「ふぅーあち〜焼き鳥にならぬ焼き幽霊になっちまうぜ〜」
「⋯⋯早く先でなさいよ!」
煙が立ち上る。暑さとつい先程までの青葉の行動。いち早く頭を冷やしたい。それなのに扉の前でちんたら突っ立って進まない。感情込めて背中を押す。
「ふっふっふ⋯⋯紅葉さんやい? お風呂も出たことだし、これ☆塗りましょうかぁ?」
体を拭いてる最中嫌でも感じる視線。ニヤリとした声とも言うべきか。ゲスな顔をしながら先程買った塗り薬をおもむろに見せつけてくる。青葉からしたら冗談半分の、私の嫌がる反応を見て楽しむ魂胆だろう。
「そうね。ちょうど服も脱いでるところだしお願いするわ」
「⋯⋯ほぇ?」
ただ、私はそれには乗らない。
さすがの青葉もさすがに了承すると思ってなかったのだろう。キョトンとした顔で固まっている。
(も、紅葉がこんなこと快く受け入れるはずがない⋯⋯ってことはこれは罠!? なんて凄い魅力的な物を⋯⋯だが私、幼馴染の感が告げている⋯⋯これは乗ってはいけないと!!)
「⋯⋯なに黙り込んでるのよ。まさか今更嫌っていうの?」
いつになく真剣な顔。私は濡れた髪を手で払う。水滴が青葉の顔に飛んでいく。
「⋯⋯ふっ馬鹿な事を言うな紅葉? もちろん。いいに決まってるだろ?」
顔についた水滴を手で拭きながら。カッコつけた声で言う。結局の所いくら考えたところで私を前にしたら無駄らしい。
「あぢーーー溶けるぅ⋯⋯」
部屋に行って直ぐさまエアコンを付ける。真夏の部屋。ドアを閉め、暑さに密閉された空間。熱気が降りかかる。
溶けたアイス? スライム? なんでもいい。溶けるといいながらほんとに溶ける青葉。粘度のある液体のように床全体に広がった。
「部屋が涼しくなったらおねがいするわ⋯⋯
(溶けるって比喩でしょ?何がどうなってるのよ......)」
「んー? どったのぉ〜?いやーそれにしても幽霊になっても暑さを感じるものなんだねぇ〜全く幽霊さん達は溶けないのかなぁ〜」
「⋯⋯」
アホな子を見る目。自分で言ってて気づいてないのか。もう何も言うまいと心に誓った。
***
外の室外機が音を立てる。段々と冷えてきた部屋。
「ふっふっふ⋯⋯我復活! シャキーン!」
「そうね、涼しくなったし始めて頂戴」
「……はい」
エアコンが回り始めた。暑さから解放され、上機嫌になる青葉。ただ、その姿には目もくれない。
「では〜お背中お塗しますねぇ〜?」
うつ伏せの紅葉。死角になり背中全体が見渡せる。
無意識に嬉しさの笑い声が出る。口が開き、今にもよだれが垂れてきそう。
「⋯⋯ん?」
何かを察したのか、急に後ろを振り向いた。
「ん? どうしたの? 前向いて〜?」
「⋯⋯うん」
(ふぅ⋯⋯危ねぇ! 急に振り向いてきてビビったァ! だが、青葉さんはこんなことでヘマなどしない!目の前のお宝にありつくまでは!)
「では行きますよ〜?」
「ええ、お願い。でも痛くしたら許さないから」
「当たり前じゃないか〜私が紅葉にそんなことする訳ないない〜じゃあ塗るよ〜?」
両手に薬を塗り、優しく触れる。
「どんな感じ〜?」
「そうね、触られると少し突っ張って痛いわ。でも平気よ、遠慮なく塗ってちょうだい」
「了解よ〜紅葉のお肌、隅から隅まで塗りたくるからね〜それにしても紅葉の体熱いなぁ〜お風呂のせいか日焼けで熱持ってるのか⋯⋯これ塗って治んなかったら病院行かないとだね〜」
「そうね⋯⋯けど貴方が隅々まで塗ってくれるんでしょ? なら治るわよ」
「ほ、ほう? それは背中だけじゃなくて前も色んなところも塗っていいと解釈してしまいますが? いいのですかな?」
「――好きにしたら。私がやめろって言っても絶対やめないだろうし、それが嫌なら貴方に頼まないわ」
「!!??」
長年一緒に居たから? いつも体に触れられたから?それとも、やらせなかったら後で文句を言われるから?
