スターチス   作:黒犬2匹と老犬

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ファーストキス?

 

「⋯⋯紅葉?」

 

「⋯⋯なによ」

 

「⋯⋯大丈夫?」

 

「貴方この状況を見て大丈夫だと思うの?」

 

 数ヶ月ぶりの外出。全身の筋肉が悲鳴をあげる。

 ベッドにうつ伏せで倒れ込み背中だけが息をする。指先一つすら動かす気力もない。

 

「うーん、ほんとに死体と見間違うぐらい動かないね。それに⋯⋯」

 

 紅葉の袖をたくし上げる。

 

「うへぇ⋯⋯紅葉の肌がピンクと白色に。全身真っ白しろな綺麗な肌だったのに、今の紅葉エイリアンみたいになってるよ⋯⋯」

 

「⋯⋯見てないでなんとかしてよ」

 

「うーん〜? 何とかって言われても⋯⋯無理かな!」

 

「チッ」

 

 他人事《ひとごと》の青葉に聞こえるよう、わざと舌を鳴らす。

 

「使えないわね。仕方ないお母さんに湿布と保冷剤買ってきてもら⋯⋯」

 

 立ち上がろうとした時、あまりの痛さに足全体が震えた。その様子はさながら生まれたての子鹿のよう。私は踏ん張ることが出来ず膝から地面に落ちた。

 

「!?!?」

 

 青葉は口を大きく開き、目を見開いた。

 

「っぶなぁぁぁぁぁぁい!!」

 

 家にドン!と音が響く。痛みは⋯⋯ない。顔を上げると青葉の顔が間近にあった。

 

「ぐ、ぐぇ⋯⋯」

 

「大丈夫青葉!?」

 

「だ、大丈夫⋯⋯だぜ⋯⋯」

 

 覇気のない声。喋る度に荒い呼吸の音が聞こえる。

 

「ちょ、何が大丈夫なのよ!? 鼻血まで出てるじゃない!!」

 

「いや、これは紅葉を支える時胸に押しつぶされて興奮したからでたんだ! 何も問題ない!」

 

「ッ⋯⋯」

 

 血を垂らしながら満足気な顔。

 その言葉に上を向いた。⋯⋯ふぅ。深く息を吐く。奥歯を噛み、私は喉まででかかった言葉を飲み込んだ。

 

「まぁ⋯⋯何も無いならいいわ⋯⋯」

 

「ねぇ紅葉?」

 

「なによ?」

 

「これさ⋯⋯私が紅葉に押し倒されてるように見えない?」

 

 暖かい吐息が顔にあたる。右手は顔の横に、左手は肩に。太ももからお腹の辺りまで青葉の温かさが伝わってくる。

 

「⋯⋯」

 

 悪魔の囁き。青葉は笑うように目を細める。私はすぐ手を引いた。

 

「ん〜? なになに紅葉さん? もしかして恥ずかしがってるのぉ?」

 

 私をからかうように。腰を上げてわざと顔を近づけてきた。わざわざ離れたのに迫りくる意地の悪い顔。

 

「別にそんなんじゃな⋯⋯」

 

 私は逃げるように起き上がろうとした。ただ、腕に力が入らなかった。青葉のサラサラとした髪の毛に滑った私は体勢を崩した。顔が青葉に向かった。

 

 

 ()()()()()

 

 刹那の時⋯⋯ほんの一瞬だった。

 青葉と目が合った。青葉の顔がどんどん近くなる。

 さすがの青葉も驚いた顔をしてたと思う。ただ、何を悟ったのか。ものすごく⋯⋯優しい顔をした。

 

「!!」

 

 私はすぐに青葉から離れた。

 

「⋯⋯」

 

 唾を飲み込む。今はもう心臓の音しか聞こえない。

 

(ま、ま、ま、待って!?今私青葉と⋯⋯!?!?)

 

 ――いつもの天井。何も変わらず。

 

(⋯⋯これラッキースケベってやつだ。

 これって主人公の特権じゃないのかな? 私いつから物語の主人公になった?)

