いざ来ませ、異邦人よ   作:川に揺蕩う論理の箱

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今回、短めです。


その四

 

 依頼を受けて、1日目が経った。1日目はごろつきが喧嘩をふっかけてくる以外はなかった。なおみからの電話はかかってこなかった。俺は、サヤから明日の夜にまた来る、と電話で伝えられ、夜ごはんを食べて寝た。そして俺は夢をみた。

 

 夢のなか、やつをみた。やつの顔つきは霞がかかったかのように、ぼやけてわからなかった。だが、それがやつだと俺はわかった。

 

 やつはビールに満たされたジョッキを豪快に一気に飲んでいた。おれはその光景を眺めていて、タコ焼きを口に運んでいた。やつは口を開いた。「今日も疲れたな」と。俺は頷き、ビールを軽くに飲んだ。いつも通りの平和な1日。

 

 彼女の友人がやつだった。やつと仲良くなるのはそこまで時間がかからなかった。俺はサラリーマンをしていて、働いてた。やつは俺が働いている会社の同僚だった。

 

 やつは笑って、金をかけて白くした歯を自慢げにみせた。そして場面は変わった。正月で、家族と食事をとっていた。隣には彼女がいた。彼女は親と楽しげに話しかけていた。また、場面は変わる。

 

 実家の玄関に俺は立っていた。俺は靴を脱ぎ、廊下を歩き、居間につながるドアに手をかけた。なぜか、汗が流れていた。声を出そうとしても、喉がえづき、出ない。取手にかけた手は震えていた。首を横に振った。そして俺はドアを開けた。

 

 居間には、彼女と母がソファーに座っていた。俺は安堵をし、床に膝をつける。彼女は、奇妙そうに俺をみつめ「どうしたの? ■■■■■、酷い顔をして、ね、それより、お客さんだよ」と、いい指を差す。指をさした先には、やつがいて、金をかけて白くした歯を自慢げにみせて笑った。

 

 

 そこで、俺は夢から目覚めた。

 

 黒ソファーに身を沈め、俺はタバコをくゆらせていた。足を組んで、片腕はソファーの頭に乗せていた。スザンナがタイピングする音が事務所で響いていた。その音に混じる雨が窓を打つ音。今日はひどい雨が降っていた。

 

 俺は口からタバコを離し、回転させて、いじった。俺は立ち昇る紫煙をみるのに飽きて、時計をみた。七時二十三分。俺はドアに視線を移す。依頼者がくる気配はなかった。いささか来るには早すぎたようだ。

 

「珍しいじゃないか」

 

 青島さんはパイプに煙草をつめながら、言った。

 

「君が煙草を吸うなんて」

 

 俺はタバコを一度吸って、鼻から煙を吐き出しながら、「そういう気分なんですよ」と、答えた。

 

「そういう気分、ね」

「ええ」

「とくになにも言わんが、依頼者が来たら、吸うのをやめてくれよ。依頼者はタバコが嫌いだ」

「わかりました」

 

 それ以上は会話はなかった。俺はタバコの灰を灰皿に落とした。これがはじめてではなかった。20歳になってから1ヶ月に数回は吸う頻度だった。

 

 俺の後ろからかしゃかしゃ、という音が聞こえた。やることがなかったので、振り返る。くるみ割り人形が紅茶を運んでいた。そのくるみ割り人形はアルミ製のお盆に趣味のいいカップを乗せて、行進をするように片脚を高くあげて、進んでいた。

 

 くるみ割り人形が青島さんに紅茶をぎこちなく渡すと、青島さんは頭をぽんぽんとやさしく叩いた。むろん、人形は表情は変えなかった。人形は回り右をすると、そのままドアのそばで待機をした。

 

「依頼者はいつ来ますか?」

「知らん、そんなこと言われてないな」

「じゃあ、その依頼者の名前はどうですか?」

「依頼書に書かれなかっただろう、そういうことだ」

「匿名ですか」

「ああ」

「──あの、今さら、なんですけど」

「なんだ」

「なんで、依頼者はあんな格好で来たのでしょうか?」

「ふむ」

 

