【完結】学園都市のナンバーズ   作:beatgazer

104 / 123
104

 

 7月21日(金)、夜 ―――

 

 

 やった―――検問を抜けた車内で、運転する黒服の男は思わず歓喜の声を漏らし、拳をハンドルに叩きつけた。

 

 かつて、アーミー指揮官付の特務警察官として任に当たっていた門脇は、今、第ニ学区の外周をぐるりと囲む防音壁で行われていた、アンチスキルによる臨時検問をどうにかすり抜け、第十学区の北部を、更に北へと目指し、一人車を走らせていた。特殊に細工した後部座席下のスペースには、詰められるだけ詰めたラボの研究資料が、紙・デジタルデバイスを問わず隠されている。

 「アイテム」の誘導は、リーダーの女の様子がおかしくなったのを見限り、隙を見て投げ出したが、それを差し引いても、統括理事会の()()()()にとっては大層な土産となる筈だった。これを無事届けることにより、今までアーミーの窮屈なお役所仕事でがんじがらめにされていた自分も、より強い権力を手に、別の道で出世できる望みがあった。

 門脇の脳裏に、一人の男の貌が浮かぶ。今回のクーデター騒ぎを直接企図した、短髪の殺気立った男。杉谷というその男から指示を受ける度に、常に蔑みの視線を投げ付けられてきた。しかし、こんな劣等感も、もうお終いになる。元の所属先を裏切ったことに見合うだけの成果を手に、自分はこの学園都市で取り立てられ、あのナイフのような男をも一気に超えてみせる。そう門脇は、自身の未来に対する野心を膨らませずにはいられなかった。

 

 ふと、目前の信号が赤信号になり、急激なブレーキをかけて止まる。

 落ち着け。喜びと併せて心の中に根を張り始めた焦りを鎮めようと、門脇は自分自身に言い聞かせた。ここで焦って信号無視をした所を、万一巡回中のアンチスキルに呼び止められては面倒だった。第二学区の鎮圧作戦と、大規模に倒壊したビルの後始末に多くが駆り出されている筈だが、この混乱の中で、使える人員をどうにかやりくりして警備を強化している。無用なリスクは避けなければならない。

 

 ふと、交差点の左手から聞こえて来た耳障りな排気音に、門脇は顔を顰める。

それとほぼ同時に、目前の信号の色が変わったことで、門脇は車を発進させた。

 

「―――ッブねえ!!」

 直後、右足を思い切り踏み込んでブレーキをかける。

 凄まじい音と光の突風を伴わせて、バイクや改造車の集団が、高速で蛇行しながら、信号等お構いなしに薄暮の古びた市街地を駆け抜けている。彼らは、門脇の乗る車の前後をすれすれに、テールランプを彗星の尾のように視界へ焼き付けていく。

 

「てめえ!!」

 憤慨した門脇は、暴走集団が走り去っていった右手の方へ、パワーウインドウを開け下げて怒鳴る。

「ふざけんじゃねえ、この不良共―――」

 

 その時、凄まじい衝撃と共に車が揺れ、フロントガラスが一面霜の降りた地面のように白くヒビが走り、門脇は思わず両手で顔を覆う。

 鳥のさえずりのような警告音が、狂ったように鳴り響く。

 

「何だって―――」

 門脇が驚愕の声を上げたその時、一台のバイクに乗った少年が、奇声を上げながら何かをぱっくり口を開けたボンネットの内部へ放り込む。

 

 次の瞬間、門脇の乗る車は風船が割れるかのように辺りへ部品を撒き散らし、弾け、火の手を上げた。 

 

 全身を焼けつくような痛みと熱に舐め回された門脇は、奇妙に傾いた視界の向こうで、誰かが拳を突き上げているのを辛うじて認めた。

 

「大覚様ァ!!……ばんざぁァァいィィ!!」

 花火だァ!!と叫びながら、バイクに「帝国」と書かれた旗をくくり付けた少年は、血塗れで火に呑まれようとしている門脇を置いて、走り去っていった。

 

