「切り刻め。〈
風の魔女がそう言うと、杖先から魔法陣が展開される。
それを確認するのと同時に俺はその場を跳ね上がり、女に向かって飛び込む。直後、回転する刃みたいなものが俺の真下を通り過ぎ、部屋の壁に切り傷をつける。
「はぁ!?なんで避けれて……」
足を貰う、とか言うからだろ。
俺は跳び上がった勢いをそのまま、女の顔面目掛けてドロップキックを繰り出す。
魔法陣を使った攻撃は立て続けに使う事が出来ないのか、今度は吹き飛ばされることは無く、俺の蹴りは女の顔面に的中した。
芯を捉えた蹴りは女の身体を後方に飛ばし、女はベランダのガラス扉を突き破って二階から落ちる。
「……やったか?」
俺が派手にぶっ壊れたガラス扉を見てそう呟くと、直後立ち上がる突風に運ばれるようにして女がベランダの向こうの宙に姿を現す。
「この程度でやられる訳、ないで……」
女が話し終わる前に、俺はベランダから飛び出し、空中に居る女の顔面に膝蹴りを浴びせる。
「台詞言い終わるまで待ってくれるのは、テレビの中だけだぞ!」
女は隣の家の壁に向かって吹き飛び、激突する。
そのまま地面に落ちることはなく、空中に浮遊する女はボロボロになった眼鏡越しに俺を睨みつけて口を開いた。
「
女はそう言うと、ベランダから飛び降りて落下する俺に向かって杖の先を向けた。
「死ね!〈
展開される魔法陣。そこから放たれたのは、全長2メートル程の高密度の風の刃だった。
狙いは俺の身体の一刀両断だろう。
横に移動すれば回避できそうではあったが、現在俺は落下中で大きく動けないし、そもそも避けたら後ろの俺と春子さんの家が危うい。
ただでさえ俺の部屋の壁とガラス扉をぶっ壊されてるんだ。これ以上好きにさせる訳にはいかない。
俺は掌を前に突き出し、強く念じる事でプロテクトギアを取り出す。
瞬間、俺の体は赤い光に包まれる。
体を包んだ光は、やがて霧散するように消えていき、消えた箇所を真っ赤な衣装が包む。
溢れ出す力が、俺の血管の中を流れるみたいに、全身を巡る。
一瞬の間に変身は終了し、全身赤コスチュームの姿になった俺の目の前に、風の刃が迫る。
俺は拳を振り上げる様にして、
「は!?素手で吹き飛ばした!?ってか、その姿……」
俺は地面に着地すると、驚く女に向かい、宣言する。
「シュゴレンジャー・レッド、参上!ってな!!」
久しぶりにカッコよく登場できた気がして、俺は非常に高揚してた。
「は……い、意味わかんないんだけど……な、なん、大川赤司が、レッド!?」
「そういうこと、だよォ!」
俺は言い切ると同時に跳ね、空に浮かぶ女を蹴り上げる。
変身した俺の身体能力は、変身前と比較にならないくらい上がってて……女は数メートルの先の上空まで打ち上げられる。
夜空に跳び上がった俺は、近くの家の屋根の上に着地すると、それから打ち上げられた女に追撃を入れるため、女に向かって飛びかかった。
「〈
が、俺の攻撃が届く前に女の魔法が発動した。
杖を使った方向の定まった攻撃ではなく、全方位に向けて突風を吹かせる技だった。
俺の身体は風に運ばれ、女から三軒先位の家の上に飛ばされる。
「意外としぶてぇな……」
変身前に顔面に二発、変身後の俺の蹴りを一回喰らってるから、雑魚怪人くらいだったら倒せてると思うんだけど……
女は肩で息をしながら、それでも敵意満載の瞳で俺を捉えていた。
「クソッ!意味わかんない!……けど、逆に好都合よ!ここでレッドを殺せば、大手柄だわ!」
女はそう言うと、杖の先を俺に向けた。
「手柄?どういうことだよ、ストーカー女!」
話の内容的に、
「説明する訳ッ、ないでしょ!〈
女は最初に俺を攻撃してきた魔法を再び放ってきた。しかし、その数は前の時より遥かに多く、無数の風の刃が群れを成し、高速回転して迫ってきた。
「ま、俺の反射速度も上がってんだけどな!」
俺はそれらの攻撃を屋根と屋根の間を跳び、行き来するようにして躱し、少しづつ女の方へと近づく。
「な、何なのよ、コイツ……!?」
女は信じられない物をみる目で俺を見て、そう言った。
「シュゴレンジャーの、レッドっつってんだろ!!」
風の刃をすべて躱し、女のすぐ近くまでたどり着いた俺は、再び女に向かって跳び上がり、拳を振るった。
