腐った忍者と侮るなかれ   作:☆☆☆宮☆☆☆太郎

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意味の分からんことを言うな!

☆☆☆

 

椿はあの後、詳しい話を聞きたいと頼みこまれ、警官の家のリビングへと通されていた。因みに左近も一緒だ。椿と警官の話の後にひょっこり姿を現し、何食わぬ顔で付いてきたのだ。

椿はそれはもう不満を露わにしたが、左近は心臓に毛でも生えているのか、椿の不満を凪のように受け流していた。

 

そして、現在、椿がS25について知っていることをすべて話し、出されたお茶を飲んでいると、警官は俯きながらも、礼を言ってきた。テーブルにはぽたぽたと水滴が落ちている。

 

「ありがとう。君のおかげで娘の居場所が分かった」

「気にするな。むしろ、役に立てたのならよかった。」

 

話も終わり、部外者である自分はそろそろお暇しようと腰を上げる。けれど、別れを告げるよりも早く、左近が警官に問いを投げた。

 

「お主、この後どうするつもりじゃ?」

「無論、娘を取り返すさ」

「どうやって?」

「?先ずは警察署に行って話を通す。そのあとは私も含めた警察で奴らのいる施設へ乗り込むつもりだ。」

「それでは時間が掛かり過ぎるじゃろう?それにお前の娘を攫った組織、それなりの権力を持っている気がしてならん。そんな相手を前に一警官ができることは限られる」

「それなら、単身で乗り込むだけだ」

「…ふむ、これは提案なんじゃが、わしらを頼ってみないか?」

「なに?」

「こう見えても儂、腕っぷしには自信があっての。娘一人程度なら連れて帰ってこれるぞ?」

「しかし、それでは捕まっているだろうほかの子供たちが助からないだろう?それでは駄目だ」

「それなら、証拠となる資料も儂が持ち帰ってやる。そうすれば、お主たち警察も動きやすかろう」

「…なるほど、確かに」

「悪い話ではないと思うんじゃがのう?」

「それは…そうだが、お前はどうしてそこまでしてくれるんだ?」

「なに、一宿一飯の恩…では少々効かないじゃろうが、それでも少しでも借りは返して起きたんじゃ」

 

左近は気恥ずかしさからか、目を逸らし、そう答える。

それを見た警官は一つ頷くと、頭を下げてきた。

 

「…わかった。それじゃあ、私も共に行こう。」

「いや、三人を守りながらの脱出は流石の儂にも確約できん。」

「ちょっと待て?三人じゃと?」

 

聞き捨てならない言葉に聞き役、というよりも蚊帳の外にいた椿が思わず手を挙げて話に割り込む。

 

「どうかしたか?」

 

左近は首を傾げながら、椿に視線を移した。

 

「三人というと、恵理とそこの警官の他に、あと一人、連れていく計算になるではないか」

「そうじゃな」

「その最後の一人…もしかして妾か?」

「当たり前じゃ、お主以外に施設内部に精通している人間はおらんじゃろう」

 

言われてみればその通りだ。その通りなのだが、やっとの思いで抜け出した施設にまた足を踏み入れないといけない事実に椿は膝から崩れ落ちそうになる。

けれど、それでも、椿とて置いてきた被験者たちになんの思い入れも無いなんてことはない。

特に恵理…S25とは――。

 

(そうじゃ、儂が行けば全員助かるかもしれないのじゃ。ならばここで怖じ気づいている訳にはいかん!)

 

椿は腹を括る。

その瞳には既に動揺はない。

 

「よし、分かった。それなら妾と左近で行ってくるか!」

「うむ、正直もう少しくらい駄々を捏ねられると思っておったが、中々胆力があるようではないか、見直したぞ」

「ちょっと待て!」

 

話が纏まりかけたところで、今度は警官が話に割り込んできた。

 

「どうかしたのか?」

「いや、子供たちが庇護の対象になるのはわかる。その少女を連れて行かなければいけない理由も…まぁ、分かった。

だが、私まで守られる側で話を進めないでくれ。これでも警官だ。ある程度武道にだって精通している。足手纏いにはならないと約束しよう」

 

引く気がないとわかる強い眼差し。

口で言っても平行線だろう。

 

だからこそ――、

 

「分かった。それなら儂と勝負して、儂から一本取れれば共に行こう、儂がお主から一本とればお主は置いていく。良いか?」

「それで構わない」

 

☆☆☆

 

所は変わって、警官の家にある庭の中、左近と警官は睨みあう。

否、睨んでいるのは警官だけで、左近は自然体のまま余裕のある眼差しを警官へと向けていた。挑発のつもりか、それとも実際に余裕があるのか…それは向かい合う警官にはわからなかった。

 

(ただ、それなら!)

