何者!?現れたもう1人のレッド!
襖の向こうから聞こえる足音と扉の開く音を聞き、ゆっくりと押入れの戸を開く。
目に入るのは、敷かれたままの布団、何個にも重ねられたカップ麺のごみ、中身が入ってるのか入ってないのか分からない、酒の缶。
誰もいない事を確認して、押入れの外へと出る。部屋に充満する煙草の匂いを消すよう、俺は部屋の窓を開く。
窓の外には隣の建物が映ってるだけで、特に何も見えないが、壁に反射したオレンジ色の光が、今が夕方であることを伝えてくる。
「何か……飲もう」
今日は昨日の夜から親父が女を連れてきて、それから今の時間までずっと押入れの中に居たから、喉も乾いて腹も減っていた。
流しの前まで近づき、適当な酒の空き缶を手に取り、中身を水で流してから、中に水を注いでそれを飲む。
未使用のコップとかを使うと後で親父に殴られるから、流しにある適当なものをコップ替わりに使うのだ。
「食いもん……」
飲み物の次は食い物。適当な食べかけの物を食べようと、冷蔵庫前まで近づいた時だった。
「なにこれ……」
冷蔵庫の前の床に、何かが落ちている事に気づく。さっき通った時は何も無かったはずだが、そこには白い円形の機械の様な物が落ちていた。
それが何なのか分からなかったが、邪魔だし、取り敢えず拾っておこう。そう思って手に取った時だった。
手にした瞬間、脳内に情報が流れ込んできた。
これが変身の為の道具である事、使う事で炎を操る力と、人離れした身体能力を得ることが出来る事、そしてその変身の方法。
それから、何かが見えた。それは光景で、スーパーマーケットと思われる場所で異形の人型の生物が暴れている光景だった。
ここから1キロ程先のスーパーマーケット。具体的な場所も、何故か分かった。
「なんだよっ……これ……!?」
俺は唐突に脳内に現れたその情報と景色に驚き、手に持っていた機械を落としてしまう。
一体何が起きているのか、自分の頭がおかしくなってしまったのか、俺はその場に蹲り、自分自身の頭に問いかけた。
でも、その問いかけを搔き消すように聞こえる、怒号と悲鳴の声。
怒号は嫌いだった。親父に殴られた痛みを思い出すから。
悲鳴も嫌いだった。記憶の底にある誰かの泣き声を思い出して悲しくなるから。
だから、それを消したくて、頭の中に響く声を掻き消したくて……
「変身……」
床に落ちた機械を拾い上げると、それから変身に必要な言葉を放つ。
これが、俺がレッドとして戦うきっかけとなる、最初の記憶だった。
――――――――――
……きて…………しくーん……起きて……赤司くーん……
「起きてー、赤司くーん!」
その声に、俺の意識は覚醒する。
目を開くと、リビングの天井と俺の顔を覗き込むようにして見つめる春子さんの姿があった。
「んあ……朝、ですか……」
俺はまだ寝ぼけた頭で目を擦りながら、春子さんに話しかける。
「朝だよー!ほら、朝ごはん出来てるから、早く食べないと遅刻しちゃうよー?」
そう話す春子さんの右手にはフライ返しが握られており、つけてるエプロンは店用のではなく、料理用の白いものだった。
俺は鼻腔をくすぐる美味そうな匂いに起き上がり、ソファの上から降りて立ち上がる。
「……すげー美味そうです」
俺はソファの後ろ、テーブルの上に並ぶ目玉焼きとソーセージ、サラダの乗った皿と食パンを見て、俺はそう呟く。
「えー?大袈裟だなぁ、赤司くんはー」
そう言いながら奥の方の席に座る春子さんに続くよう、俺も朝飯のおいてある、対面の椅子に腰かける。
「マジですマジです。俺、前まではこんな美味そうなもの……」
そこまで言って、箸を握ろうとする手が止まる。
前って、いつの事だよ……もう一年はここで住まわせてもらってるし、俺は毎日うまいもの食ってるし……
「赤司くん?どうしたの、何か考え事?」
春子さんのその声に俺はハッとして再度箸を握り直す。春子さんの方に目を向けると、心配そうにこちらを見ていたので、俺はなるべく元気な声で話した。
「いや、ちょっと変な夢見て……全然元気っすよ!俺!」
そう言って笑みを浮かべると、それに呼応するように春子さんもニコニコと笑って答えてくれた。
「そっか!元気なら良かったよ!昨日は変な所で寝ちゃったからかな……ごめんね、私がソファで寝れば良かったね」
春子さんはそう言って謝るが、俺は首を横に振ってそれを否定する。
「いやいや!俺マジでどこでも寝れるんで!それに春子さん今日も仕事でしょう?だったら春子さんはベッドで寝るべきですよ!」
それに俺は最悪眠くなったら学校で寝ればいいし。俺が心の中でそう付け加えると、春子さんは唇を尖らせて呟く。
