ヒーロー症候群   作:夜行列車予行

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蠢く虫と闇


驚愕!!魔法少女スノーワルツの正体!

「な、なんで……」

 

 スノーワルツの正体が、まさかの教室前で激突した女生徒だったと知った俺の衝撃は、それはもうすごいものだった。

 

 でもそれ以上に目の前の女生徒は驚いてる様で、何度も口を開いたり閉じたりを繰り返していた。

 

「…………これマジ?」

 

 俺は未だにその事実が認められず、疑いの目を向ける。

 いや、別にこの女生徒と大して思い出もないけど、目の敵にしてたスノーワルツが同じ学校に居たという事実が信じられないのだ。

 

「えっと……マジ、じゃなかったり……そうじゃなかったり……とか?」

 

 とか?じゃねーよ。聞いてんの俺だよ。

 

 女生徒はまだ状況がつかめていないのか、いや俺も正確にわかってないけど、とにかく目線があちらこちらに動いていて、手も上げたり下げたり忙しなく、焦っている様子だった。

 

 俺も結構衝撃的だったんだけど、目の前で自分より焦ってる人間が居ると考えると、落ち着けた。

 

「……取り合えず、自己紹介しておく。俺、大川赤司、好きな物唐揚げ。あんたは?」

 

 一応初対面だし、自己紹介することを提案してみた。

 

 女生徒はまだ混乱しているようだったが、それでも絞り出すように自己紹介を始めた。

 

「えっと、ほのか、雪乃道(ゆきのみち)ほのかです……好きな物は、シュゴレンジャーのレッドです……?」

「……ふーん」

 

 へー、なるほどね。雪乃道ね、雪乃道。ほーん……

 

「……レッド好きなの?」

 

 他にも色々聞くべきことがあった気がするけど、そんなことを考える余地がないくらい俺の脳内は『好物:レッド』の情報で埋め尽くされていた。

 

「は、はい!あの、私レッドの大ファンで!シュゴレンジャーも好きなんですけど、やっぱり一番はレッドで!いつも一番最初に怪人に立ち向かってく姿に勇気を貰えて、先頭で戦う以上、何度か敵の罠に嵌ったりもするんですけど、やっぱり最後には立ち上がって怪人に立ち向かうのなんて、もう感涙もので!!それから、特に怪人との戦いだと、怪人ドルトクとの戦いが最高で!私ニュースで流れていた録画、今でも何度も見返してて!勝手にその日を記念日にして、毎年ケーキをホールで……って、ごめんさない。ちょっと、話過ぎちゃいました……えへへ」

 

 雪乃道は息継ぎナシにそこまで語ると、恥ずかしそうに頬を掻いて俯き始めてしまった。

 

 ……なるほどね。イイ奴だね、雪乃道は。人柄ってやつが雰囲気から滲み出てる。

 

「へへへ、そうか、いや、ありがとうな。へへへ」

「……?どういたしまして?」

 

 いやまぁ、考えてみれば当然だよな。レッド(おれ)のファンの1人や2人くらい、居たって普通ってか、当然っていうか……ってそうじゃないそうじゃない。

 

 俺は緩み切りそうになった頭のネジをしめ、一度咳払いをしてから再び雪乃道に問いかける。

 

「んん!……で、雪乃道はスノーワルツなの?」

 

 その言葉を受けた雪乃道は少し困った様に目を泳がせて、それからゆっくりとしゃべり始めた。

 

「……そうです。そうなんだけど……その……」

「その?」

 

 雪乃道は視線を地面に落として、少し考えて、それから顔を上げ、俺の目を見て、懇願するように言った。

 

「あの、私がスノーワルツって事、内緒にして欲しいんです……!」

 

 雪乃道はそう願いを口にしたが、俺はいまいち納得しきれなかった。

 

「……なんで?隠すことでもないだろ」

 

 俺は正体を明かしたくて仕方ないのに、どうして隠したがるのだろうか。

 

「えっと、それはその……なんとなく?」

「なんとなくで隠すこと無いと思うぜ。これは親切で言うけどよ、名前と素性さえ明かせば、金とか、貰えるらしいぜ」

 

 俺は遊川に教えてもらった昨日のニュースの内容を思い出し、雪乃道にそのことを伝える。

 

「それはそうなんだけど……」

 

 そこから先の言葉がうまいこと出てこないようで、雪乃道は黙り込んでしまう。

 

「ま、いいや。取り合えず俺も雪乃道もさっさと学校に……」

 