 

警官は駆け出すと左近へと正拳突きを打つ。予備動作が少なく、着弾までの距離も最短、一般人では避けることはまず不可能。

左近はその本来なら不可避の一撃を予備動作の段階で完全に読み切り一歩右にずれることで避けて見せる。とはいえ、警官の反撃もまだ終わらない。繰り出された正拳突き、その拳が開き、獲物を捕食する蛇のように左近の服の裾を掴むと、体を捻り一本背負いの態勢へと移る。

完璧な連携。この状況から抜け出す方法はない。

 

合気道や柔道の要領で既に左近の体は地面から離れている。人間は基本的に足が地から離れれば無防備になる。踏ん張ることも体を自由に動かすこともできない。あとは上手く受け身をとれるかどうか、という話だ。現在の左近も同様。この状況から踏ん張りを利かせるなんて芸当到底不可能。

警官は勝ちを確信する。力は緩めないが、心には余裕ができる。

左近の頭が地面と垂直になる。瞬間、青の稲妻が瞬いた。

体を駆け巡る電撃に邪魔され警官は左近の服の袖を話してしまう。

 

ブランコから手を離した時のように左近は完全に宙に投げ出される。

普通にいけばこのまま無様に地面へと激突するのがオチだ。打撲か骨折か、それは当たり所によって変わってくるが、少なくとも無傷では済まないだろう。左近は猫のように空中で体を捻る。空に向けられていた足が地面の方を向くとそのまま衝撃を殺し、綺麗に着地をした。

 

体は警官の方を向いている。いつ攻撃が来ても対応できる態勢だ。戦いは仕切り直し、とはならない。電撃を浴びた警官は地面に伏している。警官の投げから逃れるために放った電撃が勝敗の決め手になっていた。否、そうなるように左近は電撃の威力を調整していたのだ。

電撃で命を落とさないようにしつつも戦闘の続行ができない絶妙な塩梅の攻撃。手加減できるほどの力の差が二人の間にはあった。

 

「儂くらいの奴はあの施設にもおるじゃろう。お主は大人しく待っておれ」

 

左近はそういうと警官に近づき、肩を貸すと、家屋の中のソファへと警官を運んだ。

警官も今度は何も言ってこない。悔しそうに唇を嚙みつつも己と左近の間にある力量差に気が付いているのだ。

 

警官は手を左近へと向けると、声にならない声で頼んだと唇を動かした。

 

☆☆☆

 

警官を寝かせた後、左近と椿は直ぐに施設へと向かった。左近は案の定施設までの道のりを覚えていなかったが、椿の方がしっかりと記憶していたため、迷わずに目的地についた。

後はどうやって施設内部に侵入するか、椿は頭を悩ませるが、左近が直ぐに答えを提示して見せる。

壁の一部が捲れ、内部に続く道が姿を現したのだ。

 

「こんな場所があったとは…お主はいつから気づいておったのだ」

「いや、これは儂が作ったものじゃ。」

 

左近はなんてことないように言ってのけるが、当然椿からすれば簡単に納得できることではない。眉を顰め、疑問を口にする。

 

「何故態々?まさかここに子供がいることを知っており、救出するために前々から準備しておったのか?」

 

そうであれば、S25を助け出すと言い出したことにも納得ができた。むしろ、そうでなければ何故左近が態々、S25を助け出すと名乗りを挙げたのか、納得ができなかった。今までの言動からも左近が自己中心的な思考で動いているのは一目瞭然。他人を無償で助けるような人間には思えない。

 

(いや、それなら態々脱出口を作っておくこと自体納得が出来ん)

 

椿の疑問は直ぐに解消する。

 

「そんな訳なかろう。単純に食糧庫に忍び込むために作っただけじゃ」

「…ああ、成程」

 

この返答の方が余程納得ができる。

 

