一歩一歩がクソ重い。階段を一つ下る度嫌な想像が一つ一つ浮かんでくる。
「はぁ……マジで行きたくねぇ」
そう愚痴を漏らすが、誰に伝わる事もなく、言葉は空気に溶けていく。
そんな風に重い足を引き摺って進むと、目的地である『来賓室』のネームプレートが掛かった扉が目の前に現れる。
俺はひとつ、深呼吸をしてから部屋の扉に手を掛け、開く。
「失礼しまーす……」
扉を開くと、部屋の中の様子が目に入る。部屋の中央、長めのテーブルが置いてあり、それを囲むようにソファが置いてあり、そのソファのひとつに、1人の女性が座っていた。
「えっぐ……ひっぐ……って……赤司、くん?」
ソファに座るその人物は、見間違う訳ない、涙を流し、目を赤く腫らしている春子さんであった。
「あー、その……ごめんなさい」
やっちまった。春子さんの泣き顔を見た途端、溢れ出す後悔の念に襲われながら、俺は謝罪の言葉を口にする。
その後、俺の身体は衝撃と共に背後に飛ばされる。
倒れそうになるのを何とか堪え、来賓室の外に出た状態で、受け止める。
衝撃の正体は、俺を抱きしめるように飛び込んでくる春子さんであった。
「よ、良がっだよ~!赤司くん、生きでだー!!」
涙に顔を濡らしながら、俺の顔を見上げる春子さんの顔は心底安堵しているようだった。
こうなるから、絶対に避けたかったんだ。
春子さんは基本泣かない。嬉しいときは笑って、そうでないと時も大体笑って、感動した時は……泣いてた気がする。
だけど、それ以外の理由で泣くのは大抵、悲しい時だ。
俺が知ってる限りだと、道に転がってる猫の死体を見た時と、可愛がって育ててサボテンが枯れていた時と……
「生きてる、俺生きてるから!大丈夫ですから!」
俺が何かやらかした時だ。
俺が料理を手伝おうとして包丁で怪我した時は、おろおろ泣いてたし、喧嘩して相手を傷つけた時は、優しく諭しながら泣いてた。
だから、春子さんが泣いてると、それが間接的であっても、俺が悲しませたなら……なるべく、そういう事態は避けたい。
後、さっきから通りかかる生徒と先生がガン見してるから、それも避けたい。
俺はとにかく春子さんに泣き止んで欲しくて、でもやり方が分からないから、必死に背中をさする事しかできない。
「すん……うん……生きてた、良かったよ……」
それから一分くらい泣き続けて、春子さんはようやく涙を止めてくれた。
俺は背中をさする手を止め、一歩下がると、春子さんに向き直り頭を下げた。
「ごめんなさい……春子さんに心配かけました」
俺がそう言うと、春子さんは目の端に溜まった涙を拭い、笑みを浮かべながら口を開いた。
「うん、反省、してね?私心配で、ずっと泣いてたんだから」
俺は頭を上げ、春子さんの顔を見る。まだ目は腫れてるけど、そこにはニコニコ笑ういつもの春子さんが居た。
俺は安心して、息が零れ落ちる。
「ふぅ……いっぱい泣いて疲れたし、今日は帰って休むとしますか!赤司くんも、一緒に帰る?」
春子さんはそう言って手を差し伸べてくれた。
今日は魔獣の被害の確認とか、色々あるらしくて、もう既に下校時間らしい。
正直、とても魅力的な提案ではあったし、頷こうとする俺だったが、その手前、春子さんの後ろに見覚えのある姿が見えた。
雪乃道だ。職員室から解放された雪乃道が俺の方を見て、ちょこちょこ動いていた。
多分、俺に用があるんだろう。色々と衝撃的な事実が判明したし、俺としても少し雪乃道と話したい気持ちがあった。
「あー……ほんとに、本当は一緒に帰りたいんですけど……ちょっと、俺待ってる奴が居るみたいなんで」
俺がそう言うと、春子さんは俺の視線に気づいたのか、振り返って雪乃道の姿を確認した。
「待ってる奴って……もしかしてあの子?」
春子さんはそう言って雪乃道を指さした。俺は無言で頷いた。
「え!女の子!!も、もももしかして!赤司くん、ガールフレンド!?」
両手で口を押えるようにして、全身を震わせながら春子さんは俺にそう訊いてきた。
「いやちが……」
違う、そう言おうとした俺の思考に電流が走る。
そう言えば、雪乃道はレッドの大ファンと言っていた。それはつまり、レッドが大好きであるという事だ。
レッドは俺であり、俺はレッドだ。つまり……雪乃道は俺が大好きという事になるのでは?
