「……なるほど、そう来るのか……!」
想像していなかった展開に俺は目を見開いた。
状況だけで考えるなら、圧倒的にこちらが有利。武器は奪われ、能力の情報もほぼほぼ明らかな場面。
数秒後には負けが決まってもおかしくはない、だが、こいつならと考えてしまう。
俺は緊張で震える手を伸ばし、次の一手に備えた。
「……あ!」
ページを捲ろうとしたその瞬間、何者かにより俺の読んでいた本が取り上げられる。
「何すんだ!良いところだったのに!」
俺は読書を邪魔された憤りを叫ぶ。
「……漫画?」
俺から取り上げた漫画を見て、眉をひそめた雪乃道がそう呟く。
「この漫画、すげー面白いから、雪乃道も読んでみろよ!」
訝し気な表情を浮かべる雪乃道に対し、俺は自慢げに言う。
今読んでいた漫画は、頭の良い奴等が互いに罠を仕掛け合う、卓越した頭脳戦が面白い漫画だった。
今まで読んだことのないジャンルの話だったが、読んでると俺の頭もよくなっていく気がする不思議な話だった。
「……もしかして、赤司くん、ずっと漫画読んでたの?」
雪乃道は俺の前にある机の上に積み重なった漫画を見て、そう訊ねる。
「……あ」
眉間にしわを寄せ、険しい目つきで俺を見る雪乃道の姿が、説教前の春子さんの姿と重なって見えた。
「学校からの脱出方法、二手に分かれて探すって話だったよね?」
雪乃道は怒鳴る事はなく、されど震える声で怒りを露わにして言った。
俺はもう随分昔の事に思える雪乃道とのやり取りを思い出す。
スーツ女が消えて以降、それから奴が再び姿を現す事はなく、時間だけが過ぎていった。
時計は19:34を示したままだった。
最初に黒崎が煙草を吸いに行ったのがきっかけとなり、俺達は別行動を始めた。
俺は雪乃道と共に行動し、校舎からの脱出方法を模索した。
雪乃道が魔法を使ったり、倉庫にあったスコップを使ってグラウンドに穴を掘ったり、とにかく色々試した。
結果、進展はなく、行き詰まった俺たちは、一度別行動で脱出方法を探すことにした
一人になった俺は必死に脱出方法を考えてみたが、一向に思いつかなかった。
自分の脳では限界がある事に気づいた俺は知識の宝庫、図書室でこの状況の解決策の書いてある本がないか探していた。
「で、結局文字を読むのに疲れて、休憩で漫画を読んでたら夢中になってしまったと」
鋭い視線でこちらを見つめる雪乃道から顔を逸らしつつ、俺は無言で頷いた。
一つため息を吐き、それから雪乃道は表情を曇らせた。
「まぁ……根を詰めすぎるのも問題かも……一人で頑張ってると、凄く疲れちゃうし」
そう言う雪乃道は酷く疲弊している様子だった。
「ゆ、雪乃道も漫画読むか?面白いぞ?」
雪乃道一人に頑張らせて、自分だけ漫画に夢中になっていた事実に負い目を感じた俺は、雪乃道を労うようそう言うと横の椅子を引いた。
「……ちょっと休むね」
雪乃道は漫画には興味がないようで、俺が引いた椅子に座ると、項垂れるようにして机の上に上半身を預けた。
「み、水!雪乃道、何か飲むか?」
「……喉乾いてないから要らない」
普段からひたむきで一生懸命な雪乃道から想像できない憔悴した様子の姿に俺は慌てふためく。
俺は何とか励まそうと身振り手振りを使い声を掛けるが、雪乃道の心には響かない。
「ん?なんだ、雪乃道後輩も来たのか」
雪乃道を元気づけようとする俺の耳にそんな声が聞こえた。
闇鴉の声だ。
その声に、雪乃道は俯いていた顔を上げ、闇鴉の姿を確認すると、背筋を伸ばした。
「あきな先輩!居たんですか?す、すみません、お見苦しい姿を見せちゃって……」
恥ずかしそうに頬を掻く雪乃道。
闇鴉は俺が図書室に来た時には既に居て、椅子に座って本を読み続けていた。
雪乃道が来る前に新しい本を取りに席を立った闇鴉は、脇に分厚い本を抱えており、長机を挟んだ雪乃道の対面の椅子に座ると、その本を開いた。
「別に気にしなくていい。三日間も学校に閉じ込められれば、普通の人間なら憔悴し始めてもおかしくない頃だ」