「それならS25を助けだとそうとしているのも食糧庫に忍び込むついでと行ったところか」

「…流石にそんな理由で態々武装勢力がいる場所に乗り込まんよ」

 

そうは言うが一宿一飯の恩などで動くと言われるよりは余程納得してしまう。

とは言いつつも、左近の善性に少しばかりの期待をしてしまうのも事実。

 

「ならば何故じゃ?」

「あの警官義理堅そうだったからのう、娘を助けてやれば色々と便宜を図ってくれそうじゃと思ったんじゃ」

「…お前に少しでも期待した妾が馬鹿だった」

 

常に予想の斜め下の回答を提示してくる左近に椿は溜息を吐く。力持つ者には善良であって欲しいというのはやはり我儘なのだろうか?椿は思わず心の中で愚痴を零してしまう。

 

世の中には善良で助ける力を持たないものよりも、善良とは言い難くとも他者を助けてくれるものの方がいいという意見もあるだろう。椿にも痛いほどその気持ちは分かる。

痛いほどわかるが、出来るのであれば善良で且つ他者を助けてくれる人間がいた方が気持ちの面でも救われる。自分たちには頼れる正義の味方がいるのだと、そう自分たちを鼓舞できる。

 

(まぁ、奴にそれを期待しても仕方がないがな)

 

椿は左近の以前の発言を覚えていた。

何故かは知らないが、左近が正義の味方というものを毛嫌いしていることは知っていた。追及しても意味のない話。考えても答えの出ない問い。何よりも今この状況において何の役にも立たない思考。考えるだけ無駄だ。

椿はこれからのことについて、食糧庫の食料を風呂敷にしまうのに夢中な左近に問う。

 

「施設内には忍び込めたが、策はあるのか?」

「うむ、まぁ、変装術で研究者に成りすました方がいいじゃろうな」

「そうか、しかし、妾はどうする?流石にこの年の研究者はおらんじゃろう?

それに子供に関しては研究者が全員顔を覚えていると思うが…」

「ならば――、」

 

――――――

 

(なるほど、これなら確かに、見つかることはないじゃろうな…)

 

「いや!めっちゃ狭いんじゃが!儂を荷物扱いは無理あるじゃろ!」

 

研究者の姿に変装した左近は椿を段ボールの中に入れて荷台で運ぶことにした。食糧庫の中にある段ボールの中でも大きなものを選んだとはいえ流石に狭い。椿はぶぅぶぅと文句を言いながら、段ボールの中で丸まっている。

暗く窮屈で、声も籠る。取っ手のような穴から外の様子は伺えることと、無線で左近と話が出来るのが唯一の救いだ。

 

「これは、可笑しいぞ?」

左近が小さく呟いた。

 

「どうかしたのか?」

 

外の様子は取っ手の部分からしか見ることが出来ないため、椿視点現状で不審な点は見受けられない。

 

「いや、警備兵の数が明らかに少ない。」

「昨日の警備兵はおらんのか?」

「…いない。」

 

何か不穏なものを感じつつも、左近と椿は本物の研究者からパスキーを奪い取り、子供たちのいるエリアへと向かった。

 

入口にも警備兵はいない。左近はパスキーを使い子供が収容されている部屋の鍵を開ける。

 

「全員無事なようじゃ」

 

椿は段ボールから顔を出し、子供たちの顔を一人一人確認する。

誰一人として欠けている者はいない。椿は左近に目配せする。

視線で恵理がどの子かを伝えたのだ。視線の意図を察した左近は直ぐに恵理の元に移動する。

 

「お主が恵理か。安心しろ。助けに来た。」

「…え?助けに?

あなたは一体。それにT1ちゃんも一緒?どういうこと?」

「妾が脱走を成功させ助けを呼んできてやったのじゃ!」

「いや、恵理の父親に頼まれて来たんじゃろう」

「べ、別にそこはどうでもいいじゃろうが!」

 

見栄を張る椿にデコピンをして、真実を語る左近。喋り方も含め赤の他人とは思えない二人のやり取りに恵理は幾分か警戒を緩める。一人は知り合いでもあるし、信じてついて行ってもいいかもしれない。少なからず、その思いが恵理の胸に宿る。心は確かに動かされた。動かされたが、所詮一時の感情、簡単に流されるほど不用心ではない。最終決定は気になることを聞いた後に下すつもりだ。

