翌日、村のことを話し合っている俺とリムルの元に頭領が訪ねてきた。
昨日のことで、ついに結論を出したのだろう。
昨夜思い詰めた顔から、覚悟の決まったという視線を此方に向けてくる。
「……決めたのか?」
リムルの問いに頭領は静かに頷く。
「大鬼族の一族は戦闘種族だ。人に仕え、戦場を駆ける事に抵抗はない。主達が強者ならなおの事。喜んで仕えよう」
「うん」
「契約は、
「その後は、自由にしてもらって構わない。俺たちに協力して国を作るのもよし、旅立つのもよしだ」
その言葉を聞いた瞬間、頭領は静かに息を吐き、片膝をついて深く頭を垂れた。
「昨夜の申し出、承りました。あなた様の配下に、加わらせて頂きます」
「うむ」
リムルは人化した姿で一歩前へ進み、穏やかな笑みを浮かべる。
「顔を上げろ。君達を受け入れる。皆をここに呼んでくれ」
頭領は力強く頷き、仲間を呼ぶために外へ出ていった。
その背を見送りながら、俺は小さく息を吐く。
「…リムル」
「ああ……わかってる」
彼のこの決断は己の不甲斐なさを飲み込み、一族を守るために下した覚悟の決断。
頭領としての、苦渋の選択だ。
本当なら——今すぐにでも仇を討ちに行きたいはずだろうに。
「俺に出来ることはアイツの決断を悔いのないようにする事だ」
「……わかってるなら、言うことはないよ」
さて、俺はここらで退出するとしようかね。
椅子から立ってテントから出ようとするところでリムルの手が俺の肩に置かれた。
「まて、どこに行くんだ?」
「……いや、なに。これからリムルが名付けを行うのであれば、邪魔になるかと思ってね」
「お前、俺に押し付けようとしてるだろ」
「はて?何をかな?」
「名付けに決まってるだろ!」
(チッ、バレたか)
やはり、リムルのことだから名付けをしようとしていると思った。
前々か言っているが、俺は名前や名称なんかを考えるのは苦手である。
前回のゴブリン達の名付け然り、今回の
思いつかないからというのもあるが、俺の命名で決まったが名称がもしも他人から酷評されようものなら、傷つくし、それが人の名前であるなら腹を切って詫びるしかなくなる。
「まあ、待て。これには理由がある」
「ほう……聞こうじゃないか」
「この町は、今や多くの魔物が住まう言わば魔物の町だ。そして、それを治めるのは強い魔物でなければならない」
「で?」
「この町で一番強い魔物はお前だ。そして俺はただの人間。どちらが治めるべきかと言えばお前だろう。そして、名付けは町を治める者が行う業務の一つ」
「つまり……?」
「つまり、この町の主はお前なんだから俺が名付けする必要はない」
「そんな理論通るわけないに決まってるだろ!ダメだ!」
「…………チッ」
この後も
「……うん、全員いるな」
ここに集まった
「俺たちの配下になった証に名をやろう」
リムルがそう言うと、オーガ達は目を見開いて驚いていた。
まあ、驚くのも無理はない。
「俺たち、全員に……?」
「名前がないと不便だろ?」
「お待ちください。名付けとは本来、大変な危険を伴うもの。それこそ高位の——」
「いいから、いいから、大丈夫だって」
「ですが……」
彼女が心配するのも分かる。
名付けには名付けする側の魔素を消費する。
そして、シズさんから聞いたことなのだが、名付けによって弱体化する可能性があり、場合によっては死に直結する危険性もあるとのこと。
さらに最悪の場合一生、弱体化したままになることもあるらしい。
そう考えると今まで大量に名付けをしてきたが、弱体化していないのは幸運だったと言える。
「それとも、俺たちに名前付けられるのは嫌か?」
「そ、そういう訳では……」
「……名を貰うことに異論はない。ありがたく頂戴する」
「お兄様!」
まあ、今回は六人だけだし恐らくそこまで負担はないだろう。
「じゃあ始めよう……シキ、ちゃんとやれよ」
「…わかってるよ」
今回、俺が名付けをするのは桃色髪の少女と大男の二人。
そして悩みに悩んだ結果。
何とか二つ思いついたので、その名前を与える。
「君は——お前は——」
「——素敵な名前をありがとうございます」
「ありがたく頂戴するべ」
名付けを完了した瞬間。
雪菜達に名付けした時とは比べ物にならない量の魔素が一気に抜けていくのがわかった。
ものすごい脱力感に少しふらついたところを彼女が支えてくれた。
「っ」
「大丈夫ですか!?」
「いや……問題ない。ありがとう」
支えてくれる彼女に礼を言いつつ、原因を探る。
探ると言っても原因は明確だが……もしかして。
(名付けをする魔物の位に応じて、消費される魔素の量が変わる?)