俺は言葉を止め、口を閉じてから。大きく頷いた。
「きゃあああ!遂に赤司くんにも、春が来たのね!!か、帰ってお赤飯炊かなきゃ!!」
腕を上下に振り、足をばたつかせて喜んだ春子さんは、そう言い残すと、勢いをそのまま、その場を走り出してどこかへ行ってしまった。
……なんか、ちょっと悪い事をした気もするが、春子さんは嬉しそうだし、いっか。
遠くに消えて行く春子さんの後ろ姿を眺めながら、俺は雪乃道の方へと歩き、声をかける。
「で、拳骨の味はどうだった?」
俺がそう聞くと、雪乃道は首を振ってから答えた。
「長田先生、十分反省してるから拳骨はいいって……で、その長田先生が呼んでるって伝えに来たんだけど」
「来たんだけど?」
なんだよ、反省してたら拳骨は来ないのかよ。じゃあ今まで適当に言い訳してたの全部バレてたのかよ。
男女差別、反対。俺が内心長田先生に文句言ってると、雪乃道が急に後ろを指さした。
「男女ではない、反省量の差だ」
振り返るより速く、その声が聞こえた。
直後訪れた頭部への鈍い痛み。外より内に響く痛みは、『拳骨の長田』に相応しい一撃だった。
「え、エスパー長田……」
俺は拳骨の痛みに若干涙目になりながら、後ろに立つ長田先生を見上げるようにしてそう呟いた。
――――――――
「で、話って何?魔法少女・スノーワルツさん」
誰もいない屋上、雪乃道に「ついてきて」と言われたため、ノコノコと俺はやって来たのであった。
「スノーワルツ呼び止めて!!……って話をしたくて呼びました」
雪乃道は口の前に指でバッテンをつくり、俺にそう言った。
人がいない屋上に連れてきたのは、そう言う理由らしい。
「つってもよ、別に隠す事じゃないだろ?黙っとくの良いけどさ……なんでなの?」
俺がそう言うと、雪乃道は俯き、すこし頬を赤らめた。
「それはその……ちょっとした憧れ、があって」
「憧れ?」
聞き返すと、雪乃道は静かに頷き、それから言葉を続けた。
「私、シュゴレンジャーに憧れてて……シュゴレンジャーって正体を明かさないまま姿を消したでしょ?その理由を考えた時にさ、もしかして私達のためなのかって思って」
「あん?どゆこと?」
俺がそう聞くと、雪乃道は人差し指を立て、その意味を話した。
「だってさ、もしあれからシュゴレンジャーが正体を明かしたり、居続けたらさ、私達は多分、ずっとシュゴレンジャーの事を考え続けちゃうでしょ」
「……いいことじゃん」
俺はずっと
俺がそう言うと、雪乃道は立てていた人差し指を左右に振って、続きを話した。
「甘いですよ、シュゴレンジャーの存在自体が他の争いの種になっちゃうかもしれない。だから、それを危惧して、正体不明を貫いたんじゃないかなって、思うんです。そうだとしたら、私もそうありたいなって」
……成程、ブルーはそう言う事も考えて正体不明に徹したのか。全然気づかなかったぜ。
「……いいぜ。そう言う理由なら、黙っといてやるよ」
俺がそう言うと、今度は雪乃道はぱあっと表情を喜びに変え、俺に話しかけてきた。
「ほんと!ありがとう、えっと、赤司くん!なんだかんだ、いい人だね!」
いい人……その言葉に、俺は少し胸が痛くなる。
なんか……こんな純粋な奴に、
「……話変わるけどさ、雪乃道、シュゴレンジャーのレッド好きなんだよな?なんで?」
俺の自尊心を守るため、話題を変える。
俺がレッドに関して口にすると、今度は嬉しそうな表情に加え、すこし興奮した面持ちで語り始めた。
「私がレッドを好きな理由?……いろいろあるけど、直接的な理由だと、私を……私のお母さんを助けてくれたから、かな」
雪乃道は思い返すよう、噛み締める様にそう語った。
「助けたって……そんなことしたっけ?」
