玄関を開けると、一気に不快感と熱気が襲ってくる。
「ふぅ⋯⋯あちい〜全くなんで日本の夏はこんなにも暑いんだ!」
「暑いって言わないでくれる? 私まで暑くなるじゃない!」
ムカつく。青葉にもこの気温にも。
「えーー? だってしょうがないじゃ⋯⋯
んえぇぇ!? ちょ! 何、日傘なんか差してるの!
ずるいじゃん! 私も入れてよ!!」
「うるさい、近づくな余計暑くなるだろ。それに私は日焼けしてるんだ、その対策をするのは当たり前だろ」
傘に無理やり入って来ようとする。どんな神経をしているのか。日陰を求める青葉を手で応戦する。絶対に入れさせない。
「あーん。そんなこと言ったら反論できないじゃんか⋯⋯」
青葉は変わらずいつもの調子。ムカつく。生ぬるい。はっきり言って爽快感などひとつも無い。私は肩にかけてた水鉄砲をぶっかけた。
「⋯⋯紅葉さん?」
水の滴るなんとやら。突然のことに驚いて顔を拭う青葉。
「何かしら? 暑いって言ってたでしょ? だから私が水をかけてあげたの。ありがたく思いなさい?」
「なるほどね。公園着いたら絶対泣かす⋯⋯」
「いいわよ。かかってきなさい、相手になるわ」
蛇とマングース。決して相容れない二人の戦い。今この時、戦いの火蓋は切って落とされた。
***
「到着〜!!さてさて⋯⋯紅葉? 先に水鉄砲やるか花火やるかどっちにする〜?」
先に着いたのは青葉から。ベンチに荷物を置いて振り返る。
「ゔおう!!」
塩素の香り。お世辞にもあまり良いとは言えない公園の水。髪から顔から滴り落ちる。
「も、紅葉卑怯だぞお前!」
着いて早々、空になったボトルに水を貯めていたらしい。いくら口で抵抗しても耐えやまぬ攻撃。無慈悲にも手加減はない。
「あ、あ、ちょ紅葉さん少し待って⋯⋯ちょっと!?顔ばっか狙うのやめて⋯⋯」
顔面にクリーンヒット。的確な速射に為《な》す術《すべ》がない。
「チッ⋯⋯」
いく千もの猛攻を耐え凌ぐ。しばらくすると攻撃が収まった。
「来た!! 紅葉〜? お前の水鉄砲はもう弾切れのようだな! 今の隙に水を補充させてもら⋯⋯!?!?」
チャンス到来。この隙を逃す訳には行かない。私はいち早く生命線の水道を取る。
蛇口に手をかけ勝利を確信した。これからは私が一方的にやる番だ。
⋯⋯? おかしい。なぜ紅葉はこちらに水鉄砲を構えているのだろう。弾切れのはず。あれ?そういえばさっきのと色が違うような⋯⋯
「青葉? 最後に言い残すことはあるかしら?」
照準を合わせながら言った。狙いばっちし。銃口が私の目線に合う。
「そ、そうっすねぇ⋯⋯て、手加減とかって⋯⋯してくれたりします?」
「ふっ⋯⋯それじゃ⋯⋯死んでちょうだい♡」
「あっ⋯⋯」
曇りなき笑顔。迫り来る水。その一発に撃ち抜かれた。
「ぐ、ぐぇ⋯⋯もう死んでるから⋯⋯も、もうやめてーー!!!」
いつまで経っても終わらない猛攻。私は白旗を上げた。
「ふぅ。楽しかったわね⋯⋯」
座り合ってベンチに腰を下ろした。
「そ、そうっすねぇ⋯⋯」
どこも濡れてない紅葉の服。なのに顔はとても涼しげな⋯⋯爽快感に溢れていた。
対する私は⋯⋯濡れてないところがない。身体が重い。
「空⋯⋯もう暗いわね⋯⋯」
「そうだねぇ⋯⋯はしゃぎすぎたねぇ⋯⋯」
夕焼け。カラスが鳴いた。
「⋯⋯そろそろやりましょうか。花火」
「おお〜待ってました」
袋から花火を取り出して選別する。
「とりあえず線香花火《せんこうはなび》は最後よね⋯⋯」
「そうだねぇ〜」