 

「一つ聞いてもいいですか?」

「なんじゃ?」

「父は私を心配してましたか」

「心配しておったよ。嫁とも上手くいかずに今はアパートで一人暮らしじゃ」

「…そうですか。

分かりました。ついていきます。

…でも、出来れば他の子たちも連れて行って欲しいのですが」

「それは難しい。

だが、儂らが脱出した後、この件は忍術協会に報告を入れる。警察も動くじゃろう。だから安心しろ」

「………わかりました。」

 

長い沈黙の後、渋々頷く。

本当は言いたいことが山ほどあったのだろうが、それを口に出さないくらいには恵理は早熟だった。

後ろ髪を引かれるのか、恵理は何度も子供たちへと視線を送りながら、部屋を出た。

 

「さて、後は帰るだけじゃな。」

 

荷台の上で椿は両手を腰に当て胸を逸らす。

確かに今回の椿の活躍は…目立たないが必要不可欠なものだった。一仕事終えた感をだすのも納得だ。

 

「あの…。なんでT1ちゃんは段ボールに入ってるんですか?」

「カモフラージュのためじゃな。もう意味はないが、それに子供は足も遅いこちらの方が楽じゃ、お主も段ボールの中に入れ」

「えぇぇ!いやじゃ!妾の席が狭くなるじゃろう」

「あとは儂が走って外まで連れ出す。我慢せい!」

 

またも椿がぶぅぶぅと文句を垂れたが、結局は折れて恵理も体育座りをする形で荷台の上の段ボールへと収まった。

後は二人を連れて食糧庫を目指すだけ、そのタイミングで左近へと敵意を向ける者が一人。

何時の間にか左近の前に立っていた中肉中背の男。光学迷彩を使って隠れていたのだろう。

不気味な笑みを浮かべ、左近を見ている。

 

「なんじゃ?貴様」

 

左近も透針を握り、相手の出方を伺う。何時でも庇える様に荷台の二人への注意も欠かさない。

 

「誰?誰かぁ、そうだな。そうだよな。それが当り前だよな。俺はお前を知ってるぞ?雷電左近。ケケケ」

 

左近からすれば本当に見覚えがない。元々忍術協会の忍として職務を全うしていたため恨みを買うような心当たりがない、とは言わない。

言わないが、流石にこれだけ印象に残るやつがいたら覚えていそうなものなのだが――、

 

「クククッ、覚えていないか?それも仕方がない。俺は5年前、お前に倒された風雲北星の部下の部下の、そのまた部下だぁ!!!」

「最早誰!?」

 

確かに風雲北星とは5年前、左近の主人、当時はまだ主人ではなかったが、攫われたときに戦ったことがある。汗腺や毛穴から空気を噴き出す秘術を使う敵で、非常に厄介だったのを覚えている。

特に全身から空気の刃を飛ばす『秘術・風針千本』が厄介で主人に与えられた奥の手がなければ勝つことは出来なかっただろう。

とはいえ、風雲とは戦ったことはあるが、その部下やさらに部下など関わりすらなかった筈だ。

 

「風雲の敵討ちか?」

「フフ、残念だが違う。俺は憧れたのさ、お前たち、秘術使いの強さにな!」

「そうか」

 

(駄目じゃ、笑い方が定まらな過ぎて肝心の話が全然入ってこん!)

 

風雲の部下は注射器を取りだす。

毒の可能性もある。左近は相手のへの警戒を高める。あの掴みどころのない喋り方もこちらを油断させるための罠の可能性もある。

どれだけアホっぽくても油断はできない。

 

風雲の部下は取り出した注射器を自身へと刺す。

 

「何のつもりじゃ!?」

「キクキクキク効くゥゥゥゥゥゥゥ」

 

嫌な予感を覚え、透針を投げる左近。透針は風を切り、獲物へと急降下する鷹のように標的へと真っ直ぐに突き進む。

人体程度の強度であれば十分に突き刺さる威力。殺意の籠った渾身の一撃。

針は間違いなく敵を捉えていた。実際に着弾もした。服を破り、皮膚に到達し、()()()()()()

まるで金属にぶつかったかのように甲高い音を鳴らし、傷を一つ与えること叶わずに弾かれた。

あの針には糸が巻き付けられており、左近は糸を通し電撃も流していた。

無傷で済むはずがない。微動だにせずに堪えるなど不可能。不可能であるはずなのに、現実に敵は不動の姿勢で堪えて見せた。

 

「クククッ、驚いているのか?そうだよなぁ、その筈だぁ!なんせ今は俺も秘術使いなんだからなぁ!!」

「…どういうことだ?」

「ん~気分がイイから教えてやるとするかぁ!!俺がさっき打ったのはなぁ!人体拡張ナノマシンなんだよぉ!