思い返すが、はっきりこれだ!と言える記憶がない。そりゃ怪人たくさん倒したし、中にはそれで救われた奴もいるだろうけど。
怪人倒すばっかで、誰かを助けた思い出なんてなかった。
「うん、丁度四年前くらい前かな。私、こう見えてかなりの古参ファンでさ、シュゴレンジャーが結成される前からのファンなの」
「シュゴレンジャーが結成される前って……そんなの一週間もない位だろ?」
確か初めて怪人を倒して、それから2、3体くらい倒した時に、ブルーがやって来て、それから五人で戦うようになったから、本当に数日程度だ。
「うん、すごいでしょ?私とお母さん、買い物の帰りでさ、その時丁度『初めての怪人』が私達の目の前に現れたの」
「『初めての怪人』って……マジか」
日本に怪人が顕現した初めての出来事、その時に現れた怪人達を『初めての怪人』と呼ぶことがある。
「正直、よく分からなくてさ、でもお母さんが怪人に襲われて、頭から血を流してたのを覚えてる」
「……確かに、あったかもな、そんなの」
プロテクトギアを拾って、正真正銘初めての変身だった。
事態も状況も分からなかったけど、近くのスーパーから火が出てて、なんか、たくさん人が倒れてて。
その時、どうすればいいか分かんなかったけど、確か誰かの声が聞こえて……
「変な恰好の、全身真っ赤のコスチューム姿の人を見て、私、なんでか分からないけど、その人に『たすけて』って言ってたの」
「…………」
声が聞こえて、それで走り出したんだ。
プロテクトギアの使い方とか、自分の力も理解できてなかったけど、とにかく殴って、殴って殴って……気づいたら怪人が倒れてた。
「レッド、怪人をあっという間に倒しちゃってさ、それで周りの人が『ありがとう』『助かった』って言って、その後レッド、周りに見える様に右手を掲げたの……それ見て私安心してさ、ヒーローは居るんだなって」
「……案外、周りの歓声が嬉しかっただけで、そんな安心させようなんて考えてねーかもよ」
実際、嬉しかっただけだし。
人から褒められるって、こういう事なんだと、嬉しくて仕方なかっただけだ。
「かもね。でもいいの、レッドが何を考えてても、私の中ではレッドは、最高のヒーローなの」
「……そっか」
俺は思わず俯く。
特に何も考えないで、ブルーに連れていかれて、飯とベッドと金をくれるからって、それだけの理由で戦ってたけど……
思ったより俺は、誰かを助けてたのかもしれない。
顔を上げ、雪乃道の顔を見ると、 頬を上気させ、何処か遠くを想いを馳せるように見つめていた。
……初めてかもしれない。こんなに心がざわつくの。
初めて学校に行ったときも、初めて店で料理を食べた時とも違う、なんだか、むず痒いようで心地が良い、そんな感じ。
誰かに感謝を伝えられるのって、いい気持ちかもしれない。
「……なぁ、俺も雪乃道に、秘密にしてたことがあんだけどさ」
気付くとそんな事を口走っていた。
ここ数日間で感じてた、皆に褒められたい、名前を呼ばれたいって気持ちとは別で、雪乃道の気持ちに……応えたくなった。
「なに?」
雪乃道はそう言って俺の顔を覗き込むように見つめる。
一呼吸入れてから、俺はその秘密を打ち明けた。
「実は俺さ……俺が、レッドなんだ」
真っすぐに、雪乃道の目を見つめて告げる。俺の気持ちを、本心をそのまま告げるつもり、で見つめる。
「赤司くん……」
雪乃道は俺の目を見て、そのまま俺の方へ近づき、真正面に位置取り……
俺の頬を精一杯引っ叩いた。
「ぶえ……え?」
俺は痛み以上に、頭の中に雷みたいな衝撃が訪れ、驚きの余り、俺は思わずその場に倒れこむ。
俺今、叩かれた?誰に?雪乃道にだ。
……え?なんで?