 

 倒れたままの姿勢で紅葉を見る。立ったまま⋯⋯背中しか見えない。

 

 双方沈黙が続く。

 時計の音が部屋の中を木霊する。

 

「紅葉? 嫌じゃなかったら少し買い物行かない?」

 

「⋯⋯どこいくの」

 

「薬局かな〜?」

 

「⋯⋯いく⋯⋯」

 

 何となく。何の気なしに誘ってみた。とりあえず会話が欲しかったから。ただ、話したのはこれだけ。

 薬局に行く道中会話は無かった。うるさいぐらいのセミの声しか耳に入らない。いつもなら会話が途絶えることなんてないはずなのに。

 

 

「んーー涼しいねぇ〜」

 

「⋯⋯」

 

 薬局に着いて青葉が話しかけてきた。ただ私は何も喋らない。

 

「⋯⋯んーーーー」

 

(考え無しに紅葉を誘ってしまったがどうしようか⋯⋯)

 

 めずらしく青葉が頭を抱えている。いつもの何も考えてない姿とは大違い。無意識だろう、声と息が漏れ出ている。

 

「⋯⋯はぁーあ〜」

 

「⋯⋯?どしたの紅葉ちゃん」

 

「んー? いや、私のファーストキスまさか貴方にあげることになるなんてな〜って思っただけ。誰にもあげる気なかったけどよりによって青葉にあげちゃうなんてなぁ〜」

 

 青葉が私を気にしてる。困らせたい訳じゃない。ただ少し気まずいだけ。でも青葉があんなに悩むとは思わなかった。だから毎日やられてるみたいに、少し意地悪に。

 

「――初めてじゃないよ」

 

「え?」

 

 私が予想してた返事とだいぶ違った。いつもなら紅葉のファーストキス貰っちゃった! 嬉しい! ぐらいのテンションで返してくると思ったのに。なんだこれは?

 

「だから⋯⋯初めてじゃないよ⋯⋯」

 

 いつになく真剣な表情の青葉。嘘じゃない、冗談じゃない雰囲気。

 

「ふぅ⋯⋯」

 

 私はめいっぱい息を吸って吐いた。覚悟を入れるために。

 

「まさか貴方、寝てる間に私にキスしたの?」

 

「⋯⋯え?」

 

「え?」

 

 拍子抜けするほどの返事。言った私がおかしくのかと思うぐらい困り顔の青葉。

 

「⋯⋯え?」

 

 あまりの変な状況に2人してハモる。

 

「ぷっ⋯⋯」

 

「な、なにわらっ⋯⋯っっ」

 

 最初に笑いだしたのは青葉からだった。私もそれにつられて笑ってしまった。

 

「ぷっ、紅葉変な顔〜笑」

 

「あ、貴方だって変よ⋯⋯笑」

 

 周りの人から見れば一人で笑うおかしな客に見えるだろう。ただ、私は笑いをこらえることが出来なかった。

 

 

「⋯⋯帰るか!」

 

「そうね⋯⋯ただ、買うものがあるわ」

 

「ありがとうございましたーまたのご来店お待ちしております〜」

 

 

「んーーーー!」

 

「ちょっと! 荷物持ちなさいよ」

 

 店を出た途端背伸びをする青葉に私は袋を突き出す。

 

「はいはい分かりましたよ紅葉お嬢様〜」

 

「誰がお嬢様よ全く。調子いいんだから⋯⋯」

 

 行きとは違い。帰りはセミの声はしなかった。

 

「んや〜それにしても湿布と保冷剤と塗り薬あって良かったね〜」

 

「貴方それが目的で誘ったんじゃないの⋯⋯?」

 

「⋯⋯も、もも、もちろんそれが目的でしたけどね!?」

 

「ほんとかしら⋯⋯」

 

 ほんとに調子がいいんだから。絶対そんなこと考えてなくて誘ったくせに⋯⋯

 

「......」

 

「ん?どったの紅葉?急に立ち止まって。何か買い忘れたものでもあった?」

 

「⋯⋯貴方私とのキスが初めてじゃないって言ってたけどあれどういう意味?」

 

 聞かなくてもいいことなのかもしれない。別に何悪いことした訳でも無いんだ。それを確認してまた変な空気になるくらいなら――でも何故だか聞きたくなった。

 

「んー? あれ嘘だよ? もしかして紅葉騙されちゃったァ?」

 

 青葉はいつもみたいに冗談だよと言いたげな顔。

 

「嘘つかないでよ⋯⋯貴方あの時真剣顔してたじゃない」

 