 


 

 ―――第七学区、常盤台中学校学生寮付近

 

「俺たちァ人数と根性じゃ他所に負けたことがねェ実力派のツッパリグループだァ!ご覧あれ、(メンタ)ども!俺様のマグナムもこォんなに突っ張って……」

 そう叫んでベルトを外した長ラン姿の男数名の下腹部を目掛けて電撃が飛ぶと、全員が声にならない悲鳴を上げてその場にうずくまり、痙攣した。

 

「あーキモっ!マジでキモっ!!」

 御坂美琴は嫌悪感を露わにしながらそう吐き捨てると、近くの電灯をショートさせ、男たちの姿が目に入らないようにした。

 

「お姉様!?」

 近くへ白井黒子が空間移動して現れるなり、焦った声をかけてきた。

「悲鳴が聞こえて……お怪我は!?」

 

「うーん、大丈夫」

 努めて平常な声を装い、美琴は黒子へと振り返った。

「ちょっと嫌なもの見ちゃってね……」

 

「仰る通りですの!」

 美琴の本意に気付いているのかいないのか、黒子は憤慨の表情で寮を囲む塀へと目を向けると、今まさに塀をよじ登って侵入しようとしていた別の男を蹴り落とし、間もなく美琴の側へ戻って来た。

「ここをどこと心得ているのでしょうか、あの野蛮人どもは」

 

 常盤台中学校の学生寮の内、「学舎の園」外苑にある一方の寮周辺では、通常では考えられない程の騒ぎが起きていた。しかし、寮内に侵入や攻撃を仕掛けようとする『帝国』一派の目論見は、お世辞にも成功しているとは言い難かった。

 火炎瓶を持った男がそれを振りかぶれば、地面下の配管から水流が吹き上がり、男を窒息させる。爆破によって強固な外壁を破壊しようとする者たちには、瓦礫片を指先一つで浮かばせた1年生がそれを叩きつける。美琴たちが滞在するこの学生寮は、常盤台中学校の2つある学生寮の内、強固なセキュリティを誇る女学校街「学舎の園」の外部に位置する方だったが、周りで侵入者を撃退している学生仲間を見ると、ちらほらと学舎の園内部の寮にいる筈の者も見当たる。同僚の危機を聞いて加勢しにきてくれたのだろうか。

 

おほほほほほ!!学園都市が誇る名門校、常盤台の(やしき)に狼藉を働こうとは!!この(わたくし)が薙ぎ払って差し上げましょう!」

 黒髪をなびかせる学生の一人がハイテンションに声を上げ、片手に持った扇子を一振りすると、別の侵入者が塀の上にしがみついていた所を一陣の突風が吹き抜け、その男を道向かいのビルの窓ガラスへ突っ込ませた。

 あれは誰だったか。確か最近転入してきた―――

 

「それにしても、全く無謀としかいいようのない行動……目的がよく分かりませんわ。お姉様?」

 黒子が眉を顰めて話しかけて来たことで、美琴の思考は遮られた。

ああ、うん、と何気なく適当な返事をして、美琴は辺りを見回す。なるほど、黒子の言う通り、侵入者は大半が塀の外で戦闘不能となり、僅かに塀を越えて中に押し入った者たちも、庭先で捕縛されていた。数の上でも、戦力的にも、こちらが断然有利だ。

「街中で迷惑行為を働くに留まらず、いくら学舎の園の外部に位置するとはいえ、よりによって強能力者(レベル3)以上の者ばかり集まるこの常盤台の寮を襲うとは……」

 

 黒子と美琴は、付近で一人の侵入者を警備係の大人と共に拘束している、栗色の髪をした学生の側へ歩み寄る。

「湾内さん!」

 黒子が同じ1年生であるその少女に声をかける。

「この者たちの目的を知りたいのです。ちょっとよろしいでしょうか―――」

 

「白井さん、聞いてもムダですよ、これは」

 湾内絹保(わんないきぬほ)が美琴と黒子へと困ったような顔を向けた。

「全然話になりません」

 

