「紅葉ぃ〜もう海いいのぉ?
せっかく来たんだからもう少し楽しもうZE☆」
サングラスをかけて右手に水鉄砲。浮き輪を巻いて明らかに楽しむ気満々だ。
水鉄砲を空に放ったり、そこら中お構い無しに撃っている。
「私水嫌いなのよ⋯⋯」
いつからだろう⋯⋯? 水が嫌になったのは。海もそうだし、プールもだし雨もだし、基本的に濡れることが苦手だ。
「知ってるよぉ〜雨の日に濡れて、風邪ひいてから嫌いになったよね〜それまでよくこんなことして遊んでたのに」
「⋯⋯?」
(そんな事あったかしら?私の記憶には無いのだけど⋯⋯まぁなんでもいいわ。とりあえず、)
「水鉄砲を私にチョロチョロ打つのやめなさい」
遠慮なく私の顔面めがけ発射してくる。滴り落ちる水で服がびしょ濡れだ。
***
海を出て目的地へ向かう。
「着いたぜ!! お目当ての水族館〜どーする〜? 紅葉が見たい生き物三時から四時だけど、今まだ二時だよ〜? それまでご飯食べる〜? それとも見てる〜?」
「うーん⋯⋯」
(顎に手を乗せもう片方は胸の下に⋯⋯これはまさに考える人のポーズ! 紅葉、いつにもなく真剣ですなぁ⋯⋯そんな姿もイイ! 紅葉の考えてる姿、むちゃエロい! 横から見ると強調されてる胸部! とてつもなく飛び出てまっせ! それに眼鏡と横顔完全に映えてまっせ! オマケに首筋から垂れてる汗。えへへへ⋯⋯これは堪らないなぁ⋯⋯今のうちに写真撮っとこう!)
フラッシュライトがチラつく。シャッター音が何度も耳に入る。
「決めたわ。見て回りましょう」
「りょうかいだよ〜! それじゃ〜未知の生物たちの元へ出発〜」
水族館へ入るとエアコンの涼しさが肌に感じた。そして外とは一変した水族館の匂い。まだ入口でそこまででは無いが未知の探究心をくすぐられる予感がする。
「おーーー暗くてお魚さんがいっぱい居る。なんか、えっちだな⋯⋯」
「貴方なら絶対言うと思ったわ⋯⋯頭の中でいつもそんな事思ってるんでしょ?」
(紅葉の言う通り私の頭の中が『それで』沢山なのは間違っては無いが⋯⋯今回に関してはお前で興奮した! なんてさすがに本人には言えない。さてどうしようか。⋯⋯いや、案外なんとかなるか?)
「ふっふっふー! よく分かってるね紅葉君。それじゃあ早速⋯⋯」
紅葉は私が何かを言い切る前に頭を掴んできた。
「ほぇ〜?」
その時の私は思いもしなかった。まさか紅葉があんなことをするとは⋯⋯
「何でもかんでも変なことに結びつける子にはこれがお似合いよ⋯⋯」
私の頭を掴んだまま水槽の魚達の所へ近づいてく。
「ちょ、ちょっと待ってください紅葉様? まさか⋯⋯違いますよね? 違うと信じますよ私! ねぇ! ちょっと違うって言って!? ちょ、ちょっ()」
私の命乞いは紅葉の耳には入らなかったようだ。一歩一歩水槽越しの魚が迫ってくる。ここから先は何があったかは言わないで置く。否、思い出したくないのである。
水槽に入っていた小魚達を抜けたら次は明るいところに出た。
「明るくて⋯⋯縦長の水槽に入ってるんだ。クラゲちゃん浮かんでる⋯⋯」
紅葉にしては珍しく語彙力が無くなって子供のような感想が出てくる。
「そうだねぇ〜ぷわぷわ浮いててまるでおっぱ⋯⋯」
それを言う前に髪の毛を掴まれた。
「ちょ、ちょ紅葉様違うんです! 口が滑ったんです
許してくださいもうしませ((」
二度ある事はなんとやら。水槽の中に黒くて長い触手が浮かんだ。
「紅葉〜? そろそろいい時間だけどお目当てのところ行く?」
「⋯⋯」
返事がない。
「ん? どうしたのもみじ⋯⋯!?」