開いた口が閉まらない、俺は馬鹿みたいに口を開けたまま、雪乃道の顔を見上げる。
「私……レッドを騙る人が世界で一番嫌いなの」
その表情は、まるで氷みたいに冷え切っていて、さっきまで俺が話してた雪乃道ほのかと同一人物とは思えなかった。
これが……氷の魔法少女・スノーワルツ……
「いるんだよね、そういう人。素性も素顔も分かってないこと利用して、容易に名前を使う、救いようのないクズ。本当に死んでほしい……レッドの事を何も理解してないのが丸わかり。それで仮にもシュゴレンジャーに救われた日本国民を名乗ってるなら、そりゃもう犯罪者と変わらないでしょ。さっさと日本人やめるか、人間やめるか選んで欲しい……」
クズ、死んでほしい、犯罪者、人間やめる……およそ雪乃道の口から放たれたと信じにくい、辛辣な言葉の数々。
一通り罵倒の言葉を吐いた雪乃道、再び俺に近づくと、膝を曲げて屈み、倒れこむ俺の顔を覗き込むようにして告げた。
「赤司くんは、そんなクズじゃないよね……?」
開いた口から冷気が出ていて、その冷気が俺の首の周りを漂っているようだった。
怪人と戦うのを辞めてから久しぶりの感覚、迫る死の予感……!!
俺は息を吐き、吸い込むと、それから慎重に言葉を選んで話した。
「……なーんちゃって、冗談、言ってみたりして……」
俺はかつてないほど心臓が脈打ってるのを感じていた
雪乃道は、それから一つ、呼吸をするとそれからゆっくりと口を開いた。
「うん!やっぱり赤司くんはいい人だよね!冗談は面白くないけど」
そう言うと雪乃道は表情を明るいものに変え、笑顔で俺に手を差し伸べてきた。
俺は恐る恐るその手を取り、立ち上がる。
「魔獣に襲われそうになった時も助けてくれたし……そんな”いい人”な赤司くんにお願いがあるの」
「お、お願い?」
雪乃道は笑顔のまま、お願いの内容を告げた。
「私の、スノーワルツの活動を助けてほしいの!」
そう言って雪乃道は俺に頭を下げてきた。
これが、俺とスノーワルツの共闘の始まりだった。
――――――――
雪乃道にシュゴレンジャーの話をするのは止めよう。俺はその日、それを教訓として胸に刻んだ後、ベッドの上で目を瞑った。
次の日から、俺のスノーワルツ・サポート作戦が始まった。
『赤司くんには、私のサポートをしてもらいたいの』
授業が終わり、訪れた放課後の時間、俺は雪乃道の言葉を思い出し、雪乃道の後を追跡する。
これは断じて俺が雪乃道のストーカーになったとかではない。これは魔獣発生に備えているのだ。
「……んお、これは……お仕事の時間が来たな」
商店街で買い物をしながら家に帰る雪乃道の様子が変化する。きょろきょろと辺りを見渡し始めた。
手には赤い宝石のブローチが握られており、その行為が雪乃道から俺への合図になっていた。
俺は雪乃道の側に近寄ると、雪乃道が肩にかけている買い物袋と鞄を受け取り、それから尋ねる。
「場所は?」
「文化会館前、かな……」
その短いやり取りを終えると、俺と雪乃道はそれぞれ別々に行動を開始する。
雪乃道は魔法少女に変身するための人のいない場所へ、俺は目的地の文化会館へ。
走りながら、俺は雪乃道から預かった鞄からスマホを取り出し、連絡をする。
「もしもし、あー、事件です。文化会館前で、魔獣が発生したって……マジですマジです。お願いします」
警察からの軽い問答を終え、俺はスマホを鞄に戻し、走ることに集中する。
文化会館前にたどり着くと、そこにはまだ何も起こっていない、平和な街の風景があった。
俺はそんな文化会館前に居る小学生の集団に声をかける。
「おい、そこら辺魔獣が出てきて危険だから早くあっちに避難しな」
小学生の集団に割って入ると、小学生たちは怪訝そうな顔をして俺の事を見てくる。
「はぁ?兄ちゃん、何言ってんの?魔獣なんてどこにも……」
その小学生が言葉を遮るよう、爆発音が辺りに響く。