今度は魔法が発動するより速くぶん殴った……はずだったんだが、拳に感触はなく、俺の身体は女が居た地点を素通りする。
俺は屋根の上に着地し、後ろを振り返る。そこに女の姿はなく、女はそこよりも更に上空の地点で浮遊していた。
「……なぁ、空飛ぶのナシにしようぜ?」
「する訳ないでしょ!馬鹿!」
そう叫ぶと一転、女は勝ち誇った表情で言葉を放つ。
「ふんっ、どれだけ力があって速くても、届かないんじゃ関係ないわよ。後は一方的に攻撃して、終わりよッ!」
女はそう言うと杖の先を下に居る俺に向けた。
魔女とか何とか言ってたけど、多分魔法少女と同じ仕組みか何かで空が飛べるんだろうな。
あそこまで高く飛ばれたら、殴っても蹴っても当たらない。だから俺から攻撃を当てる事は出来ない……
夜空を駆ける、もう一人の魔法少女が、もうすぐそこまで来ていた。
「ちょっと!あなた!魔獣も居ない所で魔法を連発して……一体どういう状況ですか!」
白い髪に白い衣装が、黒い夜空の前によく目立って見えた。
「スノー、ワルツ……!?なんで、ここが……!」
女は自分と同じ高度で話しかけてくるスノーワルツの姿を見て、目を見開いていた。
多分、詳しく何が起きたのかは分からないけど、状況を察してスノーワルツとして来てくれたのだろう。
マジ最高の
「雪乃み……スノーワルツ!こいつは風の魔女とか言う……とにかく悪い奴だ!」
一瞬、雪乃道と言いそうになったが、屋上で雪乃道が語った正体不明の美徳を思い出し、スノーワルツと呼び変えた。
その呼び声で俺の存在に気づいたのか、雪乃道は俺の方に目を向け、大きく口を開いた。
「え…………嘘…………れ、レレレ、レッド……?ほ、本物?本物のレッドが今、私に話しかけてる…………?」
雪乃道は、そう言い残し、瞬きを数回した後、完全に動きを止めてしまった。
多分、脳みそも止まってる……こいつ、
「もう……滅茶苦茶よ!影!作戦変更!!アレ出して!」
固まった雪乃道と俺を置いて、女は突然声を張り上げると、誰かに向かって話しかけた。
女の声が発せられた直後、夜の住宅街に巨大な爆発音が響いた。
「あ?何の音……マジかよ……」
俺はその音の発生源を探る様に辺りを見渡すと、少し先の大通りの地点に、見覚えのある巨大な姿が見えた。
「殺してやる!!何処だ!スノーワルツ!!」
空を裂かんばかりの大声で殺意を叫ぶ、例のムカデ魔獣がうねうねと蠢いていた。
この間目撃した時よりサイズが遥かに大きく、近くのコンクリートビルより頭一つ分飛び出るくらいの大きさだった。
「うわっ!な、何この音!」
爆発音で意識が現実に戻って来たのか、雪乃道は辺りをキョロキョロと見渡し始めた。
「スノーワルツ!状況が変わった!あのムカデ野郎は放っておけない!止めに行ってくれ!」
俺は状況が呑み込めてない雪乃道に向け、そう伝える。
一先ず、あのムカデ魔獣を倒すのが先決だ。しかし、このストーカー女も完全放置って訳にはいかない。
だから何とか雪乃道にはムカデ魔獣を倒しに行って欲しいんだが……
「えっと……どういう状況で……」
雪乃道はまだ困惑してるのか、その場から動かないままだった。
教えてやりたい気持ちはそこそこあるんだが、俺だって何が起きてるのか分からない状況だった。
なんとかムカデ魔獣に向かわせるため、俺は再び雪乃道に話しかける。
「サイン!あのムカデ野郎倒したらサインでも握手でも何でもしてやるから!」
「レッドの……直筆サイン……い、行ってきます!」
物で釣る作戦がうまく機能したのか、雪乃道はムカデ魔獣の方へ体の向きを変えると、そのまま飛んで行った。
その様子を確認した俺は風の魔女の方へと顔を向ける。
「いいの?あのムカデ君、前より強いよ?一緒に倒しに行った方がいいんじゃない?」
「それじゃあ、お前の遊び相手が居なくなっちまうだろうが」
俺はそう言うとマスクの奥で笑みを浮かべ、自分を奮い立たせる。
もう少しだけ、長い夜になりそうだった。
――――――――――――
魔法少女・スノーワルツこと雪乃道ほのかは混乱の渦中にあった。
事の始まりは、スマホに届いた大川赤司からの連絡だった。
丁度昨日、連絡方法に不便だということで、親に頼んで買ってもらったのだと、嬉しそうに語っていた赤司。