「話にならないって……」

 美琴は数歩進んでから、立ち止まり、芝生の上に拘束されて横たわる男の顔を見下ろすと、口元を思わず手で押さえた。

 

 ひ、ヒヒ。と口を歪めて笑う男は、顎まで涎でべっとりとしていて、窓から漏れる明かりによってぬらぬらと光っている。目は焦点が合っておらず、絶えずあらぬ方向へぐるぐる視線が動いている。後ろ手に縛られた体を揺する様は、まるで殺虫剤をかけられたムカデのようだ。

「お、俺たちも、後から行くンだ。あ、アキラさま……て、てつ、ッ様―――大覚様!ばっばば、万ン歳―――!」

 

「どの侵入者もこんな感じみたいです」

 顔を背けた美琴に、湾内が説明する。拘束された男が、警備係の大人に、じっとしてろ!と怒鳴られ、地面に押さえつけられる。

「相手は異能力者(レベル2)、あるいは強能力者(レベル3)ぐらいの連中が揃っているみたいですけど、思考が定まっていないのか、見当違いな能力の行使をしてる奴ばかりです。お陰で倒すこと自体は苦じゃないんですが、理性を失ってて、正直、気味が悪いです」

 

「……幻想御手(レベルアッパー)……!大覚様って、一体なんですの……」

 黒子の呟きに、美琴も頷く。

 

「どいつもこいつも末期……狂気に駆られた帝国の奴らが、もう無暗やたらに破壊行為に及ぼうとしているの!?」

 

「いえ、無暗とも言い切れません」

 暴れる男を押さえようとする湾内に、男の衣服の裾をピンで縫い付けることによって手を貸しながら、黒子が言った。

「確かに個々の行動は短絡的で理性を失っていますが、その一方で、集団でほぼ同時に襲撃をかけてきています。まるで、誰かに無理やり操られているかのようです」

 

 湾内が、途方に暮れた顔を黒子に向けた。

「アンチスキルの到着はまだなんですか」

 

 それに対して、黒子がふるふると首を振った。

「通報ならもちろん済んでいますが、昼間の軍のクーデター騒ぎの後始末で人手が足りず、時間がかかると……」

 

「それにしたって遅すぎない?」

 美琴は憮然と腕組みをして言い、塀の向こうの街明かりへ目をやる。

「だって、高位能力者も多いこの学生街への襲撃だよ?治安維持のために、これでもかってくらい監視カメラつけて投資してる癖に、アンチスキルの出動が遅れるなんて、変じゃ―――」

 

 

「あーらぁ、ご苦労なさっているようね。御坂さぁん?」

 

 

 嫌に鼻につく話し方の声に、美琴は顔を顰めて振り向いた。美琴にとって、特に苦手意識が強い人物がそこに現れていた。

「あなたの言う通りぃ、堅牢なセキュリティを誇る『学舎の園』内部まで押し入ろうとして、あの連中、猛進して来たけどぉ?丁重におもてなししてあげたわぁ、もちろん」

 

 美琴は、相手に確実に聞こえるように、大きなため息をついた。

「で、わざわざここまでお出ましって訳?……食蜂操祈(しょくほうみさき)!」

 

「そんな飢えた野犬じゃないんだしぃ、出会い頭に噛みつくことはないんだゾ?御坂さん?」

 数人の腰巾着を従えて、学園都市第五位の超能力者は、からかうように笑ってみせた。夜の闇と寮の明かりがせめぎ合う中で、笑みを浮かべ細めていても、目の奥の瞳がらんらんと奇妙に輝いている。

「もっと栄養つけなさい?そうすれば、あなたもより健康的な肉体(バディ)に成長する素地はあるんじゃないかしら?」

 

「何の用?」

 セクハラめいた冗談を耳にしてにこりともせず、美琴はつっけんどんに言った。隣では黒子がガルルと今にも牙を剥かん程に唸っていて、むしろ彼女の方が獰猛な犬のようだった。