「置いてから離れる奴は⋯⋯よく分からないから手元で光るやつでやりましょうか。
んーー⋯⋯パチパチ光る、吹き出し花火⋯⋯」
パッケージを見てにらめっこ。次から次へと手に取っては目を細めた。
「⋯⋯よく分からないから適当につけてやりましょうか」
「なんだよ適当って〜」
紅葉らしくない軽い発言。色々見ていたのに分からなかったのだろう。私は珍しい紅葉を見て心から笑った。
「青葉⋯⋯」
「んー? どったのー?」
体は動かさずに、首だけ動かしてこちらを見た。
「火って⋯⋯どうやってつけよう⋯⋯」
「あっ⋯⋯」
二人してその事が完全に抜け落ちていた。嘲笑うかのようなカラスの鳴き声。額に汗が溜まる。
「コンビニでライターでも買ってこようか⋯⋯
すぐ近くにあるし⋯⋯」
「そもそもよく考えたら未成年だけでやっていいものなの⋯⋯?」
「⋯⋯」
入るとコーヒーの香りといつもの音楽が流れた。うだるほどの暑さが引くのを感じる。
「っしゃっせ〜」
「温めますか〜?」
「お願いします」
「わかりましたー」
「あ、箸二膳で」
「わかりやした〜ありがとうござっました〜」
再びベンチで腰を下ろした。
「結局、コンビニに行ったはいい物の。たこ焼きだけ買ってライターを買う勇気も火遊びする勇気もなく⋯⋯」
「⋯⋯なによ。文句があるならいいなさいよ」
「別に文句なんてないさ〜ただ、紅葉のドジっ子な姿が見れて満足しただけよ。
いや〜あの紅葉がこんなおっちょこちょいするなんてな〜明日は大雪かも⋯⋯」
「⋯⋯?!?! あっふぅーーーいい!!!!
な、なにふゅるのもみひぃ〜!!」
減らず口を叩いた罰だ。よく開いた口にたこ焼きを突っ込んでやった。
「うん。ちゃんと冷まさないと火傷するわね」
「お、お前ー!! 私で熱さの実験台にしたな! このやろう!」
「⋯⋯ほら怒ってないで食べなさいよ」
今度はちゃんと冷まして箸を向ける。
「え⋯⋯うん⋯⋯」
私が世話を焼いた事に少し動揺してた。でも大人しく。手塩にかけた、たこ焼きを口に入れた。
「私が食べさせたんだけど、美味しい?」
「熱くてよく分からないよ⋯⋯ばか⋯⋯」
日が落ちた。暗い公園には二人だけ。
「もうすぐ夏も終わりかね⋯⋯?」
「どうかしらね⋯⋯まだまだ暑いのは続くんじゃないかしら?」
「そっか〜それは嫌だねぇ⋯⋯」
「そうね⋯⋯もう少し過ごしやすくなってほしいわね」
何をするでもない。たわいない会話。
「星、綺麗だね⋯⋯」
「そうね⋯⋯」
昼間には見え隠れしていた星々も姿を表した。今日は特によく見える。
「ただそれより、貴方にそんな感性があったのに驚いたわ」
「ちょっとー!? 今いい所だったんですけど!?」
「⋯⋯」
「あ、無視ですか。そうですか」
もう手馴れたもの。私の無視やシカトにもいちいち反応しなくなった。
「⋯⋯帰りましょうか」
月が昇る。セミたちも心なしか静かになった。
「そうだね〜でも花火のリベンジは絶対しようね!!
ふん!!」
鼻息荒く、こぶしを握る。その姿勢。絶対にまたやりたい熱意が感じる。
「貴方は変わらないわね⋯⋯」
「んえ〜? それどういう意味〜?」
「さて、帰りましょうか」
「えー? ちょっと〜? さっきのはどういう意味〜? もー置いてかないでよ〜!!」
本音。いつまでも変わらない貴方に対する私の。でもそれは伝えない。私の胸にしまっておく。
「――ただいま〜」
「おっかー⋯⋯って貴方、何その格好?」
お母さんが起きていた。どうしよう⋯⋯傘に花火に水鉄砲に、なんて説明しよう⋯⋯