分からない。でも⋯⋯いつからか青葉に体を預けるのが嫌じゃなくなった。
「ま、ままま、まじかよ!! 紅葉の体好きにできる権利キタコレ!!」
「ちょっと? そんなこと言ってな⋯⋯」
「ふおぉぉぉおぉぉぉ!!!」
勝手に、拡大解釈して一人で大盛り上がり。私が否定してるのに全然聞こえて無さそう。
「ク⋯⋯クチュ」
「おおお⋯⋯ぉぉぉ⋯⋯」
「青葉⋯⋯盛り上がってるとこ悪いけど早く塗ってくれないかしら。そうじゃないと私風邪ひくんだけど?」
「あ、はい。わかりましたすぐ塗ります⋯⋯」
私がくしゃみをしたからか。すぐ真面目に塗り始めた。
あまりのテンションの違い。真面目なのかおバカなのか⋯⋯私の事になるとなんでこんなに人が変わるのか。
「はいじゃあ腕上げて〜? はい立って〜? それじゃあお尻から膝裏まで〜? 〜次は前足からどんどん上がってって〜?
あがっ⋯⋯てく⋯⋯さ、さすがに前は自分でしてね///」
恥ずかしそうに目を逸らす。
「さすがの貴方でもそんな感情あったのね⋯⋯」
「うん! 体はオッケーだよ〜? 後はメガネ外して顔塗りな〜?」
「わかったわ」
言われた通り顔中に薬を塗る。薬品の匂いが鼻にツンときた。
「青葉? 濡れタオル取って?」
「⋯⋯」
「ん? 青葉? なにしてるの?塗り終わったんだけど?」
「⋯⋯」
「はぁ⋯⋯」
いつものイタズラか。手が汚れてるから取って欲しかったのに。薬だらけの手でメガネをかける。
「ちょっと青葉? なにしてる⋯⋯」
「ごめーん紅葉〜私今ゴロゴロするので忙しいんだァ〜」
何をしてると思ったら。私のベットでふんぞり返って。
「そう⋯⋯」
立ち上がってタオルを手に取る。
「青葉?」
「ん? 何もみじっ⋯⋯」
青筋立てた顔。明らかにやばい雰囲気。
「も、紅葉? その手に持ってるもので何する気だい?」
床が軋む。一歩ずつ。
「い、いやぁー? 私も意地悪したくて渡さなかった訳じゃなくてぇ?
あ、あの⋯⋯えっと⋯⋯だから⋯⋯許して!」
力いっぱい目を閉じる。両手を合わせ顔の前に。顎を引いてただ祈る。
「⋯⋯?」
ベッドが揺れ軋む。
(アレ? 何も起きない⋯⋯?)
慎重に。片目ずつ目を開ける。
「⋯⋯何してますの紅葉さん?」
「何って見て分からない? ベッドに寝転んでるのよ」
「ま、まぁ⋯⋯それはそうだけど⋯⋯」
予想してない行動。お仕置されると思ってたのに⋯⋯思わず困惑する。
「それより、もっと壁に寄ってくれない? 狭いんだけど」
「あ、はい。すみません」
「」
無言。紅葉は寝転んだっきり。
「あ、あの〜紅葉さん? 今なんのお時間⋯⋯」
恐る恐る聞く。
「ん? 見ての通り寝るの。私疲れたの。だから早く電気消しなさい。命令よ」
「あ、はい」
言われた通り電気を消す。
「ん⋯⋯」
どれだけ経っただろう――紅葉が寝返りを打つ。
「⋯⋯紅葉さん起きてます?」
返事がない。
「⋯⋯紅葉さん起きてます?」
やはり返事が無い。
「⋯⋯紅葉さん」
「起きてるわよ!! んで、なんの用」
重いまぶたを開ける。暗くて見えない。すると左胸に青葉がピタッと⋯⋯頭を付けた。
「ちょ、重いんだけど⋯⋯それに熱⋯⋯」
突然の事。ひっぺがそうとする。ただ。
【心臓の音聞こえるね⋯⋯】
この言葉を聞いたら。出来なかった。
「⋯⋯なんでそれを今言ったの」
「⋯⋯なんとなく」
「そう⋯⋯」
心音が自分でも聞こえる。随分大人しい青葉。下を向いても顔は見えない。
「今日だけ――今日だけ私が寝てる時あんたのすきにさせてあげる。それじゃ私寝るから」
「うん。ありがとう⋯⋯おやすみ⋯⋯紅葉⋯⋯」
その言葉を聞いて私は眠りに落ちた。青葉はもう聞こえない心音を聞いて何を思ったか。私には何も言えなかった。