音の発生源の方を見ると、そこには蟹みたいな見た目の巨大生物、魔獣が居た。
「ほら、出たじゃねーか」
驚きに顔を歪める小学生たちを横目に、俺は魔獣の付近に居る人達の近くに寄り、声を張り上げる。
「魔獣が出たぞー!!避難を始めろーー!!」
走りながら辺りにそう叫び続ける。それから年寄りを背負ったり、泣いてる子供の手を引いたりしてると、空を飛来する白い影が視界に入る。
「これでおしまい!〈アイスウィンド〉!!」
魔獣が現れてから大体一分半くらい、文化会館前には蟹の氷像が完成し、無事事件は解決した。
――――――――――
そんなこんな、俺によるスノーワルツ・サポート作戦が開始されてから、大体一週間くらい。
夕暮れ時の商店街を歩く。家電量販店のショーケース越しに見えるテレビでは、今日も変わらず魔法少女特集が放送されてた。
「ま、ぶっちゃけそんなに役立ってる感じしないけどな」
避難誘導も、雪乃道がすぐやって来て倒しちまうし、警察への連絡も、後処理がちょっと早くなるだけだし。
俺は両腕を頭の後ろで組んで、オレンジ色に染まる空を眺めながらそう呟く。
「そう?私は結構楽だよ?余計な事考えなくて済むし、それに魔獣討伐も前より1分は早くなったよ?」
俺の一歩前を歩く雪乃道は、こちらを振り返りながら俺の言葉に返事を返す。
「へー……なら、いいけどな」
1分って、そんな短くなってるか?
そんな風に考えてるのが顔に出てたのか、雪乃道は付け加えて話し始めた。
「結構な変化だよ?それに、こうやって一緒に帰ってくれるだけで、私は助かってるし」
「……俺も助かってるぜ。誰かと一緒に帰るの、憧れてたんだ」
1人で帰ってた時は、ただ早く時間が過ぎるのを願いながら、夕飯の事を考えてるだけだったけど、この一週間は、色々考えることがあって、退屈しなかった。
俺がそう返事をすると、雪乃道は少し驚いた様に目を見開いた後、くすりと笑った。
「そういう意味じゃなくてさ、この間、ムカデの魔獣が居たでしょ?」
「あー、逃がしちまった奴か。居たね、そんな奴」
雪乃道は少し下を見つめながら、ぽつりぽつりと言葉を続けた。
「正直、不安だったの。また私を殺しに来るって言われて……無防備な時にでも、あの魔獣がやって来て、殺されちゃうんじゃないかって……」
……確かに、そんな事を言ってた気がする。
俺はもうすっかり忘れていたが、雪乃道の頭の中にはあの虫魔獣の言葉が残っているらしい。
「でもさ、あの日からずっと、学校に居るときは隣のクラスに赤司くんが居るし、下校の時も、魔獣と戦う時も、近くに居てくれてさ……私、それだけで結構助かっちゃてるよ。分かる?」
雪乃道はそう言うと、さっきまで不安そう俯いてた顔を上げ、俺の方へと笑いかけた。
その笑顔を見ると、また屋上で雪乃道と話した時みたいな、むず痒い心地よさが身体を伝いはじめる。
「……正直、分かんねーけど……雪乃道の役に立ってんなら、いいよ……俺も、そこそこ楽しいし」
なんだか恥ずかしくなってきて、俺は顔を横に向けて答えた。
そうすると、今度は前を歩いていた雪乃道が俺の横にやってきて、口を開いた。
「さっき、そういう意味じゃないって言ったけど、私も魔獣が現れてから、誰かと並んで歩くなんて事出来なくてさ……私も、そこそこ楽しいんだ、この一週間!」
そう話す雪乃道の顔は、ほんのり赤みが差していた。
恥ずかしかったのか、夕日に照らされてか、どっちかは分からなかったが、どっちでもいい気がした。
それから魔獣が出現することはなく、学校での出来事や、好きな漫画の話とかをしながら歩いていると、いつの間にか雪乃道の家の前まで着いていた。
「今日も送ってくれてありがとう!それじゃあ……またね!」
雪乃道はそう言うと、手を振ってから玄関の扉を開き、家の中へと姿を消した。
「おう……またな」
閉じられた扉に向け、俺は小さくそう呟くと、それから自分の顔がにやけているのに気づく。
またね、か……いい言葉だな。