紅葉の方を振り向く。するとそこには顔が真っ青な⋯⋯無言のまま手その場で立ち尽くしたまま何も喋らない。紅葉が居た。
「ちょ、あんた!? どうした大丈夫かよ!?」
「よ⋯⋯」
「よ? 何よ!!」
「酔った⋯⋯」
顔面蒼白、一言も喋れない、目が死んでる。これ以上何も言うことは無い。
「!!??」
「お、おいおいちょっと待て⋯⋯我慢できるか⋯⋯?」
「――」
沈黙。それが答え。
「ふぁあぁぁ⋯⋯」
紅葉の様子を見てタイムリミットはもう無いと悟《さと》った。あまりの急な展開に私は思わず出したことのないような声が出た。
「紅葉! 少し我慢してね!」
私はすぐさま紅葉の手を引っ張った。
「ちょーっと皆さんどいてくださーーい! 見えないし、聞こえてないとおもうけどねぇ!」
猛ダッシュの最中無言の紅葉を見た時はもうダメかと思った⋯⋯けど、なんとかトイレに駆け込めた。
「はぁはぁ⋯⋯ウッ⋯⋯ヴッ⋯⋯」
激しい息遣いと嗚咽。滝のように口から流れ出す。気持ち悪さと胃が締め付けられる不快感。
***
「も、紅葉大丈夫か?アイス買ってきたけど食べるか?」
出すもの出した私は外のベンチに寝そべりながら空を見ていた。青葉が言うには死人と見間違いそうになるほど全身真っ青な色らしい。
「貴方それどうやって買ったのよ⋯⋯」
「!? ヒュヒュピュー」
声に生気がこもっていない。辛そうな声で喋りかけてくる。全く⋯⋯なぜそんな状態なのに勘がいいのか。口笛を吹いて誤魔化そうとしたが紅葉にはバレバレだ。
「お、お金は置いてきたから⋯⋯」
「はぁ、全く⋯⋯」
紅葉は呆れたようなため息を吐いた。
「ほら、なにしてるの食べさせなさいよ」
「ほぁ!? 私が食べさせる⋯⋯?」
「こんな状態の私に一人で食えって言うの?」
「⋯⋯うへへへへ。そうだね、私が食べさせてあげないとだね⋯⋯」
思いがけない言葉に驚きと興奮が入り交じる。そうだよ⋯⋯紅葉は体調が悪いから私が食べさせるしかないんだよ⋯⋯と自己暗示をかけ、あれやこれやと妄想を掻き立てる。
「変な妄想したらぶっ飛ばすわよ」
(さすが紅葉。変な妄想をしているのはバレバレのようだな。ちくしょう!)
「あ、あの紅葉さん⋯⋯?これでいいの?」
「私はこれがいいけど⋯⋯あなたが辛いならやめ⋯⋯」
「いえ全然!むしろご褒美です!」
「⋯⋯」
紅葉は私の膝の上に頭を乗せた。
(これ膝枕ってやつぢゃ⋯⋯!? こんな光景レアすぎるんだが! 紅葉の顔が私の膝の上にある⋯⋯うへへへ⋯⋯)
眼福。体調の悪そうな本人には悪いが、こんな時しか見れない姿。足に伝わる重みと身近に見れる顔。こんなこと初めて。
「何してるのよ早く食べさせなさいよ」
「あぁ⋯⋯すんません」
下から刺すような目線。思わず謝ってしまうほど。
「はいあーーん! どう? 美味しい?」
「まぁ、そりゃあ⋯⋯」
「んふふ〜そうかぁ〜」
日差しのせいだろうか? 紅葉の顔が少し赤い。それに少し恥ずかしそうだ。私にあーんされて照れちゃったのだろうか? 少し複雑そうな顔をしている。それに比べて私は多分⋯⋯幸せな顔をしてそうだ。
「私も食べよ! ん〜美味しい〜紅葉のよだれが付いてるから余計に美味しい〜」
「はっ倒すわよ」
「⋯⋯ハッ!?」
私はこの時ある言葉が浮かんだ。
「紅葉⋯⋯? これってゲロチューならぬゲロ間接キ⋯⋯」
私はそれを言う前にアイスを押し付けられた。顔面アイスだらけになった顔を少しづつ舐める。
「紅葉⋯⋯いくら私が変なこと言ったからって顔面アイスはさすがに酷くないか?」
