりを見かけた」と述べており、警察はこの証言を含め目撃情報の聴取を進めている。

 現場検証で回収された物証の中に、小さな銀色の破片が含まれていた。鑑識は同破片の表面に微細な刻印があることを確認しており、これを重要物証として鑑定に回したと説明する。ほかにも折りたたみ式ナイフ、濡れたレインポンチョ、数枚の紙幣が現場で確認されている。

 イーストポート警察殺人班は声明で「現場は対立がエスカレートした形跡があり、現時点では個人的怨恨あるいは突発的争いの線で捜査を進めている。防犯カメラ映像の解析と周辺聞き取りを急いでいる」と述べた。捜査関係者は、刻印のある銀片の鑑定結果が身元や動機解明の手がかりになる可能性があるとしている。

 現場周辺の住民からは不安の声が上がる。近隣の女性は「こんな路地でこんなことが起きるなんて思ってもいなかった。夜に出歩くのが怖くなった」と語り、近くの飲食店の店主は「クラクションが五度鳴ってからものの数分で騒然となった。助けに出た人もいたようだが、事態はあっという間に終わってしまった」と振り返った。

 事件当夜の状況や証言はまちまちで、警察は現場周辺の防犯カメラ映像を入手、解析を進めるとともに付近住民の聞き取りを継続している。鑑識の詳報と、関係者の取り調べが進めば新たな事実が判明する見込みだ。

 市当局は事件を受け、地域の夜間の安全対策と住民への注意喚起を強化する意向を示している。イーストポート・タイムズは今後も捜査の進展を追い、続報を伝えていく。

 

情報提供や目撃情報は下記までご連絡ください。

Eastport Police Dept.(イーストポート警察) 殺人班ホットライン:+1 (555) 123-0456(24時間)

情報提供(匿名可):The Eastport Times

[email protected]

 

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