「⋯⋯ただいま〜」
玄関を開けると、明るさひとつない、暗闇と静寂に包まれた家。だけど私は安心感で満たされた。
「ふぅ〜帰ってきたぜ!」
鍵を閉めて電気をつけた。
「⋯⋯何してるの?」
入口に、うつ伏せで全身を伸ばす青葉。ピクリとも動かない。
「玄関マットのモノマネ」
「⋯⋯幽霊も疲れるのね」
靴を脱いで、邪魔な青葉を踏みつけて部屋に上がった。
「どりゃぁ〜!」
入って早々、ベッドに飛び込む青葉。
「はぁ⋯⋯このままふかふかのお布団で寝転びたいぜぇ⋯⋯」
「寝転ぶ⋯⋯寝転ぶ⋯⋯猫が寝転ぶ?」
ベッドでだらける青葉を見て何故だか猫が浮かんだ。
「ん? なんか言った〜?」
「何も。それじゃ私お風呂入ってくるから」
クローゼットを開けた。
「うし、私も行くぜ!紅葉の背中流してあげるよォ〜」
嘘臭い⋯⋯辛気臭いような声。
「何よ気持ち悪い⋯⋯何企んでるのよ」
「何も企んでないよぉ〜
今日随分酷いことしたからやり返そうなんて思ってないよォ〜」
「はぁ⋯⋯もう好きにして⋯⋯」
勢いよくクローゼットを閉めた。
栓をして、蛇口を回した。
「お風呂沸くまで時間かかるわよ」
「了解だよ〜」
リビングでテレビを見ながら返事する青葉。
「さて、お風呂沸くまで何しましょ⋯⋯」
「はいは〜い!! 私とイチャイチャするのがいいと思いまーす!」
手を挙げて、これでもかと主張してくる。
「⋯⋯」
とりあえず変な主張は無視して考える。
「おーーい紅葉?
もみじぃ? もみじぃ⤵︎ ︎? もみぃ⤴︎︎︎じぃ⤵︎ ︎?
もっしもーーし?紅葉さぁ〜ん?」
「よし⋯⋯」
耳に入る雑音をシャットダウンして。決めた。
「やっと私とイチャイ⋯⋯」
「課題やりましょ」
青葉の真横を通って、私は二階に上がった。
「⋯⋯エ?」
テレビの声。上から聞こえる床の軋み。ただ一人置いてかれた事実。
「な、なるほどね? 私よりも課題を優先するのか⋯⋯これは『
机の上。課題を広げた時、スマホの音がなった。
「ん? 何かしら⋯⋯お母さん?」
「紅葉学校お疲れ様! なんか食べたい物ないか? 何でも買ってくぞ〜? 作って欲しいものでもおっけー
何か思いついたら連絡入れてください」
「食べたい物か。うーーん⋯⋯お寿司でお願いしますっと」
返信。すぐに既読が付いた。
「あ⋯⋯青葉に聞いてないや⋯⋯まぁ大丈夫か」
スマホを置く。途端にまた鳴る。
「ん? 今度はなに?」
「紅葉さん今日はほんとにありがとうございました。(顔文字)
初めての友達が出来てとても嬉しいです。(顔文字)
友達とのファミレスも初めてでとても楽しかったです。(顔文字)
また明日おしゃべりしたいです!! いちごより」
「色々凄いわね⋯⋯あの子⋯⋯」
なんと癖の強い、文章から浮き出てくるいちごの雰囲気。
「こちらこそ今日はありがとう。また明日学校で話しましょ。貴方の事もっと知りたいわ。
⋯⋯こんなものかしら?
私も青葉以外の友達なんて居ないしどうしたらいいか分からないわね⋯⋯」
疑いながらも送信ボタンを押した。するとすぐ返信が来た。
「はい! こちらこそ! (顔文字)
紅葉さんの事よく知りたいので教えてください! (顔文字)」
「⋯⋯友達とのやり取りってこんなものなのかしら?
青葉とはどんなやり取りしてたかしら⋯⋯」
止まったままの日付。昔を振り返る。
「そうね」
「梅雨入りだってさ〜嫌だね〜」
「通話」
「ねぇ紅葉!! 宿題終わんない! 助けて!help!!」
「時間があったら見るわね」
「紅葉! 面白い動画見つけたよ!!」
「そう。良かったわね」
「ねぇ紅葉! 今日でっかいカエルが居た!」
「こんな会話しかしてなかったかしら⋯⋯? そういえば青葉どこ行った?」
思い返せば姿が見えない。お湯もそろそろ溜まってる頃か。私は部屋を出た。
「青葉〜? 何してるの?」
リビングの扉を開けた。テレビの電気は消えていて、姿はない。
「⋯⋯何か変なことしてないわよね⋯⋯?」
お風呂場、水道の勢いのある音が聞こえる。
「そろそろ溜まったかしら?」
扉を開けた。立ち込める霧。人影が浮かぶ。
「青葉? 何してるの? お風呂のお湯貯まった?」
どんどん見えてくる姿。
「あなた⋯⋯なにしてるの⋯⋯?」
「ふははははは! 我はお風呂の門番である!