電話のかけ方しか分からないと言う赤司に、メジャーなアプリの導入と使い方のレクチャーを行ったことを思い出し、雪乃道は通話開始のボタンをタップした。
「赤司くん?ロインの使い方、分かったみたいだね!明日はインスマを……赤司くん?」
意気揚々と「雪乃道!スマホの使い方教えてくれ!」と尋ねてきた赤司の姿を思い出し、雪乃道は微笑ましい気持ちになりながら語りかける。
しかし、スマホの向こうから一向に返事が聞こえない。
異変を感じ取った雪乃道はスマホの音量を上げ、赤司からの返事を待つように耳を澄ませる。
『……特殊な……な、俺は女でも……ぜ』
『…………なぁ、………………プでしょ………………がいいよ』
聞こえてきたのは断片的な会話の一部、どうやら赤司が誰かと話しているらしいことが伝わってきた。
相手は……声からして女性だろうか。しかし、音を拾いづらい所で話してるのか、相手の声はほとんど聞こえなかった。
「なにこれ?暗号的なやつかな……ドラマとかでよくある……」
もしかしたら赤司からのSOS的な内容の通話かもしれない。そう考えていると、不意に大きな音がスマホから響く。
強風が吹き荒れる様な音に次いで、ガラスの砕ける音。
「あ、赤司くんが危ない!」
その音に危機を感じ取った雪乃道はスマホを服のポケットにしまうと、手を翳し、白と青のストライプが入ったステッキを取り出す。
「スノーワルツ・
ステッキの先端に魔力を篭めるようにし、そう宣言するとたちまち雪乃道の身体は光に包まれる。
足先から段々とスノーワルツを着飾る衣装へと変わっていき、それが頭の先まで到達すると、魔法少女への変身が完了する。
「よし!待ってて、赤司くん!」
雪乃道は自室の窓から飛び立つようにし、夜の空を駆け抜けていく。胸に秘めるは、友を助けんとする美しい輝き。
二分後、その輝きは目の前に本物のレッドが居るという衝撃にかき消された。
雪乃道は大川宅近くにやって来てからの数秒間の記憶がなかった。正確には頭の中が生レッドと言う存在に埋もれ、外部の情報を受け付けていなかった。
「サイン!あのムカデ野郎倒したらサインでも握手でも何でもしてやるから!」
意識を取り戻した雪乃道はその言葉を聞き、状況の理解より先に動き出した。
住宅街を抜けた先の大通りに現れた魔獣に向かっている最中、ようやく事態の急変に気づいた。
「よく分からないけど……取り合えず魔獣を倒せば解決するはず!」
雪乃道はようやく思考を魔法少女・スノーワルツとしてのものに切り替え、目の前の魔獣の討伐に意識を注ぐ。
よく見ればその魔獣は一週間前、自身が取り逃がしたムカデの姿の魔獣であることに気づく。
「どこだァ!スノーワルツ!来ないのなら、この街の人間を皆殺しだぞ!!」
喚くようにそう叫ぶ声は、明らかに怒気と殺意に満ちていて、今にも街の破壊を始めそうだった。
今まで出会ったどの魔獣よりも大きい、動き回っているだけで周辺の建物に被害が出ることは想像に難くなかった。
これ以上被害が広がる前に、迅速に倒す必要がある。
スノーワルツは魔獣の目の前に飛び出すと、大声で言い放つ。
「私はここよ!これ以上、街を破壊させないんだから!」
スノーワルツは言葉を言い切ると、ステッキを振り抜き、魔獣へと魔法を放つ準備を開始する。
魔獣の大きさが今までの規模ではない。スノーワルツは今までよりも大きい魔法を放つべく、巨大な魔法陣を展開する。
「くらいなさい!逆巻く氷の渦――」
自身の渾身の魔法を放つ寸前だった。魔法陣から大量の氷の礫が現れるより速く、魔獣が動いた。
大きく口を開いた魔獣は、その口の先をスノーワルツへと向けると、
「きゃっ!なにこれ……水……?」
魔獣の口から発射されたのは、青紫色の体液。
今まで、常に先手をとり続け、一発で仕留めていたスノーワルツは攻撃を受けると言う経験がなく、この液体の噴射を躱せなかった。
そして体液が付着したスノーワルツの姿を確認した魔獣は、這うようにしてスノーワルツの方へと進行を開始した。
「っ!させない……!」
街を破壊しながら進む魔獣を止めるべく、スノーワルツは再び魔法陣を展開しようとステッキを掲げる。
ステッキの先端を中心として、波紋が広がるように拡大していく魔法陣。
その大きさが完成形へと至るその時、魔法陣は音を立てて崩れ始めた。