「赤司くんだって今日も学校じゃん……居眠り、しないって約束だからね?」
「うっ……」
俺の考えが顔に出てたのか、春子さんが念を押すようにそう言ってくる。
「そ、それより!春子さんは昨日、大丈夫でしたか?俺の部屋は結構荒れちゃったんですけど……」
昨日はあれから少しして、俺が家に着くくらいのタイミングで警察とか救急隊が来て、それから軽い事情聴取を受けた。
家の周りには何人か近所の人たちが外に出ていて、警察に話をしていた。
ストーカー女、風の魔女が魔法を連発したせいで、結構な家に被害が出てるようだった。
「災難だったよねー、私の部屋は特に被害なかったけど、宗田のおじいさんの家なんて、屋根の瓦が何枚も抜け落ちたって、凄い怒ってたよー」
「へー、大変っすね」
俺は食パンを咥えながらそう答える。被害は広範囲だけど、屋根が傷つく程度のもので済んでいる家がほとんどらしい。
「赤司くんの部屋、帰ってくるまでにはある程度過ごせるよう修復しておいてくれるって、業者さんが言ってたから、安心して学校行って来てね!」
「あ、ありがとうございます」
食べ終わった皿を流しに運びながらそう言う春子さんにお礼を告げると、俺は席を立ち、自分の部屋に向かう。
俺は自分の部屋に入り、切り傷の入った壁と、壊れたガラス扉を眺めながら、制服へと着替える。
警察には、寝ている所を、ガラスの割れる音で目を覚ましたと、適当な嘘で誤魔化しといた。
なんで家の外に居たのかとか、自分でも言ってから矛盾に気づいたが、警察は忙しいのか特に気に留める様子もなく去っていった。
教科書やら筆記用具やらが詰まった鞄を持ち、部屋を出て玄関へと向かう。
「じゃあ、行ってきます」
「はーい!気を付けてねー!」
少し遠くから響いて聞こえてくる春子さんの声を背に、俺は玄関の扉を開き、外へと出る。
「……あ」
そして歩道へつながる外階段を降りようとした俺の目の前に、1人の子供が現れる。
「……ここは人ん家の階段だぞ、勝手に居座るんじゃねぇよ」
子供は階段の手すりに寄りかかるようにして座っており、俺の顔を見上げてじっと見つめてきた。
「……なんか言えよ」
ずっと黙ったまま見つめてくる子供に向けそう言うが、それでも一切返事を返すことなく見つめ続けてくる。
白いワンピースを着た、黒髪の女子だった。見覚えも、話した覚えもない子供だった。
それなのにずっと見つめてくる子供が不気味に思えてきた俺は、子供を放置することにした。
「じゃあ、俺急いでるから……お前もどっか別の所いけよ、じゃ」
子供の足を踏まぬよう、狭い面積の階段に足を置き、下っていく。そうやって階段を一番下まで降りきったタイミングで、背後から声が聞こえる。
「お兄さんも、見た?」
それは子供らしい幼い声で、俺はもう若干嫌になりながらも、振り向いて返事をする。
「俺急いでんだけど……見たって、何をだよ?」
膝を抱えながら俺を見てくる子供は、顔を傾けて口を開いた。
「レッド」
短くそう答えた子供の言葉に、俺は少し目を見開く。
コイツ、昨日レッドを見たのか?……って、結構派手に戦ったし、誰かに見られてても不思議ではないか。
てかもしかして、レッドの正体が俺って事に気づいて、それを確かめるためにここで待ち伏せしてたんじゃないか?
「……シュゴレンジャーの?」
俺は探るように、子供に質問を投げかける。
子供はそれから視線を俺から外し、遠くの空を見上げるようにして答えた。
「うん。昨日、ここに現れたらしいんだけど、知ってる?」
直接見た訳ではないことが、言葉から分かった。嘘を吐いてる可能性は……ねーか、この子供が俺に嘘つく必要もないし。
「へー、知らなかったぜ。レッド、居たのか。残念だな、俺ファンだったのに」
俺は知らない体を装う事にした。多分この子供は近所に住む
「そうなんだ。私も、レッドの大ファンなの」
子供のその言葉に俺は自分の予想が的中したことを確信した。
まぁ、この位の歳の子供が憧れるのも無理はない。
「へへ、そうかよ。まぁ、レッドも誰かが困ってれば、また助けに来ると思うぜ?だから、これからも期待しておけよ!」
俺が鼻を高くして子供にそう言うと、ズボンのポケットから電子音が響く。
スマホの通知音だ。俺はポケットからスマホを取り出すと、その画面を見る。
そこには雪乃道からのメッセージを告げるロインの通知と、十数分後には朝礼の時間となる時刻が表示されていた。
「やべっ!話し込んでる場合じゃなかった!じゃ、じゃあな!レッドファンの子供!」
俺はそう言い放つとその場を駆け出し、学校へ向かって走り出す。
「うん、またね。私、期待してるから」
最後にそんな子供の声が聞こえたが、学校の事で頭が一杯な俺は数秒後にはその言葉を忘れていた。