湯船に浸かりたくば私に体を洗われるがいい!」
思わず扉を閉めた。
「⋯⋯これは夢かしら⋯⋯?」
シャンプーハットを頭に被り、肩に私のボディータオルをかけてた気が⋯⋯
片目ぐらいの隙間を開けて再び中を覗き見る。
「ふははははは! 我はお風呂の⋯⋯」
「⋯⋯よし、今日入るのはやめておこう」
思いっきり扉を閉めた。中の青葉が出てこないように。
「ちょっとまてーーい! 早く入ってこいや!?」
忘れてた。頭だけをすり抜けて文句を言ってきた。
「⋯⋯で私は何をすればいいのかしら?」
大人しく、お風呂に入ることにした。
「言ったであろう! お風呂に入りたくば私に体を洗われろとな!」
悪者ぶりたいのかなんなのか。シャンプー片手に脅してくる。
「そう? 洗ってくれるならありがたいけど。じゃあよろしく」
「⋯⋯え? ほ、ほんとに?」
「ほんとよ。早く洗いなさいよ」
「あ、はい⋯⋯それじゃこの椅子に座って⋯⋯」
多分、ほんとに洗う気なんてなかったのでしょうけど、私からしたら断る理由なんて無い。
「ねぇ紅葉?」
「なに?」
「私、紅葉が嫌がる姿を見て楽しもうと思ってたのになんで私、髪洗ってるの?」
「私に聞かれても困るわよ。それに嫌ならやらなくても⋯⋯」
「やります!! やらせてください!!」
手が止まる。多分、後ろでは真剣な顔で頼み込んでる青葉の姿が見えてくる。
「私、貴方に引いてるわよ⋯⋯」
「紅葉の毛の一本まで私は愛してるんだぜ〜?
それに紅葉に触れるならなんでもやるさ!!」
「⋯⋯」
さすがに重すぎる愛に顔をしかめた。
「さて、洗い終わった⋯⋯それじゃ流すぞ〜」
メガネが流れないように、手で抑える。降りかかるお湯。
「おっけぃ! 次は〜リンス〜ぺたぺた〜よし!
それじゃ⋯⋯つ、つ、次は体洗っちゃおうカナ!?なんて⋯⋯」
鼻の下を伸ばしながら私の顔をうかがう。
「⋯⋯洗うだけよ。変なことしたら水に沈めるから」
「へへっ⋯⋯それじゃ許可もでたし、それじゃ失礼します!」
香るボディソープの匂い。泡立てる音が聞こえる。
「ど、どうですかぁ? 嫌じゃありませんかぁ?」
「⋯⋯?」
(何かいつもより感触が変な気がするけど⋯⋯洗われてるから?)
「ええ⋯⋯いい感じよ」
「良かったですぅ///それじゃ進めますねぇ⋯⋯ん♡⋯⋯あ♡」
背中に伝わる荒い吐息。時より聞こえる変な声。
「あのさ⋯⋯」
「ん? どったの紅葉ぃ///」
「貴方さっきから変だけ⋯⋯ど⋯⋯」
後ろを振り向くと全身泡まみれの青葉。異様なくらい。腕に当たる感触。
「な、何やってるの!?!」
「何って⋯⋯? 体洗ってるだけだけど?」
「ちがっ⋯⋯!? 貴方どこで洗ってんのよ!!」
「えーー? どこって、私の胸だけど⋯⋯」
「なっ! なにして⋯⋯」
すぐに腕を引き抜いた。泡のおかげか、すんなり抜けた。
「んもぉ〜! ガタガタ言ってないで、私に洗われたらいいの! わかった?」
密室。逃げ場はない。椅子に座っていた私を押し倒した。椅子が倒れ、響き渡る。
「ちょ⋯⋯どきなさいよ⋯⋯」
隅に追いやられた。押し乗ってくるのをなんとか抵抗する。
「だから大人しくしろって⋯⋯」
「ん⋯⋯!!痛っ⋯⋯ちょ⋯⋯青葉やめ⋯⋯」
暴れ回る私にイラついたのか、首元に歯を立てて思いっきり。痛さと恐怖心で私は一歩も動けなかった。
「ん⋯⋯はぁ⋯⋯くっきり後ついちゃったね⋯⋯」
私を噛んだ後、次は首を掴んで。上から見下ろした。
「紅葉が私の言うことを背く度に⋯⋯体に跡つけてあげるよ⋯⋯
次はどこに付けようかな⋯⋯また首がいいかな? それともみんなから見える腕とか⋯⋯
見えない所にすっごいの付けてもいいかも〜!
ねぇ? 紅葉? 次はどこにつけてもらいたい?」
蛇に睨まれたカエル。目に涙を浮かべて見上げるしか出来ない。
「あはっ⋯⋯最高だよ紅葉。どこまで紅葉が耐えれるか⋯⋯楽しみだね♡」
流れ落ちるお湯。
「はぁ⋯⋯湯船に浸かると気持ちいいね紅葉⋯⋯?」
「⋯⋯」
私の背中に抱きついて。逃げられないように。
「紅葉? まだ拗ねてるの? ごめんて⋯⋯
でも紅葉も悪いんだよ? だって⋯⋯紅葉が可愛くてつい、イタズラしたくなっちゃったんだから⋯⋯ね?」
「⋯⋯」
意味の分からない言い訳を並べる青葉に対して、私はただ黙り込む。
「ただいま〜!! 紅葉帰ったぞ〜!」
玄関から聞こえる。
「ん、紅葉ママ帰ってきたんだ。そろそろ出ようか⋯⋯?」
「そうね⋯⋯」
耳元で、言われた通りに。自分一人では抜け出せない。檻の中。