 ただ私はそれが辛かった。嘘をつかれたこと⋯⋯?多分違う。あの時青葉は私に何か伝えたかったのか。それが知りたい。青葉が思いふけた表情《かお》になった訳を⋯⋯

 

「⋯⋯まぁほんとはした事あるよ。ただ紅葉が覚えてないのは当たり前だよ。私が寝てるあなたの顔に勝手にしてたんだから。

 ただ⋯⋯今回は紅葉からしてきたからこれでお互い様だよねぇ!?!?」

 

「⋯⋯そっか。あーあー私のファーストキスはとうの昔に、青葉に奪われてたんだ〜」

 

 私はそういいながら一歩ずつ前に進む。勢いで誤魔化す青葉に、これ以上聞いても無理だと思ったから。

 別にそんなことでは怒らないのに。むしろ私の初めてを青葉が貰ってくれて嬉しいとまで思ってる。ただ、なんだろこの気持ちは⋯⋯わかんないや、自分でも。

 

 

「――ねぇ青葉――」

 

「ン!?」

 

 後ろにいる青葉に顔を向けた。なんで?今なんで青葉と唇が触れてるの?

 

「ちょ、なにして⋯⋯ん⋯⋯」

 

 突然のこの行動に驚いて思わず抵抗した。ただ、それも無駄だった。

 

「ちょ、ばか何して⋯⋯」

 

 青葉が私の唇から離れない。それどころか、引き離そうとすると余計に強く激しくなった。道中。石垣の公園のそばで、背中にゴツゴツとした硬さが伝う。

 

「やめ⋯⋯て⋯⋯」

 

 逃げ場をなくした。肩を持って引き剥がそうとしても次第に力が抜けていった。この快楽と彼女の瞳に魅入られ、私は――

 

 ()()()()()()()()

 

 光は消えて、ただ闇だけがこちらを覗いた。青葉のどす黒い眼《まなこ》。

 ⋯⋯それからどれだけの期間が流れただろう。数十秒?それとも数分?もしかして数十分?

 青葉が私の唇を塞いでから()()をやめるまで⋯⋯

 夕日の空に一匹、黒い影が電柱に止まった。黒いカラス。こちらを覗いてはただ見ていた。

 

「ッ⋯⋯」

 

 どれくらいされていたんだろう⋯⋯呼吸が苦しい。膝が地面をつくように倒れ込んだ。

 

「青⋯⋯葉⋯⋯」

 

 私はかすり声で名前を呼んだ。すると青葉は私の前に立って見下《みお》ろすように腰を下ろした。

 

「ふふっ⋯⋯紅葉どんな顔してるの?

 もしかして⋯⋯まだ足りない?」

 

 カラスが鳴いた。そしてすぐに飛び立った。黒い羽を落としながら。

 まるで蛇とネズミ。捕食者と被食者。私は青葉にされるがまま。抵抗出来ない。彼女の聞いたこともないような⋯⋯背筋を逆撫でされるような声を耳元で浴び続けた。明るく元気な声とは裏腹に低く⋯⋯冷たい。

 

「ば、馬鹿なこと言わないでそんなわけないでしょ⋯⋯ 」

 

 私は被食者。食べられる存在――私は顔を下に向けて手で顔を隠す。彼女に見られないように。

 

「ふふっ⋯⋯可愛い⋯⋯」

 

 そんな私を嘲笑うかのように青葉は言った。

 

「紅葉⋯⋯覚えておいて? 私が貴方の唇を奪ったの。貴方の初めては私の物だから⋯⋯わかった?」

 

 今いる青葉はほんとに私の知ってる青葉なんだろうか?見たことない⋯⋯聞いたことない姿。全てを知ってると思ってた彼女の知らなかった一面。

 

「――ほら紅葉起きて? そろそろ暗くなるよ?」

 

「⋯⋯わかった⋯⋯」

 

 私はそれだけ言って彼女に手を握られ帰宅した。

 

「ごめんね? 紅葉⋯⋯こんなことする予定じゃなかったんだ。でも紅葉を見てると気持ちが抑えられなくて⋯⋯ね?」

 

「⋯⋯」

 

 先程までの知らない青葉じゃない。今の青葉は私の知る、子供じみた明るい声の姿。それなのになんだろう⋯⋯青葉の顔は笑っている⋯⋯なのになんで泣いてるように見えるんだろう。今のあなたはほんとに⋯⋯いつもの――青葉なの?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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