俺はにやけた表情をそのまま、自分の家まで着くと、夕飯を食べて、風呂に入って、それから自分の部屋のベッドの上に寝転んでこれまでを振り返った。
シュゴレンジャーとして戦ってた時は、とにかく目の前の事で必死だった。
怪人を全滅させて、それから『当たり前の生活』って奴に憧れて、無事に手に入れたんだ。
だけど、その当たり前は思ってるよりいいもんじゃなくて……称賛と憧れの声を聞きたくて、また非日常の生活に戻ろうと躍起になった。
だけど……だけど、この生活が、朝起きて、春子さんと一緒に朝飯喰って、学校行って、遊川とダラダラ話しながら授業とか受けて、雪乃道と一緒に帰って、それから夕飯喰って風呂入って、ベッドの上で一日を振り返って眠る……これが『当たり前の生活』って奴なら……
「結構、悪くねーぜ、『当たり前の生活』……」
俺はベッドの上で横たわった状態で、誰に言うでもなくそう言葉を漏らす。
「へー、結構楽しんでるみたいだね、青春ってやつ?」
俺以外誰もいないはずの部屋で、返事が返ってきた。
声が聞こえた瞬間、ほぼ反射的に飛び上がり、ベッドから離れると同時に声の主を探る。
目に入ったのは、俺の勉強机の前に置かれた椅子に座り込む、見知らぬ女だった。
眼鏡を掛けた、黒いドレス姿の女だった。足を組んで椅子の上に座っていて、右手には
「お邪魔、してまーす」
にやにやと笑う眼鏡女は揶揄うように手を振った。
着地と同時に、床を踏み込む。俺の自室はそこまで広くない、女との距離は三歩程度、全力で突っ込めば一秒もかからずに殴れる。
俺は女の目の前まで飛び込むと、一発で沈めるつもりで、顎目掛けて拳を振りぬく。
俺の拳が届く寸前、女の持つ杖先から円形の光が浮かび上がる。見覚えのある、スノーワルツが魔法を使う前に現れる魔法陣みたいな光。
次の瞬間、俺の身体は宙に浮き、背後へと吹き飛ばされる。
「がッ!!」
壁に叩きつけられると同時に、肺の中の空気が押し出される。
「あっぶな!躊躇なく殴りかかって来るじゃん!こわっ!」
女はわざとらしい表情と動きでそう言う。俺は壁を伝うように床に降りると、女と向き合うように構える。
「……わりぃな、特殊な訓練を受けてるからな、俺は女でもぶん殴れるぜ」
「そういう話じゃないんだけどなぁ……君、口より先に手が出るタイプでしょ。親切で言ってあげるけど、そういうところ、直した方がいいよ」
女は余裕を崩さないまま、にやにやと笑う。油断を全開にした姿勢だったが、杖の先は俺へと常に向けられていた。
「じゃあ俺も親切で教えてやるけどよ、知らない人の家に勝手に入ったら犯罪なんだぜ」
「へー、そうなんだ。じゃあ私はセーフだね」
ふざけた返答をする女に俺は舌打ちをする。
「ほんとだよぉ、私、君のこと知ってるもん。大川赤司君、龍竜東高校の一年生、最近の趣味は……魔法少女スノーワルツのお手伝い」
「何だお前、俺のストーカーか?」
自慢じゃないが、俺はロクに話す相手が居ない。てか、スノーワルツの話は春子さんにだってしてない。
知る余地のない話を知ってる目の前の女は、何が面白いのか笑い声を上げながら答える。
「違う違う!ストーカーは私じゃないよ?私はね、悪い魔女なの」
女はそう言うと椅子を降り、立ち上がる。
「風の魔女、って呼んで?今日は赤司君に用事があって来ました!……取り合えず、」
足の一本でも貰おうか。女はそう言うと、再び杖先に魔法陣を展開させ始めた。
雪乃道ほのか
レッドの厄介ファン
氷の固有魔法を有する、魔法少女・スノーワルツに変身する事が出来る女子高生。
昔、レッドに自分と家族の命を救われて以来、レッドのファンとなり、魔法少女としての力を得て以降は、憧れのレッドと同じよう、多くの人を助けようと魔獣退治の活動を行う。
普段は穏やかで、誰にでも分け隔てなく優しく接するが、レッドの悪口を聞くと声のトーンを下げて、その人物に"お話"をしに行く。