開いた本のページに目線を落としながら、闇鴉はそう言った。
「三日!?そ、そんなに経ってたんですか!?」
雪乃道は小さく叫んだ。
「あぁ、正確な時間は分からんが、大体それくらいだ」
「へー……結構経ってんだな」
体感的にはもうすぐ一日経つ位だったけど、闇鴉が言うにはもう既に三日が経過しているとの事だった。
どこかで聞いた事がある、人は外と断絶された空間に時計ナシで隔離されると時間の感覚が狂うとかいう話。
「……うん?じゃあなんで部長は経過した時間分かるんだよ?」
俺がそう訊くと、闇鴉はページを捲りながら答えた。
「体育館の外に出てから数えていた。本を読み始めてからは適当だから、正確ではないがな」
その発言に雪乃道が若干引き攣った笑みを浮かべた。
「す、すごいですね……」
「もしかして、部長って頭いい?」
闇鴉は一切視線を俺達へ向ける事無く答えた。
「数えるなら誰でもできる。私は君たちより二年分長く生きている、その差だよ」
何の気なしにそう語った闇鴉に、俺は考える。
俺も後二年も経てば、さっき読んだ漫画の中の主人公の様な賢い人間になれるだろうか。
「……そうだ!部長ならなんか解決策思いつかない?」
俺がそう尋ねると、雪乃道も両手を合わせ、同調するように言った。
「確かに!あきな先輩も魔法少女なんですよね?だったら魔法を使って脱出とか……!」
雪乃道はスノーワルツに変身して何度か魔法を使って正門をの破壊を試みたが、傷一つ付ける事が出来なかった。
だが違う魔法を扱う魔法少女なら破壊が可能性かもしれない。
「無理だな。もう既に試したが、私の魔法では直接脱出する事は出来なかった」
そんな俺達の望みを断ち切るよう、闇鴉は淡々と告げた。
「えー……駄目なの?」
「駄目だな。魔法で空間の破壊を行おうとしても、あの仮面の魔法少女の仕組んだ魔法の効果の方が強いのか、弾かれる」
闇鴉の説明には思い出される光景があった。
それはスノーワルツが正門に向かって魔法を放った時の光景だった。
「確かに……私が魔法で門を壊そうとしても、門に届く寸前で消えちゃうって言うか……駄目でしたね」
何度か試して分かった事があった。それはこの世界のルール的なもの。
学校の敷地外に出ようとするとその手前で動きが止まる。かと言って門やフェンスそのものを壊そうとすると、攻撃が掻き消える。
「校舎の窓ガラスとかは壊せるんだけどな、すぐ元に戻るけど」
俺は用務員室に窓ガラスを突き破って入った時の事を思い返しながら言った。
雨粒もそうだったが、学校の敷地内で何かを壊すと、数秒後には元の形に修復される。
「あの仮面の魔法少女、時を操る者だとか名乗っていたが、恐らく彼女がこの空間を19:34時点の状態で固定しているのだろう。試しに……」
闇鴉は読んでいた本を閉じ、そのページの一部を千切ると、遠くの窓ガラスに向け本を投げた。
硝子の砕ける音と共に窓ガラスの破片が床に散らばり、本は窓の外へと飛び出し、地面へ落下していく。
「あぁ!本が!?」
雪乃道は小さく悲鳴を上げて割れた窓ガラスの向こうに投げ出された本を見る。
その数秒後、床に散らばる窓ガラスの破片は宙に浮き、やがてパズルのピースを埋めるように元の形に戻った。
「こんな風に、窓ガラスを壊したり本のページを破っても、数秒後には19:34時点の状態に戻る」
先程まで椅子に座っていた闇鴉はいつの間にか席を立って移動をしており、本棚の向こうから姿を現して言った。
「なんでそっち行ったの?」
「本を取りに行ってた、ほら」
そう言って闇鴉が見せたのは、先程窓の外にぶん投げたはずの本を持っていた。
「うそ……さっき窓の外に……」
「窓を開ける、本のページを捲る等の可逆性のある変化には発動しないが、窓ガラスを壊す、本のページを破る等の不可逆的な変化には魔法が発動するらしい」
闇鴉はそう語ると再び椅子に座り、本を読み始めた。
「…………なるほど、分からん!」