私の言葉を無視して紅葉は起き上がり、アイスを舐める。
「相変わらず紅葉はアイスを舐めとるんやね〜食べるの遅くていつもアイス溶かしてるやん〜」
「うるさぃ⋯⋯歯が染みるんだから仕方ないでしょ」
紅葉は私の言葉が少し癪だったのかなんなのか、少し恥ずかしそうにアイスをかじった。
「ちゅめた⋯⋯」
「何なにぃ? 私に言われたこと気にしてかじったらしみちゃったのぉ? 紅葉はまだまだお子ちゃまだなぁ?」
「うっさい⋯⋯ばか⋯⋯」
紅葉はそれだけ言ってアイスを舐めた。
「⋯⋯あっ!? 時間!!」
スマホを見ると三時五十七分。閉館の時刻⋯⋯
「oh ⋯⋯」
「ま、また来ようよーほらーまだまだ見れてないことあるしー? それにそれにぃ〜⋯⋯?」
私は紅葉になんと言葉をかければいいのか分からなかった。無理やり連れてきたのにお目当てのものが見れなかったから。ただでさえ紅葉は来たくなかったのにこんなことになって。私はあれやこれや紅葉に言葉をかけた。
「ふふっ⋯⋯」
「!? どったの、急に笑って⋯⋯」
慌てた私の様子を見てなのか⋯⋯紅葉は急に笑いだした。
「別に無理に慰めようとしなくていいのよ。
今回は私の自業自得だしそれに⋯⋯
貴方とアイス食べれたからいいの!」
今日一番の笑顔。とても綺麗だった。私はそれを見て⋯⋯いつもと違う感情のドキッの音がした。
「ふ、ふーん。ならいいけど⋯⋯」
私は紅葉の顔に見惚れ《みと》れて何も言えない。
「⋯⋯/////」
お互い照れて何も言えない。二人してアイスを食べ終えるまで終始無言だった。
「⋯⋯あ、そうだ青葉お土産買いましょ!お土産ならまだ買えるから! 」
そう言うと紅葉は私の手を掴んで走り出した。
「紅葉⋯⋯」
珍しく紅葉から私の手を握ってきた。柄にもない行動に紅葉の耳が真っ赤に染まっていた。あれは日に照らされて赤かったのかそれとも⋯⋯
「####」
「何か言った?」
「いーや何にも?」
「そう⋯⋯」
私は紅葉の手の温もりを感じながら####と言った。いや、勝手に口が言っていた。
小声で言ったから紅葉には聞こえなかったみたい。思わず口に出した####の言葉。思わず嘘をついて誤魔化して言ってしまったけど、いつか本人の前言えるのかな?⋯⋯まぁいいや。いつか紅葉に伝えられたら。
***
「ふーーー買ったねぇ紅葉⋯⋯見れなかったけどダイオウグソクムシのぬいぐるみも買えて一件落着かな〜?」
「⋯⋯そうね。そろそろいい感じの時間だしそろそろ電車に向かおうかしら」
「そうだねぇ〜〜⋯⋯」
お目当てはダンゴムシみたいな足たくさんのうにょうにょ生物。あれを可愛いと思う感性だけは唯一紅葉と合わないと思い知った。
お土産を見たり休んだりしていたら夕方に差し掛かっていた。昼間とは一変して海に夕日が照らされている。
「⋯⋯紅葉の水着姿見たかったなぁ」
お土産を手に持って、海辺を歩いてる時私がボソッとつぶやいた。
「⋯⋯」
「んー?どうしたの紅葉?歩き疲れちゃった?」
紅葉が立ち止まった。それに無言。
「んーー? どうしたのー? 疲れて魂ぬけちゃった⋯⋯?」
「電車⋯⋯次のでいいなら少しぐらい見せるけど⋯⋯」
しばらくの間無言だった紅葉が口を開いた。それにものすごい事を言った。
「!!?? な、な、な、なななな何言っちゃってんの紅葉さん!?」
もちろん私は大慌て。紅葉がそんなこと言うと思わずテンパった。
「い、嫌なら⋯⋯見なくてもいいから⋯⋯」
「⋯⋯みたいです!!」