 帰った方がいい、そう言おうとした時だった。雪乃道の背後から何か、黒いうごめく何かが接近しているのが視界に入った。

 

 肌がピリピリする、怪人と対峙するときに感じる、敵意の予感。

 

 俺はほぼ反射でその場を駆け出し、雪乃道の背後の黒い何かに向かって飛び込む。

 

「え!?な、なんですか急に、きゃっ!!」

 

 雪乃道は後ろの黒いのに気づいてないようで、俺に殴られるとでも思ったのか、両腕を交差させ、顔面の前に突き出し防御の体勢をとっていた。

 

 当然雪乃道を攻撃するつもりのない俺の拳は雪乃道の横を素通りし、雪乃道の背中に飛びかかろうとしていた黒い何か叩き落とす。

 

 ゴリっとした感触が拳に伝わると、黒い何かは俺の拳に押しつぶされるように地面に激突する。

 

「なにこの、キモイの」

 

 激突音の後、俺は殴った黒い何かを見つめ、その姿に感想を漏らす。

 

 カサカサしてて、なんか触覚みたいな奴が無数に生えてる、昆虫みたいな生き物だった。

 

「え、何が起きて……え!これって……」

 

 少し遅れて、雪乃道が昆虫見たな生き物に気づいたようで、その姿を見て声を上げる。

 

「なんか、襲い掛かって来たけど。そういう虫?」

 

 虫にしては拳位の大きさだったけど、そう言う虫もいるかもしれない。

 

 俺はそう思い雪乃道に尋ねるが、雪乃道は首を振ってから答えた。

 

「さっき倒した魔獣に、似てる……」

「魔獣に?」

 

 俺が雪乃道の言葉を復唱してると、拳の感触に違和感を感じる。

 

 目向けると殴りつけていたはずの虫は身体を半分ちぎって、上半分だけで逃げる様に移動をしていた。

 

「クソッ!邪魔しやがってクソ野郎が!!」

「「喋った!!」」

 

 逃走を開始した虫はなんと声を出して喋り出した。俺と雪乃道は声を合わせてその事に驚く。

 

覚悟しろよスノーワルツ!近いうちに貴様の事を、必ず殺してやるからな!!

 

 姿を消した虫は、その言葉だけを残して何処かへ行ってしまった。

 

 それから少し、俺と雪乃道はその場でぼうっとして、虫が消えて行った後を眺めていた。

 

「お、追わなきゃ」

 

 先に声を出したのは雪乃道だった。慌ててその場を駆け出し、手を翳し、何処からか杖を取り出した。

 

「あ!待てよ!」

 

 俺は引き留めるようと、声を張り上げる。すると雪乃道はその場で足を止め、俺の方を振り返った。

 

「何で!?早く追いかけなきゃ!」

 

 その目には明らかに動揺と焦りが混在していた。俺はなるべく冷静さが伝わるよう、雪乃道に話す。

 

「あいつ、虫みたいな見た目で速度も虫並みだぜ。逃げの初動を潰せなかったし、探すのも追うのも難しい。馬鹿な俺でもわかるぜ」

 

 喋った事実に驚いて逃げ出す瞬間を叩けなかった。あの速さじゃ追うので精一杯だし、第一もうどこに居るのか見当もつかん。

 

 てか、魔獣って話せんのかよ。

 

「……確かに」

 

 雪乃道は落ち着いたみたいで、手に持っていた杖を何処かへと消した。

 

 俺は殴った方の手の甲についた黒い甲殻の破片を払い、立ち上がると雪乃道に提案をした。

 

「あー、取り合えず学校、戻ろうぜ」

「……うん」

 

 大分時間を喰ってしまったが、まだ間に合うのだろうか。俺は切実に、春子さんに連絡が行ってないことを願いながら、路地裏を後にするのだった。

 

 

 ――――――――――

 

 

「で、言い訳は?」

 

 現在、路地裏での出来事から三十分後くらい。俺は無事行方不明になっていたところを見つかり、職員室まで連行されていた。

 

 目の前には『拳骨の長田』の二つ名で有名な説教代表教師が立っていた。

 二つ名の由来は、必ず説教の最後に拳骨が待っているからだ。

 

 前に呼び出されたのは図書室で借りた漫画を生け簀に落として、誤魔化そうと家庭科室に置いてあるストーブで乾かそうとした時だったか。

 

 俺は説教の回数が異様に多いらしく、長田先生の常連と呼ばれているのを、遊川から聞いた。

 

 でもいつもと違う点がある。それは俺の横に立っている奴がいる事だろう。

 