 青島さんは席から立ち上がると、部屋の隅から隅へ行きつ戻る。彼女が考えるときの癖だ。パイプを吸いながら歩き回る姿は、さながら事件解決のために分析する探偵のようであった。

 

「そうだな」と、独言るようにいい、「あえて、と考えるのが自然だろう」

「あえてですか」

「ああ、ダミーだな」

「相手に自分がやましいことでも隠していると知らせることで?」

「いや、影武者だと思わせることでだ」

「つまり、依頼者本人だったんですか?」

「いや、影武者であることもあり得る」

「………どういうことですか?」

「君が誰かに追われいて、そいつに見つかりたくないならどうする」

「……まあ、隠れてますね」

「じゃあ、どうしても外を出ないとならないなら」

「ある程度変装していきますね、自分だってわからないよう程度に」

「それだ」

「え?」

「いいか、ポイントは、私たちにわざわざ頼んだと言う点だ」

「はあ」

「つまり、銀行に預けるのが不安に覚えるほど追い手は厄介な相手だ。それも個人ではない、組織といってもいいだろう」

「なんですか、ライバル企業が潰しにかかってきたということですか」

「ああ」

「じゃあ、相手は普通の追い手ではないと」

「その手の専門家だろうな」

「……それが、過度な変装につながるのがわからないんですが」

「いいか、そんな相手だから、あからさまな変装が逆に効くんだ」

「はあ」

「………考えてみろ、どうせまだ依頼人は来ない」

 

 俺は手を顎に当て、思考を走らせる。自分が隠したいことがある、とあえて周囲に見せつける理由。追い手はそういう専門家。与えられたヒントはこれだけだ。だが、青島さんはこれで十分、といった。これだけで筋が通った説明ができるのだろう。

 

 俺はひとつの結論にたどり着く。俺は口をひらく。

 

「依頼人本人か、影武者かどちらかに絞り込むことができないから?」

「そうだ」

「なるほど、だけど、影武者でも情報を知っている可能性があるのですから、襲ってもいいじゃないですか」

「そんなあからさま変装、罠を仕掛けているに決まっている、と相手は思うはずさ」

「ああ、たしかに」

「どうだ、簡単な話だ。あの格好にすることで、相手はさまざまな可能性を考えて動けなくなるということだ」

「ふうん、たしかに簡単な話ですね。でも、もっと深遠な理由でもあると思ってました」

「深遠? はっは、だいぶ面白いことをいったな」

「なんですか? 悪いですか」

「悪くはないさ、ただ思考は必ずしも、そんな金閣寺みたいなファンシーである必要はない」

「シンプルイズベストということですか」

「ああ、そうさ、ある事柄を説明するためには、必要以上に多くを仮定するべきでない、そうだろう?」

「………ええ、そうですね」

「にしても、ほんとうにどうしたんだ、今日はえらく思考にキレがないじゃないか」

「え、そうですか」

「ああ、いつものお前ならこの程度のことすぐに解けただろう」

「………買い被りすぎですよ」

 

 青島さんを俺をみつめ、ため息をつき頭をかいた。

 

「まあいい、依頼人が来るまでにその鈍った頭をどうにかしろ」

 

 事実だった。質問するまでもない、どうしようもない簡単な話だった。いつもの俺なら、こんな質問をしない。俺はため息をした。俺は席を離れ、コーヒーサーバーに隣に置かれたチェスを手に取った。俺は青島さんにチェスで遊ぼうと誘った。青島さんは了承した。そして俺たちはチェスをした。そのなかでも、頭のチラつくのは、あの夢だった。チェスの差し合いは続き、膠着し、やがて俺は仕掛けえられた罠にあえて乗ることにした。

 

 そのとき、ドアが突然開き、ずぶ濡れになった男が倒れ込んだ。そしてすぐさま俺たちを見て、

 