私は土下座をしていた。据え膳食わぬは女の恥。紅葉の水着姿が見れるなら安いもんさ土下座の百や千。
「そう⋯⋯」
砂浜を歩く。終始無言だった。聞こえるのは砂の音と波の音だけ。夕暮れが少しづつ暗闇に変わる。これからやることや暗くなってきた雰囲気に少し行けない妄想が頭の中をぐるぐる回る。それは多分紅葉も同じだった。
「この辺ならあんまり人も居ないし、あれかな⋯⋯」
「う、うん⋯⋯」
「う、後ろ向いてなさいよ⋯⋯」
「うん⋯⋯」
私はうん。しか言えなかった。
紅葉が服を脱いでる音がする。近くには海があってザーザー音がしてるはずなのに、今は後ろの⋯⋯紅葉の音しか耳に入らない。
「ど、どうかしら⋯⋯」
その言葉を聞いて後ろへ振り向く。
「き、綺麗だよ⋯⋯」
「あ、ありがとう⋯⋯」
はっきり言って綺麗だよ、と言ったがあまりの緊張と暗闇に足元しか見えなかった。
今はもう心臓の音しか聞こえない。もう動いてない心臓なのに。
足元に海水が来ていた。
「青葉!」
「な、なに⋯⋯///」
未だに足元、地面しか見てなかった。しかも緊張しすぎて足元に波が来たことにすら気づいてない。紅葉に名前を呼ばれた。期待を胸に思い切って顔を上げる。
どんな姿が見えるのか⋯⋯過去の記憶を遡っても一位二位を争うほど今の私は静寂と幸福に包まれていた。ただ、現実は非情であった。一番初めに目に入ってきたのは塩水だった。はっきりいって目が染みた。
「紅葉⋯⋯何してくれてるんじゃ貴様ァ!?」
さっきの態度はどこへやら。ずーーと緊張していたからか⋯⋯今の出来事で緊張の糸が切れた。
私は紅葉を押し倒して海にダイブした。
「ちょ、ちょっと何するの青葉!?」
「へっ、やりかえしてやったぜ!」
自分の顔は見えない。ただ、今の私は紅葉に馬乗りになって勝ち誇った顔をしてるだろう。
「へぇ⋯⋯あんたいい度胸じゃない」
「やれるもんならやってみなよ紅葉ちゃーん⋯⋯」
「おりゃぁ!!」
勢いのある水が体を貫く。
「あ! 紅葉お前水鉄砲とは汚いぞ!!」
「用意してない方が悪いのよ!! ここであったが百年目!今までの恨みぶつけてやる!!」
珍しく紅葉がやる気になる。私もそれに釣られてやり返す。途中、私も水着に着替えた。いつも間にか太陽は姿を隠していた。
***
電車に揺られる私達。手を繋いで肩を寄せ合う。
「ねぇ青葉⋯⋯」
「ん? 何?」
「青葉昔、私の手握ってくれてた事あったっけ⋯⋯」
「なんの話?」
「いや、青葉がトイレまで手を握ってくれた時、前もこんなことあった気がしたなぁって⋯⋯」
「うーん⋯⋯そんな事多分沢山あったよ?今だって手繋いでるし⋯⋯」
「そうだね⋯⋯」
電車の揺れが体をつたう。
紅葉は私の肩に寄りかかって眠ってる。
――
一言も話さない。ただ。ただただ隣に居る紅葉を見て昔を思い出す。
土砂降りの雨。
***
「 眠っちゃったか⋯⋯紅葉、私はあなたのものだから。あなたが望むなら私はどこにでも現れるよ。私はあなたを一人にしない。なぜなら私はあなたが――」
***
「ん⋯⋯」
電車の音で目を覚ました。
「紅葉⋯⋯まだつかないから寝てていいよ」
私は紅葉の頭をなでながらそういった。
「わかった⋯⋯」
それだけ言うと私の肩に頭を置いて寝息をたて始めた。
紅葉が眠ったのを確認して髪を手に取る。
「海の匂い⋯⋯」
次ほっぺを触る。柔らかくて気持ちがいい。
「⋯⋯」
唇に手が触れる
どうか⋯⋯起きないでくれよ。
「」
薄暗い夜行列車。日は落ちもうすぐ夜がくる。
電車はまだ走っている。家まではまだ距離がありそうだ⋯⋯