庭とは違い、蓮花の匂いが色濃く残る部屋の寝台に横になるよう言われ、小鳳が素直に横になれば小さく温かい両手に腕が優しく包み込まれた。
その瞬間小鳳の背筋にゾクリとする感覚が流れていた。心なしか力の入り過ぎていた体が、解きほぐされていくのに小鳳の口から思わず声が漏れだす。
「……ぅっ、ふぅっ……」
蓮花の按摩の下、吐息交じりに漏れてしまった声を慌てて飲み込むが、それがかえって更に小鳳の胸中へと熱い物を滾らせるようであった。
(なんだ……?いつもの蓮花様とは違うような……)
普段と違う師の様子に未知なる何かが全身を巡り、体が熱を持っているのかのように火照ってきてしまう。
しかしそんな小鳳の心中も他所に施術はどんどんと進んでいく。
「次は背中じゃ。うつ伏せになって……ん、いい子じゃの」
小鳳が言われた通りの姿勢に変わると、そこへ蓮花が乗りかかっていく。
背中に乗りかかる重さが加わり、布越しにその小ぶりな尻肉の柔らかさが小鳳に伝えられていった。
「よいせっと……。それじゃぁ次は腰から背にかけて、こうっと……」
腰から肩、そして肩甲骨周りにかけて指圧されていき、小鳳の体には蓮花の体重がしっかりと掛けられる。
腕一本でも持ち上がる程に軽い蓮花の重さと、小柄でありながらもしっかりとある柔らかさに触れる手から伝わる確かな熱。そこに間違えようのない女のそれを感じてしまう小鳳。
もっと欲しい。そんな思いが少年を過ぎ、立派な青年となった男の中に渦巻き始めた。
(まずいぞ……こんな有様では蓮花様に……!)
確かな施術による心地良い按摩によって、身体の中にある疲れは解れ出している。
それは同時に小鳳の中で熱く滾らせ始めていたそれを隠しきれない状況となってしまったのだ。
「ふぅ……それじゃ次は仰向けになれるか?小鳳よ。寝かせる前に先に脚をやっとくべきだったかのう」
「えっ!それは……その……!」
どこか悪戯気な蓮花の声に、流石にそれは不味いと小鳳は抵抗を強めていく。
だがしかし、そんな彼の内心など知った事ではないと、蓮花がまるで紙か盆でもひっくり返すかのように軽やかに小鳳の大きな体を裏返してしまう。
そのまま何故か後ろ向きに尻を向けるように跨り、その両太股に手を触れさせていった。
「熱いのう小鳳や……熱すぎじゃな。おぬしが一生懸命に修行している証じゃ。師として嬉しく思うぞ……うむ、愛い愛い」
「あ……ありがとう、ございます……」
寝転んだまま足の方を見下ろせば、小鳳の目には蓮花の小ぶりな尻が道着越しに見て取れてしまう。
それが時折上下左右に動くのを見てしまえば、まるで小さく腰振りでもするような仕草に思わず小鳳の顔が赤くなっていく。
そんな小鳳の視線を背中で受けつつも、蓮花は施術をする手を止めはしない。むしろ男を誘うように動かし続けていた。
「んー、やはり大分固くなっておるな……ここをこう、ん……しょ」
「……ぅぁ」
蓮花が太ももに置いた手に少し力を入れながら、付け根からゆっくりと足先に向けて揉み解す。
すると小鳳の中で抑えていた声が口から漏れ出し、そして全身に広がる心地良い感覚と、同時に熱く滾りだしそうなそれに必至に堪えるように精神を集中させていった。
(落ち着け……内功を巡らすんだ……丹田に集まる気血をそらせる…………はぅ!?)