今の俺は鋼鉄よりも硬く、熱も電気も通さない鉄壁の肉体を手に入れた。

その上、ナノマシンにより俺の身体能力は大幅に強化されている。お前はぁ俺には勝てないんだよ!」

 

唾を飛ばしながらゲラゲラと笑っている敵の姿に椿は気圧される。

 

「だ、大丈夫なのか?

彼奴め、なんかだいぶ危なそうじゃぞ。強さもそうじゃが、精神的にも、あのナノマシンとやらを使い過ぎて正常な思考が出来なくなってそうじゃぞ?」

「うむ、安心しろ。敵が如何に硬かろうが、『霆撃雷鈷』で一刀の下に斬り伏せてくれる。」

「おお!斬れるのか!」

「任せろ。いつ何時も肌身離さず持っておる我が家の名刀『雷騰雲奔』があれば儂に斬れんものはない!!」

「おお!

 

それでなんでバナナを持っておるんじゃ?」

「バナナ?」

 

左近は自身が握っているものをよく見てみる。

黄色い皮に少し反り返った形。しっくりと手になじむ形状だが、刀の柄ではなく栄養満点のフルーツ、バナナだった。

 

「間違えて持ってきてしもうたようじゃ。…食べるか?」

「肌身離さずは?」

「肌身離さずバナナを持ってきてしもうた」

「はっ?それでどうやって戦うんじゃ?」

「う、狼狽えるでない!忍ぶものは常に冷静さを忘れてはいかんのじゃ!」

「お前が一番狼狽えておるじゃろうが!それとバナナ持ってきたやつが言っても格好良くないわ!」

 

椿は左近からバナナを奪い取ると皮をむきむしゃむしゃと食べ始める。やけ食いというやつだ。

 

「他に打開策はあるのか?」

「いや、儂といえども流石に逃げるしかないのう」

「なら、さっさと走れ。少しでも距離を話すのじゃ!」

「う、うむ、分かっておる!」

 

左近は荷台を押しながら走り出す。後ろでは凄い速度で敵が追いかけてくるが、椿が食べ終わったバナナの皮を敵の足元に捨てたことで顔から思いっきりすっ転んでいる

多少時間は稼げている。

 

荷台を押しているとはいえ左近とて忍として鍛錬を積んできた…期間もある。それに山暮らしで足腰は現在も鍛えられ続けている。

敵は野犬のような速度と形相で猛追してきてる気もするが、食糧庫までなんとか逃げられるだろう。

 

左近は爆薬や煙幕を撒きながら、上手いこと敵を攪乱する。

時には敢えて遠回りを選択することや行き止まりの部屋に隠れることもあった。

完全に敵を手玉に取り、こちらの動きを気取らせない。蜃気楼のような隠形術。

最初は不安がっていた椿や恵理も今では十分余裕を取り戻せている。

後は、食糧庫に向かい脱出するだけだ。脱出できれば今回の仕事は終わりだ。

 

()()敵の理性が完全に吹き飛んでいれば、或いは敵が優柔不断であったのなら本当にこれで仕事は終わっていただろう。

 

「ケケケっ待っていたぞ?」

 

けれど、敵は思い切りがよく尚且つ中途半端にだが理性が残っていた。食糧庫の前で待ち伏せするという思考が出来る程度には

 

「これでてめぇらは俺ぁを倒さないとここから出ていくことは出来ないなぁ!!」

「どうするんじゃ!」

 

椿は左近の方へと顔を向ける。左近はそれを受けて渋い顔をする。

 

「…仕方ない」

 