「ごめんなさい……」

 

 雪乃道も当然、学校を抜け出してるのがバレ、同じく説教コースになった訳だが、慣れてないのかとても怯えてる様子だった。

 

「…………理由は?」

 

 長田先生はよりドスのきいた声でそう言い放つ。雪乃道は相当怖いのか、もう涙目だ。

 

「大便です……」

「ちょっと……ちょっと……用事が、あって……」

 

 俺と雪乃道の理由を聞いた長田先生はギロリと睨んだ後、再び口を開く。

 

「ほお、避難の指示が出てると言うのに校外に出てまで用を足しに行く奴と、避難以上に優先させる用事を持つ奴か、お前ら、面白いな」

 

 その言葉を聞いてから気づく、大便では言い訳に矛盾が生じる事に。

 迂闊だった……前に寝坊した時はこれで通せたのに……

 

 雪乃道は嘘を吐けないのか、ただ震えて長田先生の顔を見ていた。

 

 そんな俺達を見て、長田先生はため息を吐くと、言葉を続けた。

 

「はぁ……ま、理由は置いとくとして、だ。大川、お前が謝る相手は俺じゃない。」

「え……まじっすか?」

 

 長田先生のその言葉に、俺は最悪の想像をし、それを確かめる様に長田先生に尋ねると、長田先生は無言で頷いた。

 

 まじか……最悪だ。本当に最悪だぜ……

 

「一階の来賓室で待たせてる。行ってこい」

 

 長田先生が床を指さしながらそう言うのを聞き、俺は肩を落として職員室の外へ向かう。

 

 でもまぁ、拳骨回避できたしいいか。

 

 俺がそう思い職員室の扉を開くと、俺の心を読んだのか長田先生から声がかかる。

 

「拳骨はその後だ」

 

 え、エスパー長田……

 

 俺はまた大きく肩を落とし、職員室を後にした。

 去る直前、扉の向こうでは拳骨の言葉に顔を青くする雪乃道の姿があった。

 

 

 ――――――――――――

 

 

 暗い路地の裏、人気のないその場所で、黒い影が蠢いていた。

 

 黒光りする甲殻に身を包み、身体からは無数の足を伸ばし、その姿はムカデに酷似していた。

 

 だが、大きく違う点はその大きさと、言語を介する点だろう。

 

「クソが……あんなガキにやられるとは……許さねぇ……!!」

 

 思い返すのは先程の出来事、わらわらと動き回る矮小な生物、人間を蹂躙しようと魔力を開放したところだった。

 

 まずどいつから殺してやろうか。そう吟味する魔獣の前に、1人の人間が現れた。

 

 その人間は宙に浮き、やけに着飾った服を着て、ステッキ片手に持つ小娘だった。

 

 どこからやって来たのか、自分の目の前に来るとは身の程を分かってない人間だなと考える魔獣だったが、その思考は三秒後に掻き消される。

 

「喰らいなさい!〈ダイヤモンドウィルプール〉!!」

 

 人間の少女が放ったその声の後、ステッキの先から魔法陣が展開され、その刹那、膨大な質量が魔獣を襲った。

 

 一つ一つに魔力が込められた、殺意の塊の様な氷の礫。それが群れを成し、膨大な数として魔獣の眼前に迫っていたのだ。

 

 地上への顕現からおよそ3分と42秒、魔獣は初めて命の危機を感じた。

 

 通常の魔獣であれば、その後無残にも身体に風穴をあけられて終わりだろう。だが、その魔獣は違った。

 

 その魔獣には他の魔獣と比べて理性があった。考える知能があった。策を弄する思考力があった。

 

 瞬間、考えると同時に身体が吹き飛んだ。しかしそれは少女の攻撃によってでは無かった。

 

 自切。瞬間的に体内で魔力を爆発させ、自身の一部を弾け飛ばした。

 

 魔力の爆発の直前、自身の心臓部である魔核を移動させ、魔核の存在する部位を切り飛ばしたのだ。

 

 危なかった。本当に死ぬ直前であったと安堵するのも束の間、空中で落下する魔獣はその少女の姿を目に焼き付けていた。

 

「よし……!皆さん!魔獣は魔法少女スノーワルツが成敗しました!安心してください!!」

 

 力は膨大であるが、経験が浅いのだろう。自切に気づかず、自身を倒したと思い込んでいる。

 

 矮小な人間如きが、自分を下したと、驕っていた。

 

「スノーワルツぅ……!!」

 