俺は闇鴉の言葉を理解しようと脳をフル回転させるが、結局どういう事なのか分からなかった。
「要は、“派手に壊せば修復される”と言う事だ」
「おぉ、それなら分かるぜ」
確かにグラウンドに穴を掘っても修復されなかったが、割れた窓ガラスは直ぐに修復された。
「でも、それが分かったからって解決はしないですよね……」
話を一通り聞いた雪乃道は切羽詰まった表情で言った。
「じゃあさ、直接この空間を壊すんじゃなくて、あのスーツ女をとっ捕まえて解除させればいいんじゃね?」
俺がそう提案すると、闇鴉が本から顔を上げて言った。
「そうだな、恐らくそれが一番単純で現実的だ。だが大川後輩の話だと、彼女は姿を消したんだろう?」
「そうなんだよなぁ……」
俺は机の上に肘を立て、頬杖を突きながら答えた。
あのスーツ女は忽然と姿を消した。
あれからその情報をみんなにも伝えて探したが、今に至るまで目撃情報すらない。
「まぁ、何処に居るのか、大体見当はつくが」
闇鴉はそう言って再び本に視線を落とした。
俺と雪乃道は同時に口を開いた。
「「見当ついてるの!?」」
二人分の驚愕の声が図書室に響く。
闇鴉は少し不機嫌そうな表情で返事をした。
「うるさいな……ここは図書室だ、静かにしたまえ」
「いやいやいや!あきな先輩、見当ついてるなら教えてくださいよ!」
「私ずっと学校中探し回ったんですよ!」と、必死の雪乃道の懇願も、闇鴉には届かなかった。
「断る。気になるなら君たちで探してくれ」
毅然とした態度で断った闇鴉、えぇ、と俺の口から声が漏れる。
「いいじゃん、教えてよ。減るもんじゃないし」
「減るものなんだよ」
闇鴉は文字を追いながら続きを語った。
「この空間は食事も睡眠も排泄も必要としない。理屈が分からないが、そういう魔法なのだろう」
そう言われ、俺は自分の腹を押さえてみる。
確かに、もう三日も経ってるのに俺は一度も腹が減った事はなかった。
「えっと、あきな先輩は食事とか睡眠が必要ないから、ずっとこの空間に居たいって事ですか?」
困惑した様子の雪乃道がそう尋ねるが、闇鴉は首を横に振った。
「正確には違うな、この空間でなら食事も睡眠も気にしないで読書に集中できるからだ」
その言葉に俺は確かにと首を縦に振った。
「なるほどな……ここは時間が止まってるから、漫画読み放題ってことか!」
「うん、そういう事だ。理解者が居てくれて嬉しいよ」
俺と闇鴉の意見が一致するのを見て、雪乃道が唖然とした表情で呟く。
「えぇ……それより、帰りたいとか思いません?」
その言葉に俺はハッとする。
家を出る時、俺を見送ってくれた春子さんの姿を思い出した。
「なぁ部長、時間が止まってるのって、学校の外も同じ?」
俺が訊くと、闇鴉は「さぁな」と言った。
「この空間外では通常通り時間が流れているかもしれないが、確かめようもない」
「えぇー……もし時間が流れてたら、俺困るんだけど」
仮に外で時間が流れているなら、俺は不意に姿を消し、三日間行方不明扱いになっているかもしれない。
前回、三十分程度行方不明になっただけで大泣きしていた春子さんだ、三日間も時間が経ったらもう涙ながらに俺の葬式が行われていてもおかしくない。
「困るなら、君達の手で脱出方法を探すんだな。私はまだこの空間に可能性を感じている。飽きたら私も動くから、それまで頑張ってくれ」
そう言い放ち、闇鴉は再度読書に集中し始めた。
俺と雪乃道はお互いに目を見合わせ、それから席を立った。
――――――――――
「取り敢えず、他の人達からも情報を得よう!」
雪乃道のその提案から、オカルト部、部員探しの旅が始まった。
図書室に来る途中、音楽室前の廊下で見かけた花火と黒崎の事を思い出し、俺達は音楽室に向かった。
「うん?脱出方法?ぜーんぜん分からない!」
ピアノ椅子に座り、屈託のない笑顔でそう語る花火に、俺達は肩を落とした。
「そうか……黒崎はどこにいるんだ?」
「『ひょっとして今なら酒が無限に飲めるんじゃ?』って言って給湯室に隠してあるお酒を取りに行ったよ」
