日が傾き、橙色がかった斜光が街路樹や住宅街を照らし、それらは一様に同じ方向へ影を伸ばしていた。日の光は生活風景に突如切り込むように居座る、岩のような数台の軍用車両と、挟まれるように止まる一台の警備員の車両も、平等に照らしていた。検問が張られていることが既に周知されているのか、付近の住民の気配はせず、皆関わり合いになるのを恐れて引きこもってしまっているかのようだった。
黄泉川は、巨躯の軍人と対峙していた。もう7月だというのに羽織っているスーツのジャケットはパンパンに張っていて、山のような威圧感を見せているが、それ以上に四角形の顔から見下ろす視線が、ここを一歩も通さないという強固な意志を黄泉川に見せつけていた。仕事柄多くの不良や犯罪者を相手にしてきた黄泉川でも、
「あんた、こないだの……」
黄泉川の言葉に、大男は少し眉を上げた。
「そちらの言葉には、嘘が含まれているな」
黄泉川の言葉には直接応えず、見た目通りの低い声で大男が黄泉川に言った。
「そんなことはないんだけれど」
黄泉川もやや見上げる形で返す。車内の少年たちと謎の子どもを安全なところまで送り届けるため、警備員としてここは引くわけにはいかなかった。
「さっきも言ったけど、2級警報はあんたらアーミーの車両展開を、この第七学区で許可するもの。あたしら
「さすが学園都市の先生様といったところか」
大男の射貫くような表情は変わらない。
「我々とて十分承知の上なのだ」
「なら、通してくれたって―――」
「お前たちと事を荒立てたくはない」
大男は黄泉川の言葉を遮った。
「我々が、ここではいわば余所者だということも理解している。我々は、学園都市と、この国と、その両方の繁栄を護るのが役割だ、故に―――」
軍人はやや手を警備員の車両へと上げて向けた。
「その障害となるような事案は防がねばならん、そちらも願いは同じ筈だ」
「あんたらと一緒にしないでくれ」
黄泉川の口調が強くなった。
「その腰の銃には、当然実弾入ってんじゃん?子どもを傷つける兵器を振りかざしておいてさ」
内心では、応援はまだかと焦り始めていた。ここにいるのは自分と仲間が一人。突破するのはほぼ不可能だ。とにかく、時間を稼がなければならなかった。
「手荒な真似をしたくはないが……」
大男は細めた目で周囲の兵士へ合図を送った。
「中を改めろ!」
一斉に、7、8人の兵士が車両に駆け寄っていく。
黄泉川は舌打ちして首を振った。
「やれやれ、あんたらの立場がヤバくなるじゃんよ?この脳筋―――」
黄泉川の抗議の声は、後方から突如聞こえてきたバチイッという張り裂けるような音と、少年たちのくぐもった悲鳴で途切れた。
黄泉川も、大男も、足を止めた兵士たちも、警備員の車両に雷光のような光が走り、窓ガラスが割れ、車がボンっと一瞬浮き上がってから炎を上げるのを見た。
黄泉川と大男が押し問答している間、上条は右側に座る小男が、青白い顔で浅い呼吸を繰り返していることに不安を募らせていた。小男の左手に添えるように右手を置いているが、小男の手からは、異様な冷たさと滲む汗を感じ取っていた。
「なあ、ここ通れないなら、あいつらの言う通り下ろして、この……この子、預けた方が」
「バーッカ、お前、そいつ明らかに普通の人間じゃねえだろ」
上条の言葉にすかさず金田が畳みかける。
「ッなッ……お前、さっきからそんな言い方!」
上条は左側の金田を睨みつける。
「病気とか、その、見た目だって―――」
「俺らのダチがなんでケガしたかってのは、そいつが能力でバイクをぶっ倒したからなんだよ!」
後ろから甲斐が口を挟む。
「俺が思うに、そのナリだって、アーミーのやつらにやたらいじくられたんじゃねーの?」
「そんなの関係ない!」
上条は歯噛みした。
「なるべく早く、今は―――」
「おい、金田よォ」
3列目に座る山形が遮るように言った。
「あの、先生と話してるタコ男さあ、見覚えねェか?」
「うン?」
金田も身を起こす。
「ありゃあ……鉄雄が事故った時いた奴だ!」
金田の声色が昂った。
「おい、アイツ、アーミーのリーダーだろ?聞いてみようぜ!」
そう言って金田はドアを開けようとする。
「騒いじゃダメだよ!」
運転席の警備員が慌てて押し留めようとする。
「そうだよ、金田、さすがにアーミー相手に下りてくのはヤバいって……」
甲斐も金田を宥めようとする。
「うるせェ!あいつならなんか知ってんだろ―――おいあんた!カギ開けてくれよ!」
ドアは運転席からロックされているらしく、金田は運転席の警備員に叫んだ。警備員は、眼鏡の向こうの瞳に、明らかな困惑を浮かべる。
「いい加減にしろ!アイツらに怪しまれるぞ!」
上条も両手で金田の肩を抑えて制止しようとする。
「ンだとこの―――」
「うぅぅぅぅぅぅぅっっっ」
上条は、髪を金田に掴まれながらも振り返った。
小男がうつむきながら、今までにない位震えていた。両手を握りしめながら。
上条は気付いた。右手を、離してしまったと。
「おい、兵隊どもがこっち来るぞ!」
叫んだのは、山形か、甲斐か、金田か。誰だかはっきりしなかったが。
「い、や、だ……!」
と、くぐもった声が絞り出された、その途端だった。
辺り一面に、眩い光と、鞭のような高熱とが、上条の眼前一杯に広がった。