今度は透針とは別のダーツのような形状の投擲武器を取り出す。

体を捻り途轍もない速度で投げる。威力は透針の時とは比べ物にならない。投擲物の重量や形状もあるだろうが、もっと根本的な部分。投げ方が先ほどとは明確に違った。

先ほどの透針の投擲を鷹に例えるなら、今度の攻撃は銃弾に例えるべきだろう。椿の瞳で捉えきれない速度で飛んでいく。

大気の膜を何枚も突き破り、風の悲鳴が耳まで届く。大気を破り、敵の肉すら抉り取る傍若無人な鉄の牙。鋼鉄以上の強度と嘯いた敵の体に穴が開き血が噴き出る。

 

「これは…」

 

椿は左近へと視線を移した。やったのか?口に出すことはせずに言外にはそう問いかける。

 

「いや、深く刺さっていない。皮膚を貫通するのがやっとのようじゃな」

 

左近は首を横に振って答えた。

 

「そうだ。俺はまだ生きている。全く痛くねぇぜぇぇぇぇ!」

 

体が頑強で痛みを感じないのか、それとも痛みを感じる機能を忘れてしまったのか。

どちらが正解か答えてくれる人間はこの場にはいない。

答えは出なくても敵は動き出す。どちらでも構わないというように無理に体を動かして見せる。手負いの獣は怖い、なんて言葉があるが、正に今この状況それ以上にふさわしい言葉はないだろう。

瞳をギラギラと輝かせてこちらへと歩み寄ってくる。にじり寄ってくる。

ゾンビ、という言葉が脳裏に過るほどに不気味な様相。

この状況を変える手札を持っている人間がこの場にいるのか、絶体絶命のこの状況で息をのむことしか自分にはない。きっと恵理も同じだろう。椿の手を強く握っている。左近はどうだろう?視線を移す。

先ほどは渋い顔をしていたが、今は無表情だ。一体何を考えて――、

空気が振動し、世界が色を忘れ、否自分の視界が白にのまれ、肌が熱を感じる。

 

「な、なんじゃ!」

「やったな」

 

左近はそれだけ呟いた。

やった?どういうことだ。今の爆発と関係があるのか?

というか――、

 

「それって敵の生存フラグじゃぞ!安易に口にするものではない!」

 

椿は左近へと苦言を呈する。

しかし、左近はそれをまともに取り合おうとはしなかった。

 

「何が生存フラグじゃ。先ほどの爆発を見ておらんかったのか?そんなくだらんジンクスで耐えられるような生半可なものじゃなかったじゃろうが」

「しかし、」

 

視界が徐々に戻っていく。煙が晴れ、敵の姿が露わになる。

敵は――、

 

やられていた。うつ伏せの状態で八の字で倒れている。

煤けているし、ぴくりとも動かない。

 

「な、やらておるじゃろう?」

「う、うむそのようじゃ。」

「帰るぞ。」

「うむ」

 

左近たちは倒れた敵を放置し、山へと下りた。

 

☆☆☆

 

「恵理!」

「パパ!」

 

一年ぶりの再会。抱き合う親子。

きっとそれは当事者にとっては途轍もない重い感情が渦巻いており、言語化することすら難しいのだろう。

けれど、近くにいた左近と椿にはそれがどれ程のものかは伝わってこない。左近は今日で会ったばかりで、椿には両親というものがそもそもいない。

 

あくまでも力を貸した部外者。

バックボーンなど知らない。知る必要もない。

 

「帰るとするか。」

「うむ」

 

自分たちのいるべき場所ではない。

二人はどちらも同じ結論へと至った。

 

「そういえば、お主は何故初めからあのダーツのようなものを使わなかったのじゃ?」

 

帰りの道中。椿は左近にふと湧いた疑問について尋ねる。

 

「接敵したときは近くに子供部屋があって気軽に使えなかったのじゃ。その後はまぁ……使いたくなかった」

「ちょっと、待て!使いたくなかったという理由で使わなかったのか?結構絶対絶命じゃったろう!」

「ええい、五月蝿い!爆薬棒手裏剣はもう手に入らんのじゃぞ!勿体ぶって何が悪い!」

「悪いわ!そもそも道具は使わなければ意味がないじゃろう!お主あれじゃな!エリクサーとか古の秘薬とか!勿体ぶってゲームオーバーするタイプじゃろう!」

「意味の分からんことを言うな!」

 

帰りも帰りでギャーギャーと言い合いをしながら帰る二人。

きっと、この先もこの関係は変わらないのだろう。

 

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