「た、助けてください! お嬢さまが! お嬢さまが!」と、叫んだ。

 

 

 ────────

 

 

 その日、彼女は父上からの命令で、ある顧客を相手をすることになっていた。その顧客は彼女の家に八時半に来ることになっていた。彼女の父はいま、諸事情によりこの家にはいなかった。最近、危険な目にあった彼女を放っておくのは心痛かったが、それでも彼女の父にはやらないといけなかったことがあった。

 

 そういうどうしようもないことは世の中であくびが出るほどあるものだ。───それがたとえ、娘の命の危機に陥らせることになっても。

 

 自室で待っていた彼女に声をかかったのは、八時だった。彼女のメイドが来て、応接間でまもなく顧客がくるので、待っていて欲しいのですが、といった。

 

 彼女は頷き、自室というには広すぎる部屋を歩き、廊下へ出た。彼女は応接間につき、ソファーに座った。畳の上にローテーブルがあった。そこにはお菓子が入った木のボウルが置かれていた。彼女は横へ視線をやった。

 

 ガラス戸の先には雨で濡れる庭があった。バラは雨に打たれるたびに揺れていた。

 

 十分後、呼び鈴が鳴いた。廊下から足音が聞こえた。使用人が対応しにいったのだろう。ドアが開き、ドアが閉まる音が聞こえた。しばらく沈黙がつづいた。それからドアが開き、応接間にメイドがきた。

 

「お客さまが来ました」

「まだ時間ではありませんが」

「予定よりもはやく着いたようです」

「父上に連絡は取りましたか?」

「はい、たしかに八時半にくる来客の方でした」

 

 彼女は眉をひそめた。予定よりもはやく着いたのなら、そこらへんで時間を潰すばいい、と思った。しかし、もう家の前にいるなら、仕方がない。彼女は通しなさい、と了承をした。

 

 また襖が閉じ、廊下を歩く音がした。ドアが開く。ドアが閉まる。数分して、またドアが開き、歩く音が聞こえた。二人足音がきこえた。襖は開き、そこからメイドと髪の長い男性が入ってきた。その男性は彼女へにっこりと笑みを浮かべた。そして、次の瞬間、後ろにいたメイドの喉にナイフが刺さっていた。

 

「え」

 

 どこにナイフを隠していたのか彼女にはわからなかった。男性は、ロシアンルーレット風おもちゃのように、喉に刺さっていたナイフをすばやく抜くと、そのまま、心臓部、腹と刺していき、再びナイフを首へ振った。そしてメイドの首は胴体と別れた。

 

 頭は床に落ちた。頭は転がり、タンスに当たった。メイドの胴体はふらふらとくらみ、倒れた。首の断面からホースのように夥しい血が噴き出していた。白いメイド服は朱色に染まっていく。畳のすきまに血がしみていく。部屋は血の匂いで充満していく。

 

 男性はナイフをもう一度振って、ついていた血を払った。そして長い髪を鬱陶しげに左右に振ると、男性はソファーにお見合いをするように座った。そして長い足を組んだ。襖の向こう側からプシュという音が聞こえ、誰かが倒れこむ音が連続してきこえた。敵だ、と彼女の護衛役が叫ぶ声が聞こえた。が、その次の言葉はなかった。階段を登る音がきこえた。それからその部屋に顔が見えぬようにマスクをかぶったものたちがなだれ込んできた。合計で五人はいた。ショットガンを構えたものや、ハンドガン、マシンガンを構えたものなど長期戦など想定はしてない装備だった。彼らは応接間のクリアリングを徹底的にした。

 

 ショットガンを持っていたものが長い髪をした男に近づき、耳打ちした。長い髪の男が頷いた。そして彼はふたたびにっこりと笑うと、何が起きているのか理解できていない、顔に血がついた彼女に、

 

「さあ、それでは商談をしましょう、松枝お嬢さま」と、いった。こんな地獄みたいなところに似合わない上品さを感じさせる声だった。

 

 

 

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