「うーーし授業始めるぞ〜あれ? 紅葉の席空いてるな⋯⋯? 今日休みだったか?」
「さっきの授業いましたよ」
「あれ〜? 紅葉どこ行ったんだろう?
うーん⋯⋯まぁそのうち戻ってくるだろ。
先に授業始めちゃうか
えーーそれじゃあテキスト――ページを開いて――」
先生の問に答えたクラスメイト達。チャイムが鳴り、授業が始まった。
(紅葉さん⋯⋯どこ行っちゃったの⋯⋯)
隣の空席を見るいちご。すると、外の景色も目に入った。空に浮かぶ黒い影。
突風に煽られ髪が強くなびく。
九月に入ったこの頃、少しは涼しくなるかと思いきや何も変わらない。それどころかもっと暑くなっている気がする。
今日もそんな何も変わらぬ日常。太陽に暑いと文句を言いたくなるような日だったが、さっきまでの青青とした快晴の空がいつしか黒い雲に覆われた。
「はぁ⋯⋯」
鼻を真っ赤にしながら何度もすする青葉に、ポケットティッシュを手渡した。
「ん、ありが⋯⋯」
「⋯⋯?なにしてるの」
受け取ろうと手を伸ばした時、動きが止まった。
「ん!!」
何も言わずに。キラキラ輝く鼻下を前に出して、アピールする。
「え、嫌だけど⋯⋯汚いし」
「んーもう!!」
拒否した途端、奪い取るように私の手からティッシュが消えた。
「いいかい? いい恋人っていうのは女の子にハンカチを差し出せる人と、恋人の鼻をかんであげれる人なんだよ? わかった?」
鼻をかみながら流れるように変なことを。
「何言ってるのよ。聞いたことないわ」
「全く⋯⋯紅葉ったらそんなことも分からないなんて!! 」
ガミガミと、ぶつぐさ文句を言い始めた。
「で、いい加減話してくれないかしら」
それを遮るように、青葉の涙を拭いた。
「ふーーーんだ! もっと甘やかしてくれたら喋って上げないこともないよ?」
「貴方ねぇ⋯⋯さっきまでの心配返して欲しいんだけど⋯⋯」
突然、何かが跳ねる音がした。
「ん?」
青葉にも聞こえたようだ。
徐々に激しく聞こえる。
「な、なんの音?」
たまに、何かが弾けるような。
「ひゃっ!!」
突然、首になにか当たった。
「なにこれ水⋯⋯?」
拭うと水滴のような⋯⋯
「わ! やばいよやばいよ!! これ夕立だよ!!
紅葉急いで中に⋯⋯グハ?!
な、何? なんか当たって⋯⋯」
ものすごい勢いで、地面に白い塊が弾け飛ぶ。バチバチと音を立てて。
『ん?これ雹《ひょう》じゃねぇか!?
紅葉! 怪我する前に早く中に⋯⋯
アベヂッ⋯⋯(後頭部に一ヒット)
も、紅葉はやく中に⋯⋯ビジッグ(頬に二ヒット)
も⋯⋯紅葉私を置いて早く⋯⋯行け⋯⋯
ボジッバ(おでこに三ヒット)』
雹の嵐。次々と振る塊に撃ち抜かれた。
「うへえ⋯⋯雹《ひょう》にいいのもらったぜえぇぇ⋯⋯」
そう言いながら、大きな物音立てて倒れ込んだ。
「なに遊んでんのよバカ青葉! 早く立ち上がりなさいよ!!」
襟首を引っ張って引きずる。ジリジリと地面と音を鳴らした。
「ま⋯⋯全く酷い目にあった⋯⋯」
目の前が見えない程の大雨に晒されて、身体中から水が流れ滴る。
「んもう!! いつまで倒れてるのよ! 起きなさいよ!! 早く起きろバカ!」
「んひゃあぁ⋯⋯はっ!? ここは!
おう⋯⋯【びっく⋯⋯まうんてん】」
暗闇から揺さぶられてた時、私の名前を呼ぶ声がした。
「たゆんたゆん⋯⋯揺れてますねぇ⋯⋯
それに透けてて、とてもえっちですねぇ⋯⋯
もしかしてこれが天国てやつなのでしょうかぁ⋯⋯
最高じゃない⋯⋯
目の前にあるなら触らない訳には行かないでしょ⋯⋯」
下から鷲掴みにするように、手を伸ばす。
「⋯⋯これが桃源郷。私の捜し求めていたのはこれでしたァ⋯⋯」
触れた場所は湿っていて冷えていた。ただ、片手では収まりきらぬ大きさ。下から支えた時の重み。全てを堪能しようとしたその時。
「イタッ!?」
ひたいに痛みが走った。思わず起き上がる。
「あんたねぇ⋯⋯さっきから何してんのよ⋯⋯」
振り向くとよく見知った顔。怒りを通り越して無。目だけを大きく見開いて、声から殺気が漏れ出る。
(あっ⋯⋯わりぃ俺死んだ。幽霊でも死ぬとかあるのかな⋯⋯)
紅葉の激おこな顔に走馬灯が見えた気がする⋯⋯
「貴方絶対変なこと考えてるでしょ。もう⋯⋯」
私は倒れ込むように青葉の膝に頭を置いた。
「えっ!? 紅葉さん!? どうしたのぉ!?」
「うるさい⋯⋯膝ぐらい貸してよ⋯⋯」
「うぇっ!? いいけど⋯⋯ (どうしたんだろ紅葉、こんなこと初めてだけど⋯⋯」
滅多にない状況に頭を悩ます。
バチバチと。階段下に響く音。
(うーーん⋯⋯? ほんとにどしたんだ紅葉?)
