煙が上がる。ガスコンロに炙られて焼ける匂い。フライパンと五徳《ごとく》が擦れる。包丁で切る度に台所に響く音。
「お母さん⋯⋯私学校行ってみようと思うんだ」
料理する母に背中越しに伝えた。面と向かっては言える自信がなかったから。
「お!? なんだ〜? 急に?」
突然の告白に母の手が止まる。換気扇と油の跳ねる音。
「まぁ⋯⋯少しずつ⋯⋯頑張ってね」
途切れ途切れに。それだけ言って手を動かし始めた。背中しか見えない。ただ、どことなく、先程ほど手が軽そうだった。
「言えてよかったね!!」
隣に座って大人しく聞いてた青葉。ただ、私がそれを伝えられた時、自分の事のように喜んでくれた。
「そうね⋯⋯でも貴方が居なかったら無理だったわ」
本心。思ったことを口に出しただけ。
「な、なんか紅葉昨日からズルい⋯⋯」
青葉は髪をいじりながら答えた。視線を下にして顔を合わせないように。
「何を言ってるの?」
「なんでもない!! 今の聞かなかったことにして!!」
変なやつ。顔を赤くしちゃって。
「まぁ、いいけど⋯⋯」
それからすぐ、料理が運ばれてきた。心なしか、いつもよりご飯が進んだ。
「んーーー⋯⋯ご飯食べた後って眠くなるわよね⋯⋯」
部屋に戻って早々、私はベッドに倒れ込んだ。
「もー紅葉? ご飯食べた後すぐ寝ると牛さんになっちゃうんだよ? それに勉強するんでしょ〜? 早く起きなさい!」
珍しく、私の腕が引っ張られた。いつもの青葉と逆の立場。
「はぁ⋯⋯やるかぁ〜」
青葉の手を借りて起き上がった。勉強机に座り、溜まったプリントに手を伸ばす。
(うんうん〜紅葉が勉強始めたな〜
私は紅葉の邪魔をしないように静かにせねば。
なにしよう⋯⋯とりあえず漫画でも読むか)
邪魔をしないように。静かに過ごす。
ページを開く紙の音。何かを書く筆の音。それだけしか聞こえない。
(んー⋯⋯漫画も面白いけどなんか違う。ただ紅葉の邪魔は出来ないし⋯⋯なんか動画でも見るか〜
ん? ロック画面。
ふふふ⋯⋯紅葉のスマホロックは知っているのですよ。解除かいじょ〜)
この時、脳に電流走る。
(⋯⋯待てよ? 今なら紅葉のスマホ履歴、調べられるぞ? もしかしたらあんなものやこんなもの⋯⋯)
悪知恵だけがはたらく。早速中身を覗き見る。
(⋯⋯全くもってつまらない!!
よく分からない難しそうな小説の本とか可愛い動物系の画像とかぐらいしかねぇぞ!!
そういえば紅葉、家では私との通話か勉強ぐらいしかやってないって言ってたっけ⋯⋯)
思い返す昔の日々。この家に居座って数日、紅葉がスマホを触る場面が数えるしかないことを。しかもそれのほとんどが紅葉ママとの連絡だと。
(いや! 否!! 動画の方にはあんなことやこんなことあるに違いない!!)
変な方に火がついた。だいたい察しがつくであろう。しかし諦め切れない。
(⋯⋯びっくりするぐらい動画見てねぇ⋯⋯
それにほとんど私が紹介したやつだし。
な、なんだこいつ!ほんとに現代人の若者なのか?)
薄々感じていたこと。
(もしかして紅葉って⋯⋯いやいやいや!そんな訳ない! そんな訳⋯⋯ない⋯⋯よね?)
事実はどうであれ、無理やり頭で否定した。“へん”の二文字。
(ふぅ⋯⋯やること無さすぎて虚無虚無プリンちゃんだぜ⋯⋯)
意味も分からない思考が脳を支配し始めた時。
「寝るか⋯⋯」
最後の手段に出た。
「んーーー⋯⋯休憩しようかしら」
腕を上げ背筋を伸ばす。首を向けてベッドを見た。
「寝てる⋯⋯青葉が起きるまでにもう少し進めましょうか」
口を半開きにして眠る姿。それを見て再び机に向き始める。
「ん⋯⋯」
机の電気に照らされて。目を開けるとまだ机に姿が見えた。
「とう!! 紅葉ぃ〜? 勉強の様子はどう〜?」
飛び起きて。肩に手を置いた。
「あら起きたの? 勉強はまぁまぁってところかしらね。とりあえず今日はもういいわ。疲れたから」
「そっか〜おつかれ! 紅葉!」
そう言って。静かに後ろから首を手を回して、
「んーー!! 癒されるぅ⋯⋯」
抱きついた。
「何してるのよ⋯⋯」
「いや〜実はむちゃくちゃ暇で、紅葉と早く喋ったり抱きついたりしたかったのよぉ〜」
触れなかった時間を回収するように。顔を押し当てる。
「そう⋯⋯実は私も何度も寝てる貴方の方を確認してたわ。なんだか少し寂しくて」
「も、もみじ⋯⋯えへへ〜私たちお互いの事好きすぎでしょ〜」
最近素直になった紅葉。思いを隠さず伝えてくれる。温かい。
「そうね⋯⋯私は青葉が好きで。青葉は私が好きだから。その通りだわ」
私の手を掴んで、目を見て伝えてきた。こんなにも直接、胸の内を。
「全く⋯⋯昨日から紅葉には叶わないや。ずーっとドキドキさせられてる⋯⋯」
多分。今なら拒まない。毎回否定でされてきたことでも。髪をかき分けて、服を少しずらして。露出した首、ここに後をつけても。
「紅葉! 今夜寝る時覚悟してね!! 昼間暇だった分それを取り返すぐらいくっついて寝てやるからな!!」
その事には触れない。紅葉自身も。
「⋯⋯なにそれ。いいわ望むところよ。私だって昼間の分の想いを貴方にぶつけてやるわ!!」
「そっか〜⋯⋯寝る時が楽しみだね!」
思いは一緒だから。
「紅葉ー! ご飯出来たぞー!!」
聞こえてくる母の声。
「行こっか⋯⋯」
「そうね⋯⋯」
もう何も言わずに。繋いだ手。同じ歩幅で。歩き出す。