ドア越しに何度も嗚咽や鼻をすする音が漏れ出る。何度もドアノブに手をかけた。でもその度に唇を噛む。しばらくするとすすり泣く声が止んだ。
「⋯⋯紅葉入ってもいい?」
しばらく声はかえってこなかった。扉一枚挟んでも漏れ出る負の感情。ただ返事が来るのを待った。
「⋯⋯いいよ」
満を持して扉を開けた。沢山泣き腫らしただろう顔。いくら涙を拭いて取り繕ってもひと目でわかる。
「⋯⋯少しは考えはまとまった?」
「まぁ⋯⋯ほんの⋯⋯少し⋯⋯」
「そっか〜⋯⋯考え、聞いてもいい?」
どれだけ酷なことか。たかが数十分。どれだけあろうと気持ちの整理などつくわけない。けれども私はあえて聞いた。いくらでも待つ。紅葉の口が開くまで。
「⋯⋯まずはお母さんがどんな心境でこの数ヶ月を過ごしていたかって事。ほんとは私も気づいてた。学校に毎朝連絡してくれてたことも、私の気持ちを優先してくれてた事も。ただ私はお母さんに甘えっぱなしで変わろうとしなかった」
「うんうん⋯⋯」
ただ頷いた。否定も肯定もしない。ただ返事を返すだけ。
「後⋯⋯私にとって貴方がどれだけ大切だったかわかった事⋯⋯」
「うんうん⋯⋯え!?」
突然すぎる告白。何が起きただろう?紅葉がこんなことを言うなんて。開いた口が塞がらない。
「驚く事ないじゃない。貴方だって分かってるでしょ? 青葉が亡くなってそれから何も考えられなくて
毎日貴方が居ないことを思い出して泣いて⋯⋯」
「もみじ⋯⋯」
初めて伝えてくれた思い。ただそれが自分が死んだことで発覚した事実と、今この流れでそれを伝える驚き。複雑な心境が絡み合う。
「ただ、どんな事をしてまた私の前に現れてくれたのか分からないけど⋯⋯私はこの
【貴方に会えたから】
「奇跡かぁ⋯⋯別に私はそんなこと思って紅葉に......をかけたんじゃないけど⋯⋯まぁ紅葉がいいならいいか!」
「何よ⋯⋯変なやつ⋯⋯」
上手く聞き取れなかった。でもいつもの、能天気な笑顔。
「ふふふ⋯⋯それにしてもぉ〜? 紅葉が私にそこまでLoveだったとは〜? ほれほれ〜そんなに好きならキスの一つでもしてみぃ〜? ちゅぅぅぅぅ」
するわけない。そんなことは分かりきってる。いつもの冗談。目を閉じてこれ見よがしに唇を尖らせた。
「ふっ⋯⋯」
紅葉の鼻で笑う声。それが聞こえた。その時、何かが触れた。
「ん!?!?」
非常事態。すぐに目を開けた。
「ダメ」
視界が紅葉の手で隠された。広がるピンク。血色の良い手。温度が伝わる。
「ん!! ⋯⋯もみじ⋯⋯」
息ができない。苦しい。何が起きてるのか。口中に広がる感覚。それから解放された時、おもむろに息を吸った。
「青葉⋯⋯私気づいたの。これが恋の好きなのかはまだわかんないけど、私は貴方が好きってことが。
だから私も青葉⋯⋯貴方には
出会って十何年。私の知らなかった貴方がまだ居た。
「ふふっ⋯⋯あははは笑
覚悟しててね⋯⋯それは私のセリフ。紅葉が言ったんだからその言葉取り消しちゃダメだからね⋯⋯?」
「当たり前。私の方が貴方のこと色々思ってる事教えてあげるから⋯⋯」
「そっか⋯⋯それは楽しみ⋯⋯」
互いの思いを賭けた見えない戦い。二人とも鋭い眼光でお互いを見る。ただこれはいつもの。小さい小競り合い。思いが通じただけで何も変わらない。現に今も二人の手が重なり合う。
「ねぇ? 青葉?」
「なに? 紅葉?」
「私⋯⋯頑張って学校⋯⋯行こうと思うんだ」
「え! ほんと!?」
余程嬉しかったのか。ベッドから飛び起きた。
「うん。ただ、私一人だと無理⋯⋯だから。貴方も一緒に来て欲しい⋯⋯」
震えた声。勇気を振り絞ったんだろう。手にも伝わる。
「何今更言ってんのよ⋯⋯当たり前じゃん!私たちはずーっと⋯⋯」
「そっか⋯⋯嬉しい⋯⋯」
大事な所がすぐに出なかった。でも私の返事に安心したのか、震えも収まった。
「でも紅葉? まずは勉強だよー? 夏休み明けにテストあるから、まずはそれに向けて頑張ろ?」
「うぅ⋯⋯もうばか⋯⋯今ぐらいはそんなこと言わなくてもいいじゃん⋯⋯」
忘れていたのか、少し苦い顔をしながら布団を被った。ただ、そんな顔の紅葉がとても愛おしい。
「ごめんごめん。でもホントのことだから⋯⋯ね? 許して?」
「⋯⋯ん!!」
拗ねたのか少し黙り込んだ。でもこれをしたら許す⋯⋯そう言わんばかりに。毛布を脱いで手を広げて訴えてきた。
「わかったよ⋯⋯」
私は吸い寄せられるように紅葉を包み込んだ。もう離さないと言わんばかりに、背中が締め付けられる。
「青葉⋯⋯?」
「なに?」
「好きだよ⋯⋯」
「⋯⋯私も紅葉貴方が好きだよ」
「そっか⋯⋯」
目を閉じる。今夜、それ以上の会話は無かった。ただ、心はとても満たされた。言わなくても通ずる。
紅葉の夜は随分と静かだった。