 瞬間、湧いたのは怒りの感情。魔獣は心に決めた、自身の命と引き換えであっても必ずこの小娘を殺すと。

 

 地面に着地した魔獣は、手足を生やし、その機動力と執念を持って自身を下した少女を追いかけた。

 

 空中を飛び、建造物の上を通る少女を追うのは簡単では無かったが、その執念故か、魔獣はついに少女を見つける事に成功した。

 

 少女は路地裏の道に立っていた。髪も、目の色も、衣装も違ったが、自身の復讐心がその少女こそがスノーワルツであると確信させた。

 

 その瞬間、魔獣は飛びかかっていた。

 

 少女は、自身の存在に気づいていない。加えて、対峙した時の圧がない。恐らくあの姿が戦闘体形なのだろう。

 

 ()った。魔獣は確信していた。やはり愚かな人間の小娘だ。このまま頭を貪り喰い殺してやると、そう考えている時だった。

 

 魔獣の口が少女の頭を食いちぎるより速く、魔獣の身体に迫る物があった。

 

 その事に気づいたのは、自身が地面に叩き潰されてからだった。

 

 何が起こったのか、理解できなかったが、全身に響く痛みと衝撃が、殴られたという事実を教えてくれた。

 

「なにこの、キモイの」

 

 その声は、人間の男のものだった。目を向けると、これまた人間の子供、少年が自身を見下すようにして目を向けていた。

 

 その目を、見た瞬間だった。

 

 地上への顕現から5分と21秒、魔獣は二度目の命の危機を感じた。

 

 スノーワルツの時とは全く違う感覚、膨大な魔力も、自身に向けられる大量の氷の礫もない。

 

 しかし、それ以上に肌で感じる殺意が魔獣の全身に警鐘を鳴らしていた。

 勇気を持って立ち向かうでも、その力に酔いしれるでもない。

 

 何でもない、虫を払うかのように、いつでも殺せると言わんばかりの感情が、その目からは発せられていた。

 

 先程の刹那的な恐怖ではない。常に命が脅かされていると言う、止むことのない恐怖が、全身を伝って流動していた。

 

 一体どれ程死線を潜り抜ければ、どれ程命を奪えばその目を向ける事が出来るのだろうか。魔獣は想像する事も出来なかった。

 

 だが、このままでは確実に死ぬ。思考を回転させ、魔獣がたどり着いたのは、賭けだった。

 

 結局どうあがいても死ぬ。ならば奇跡に賭け、この場を抜け出すべきだ。

 

 結果、魔獣は賭けに勝利した。自身の下半身をチップに、命を奪取した。

 

 今でも恐怖は拭えない。だがそれ以上の怒りの感情が全身に漲っていた。

 

 また完全体になるためにどれ程の時間がかかるか、いや、どれだけかかっても必ず殺す、そう意気込んでいる時だった。

 

「お困りかな?ムカデ君」

 

 背後から声がした。振り向くと、そこには黒いローブを被った何者かが居た。

 

 恐らくは人間。確信が持てないのは、その者が発する魔力が人間とは思えない”闇”を孕んでいたからだ。

 

「……何者だ」

 

 対話を試みる。それは事実上の敗北の意思表示だった。本来は問答無用で殺すはずが、その力を認め、敵わないと考え、対話に手段を変えた。

 

 恐らく、その実力はスノーワルツとか言う少女を遥かに超えている。

 

「何者、か……魔女、とでも名乗っておこうかな……まぁ何者でもいいだろ?重要なのは理由だ、なんで君に声をかけたか」

 

 魔女を名乗るローブの女は、くつくつと笑いながら魔獣に近づいてこう言った。

 

「取引、しないか?私は君に力を、君は私に力を貸してほしい……なに、永遠にじゃないよ。この写真の人間を殺すまででいい」

 

 女は、懐から取り出した写真を地面に落とす。

 

 ヒラヒラと地面に舞い落ちる写真を眺めながら、魔獣は決めた。

 

「いいだろう……力を貸せ、誰であろうと殺してやる」

 

 あの2人の人間の子供さえ殺せれば、悪魔にでも魂を売ってやる、と。

 

「取引、成立だ。ついてきたまえ、君に力を与えよう」

 

 そう言うとローブの女は手を翳し、そこに闇を出現させると、その向こうへと姿を消した。

 

 奇妙な能力だ、魔獣は女を追うように闇の中へ消える直前、地面に落ちた写真を見る。

 

 そこには、全身を()()()()()()に包んだ、マスク姿の男が写っていた。

 

 

 

 

 

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