「え……?」
経験したことの無い感覚。魔法少女として覚醒してからおよそ一か月半、魔獣を退治する時に欠かさず行う事が出来た魔法の発動が、
今まで当たり前のように立っていた地面が急に消えてしまったかのような、そんな浮遊感にも似た衝撃。
茫然とその場に留まるスノーワルツに向け、魔獣はその全身を叩きつけるように体当たりを行う。
「フハハ、効いてるな!どうやらあの女の改造とやらは成功したようだな!!」
巨大な体躯に押し飛ばされた少女の身体は、建物の瓦礫と共に、遙か遠くへと吹き飛ばされる。
投げられたボールが地面にぶつかり、跳ねる様に、少女の身体は建物の上をバウンドし、ビルの上にてその動きを止める。
確実に死に至ったと思える程の勢いで吹き飛ばされたスノーワルツは、それでもまだ死んでいなかった。
魔法少女は無意識下で自身の魔力を纏うようにして攻撃から身を守っている。
これにより本来致死に至る攻撃や衝撃を受けたとしても、その身体が致命傷を負う事はない。
しかし、限度はある。スノーワルツは横たわった状態のまま、立ち上がることが出来ないでいた。
視線は定まらず、壊れたカメラの様に視界がぼやけていた。
怪我は、大したものでは無かった。頭を打ったため、脳が揺れ、一時的に平衡感覚を失っていたが、言ってしまえばそれだけの症状であった。
数十メートルの距離を飛ばされ、人体がゴムボールの様に跳ねたというのに骨はどこも折れていなかった。
まだ、動ける程度の怪我。それだと言うのに、スノーワルツは未だに身体を動かせない、否、動かそうとすら考えられずにいた。
原因は単純で、痛みだった。
雪乃道ほのかと言う少女は、争いとは無縁の世界に生きる至って普通の少女だった。それが、唐突に大いなる力に目覚め、巨悪と戦う道へと突き落とされてしまったのだ。
魔獣退治を行うと決めたのは自分の意思であった。だが、認識が甘かった。少女が選んだのは『退治』の道であり、『戦い』の道では無かった。
全身を駆け回る様な痛みも、コンクリートの床に頭を打ち付ける衝撃も、頭から血が流れ出る感覚も、戦いに伴う痛みを経験したことが無かった。
痛い、痛い痛い痛い痛い。魔法少女としての身体が守ってくれるのは怪我や衝撃のみであり、痛みが和らぐことはない。
絶えず脳が信号を発し、その度頭が割れんばかりの痛みがやってくる。
立ち上がることする、難しい。
少女に出来ることは、ただ何もせず、痛みに悶える事だけだった。
遠くで暴れ始めた魔獣と、それによって破壊されていく街を眺める中、少女の脳内には声が響いていた。
『諦めろ』
『もう痛い思いをしたくはない』
『誰か助けて』
『戦いたくない』
それは雪乃道の心から漏れ出た悲痛の叫びだった。
『目を閉じて、もう忘れろ』
もう、やめてしまえと、諦めるよう言い聞かせる声に従うよう、雪乃道はその目を閉じた。
目を閉じると、楽だった。目覚めた時には、全部解決していて、いつも通りの日常が待っていると、無責任に投げ出すことが出来た。
楽しい未来のことばかりが浮かぶ。朝起きて、学校に行き、友達と遊び、帰ってからは日課のレッドの録画を見返して……
「……そうだ、レッド……レッドのサイン……私、なんで……」
なんで、こんな痛い思いをするかもしれないのに、戦う事を選んだんだっけ?
瞼を開き、目の前の現実を見つめる。
ムカデの魔獣は辺りの建物の破壊を続けており、街からは煙が立ち上り始めていた。
遠くに見えた、悲痛そうな顔で逃げ惑う人々。
そうだ、そうだった……私、レッドに憧れて……
脳裏に焼き付いた、あの日の景色が、足を動かす。
いつだって彼は、諦めなかった。ボロボロになって、身体から大量の血が吹き出ても、最後には立ち上がった。
少女は立ち上がる、痛みよりも大事なものを思い出したのだった。
プロテクトギア
シュゴレンジャーのメンバーが使用する、変身に必要な道具兼武器。
それぞれメンバーが強く念じる事で取り出すことが出来、また使用する事で戦闘用衣装へと変身することが出来る。
変身後は武器として使用する事が可能で、それぞれメンバー毎に異なるモチーフの武器に変形する。
ちなみに、レッドのプロテクトギアは剣に変形するが、滅多に使わないためこの事実を知る者は少ない。