「くふふ、ここも元気じゃの? おやおや、びくぅっとしたぞ……? ほれほれ」
「うぁ!ちょっ……蓮花様そこは!?」
師より教えられた気功の技術を駆使し平静を保とうと努力するものの、そんなものは無意味とばかりに蓮花は更なる追い討ちのような責めを──。
「って何をしているのですか!!」
「おわぁっ!?何をするか小鳳!」
あわやというところで、小鳳は起き上がるとすぐさま寝台から飛び降り部屋から出ようとする。
師の施しに対して流石にこれ以上は思い、最後の一線だけは超えてなるものかという気迫の行動だった。
しかしそれを良しとせぬ者もいた。当然の事ながら蓮花である。
彼女もまた即座に飛び起きると、そのまま寝台から離脱し弟子の背後へと素早く追い付けば、逃がさんとばかりに小鳳の首へ腕を回ししっかり抱きついていく。
傍目には親子か兄妹が戯れてるかのような構図。まかり間違っても恋人同士の逢瀬には見えない騒がしさだった。
「お主こそっ、師たるわしに対し何たる態度じゃ!えぇい大人しくせい!」
「出来る訳がないでしょう!?この手を放してください……!」
「ならんっ!」
小鳳に回した腕に力を込めて、蓮花が胸を押し付けながら離すまじと叫んでいく。
「何を意地を張るのじゃ!わしはおぬしの疲れを取ってやりたいだけじゃ!」
「いいえ絶対に違います!よからぬ事を企んでいるでしょう!?……あぁもう離れてください!」
「お断りじゃ!ようやく機が巡ってきたんじゃ、逃がすものか!」
小鳳が必死に引き剥がそうとするがビクともせず、それどころかより強く密着しようと蓮花が力を籠めていく。すると、それを振り払う様に小鳳が勢いよくその場で前宙をしていった。
勢いに流され蓮花が振り落とされるが、ただの小娘の様にそのまま落ちていく様な事は無い。猫か猿の如き身軽さを見せ、空中でくるりと態勢を入れかえると何事もなく着地する。
しかし小鳳もまた後方へ転回を繰り出すと体勢を立て直し、出来た間合いを利用して更に距離を取っていく。
「くふふ……逃がさぬと言ったはずじゃ、覚悟せい小鳳よ!」
「何を覚悟するのですか何を!」
「ナニじゃ!」
同じ言葉であるのに互いに意味合いが違う物を叫び合うと、一足飛びで間合いを詰める蓮花。
小鳳が今一度跳んで躱していくが、それを予期していたのか、彼女も更にもう一歩詰め寄りその脚を絡めとっていた。
そのまま流れる様な動きで体を引き寄せると、小鳳の下腹部──下帯に隠された男の象徴にまで顔を触れさせる。
「ほほう、嫌よ嫌よと言ってもここは正直じゃな小鳳? 流石にお主もまだ若い、堪えるには難儀であったであろう。くふふっ、見栄をはらずにおればこのわしが丁寧に慰めてやったと言うのに、何を遠慮など──」
「せいっ!!」
「あいたぁっ!?」
小さく可憐なその唇で小鳳自身に熱い吐息をかけていく蓮花。
その刹那、雷にでも打たれたかの様に彼が何かを感じてしまった瞬間、反射の様に繰り出された膝蹴り。思いがけず決まってしまえば、痛烈な一撃を受けた事で蓮花は悶えていった。
蹴られた顔を両手で覆い倒れ込む姿に師の威厳は無く、まるで年相応の女児が喧嘩の末に泣き喚く直前のようでもあった。
「師父すみませ……いや!今度こそ逃げ──おわっ!?」
「くふふ……よい蹴りではないか小鳳……!」
逃げようとした小鳳へ蓮花が素早く足払いをすれば、為す術無く仰向けに転がされてしまう。
すぐさま身を跳ね起こすも僅かな間に蓮花が間合いを詰め、小鳳へと拳打を繰り出していた。その拳速は正に達人と言うに相応しく、その技を間近で受けられる事は武門の者であれば誰でも喜ばしくなる筈だったろう。
しかし今の蓮花の顔にいつもの優美で気品のある微笑は無く、代わりに浮かんでいるのは獲物を前に舌なめずりしている好色な雌狐か雌獅子の如き笑みである。
拳と共にそれを受ける小鳳は、まさしく食われる恐怖を抱いていた。
「それそれぃ!大人しくわしの按摩を受けるがよい!」
「絶対按摩じゃないでしょうそれは!?何を考えているのですか貴女は!」
言葉のやりとりの最中も神速の拳打が幾度となく繰り出される。だが小鳳はそれを寸分も違わず捌いていく。
常であれば本気の蓮花には到底敵いもしなかった事だろう。しかし、欲に飲まれ曇る眼と鈍った思考の彼女相手ならば防げぬ事はなかった。
風を切り裂くような拳を幾度となく捌き、逸らし、寸前で見切り躱していく小鳳。