勢いよく扉に当たりバン! と鳴る。
(私との会話で呆れて何も言えないとか⋯⋯?)
嫌でも聞こえる音。
(ったく雨うるせぇよ!! 集中出来ないだろ!!)
「⋯⋯雨? もしかして紅葉雨怖い?」
「⋯⋯」
肩を震わせて。膝を抱えて、手を息で温めて。耐え凌ぐ。
(何やってんだ私!! 紅葉が雨ダメなことぐらい知ってただろ!!
あぁ⋯⋯こんなに雨でびちょびちょになって⋯⋯
私が馬鹿みたいなことやったせいで⋯⋯)
「ご、ごめん⋯⋯紅葉⋯⋯私のせいで」
「ん〜もう⋯⋯なんでまた泣いてるのよ⋯⋯」
落ちた涙が私の頬を伝った。体勢を変えて上を向く。
「だ、だって私のせいで紅葉が雨に濡れて⋯⋯
紅葉雨嫌いなのに⋯⋯私が⋯⋯」
「はぁ⋯⋯バカね」
両手を腰に回した。
「私が勝手にやったことなんだから貴方が気に病むことなんてないわ。
放置でもして風邪でもなったら困ると思っただけよ」
「ありがどう゛」
「まったく⋯⋯貴方の涙でもっと服濡れちゃうじゃない⋯⋯」
「ごべーーん゛!!」
「もう⋯⋯青葉落ち着いて⋯⋯」
私は青葉の足の上に乗って、胸を押し付けた。
「青葉聞こえる?」
「んえ? な、なにが」
「いいから静かに⋯⋯」
耳をすました。鳴り止まない外の音。それにかき消されるほど微弱⋯⋯だけど聞こえた。紅葉の。
「心臓の音が聞こえる⋯⋯」
「動物とかペットって飼い主の心音が好きらしいの。
それを聞いて感じると安心するらしいわ」
「そうなんだ⋯⋯」
紅葉の生きてる証。何度聞いても聞き飽きない。それどころか毎回愛おしく思う。
「青葉⋯⋯貴方が何で悩んでいているのか。
なんとなくだけど分かる。
ただ、私は分かるだけでその不安を取り除ける程の器も人間性も何もかも足りてないわ。
ただ、そうね⋯⋯これは前も言った気がするけど、
私はずーと貴方のそばに居る。貴方の手を離さない⋯⋯だから⋯⋯」
外の雨の音より遥かに小さい紅葉の心音と声⋯⋯
だけど私はそれ以外の音が耳に入らなかった。
目を閉じれば⋯⋯雨の音さえ聞こえない。
子鳥のさえずりが聞こえる。
いつ頃だろう、もう雨の音もしなくなっていた。
屋上の階段⋯⋯窓越しに陽の光が私たちを照らす。
「いつの間にか雨⋯⋯止んでたね⋯⋯」
「そうね⋯⋯気づかなかったわ」
紅葉はそう言って立ち上がり、扉を開けた。
「青葉見て!!」
「ん? どうしたの? わ⋯⋯すご⋯⋯虹だ!」
さっきまでの空が嘘だったように、晴れ渡る空。眩しいぐらいに照らされて、辺り一面虹がかかった。
浮かれて喜んでる青葉の瞳に、空の模様が映し出されていた。
「すげぇ雨だったけどすぐ止んじまったなぁ⋯⋯
お? 虹かかってるぞ?」
先生の言葉に、一斉に立ち上がったクラスメイトたち。
「わ!! すごい!!」
「でっけぇ!!」
「俺も今まで見た虹で一番綺麗で大きいかもなぁ」
学校が終わるチャイムの音。
「お? ちょうど授業も終わったなぁ⋯⋯
それにしても紅葉のやつどこいったんだ?」
「綺麗だねぇ⋯⋯」
「そうね⋯⋯」
「私たち今虹に一番近いところに居るんじゃないかな」
「かもしれないわね」
屋上にまで聞こえる生徒たちの声。
「あ⋯⋯授業終わったんだ⋯⋯」
「そうみたいね⋯⋯」
「紅葉大丈夫? 授業途中で抜け出しちゃったけど⋯⋯」
「大丈夫よ。けど、万が一怒られたらその時は一緒に居てよね」
「うん!! 任せてよ!!」
外から帰りの話し声が聞こえる。
「私たちも帰りましょうか⋯⋯」
「そうだね!!」
目の前に見える美しい景色に名残惜しつつも私達は扉を閉めた。
「先生に見つからずに帰りたいわね⋯⋯」
「わーー紅葉ワル生徒だ〜」
「誰のせいよ⋯⋯」
「えへへ⋯⋯ごめんちゃい♡」
「可愛くしてもダメよ」
「え〜? ダメなの〜? てか紅葉私のこと可愛いと思ったんだぁ〜」
「馬鹿なこと言ってないで行くわよ」
差し出した手。
「は〜い!」
握り返された手。互いに歩き出した私達はあの空より晴れ渡っている。