――――――――――――
「えー、昨日も魔獣が現れたらしいです。魔獣被害により、近田、斎藤、高橋は今日は休みです。それでは、皆さん、今日も元気に過ごしましょう」
起立、礼。日直担当の声に従うよう、俺は席を立ち、頭を下げる。
それから頭を上げる頃には教師は教室の外へ向かっており、教室の中は騒がしい雰囲気に包まれていた。
相変わらず魔法少女の話題で盛り上がるクラスメイト達を尻目に、俺はスマホを取り出し、雪乃道からのロインを確認する。
『話したい事があるの!今日の放課後、屋上集合で!』
そのメッセージに続いて、可愛い熊が両手を合わせるイラストが送られていた。
スタンプって奴だろうか。俺もやってみたいな。どうやって送るんだろう……
「それ、スマホ?赤司も買ってもらったんだ」
その言葉に俺は顔を上げる。話しかけてきたのは、やっぱりと言うべきか、遊川だった。
「ロインとインスマ、交換しようぜ?」
「いいけど、俺、インスマはまだ使い方分からないから、また今度な」
俺はそう言ってから、雪乃道に教えてもらった内容を思い出しながら、QRコードの映ったスマホの画面を遊川に差し出した。
「ありがとう。で、それとは話変わるけど、昨日のニュース、知ってる?」
「またニュースの話かよ。どうせ魔法少女が云々って内容だろ?」
遊川は情報通なのか、日直が終わる度にニュースの話題を振って来る。その内容は八割魔法少女関連だ。
QRコードを読み取るため、俺のスマホに重ねる様にして自分のスマホを翳した遊川は話した。
「違う違う。今日は赤司のためにとっておきのニュース見つけて来たんだよ。スマホ買ったなら、自分で調べてみろよ」
そう言う遊川の言葉を聞いた俺は、自分で昨日の出来事について調べてみることにした。
と言ってもまだスマホの使い勝手がよく分からなかった俺は、遊川に教えてもらいながらネットニュースのページを開いた。
ニュースの見出しは、やっぱり魔法少女の事で、『お手柄!魔法少女・カースティ、巨大魔獣を撃破!』と書かれていた。
「やっぱ魔法少女じゃねーかよ」
「それじゃない奴だよ。もう少し下にスクロールしたところにある小さめの記事、見てみろよ」
遊川の言葉に従い、俺は画面をスクロールし、他の記事の見出しを見てみる。
『新発売!花畑桃璃監修の美肌コスメ!』
『5人に1人が使用中!?人気爆増中の新感覚アプリ、DOREALに迫る!』
『再登場!?突如現れた魔獣、シュゴレンジャーのレッドが撃破!』
「え!?お、俺!?レッドの記事があるぞ!!」
俺は思わず席を立ちあがり、叫ぶ。クラスメイトが驚いた顔をして見てくる気がするが、気にする余裕はなかった。
「そう、それ。赤司、レッドのファンだろ?昨日現れたらしいぜ」
遊川のその声に、俺は茫然とスマホの画面を眺める。
いや、俺が戦ってる姿、見てる奴は居ると思ったけど、まさかニュースになるほど注目されているとは……
ここ最近、よくファン(雪乃道と近所の子供)にも出会うし……もしかして俺の時代が来たのか!?
雪乃道の夢を守るため、正体を明かすことは出来ないけど……やっぱり注目されるのは気分がイイ!
「ま、まじか……取材とかも、来ちゃうのかな……でもどうやって来るんだろ?……やべ、緊張してきた……!」
「……?なんでお前に取材来るんだよ?ファン代表として?」
遊川がそう疑問の声を上げるが、俺はそれに気づかぬ程興奮して、その記事の見出しをタップした。
『昨日午後10時頃、
俺は記事の内容を読み、それから一旦止め、再び記事を読み直した。
『昨日午後10時頃、
「おい、遊川。この記事書いた奴の電話番号、分かるか?」
「いや、知らんけど……なんで急に?」
俺は記事の中の『花丸市』と書かれた部分を拡大させ、遊川の目の前にスマホを突き出し、確認させる。
「ここ、花丸市じゃなくて龍竜市の間違いだろ?間違えた部分、訂正してもらおうと思って」
俺は極めて平然と、当たり前の事を告げる様に言うが、遊川の表情は硬く、ゆっくりと首を横に振ってから口を開いた。
「いや……合ってるだろ。記事に付いてる写真が撮られたのも、花丸市だし」
その言葉に俺はスマホを操作し、記事に付随して貼られた写真を拡大して見る。
そこには昨夜俺が戦った住宅街とは異なる場所で魔獣へと立ち向かう、赤いコスチューム姿の人物が写っていた。
「……???」
俺は人生で一番の困惑を経験した。頭の中に意味不明の四文字が浮かび上がり、その文字が段々と大きくなっていく。
「偽……物……?」
十秒程度の思考の末、たどり着いた答えはそれだった。
赤司くんのヒミツ☆
母親の顔を見た事がない