それを褒める様な、或いは嘆く様な声が、彼のすぐ目の前から上がっていった。
「よう耐える!じゃがそのような物はいつまでも続かんじゃろう!潔く諦めいっ!」
「嫌です!何でこんな目に会わなくてはいけないのですか!?」
「おぬしがそんなにわし好みに育ったのが悪い!この不良弟子めがぁ!!」
「理不尽すぎる!」
体力よりも精神を消耗する激戦は続き、およそ半刻が過ぎるとやがて蓮花と小鳳との間に決着の時が訪れた。
「ぐぬぬっ……も、もう……動けぬ……」
「はぁ、はぁ…………邪な心で拳を振るうからです師父」
荒く乱れる息で言葉を紡ぐ二人の男女。
小鳳は息を落ち着かせながらもゆっくり体勢を立て直しつつあった。
しかし、対する蓮花は両膝をつき、両の手も地面に付け肩を揺らすようにして荒い呼吸を繰り返し、しまいにはその場で倒れ込んでしまった。
「おのれぃ……年寄りに無理をさせおって。……やはり歳かのう」
「何を言っているんですか、体は若い頃のままと仰ったのは師父でしょう」
「そうなんじゃが……そうではのうて…………はぁ」
蓮花が深いため息をつきながら顔を上げると、小鳳はそこで漸く彼女が泣いているのだと気が付いた。
普段から凛として、表情豊かに笑みを絶やす事は無い蓮花だったが、しかし、泣いていた事など彼が知っているだけでもほんの一握りだ。
小さな弟子の失敗に共に涙したり、時に酒に飲まれ泣き上戸となったりもしたが、今回のそれは明確に違うのだ。だからこそ彼は狼狽してしまう。
「あ、あの、師父……?」
思わず声をかければ、蓮花は涙の跡を拭きながら再び顔をあげる。
そこにある切なそうな笑顔は、ドキリとしてしまう程に儚い少女の物だった。
「のう小鳳や……」
「はっ、はい何でしょうか……」
小鳳が歩み寄りその小さな肩に手を伸ばしていく。しかし、ふっ、とその手を引かれると同時、両脇を抱き込まれ引き倒されていた。
地べたへ背中をぶつけた痛みに小鳳が苦悶を浮かべるも、それに構う事なく馬乗りに組み敷き見下ろしてきた蓮花。
だがその顔には先程までの悲しげな泣き顔は無い。それどころかまるで獰猛な獣のような笑みを浮かべているではないか。
「かかったな馬鹿め!わしだって伊達に長く生きとらん、こんな演技などお手の物よ!騙されるなどおぬしもまだまだよなぁ!」
「れ、蓮花様!?卑怯すぎます!」
「何とでもいうがいい!!勝った者が正しいのじゃ!!」
「武の師が言う事じゃない!!」
「だまらっしゃい!」
蓮花が弟子を組み敷きながら力任せに彼の道着を剥いでいく。そして晒された肉体美を前に、思わず生唾を飲みこんでいた。
肌を流れる汗が艷やかな男としての香りと魅力を増しており、蓮花は恍惚とした表情で舌舐めずりをしていく。
最早我慢する必要がないという事なのか、蓮花の中に秘められていた何かが曝け出されたのだ。
小鳳の目には、それがまるで女妖にでも変化する前触れの様にすら映っていた。
「くふふふ……大人しくしておれよ小鳳や。極楽を見せてやろうぞ、ふひひっ」
(く、食われる……!)
いつも以上に小柄とは思えない腕力に拘束されたまま、動く事もままならない小鳳。おまけに上半身だけとはいえ道着を奪われてしまえば、最早これから自身がどうなるかなど分からない筈が無かった。
そして蓮花はそのまま首筋へ唇を押し付けるように口付けながら、舐めとる様に舌を這わしていく。その感触で背中へと走る痺れは快楽か恐怖か。
小鳳にも分かり得ない物があったが、それでも抵抗しようとしていた。せざるを得なかった。
"師父"とは文字通り師であり、親代わりの父であり母である。そして小鳳は師弟の間柄だけではなく一個人としても彼女を敬っていたのだ。それだけにそんな相手を前にしてこの様な事を受け入れるわけにはいかなかった。
蓮花が己の体により近づき更に体を押し付けようとしたその瞬間。小鳳は崩れた重心を見抜き、練り上げた功を以て全身のバネだけで空中へとその身を舞い上げていった。己にしがみ付く師諸共。
そして天地逆になった所で、そのまま床へと頭を二人して強かに打ちつけていくのであった。
§§§
「あたた……瘤になっておるではないか……」
「うぅ……助かった……」
その攻防で一区切りが冷静になったのか、蓮花が水を被った犬猫の様に消沈していると、それを目にした小鳳もまた冷や汗と共に胸を撫でおろしていた。
