「巫女様…希望の子が産まれましたことを報告いたします。現在母子ともに異常はありません」
ある世界。そこに住まう人々は「原初の世界」と呼んでいる世界では、今未曾有の危機にさらされていた。
まるでわが世の春よ、といわんばかりの繁栄を遂げていた国は原因不明の出生率の低下・穀物等の生産物の低下・悪天候に見舞われているのだ。
魔法を極めし賢者たちが知恵を振り絞って分かったことはただ一つ。
世界は滅びに瀕している。
ただそれだけだった。
いかな賢者でも回避する術も分からず、今や誰一人子供をなすことが出来なくなった。
…しかしそんな中、一人の女性の腹に子供が宿った。
世界中の人々はそれを「希望の子」と呼び、ありとあらゆる祝福が母子に与えられた。
「ふむ。しかし結局子供は一人しか産まれなかったか…滅びを防ぐことが叶わないと知りて10年。何万といる人間は此度を除いて一度も子が成せなんだ…もはやこの世界の終り、それを防ぐこと叶わず。そして…希望の子に絶望を与えるしかない我らが愚かさはもうどうしようもないな」
「いいえ…賢者様は力を尽くしてくださいました。もし賢者様がいなければ絶望により人々は争いで自滅していたでしょう。それに…」
ふと空を見上げる。「日の光」が無くなって早数ヶ月。今は魔法の光を代用し生きながらえているがもはや食糧すらほとんど取れず、魔力も希薄になっている。しかしもし魔法の光なければ今まで人間が生きてこれるはずもなかった。この魔法は賢者様の愛弟子10人全員の命と引き換えに世界を照らしている。
「あやつらめ…師より先に逝きおって」
しかし魔法の偽りの光の寿命はあと10年もない。そして賢者の命を引き換えにしても数年しか延命出来ないだろう。
賢者の諦念の意を察してか付き人は、
「やはり…あの手しかないのでしょうか?もはやこの世界に未練はありません。
…しかし、何も知らないあの子に負わせる運命はあまりにも…」
それは禁呪。「全ての生き物の魂」を代償に希望の子を他次元に飛ばすという魔法。
この世界に住まう全ての人々の歴史・文化・知識の研鑽を教えこの世界があったことを後世に残すための苦肉の策。
本来なら本人の意思をもって成すべきことなのだが、もはや魔術的な素質をもったものは少なく、魔術を扱える人間は40を超える歳の者しかいなかった。
「是非もない。我らがいた記録はこの世界の終焉をもって消え去る。これが運命ならば我ら人間はただ抗うのみ。それが人間であろう…
たとえ鬼畜生と罵られようと変えられぬ。我らは死ぬ。だが決して無駄にはならぬ。忘れられぬ限りな」
この禁呪を成すにあたってさまざまな衝突があった。何も知らぬ子供にそんな過酷な運命を与えていいのか。それならばいっそ幸せな生活をさせ皆で死んだほうがいいのではないか。
しかし、結局は人のエゴが勝った。死にたくない。忘れられたくない。例え死したとしても、滅びるのが運命だとしても抗わずに死を選ぶことは神の支配から逃れた人間という種に対しての冒涜である。と。
付き人は嘆息した。このやり取りも幾度となく繰り返されたことであり、付き人も理解しているのだ。納得はしてなくとも理解しなければならない。
…やはり我ら人間は罪の子なのであろう。神から逃れ足掻く人間という種には当然の結末。しかし神に守られただ羊であることを良しとしなかった。
だが、それでも人々は神に祈った。
「「どうか…希望の子に神の祝福を……」」