ため息が雪乃道から放たれる。
「無限には飲めねーだろ」
俺が言うと、花火は違うと言い、近くに置いてある自分の鞄から水筒を取り出した。
「ほのかちゃん、飲んでみて!」
そう言ってコップに移したお茶を雪乃道に差し出した。
「えぇ……い、いいけど」
突然の申し出に困惑しながらも、雪乃道はコップを受け取り、その中身を飲み干した。
「良い飲みっぷり!ほんじゃもう一杯!」
「えぇ!?もう一杯!?」
それから花火はコップにお茶を注ぎ、雪乃道が飲み干す度にまた注ぐを繰り返した。
「うぅ……もうお腹ちゃぷちゃぷだよ……」
何杯も続けて飲んだ雪乃道がそう言うと、花火は雪乃道を指さして言った。
「いや、違うね!ほのかちゃんのお腹の中にお茶は一滴もないね!」
「はぁ?んな訳ねーだろ、雪乃道もう五杯以上飲んでるぞ」
俺はそう指摘するが、花火の自信満々と言った表情は崩れない。
「……あれ?確かに全然お腹ちゃぷちゃぷじゃないかも……」
雪乃道は自身の腹部をさすりながらそう言った。
「いや、雪乃道は何杯も飲んだだろ?花火の思いつきに無理して付き合う必要ないからな」
俺は心配の視線を雪乃道へ送り、そう言う。
「無理してるとかじゃなくて、本当に飲んだ感じがしないって言うか……」
雪乃道が真面目なトーンで語るものだから、ひょっとして本当に腹に水が溜まってないのではと考える。
「これが無限に飲める秘密!」
頭の上に疑問符を浮かべる俺と雪乃道にそう言うと、花火は水筒をひっくり返し、注ぎ口の面を床へと向けた。
当然中に入っていたお茶が流れ始め、水筒から床へと小さな滝が生まれる。
「いきなり何してんだよ……ん?」
突然奇行に走った花火に俺は呆れた視線を送るが、その異変に眉をひそめる。
水筒からはお茶が流れている、流れ続けていた。
「水筒からお茶がなくならない?……よく見ると、床もあんまり濡れてないし、もしかして……」
お茶が水筒の中に戻ってる?
雪乃道のその言葉に花火は指を鳴らした。
「そいうこと!飲んだはずのお茶が水筒に戻って、無限に飲めるって仕組み!」
そう言うと花火は水筒の注ぎ口を上げ、お茶の滝が止まる。
先程までお茶が垂れていた床は、若干湿っている程度で、あれだけの量を注いだのシミすらできてなかった。
「なるほどな、それで酒でも同じ事が出来ると考えて黒崎は隠していた酒を取りに行ったのか」
「そゆこと!飲み物だけじゃなくて、食べ物もね、食べると戻るの!」
花火は鞄からクッキー缶を取り出して花火はそう言った。
「それ俺が持ってきた奴だろ」
「部活の共有財産だよ、きょーゆー!」
花火はクッキー缶を開き、その内一枚を口に入れた。
「味はちゃんとするけど、食べた事にならないからお得な感じー!」
花火の気楽そうな声が音楽室に響いた。
それからクッキーを食べながら色々と話を聞いたが、目新しい情報はお茶とクッキーが無限に食べれる事だけだった。
俺と雪乃道は一度目を合わせ、それから雪乃道が口を開いた。
「えっと、橙香ちゃん、私たち他の人にも話聞きに行くけど……一緒に来る?」
花火を探索チームに加えようとする雪乃道だったが、勧誘された花火は少し考えてから首を横に振った。
「うーん……アタシもさっきまで色々探検してて、ちょっと疲れたから、もう少し休んでようかな」
その言葉聞いた俺達は、花火の居る音楽室を出て、次に居場所に心当たりのある人物の元へと向かった。
――――――――――
「で、次はみどりちゃんなんだけど……」
闇鴉は図書室、花火と黒崎は音楽室に居た。まだ話を聞いてないのは呪山だけだった。
呪山の居場所が分かるらしい雪乃道に連れられ、校舎二階の渡り廊下にやって来たのだが……
「ふふふ……ぱりん、ぱりん……壊しても、壊しても直っちゃう……」
渡り廊下に響く破壊音、俺と雪乃道は廊下の角から顔を覗かせ渡り廊下の様子を確認していた。
「なにあれ……あいつ、おかしくなったか?」