そんな二人であったが、暫くするとどちらともなく視線を交じらせ笑みが浮かんでいく。
「いやはや全く、まさかこんな形でおぬしに負けるとは思いもせなんだ。立派になったのう小鳳よ」
「勝てたなどとは到底思えませんが……」
「何をいうか、わしが虚を突かれ技を受けたのも本当の話じゃ。それは誇るべきじゃろう」
「はぁ……」
先程までの雌獅子の如き様を潜め、いつもの師の笑顔を見ながら小鳳は困惑せざるを得なかった。
初めての勝ちがこのような痴話と技の曇った師から得られた勝利で良かったのかと。
しかしそれも師が言うのだから、と自分の中でも無理やりにでも納得をすることにしていく。
そして気になっていた疑問を彼は尋ねていった。
「……蓮花様は何故あの様な真似を為されたのですか?」
「何故とは妙な事を聞くのう。わし好みに育った果実を前にしたら、女としちゃ食いたいと考えるじゃろ」
「はぁっ!?」
あっけらかんと言ってくる言葉に対して素っ頓狂な声で叫ばずにはいられなかった。
「じゃろ、って、蓮花様は何を……」
「おや、小鳳やおぬしは女というものを知らぬのか? 男は皆、美しければ良いものじゃ。老いさらばえた者よりも若く色香のある者がよい。そして強く優れていればいるだけ、その胸に収めれば至上の悦楽となろう。まして、手塩にかけて育てた愛弟子の成長振りを自らの肌身に感じたいと思うのは当然の事ではないか」
「…………」
さも常識とばかりに話をしていく様子の蓮花だったが、幼き頃より彼女と隠棲していた小鳳にその内容は到底理解できる物ではなかった。
だが彼女からすればそれは何一つ間違った話ではなく、ただ純然たる事実であるからこそこうも平然と話していた。
どこか弟子の目が白けているのに気が付けば蓮花が問うように口を開く。
「そういえばおぬしは世間に疎いか……まあ今更という物でもあるが。小鳳や、母御はおぬしを連れ回している間は顔を隠させておらんかったか?」
「え? ああ……言われてみますと、はい」
蓮花に言われて小鳳が記憶を辿ると、村々を寄る時や町で商いするといった際に顔を隠させられてきた憶えが確かにあった。それも一度ではなく何度もだ。
そして理由はその都度様々であった。失礼にあたる相手だとか、出来物があるとか、顔が汚れて洗う暇がなかった等々。
その度に何かしらで顔を覆い隠されていったものだったが、そんな事もないのにと思いながらも言う通りにしていたのを、薄れてきた亡き母との小さな思い出から手繰り寄せていた。
しかし、確かにそういう記憶はあるのだが、小鳳はそれらが何を意味しているのか理解してはいなかった。
まだ子供だった故に、そして長らく人里で暮らしておらず世の道理に疎かった為である。
そんな小鳳に蓮花が溜め息を交えながら答えていった。
「それは周りの悪女どもに息子の美少年っぷりを見られぬ為じゃろう」
「……はい?」
蓮花の言葉を噛み砕けないのか小鳳が心底不思議そうに首を傾げていく。
「要はな、おぬしのその相貌が誰ぞに知れて、変に襲われでも拐かしでもされたら堪ったものではないと思っての事じゃ。まったくもって親としては至極当然と言っても良いじゃろう。でなければよろしからぬ者達が寄ってきたとしてもおかしくは無かったであろうからな」
「今、目の前にそのよろしからぬ者が居るような気がいたしますが……」
「ほう?言うではないか小鳳」
「いえ、何でもありません」
「あ~あ、まったく。本当に勿体ないのう……こんなに立派に育つのであれば弟子になどするんでなかったわ。そうであれば今頃おぬしとて諦めてわしを受け入れておったろうに……」
残念そうな表情を浮かべていた蓮花だが、ややあって小鳳へと視線を向けて来た。
「まぁよい。此度は見逃してやるが、次は負けぬから確と磨いておくのじゃぞ、技もナニもな?」
「いや何言っているのですか!?次なんて絶対ありませんからね!!」
小鳳が思わず声を荒げると、それにつられるように蓮花もまた声を張り上げた。
「ええい!往生際の悪い!わしの手管で女を教えてやるから大人しく抱かれんか馬鹿もん!そして次に町に下りる時に小娘共にわしの男だと刻み込んだのを見せつけてやるんじゃ!!」
「結局それかこの色呆け師匠!」
「おうおう!言ってくれるのう小童めが!」
二人の間で再度取っ組み合いが起こり始める。
しかし先程までと違いどこか和やかに、拳や技の応酬もなく、家族の戯れのようなじゃれ合いであった。