「リムル様!?」
焦るような声が聞こえてきたのでそちらを向くと、人化が解けてスライムの状態になったリムルが床に溶けていた。
どうやら
つまり四人の名付けにそれだけの魔素を消費したということ。
名付けによる魔素の消費量が魔物の位を分けているのだとしたら。
(ゴブリンや牙狼なんかよりも上位の魔物ってことか……)
とりあえずリグルドを呼んでリムルの世話を任せた後、
あの名付けから三日。
シキが訓練場として使っている森の中では、風を切る音と金属のぶつかる音が絶え間なく響いていた。
「——フッ!」
「——ッ!」
高速で動き回る二つの影。
片や紅の軌跡を描く刀を手にした男、もう片方は青き残光を残して木々の間を駆け抜ける影。
刀を振るうのはシキ。
対するはリムルに名付けをされた青髪の
枝を蹴り、幹を足場に、互いに一瞬でも動きを止めれば致命となる速度で攻防を繰り返す。
蒼影の放つクナイが木の皮を抉り、シキの頬を掠めた。
その瞬間、嫌な予感を感じて飛び降りる。
直後、足元の枝が切断され、《鋼糸》が閃光のように走った。
「たった三日で使いこなすようになったか」
「——ッ!」
地面に降りたところを、シキの背後に回り込んでいた蒼影が刀を突き出す。
反射的に身を沈め、刀でその軌道を受け流した。
金属音とともに火花が散り、二人の姿が木々の間を疾走する。
「このままじゃ埒が明かないか……」
蒼影は気配を消し、どこからでも攻撃を仕掛けられる。
正面からまともにやり合うには分が悪い。
そう考えて、シキは刀を消して弓を投影して矢を番える。
最初の矢が放たれる。
放たれた矢は青い光となって、木々の間を滑るように飛んでゆく。
蒼影は軽く身を翻して躱すが、避けたところに二射、三射と続けて放って行動を制限させながら誘導していく。
そして、三十射目を躱して枝の上に着地した蒼影の周りの木々には、これまで躱してきた矢が取り囲むように刺さっていた。
そして、それらが青い光を帯びる。
「ッ——!」
蒼影は危険を察して逃げようとするが、時すでに遅し。
矢が爆発する。
「ぐっ——」
爆発に巻き込まれて地面に落ちた蒼影はすぐに体制を整えようとする。
空間に魔力が走り、蒼影の周囲に幾重もの剣が浮かび上がった。
それらは放射状に展開され、剣の切っ先は全てに蒼影向けられている。
まるで鉄の柵のように蒼影の周囲を囲む。
「終わりだ」
「……参りました」
わずかな息の乱れと共に、蒼影がそう言った。
シキの合図で剣の輪は音もなく消え去る。
「お疲れ様。はい」
「ありがとう。それにしても三日前に比べて使いこなすようになったな蒼影」
「いえ、まだまだです」
模擬戦を観戦していたシズから水を受け取りつつシキと蒼影は互いに感想を言い合う。
ここが良かった。あそこは、こうした方がいいんじゃないか。
など、良かったところと改善点を互いに挙げる。
『シキ様——』
そんな中、シキは雪菜からの《思念伝達》によりリムルが目覚めたことを知る。
「リムルが目覚めたらしい。蒼影は先に行って顔を見せておけ」
「失礼します」
一瞬でその場から消える蒼影。
相変わらず凄いと思いながらシキは名付けした後のことを思い出す。
「……まさか
「うん。私も本当に驚いたよ。まさか”鬼人”に進化するなんて」
鬼人とは稀に大鬼族オーガの中から生まれると云われる上位進化種とのことで、蒼影たちが言うには、七人も同時に生まれるのは前代未聞だという。
「リムルも驚くだろうな」
「ふふ、そうだね」
模擬戦の片づけをした後、シキたちもリムルたちのいるテントに向った。