俺が目撃したのは、金槌片手に笑いながら窓ガラスを割って回る人物だった。
「わ、わからないの……赤司くんと別行動してから見掛けたんだけど、その時には既にあんなになってて……」
呪山の様子に困惑しているのは雪乃道も同じようで、不安そうな瞳で呪山を見つめていた。
もしかして、三日間も閉じ込められて気が触れてしまったのだろうか……いや、元々すこしネジが飛んでる奴ではあったけど。
不振な挙動の呪山を前に、俺達はひとまず様子見を続けた。
「ぱりん、ぱりん……ほのかちゃん、スノーワルツだったんだ……食べられそうな私を、助けてくれた……」
窓ガラスを割る手を止め、呪山は下を俯いてそう言った。
その表情には感謝の念が込められているようにも見えた。
完全に頭がおかしくなっている訳でも無いのかもしれない。
俺と雪乃道は頷き合い、呪山に話しかけようと廊下の角を飛び出した。
「スノーワルツがほのかちゃん……って言う事は、ほのかちゃんが私の称賛を奪ってた……?」
その言葉に動きを止めた俺達。
呪山の体は次第に震え、手に持っている金槌を大きく振りかぶると、真横のガラスを勢いよく壊した。
「スノーワルツ……ほのかちゃん……!スノーワルツぅ!!」
「ひえっ……!」
怨嗟の籠った声に、涙目になった雪乃道が小さく悲鳴を上げた。
悲鳴で気づいたのか、呪山は勢いよく振り返りこちらを見た。
「ほほほ、ほのかちゃん!?と、赤司くん!?みみ、見てたの!?」
呪山は驚いた様子でその場を後ずさった。
雪乃道は震えて俺の制服の袖を両手で掴んでいた。
怯える雪乃道を庇うように前に立ち、俺は口を開いた。
「えっと……ちょっとだけな?」
ちょっとだけでも十分やばかったけど。
俺がそう言うと、呪山は泣きそうな雪乃道を見て、額に汗をにじませ、弁明を始めた。
「ち、違うの!別にスノーワルツ……ほのかちゃんへの憎しみとかで暴れてたんじゃなくて、こ、ここの窓ガラス、壊しても直るから、えっと……ストレス発散的な意味で……」
ストレス発散で窓ガラス壊して回るのも大分やばいと思うが……
なんて言ってしまったら呪山は更に激高し、最終的に持ってる金槌で俺達を殺そうとしかねないため、言葉を呑み込む。
取り合えず話せる状態にするため、俺は呪山を落ち着かせるフォローの言葉をかける。
「わかるわかる、さっき部長に会ったけど、部長も本を窓ガラスにぶん投げてたぜ!な!雪乃道!」
俺は、話合わせて!と目線で雪乃道に伝える。
「う、うん!こんな所に長い間閉じ込められてたら、誰だってそうなっちゃうよね!」
俺達は全力で頷き、呪山の行動を擁護する言葉をかける。
すると、呪山は次第に落ち着きを取り戻していった。
「そ、そうだよね……私はおかしくない、普通の反応……ふぅ」
込み上げていた何かが収まったようで、呪山は平常に戻った。
「落ち着いたようで何よりだ。で、呪山、聞きたいことがあるんだが……」
俺は呪山に何か気づいた事がないか尋ねた。
呪山は首を傾げながら答えた。
「うーん……わ、私、最初はあの変な仮面の人の髪の毛とか落ちてないか探してて、それがあれば、私の魔法を使ってあの人を遠隔で気絶させれるかなって……」
俺は呪山が転校して来た初日、クラスメイト達に語っていた魔法の内容を思い出した。
「あー、あの肉片とか毛に釘打ち付けるってやつ?」
「ううん、そ、それと大きい釘を打つ魔法ともう一つ魔法があって……今回はそのもう一つの魔法を使おうと思ったんだけど……髪の毛、見つからなくて……」
それから呪山は今に至るまでの行動を話していった。
最初はスーツ女の髪の毛探し、それが見つからないから、校舎の中に隠れてる本体を見つけようと探索をし、あまりに見つからない事に腹を立て、窓ガラスを壊して回ったと。
「鍵の掛かってる教室があって、入るために窓ガラスを壊したんだけど、これが結構快感で……へへへ」
「そ、そうなんだぁ……結局、手掛かりになりそうな情報はない、かな?」
雪乃道がそう言うと、思い出したように呪山が呟いた。
「あ、気付いた事……か、関係ないかもだけど……ある」
「お、まじ?何でもいいぜ、教えてくれ」
俺がそう言って続きを促すと、呪山は小さく頷いてから話した。
「渡り廊下の窓ガラス、端から順番に壊したんだけど、そうすると最後の窓ガラスだけ直るのが遅い……気がする……」
奥の窓ガラスを指さし、呪山はそう説明した。
「気のせいとかじゃなくて?」
「う、うん、何回も壊してみて、試したから、多分合ってる」
「へー……なんで最後の窓ガラスだけ直るの遅いの?」
呪山の説明を聞いた俺は質問を投げる。呪山が困った表情で首を傾げるのを見ると、雪乃道が代わりに答えた。
「……たくさん壊すと、負担が大きなるから?」
「負担?」
聞き返すと、雪乃道は自身の考察を述べた。
「あきな先輩の話を聞いてみて、窓ガラスを壊したりすると、窓ガラスの状態を元に戻そうと、その度魔法が発動するんじゃないかと思って……」
雪乃道の魔法に関する考察に、俺は更に疑問を投じた。
「魔法が発動って、今もずっと発動してるんじゃないの?」
「魔法少女としての感覚で、根拠は無いんだけど……この魔法はずっと発動してるんじゃなくて、一度“時を止める”魔法を発動して、その効果で時間が止まってるように感じるかな……」
魔法少女としての感覚が分からなかった俺は呪山の方へ視線を向ける。
「わ、分かる……かも。ま、魔法の発動って、独特の気配がするって言うか……ほのかちゃんの話、なんとなく分かる気がする」
呪山は小さく頷き、言った。
俺は正直あまりピンと来てなかったが、取り敢えず二人の感覚を信じて話を進めた。
「じゃあ、窓ガラスが直るのは、その度他の魔法が発動してるって事?」
「うん、いわば……“巻き戻し”、かな?」
巻き戻し、その言葉に俺は最後にスーツ女と対峙した時の光景を思い出す。
あの時、掴んだはずの腕の感触が消え、気付くとスーツ女は数秒前の場所に立っていた。
「……たしかに、そうかもな」
俺は自分の記憶と照合し、雪乃道の考えを肯定した。
「じゃ、じゃあ!窓ガラスを壊し続ければ”巻き戻し”の負担が増えて、この空間を維持できなくなるかも!」
「……確かに!すげぇ!呪山、頭いいな!」
「へへ……そ、そう?わ、私、賢いから……可愛い上に賢い……無敵……!」
俺と呪山がそんな風に盛り上がっていると、冷静な表情の雪乃道が口を開いた。
「うーん……みどりちゃんはずっと窓ガラスを壊してたんでしょ?それでもまだこの空間は続いてるし、窓ガラスを壊す以上規模の破壊じゃなきゃ駄目かも……」
その言葉に俺達は表情を落胆に変えた。
「えぇ……ダメなの?」
「窓ガラスを壊す以上って……わ、私とほのかちゃんの魔法で校舎破壊するとか?」
呪山のその提案にも、雪乃道は難色を示した。
「私、脱出方法を探す過程で魔法を何回も使っちゃってて、校舎を破壊するレベルの魔法は使えないかも……」
「そっか……よ、よく考えたら、私もあの魔獣と戦った時に沢山魔法使っちゃってて、もう余裕ないかも……」
魔法少女の二人はもう既に消耗が激しいようで、魔法を使った破壊活動は無理そうだった。
一瞬、闇鴉が魔法少女に変身してくれれば……と考えたが、現時点で非協力的な闇鴉を頼るのは難しそうだった。
それから俺達はあぁでもないこうでもないと話し合いを続けた。
一通り考えを言い合った後、沈黙が訪れた。
困ったことに解決策が思いつかない。俺達はうーんと唸りながら思考を巡らした。
俺はこの校舎に閉じ込められてからの出来事を思い出しながら、解決策を考えた。
時間の止まった空間、19:34、スーツ女、用務員室、図書室、窓ガラス、お茶、酒、クッキー缶、魔法、校舎破壊……
頭の中で時を遡ってこれまでの会話や光景を振り返っていると、ふと俺の中に一つの案が降りて来た。
「…………閃いたぜ!」
俺がそう言うと、雪乃道と呪山の視線が俺に寄せられる。
二人の期待の視線に応えるよう、俺は思いついた作戦の説明を始めた。