「まさかわざわざ助けに来た訳でもないでしょ」

 

「そんな冷たい事言わないで?仮にも同窓、常盤台を牽引するあたしたちじゃなぁい。早々にこちらは静かになったことだしぃ、仲間の危機に馳せ参じたって訳よぉ、信じて?」

 わざとらしくため息をつきながら、食蜂が美琴の一つの問いに三つも四つも言葉を連ねて返す。

「ま、その必要はないようだけどね?あらかた片付いているみたいじゃあない?流石第三位の超電磁砲(レールガン)様ってとこかしらぁ?」

 

「別に、あたし一人の力じゃないから」

 美琴がちらりと隣で獣のように姿勢を低くしている黒子を見やり、頭をおもむろに撫でる。すると、黒子がばふっと空気を吐き出し、なぜかその場で倒れ込んだ。

 

「そっちこそ、こんな連中、やろうと思えば全員操って大人しくさせられるんでしょ?てか、どうせやったんでしょうに」

 美琴が言うと、食蜂はひらひらと手を顔の前で振ってみせた。

 

「やってないわよぉ」

 

「へぇ?」

 美琴が挑発するように声をかける。

「第五位の心理掌握(メンタルアウト)様なら、楽勝でしょ?できない訳―――」

 

 美琴はそこで言葉を切った。

 食蜂の顔から急に人を食ったような笑みが消え、真顔になったからだ。

 美琴がほとんど見たことのない、食蜂の表情だった。

 

「あの……」

 美琴が言いかけた所で、食蜂は真顔のまま、ずいっと美琴に近付く。

 極端に近い距離に顔を寄せ、そして、柔らかく重みのある感触が美琴の腕に絡みついた。

 

「触らぬ神に、祟りなし」

 

 生温かい吐息に包まれた食蜂の囁き声が、美琴の三半規管を撫で上げ、揺らした。

 美琴は肩を震わせ、思わず食蜂の体を両手で押しのけ、身を退いた。今しがたの言葉の意味を図りかねて、口を開いた。

 まだ、腕に生々しい感触がまとわっている。

「そっ、それって、どういう―――」

 

 一瞬俯いた後、すぐに食蜂は顔を上げた。

「あらあら!得体の知れないドラッグにあっぱらぱーになっている人たちの脳みそなんて、指先一つ触れたくもないわぁ?当たり前でしょ?」

 先ほどの真顔は隠され、再びいつもの笑みを貼り付けていた。

 

「私の周りには、優秀な人達がたくさんいるしぃ」

 食蜂が、隣に立つロールした髪を下げた背の高い女子の肩を叩いた。叩かれた女学生は謙遜するかのように目を閉じて顔をやや下に向けた。

「私が出るまでもないの。こんな悪漢たち相手にはね」

 

「嘘ついてない?アンタ」

 食蜂の言葉をまともに捉えず、美琴はなおも問い詰めようとする。

「一体、奴らの何を知って―――」

 

 その瞬間、遠くから爆音が聞こえ、辺りに地響きが伝った。

 美琴や他の学生たちは顔を同じ方向へと向け、地面をごろごろ簀巻かれたように転げていた黒子も正気に戻って立ち上がった。

 夜空の先に、遠くではあるがはっきりと、煌々とした炎の明かりとゆらめく黒煙が見えた。

 

「爆発……!」

 

「正義感の強い御坂さんなら、この事件を収める主役に相応しいと思うわぁ、心からね」

 食蜂は爆発を気にすることもなく、取り巻きと共に、はや背を向けていた。

「どうせあなたのことだもの、この寮だけじゃなく、街に繰り出て、アンチスキルの代わりに働こうとでも思っているんでしょう?門限まではまだ時間があるし……頑張りなさいな!連中、数だけは雨後の筍みたいだから、気をつけてねぇ」 

 

 ちょっと、と声をかける御坂に構わず、食蜂は仲間を引き連れて去っていった。

 

「何が目的ですの、食蜂は……」

 警戒の色を浮かべて黒子は去っていく食蜂の背中を睨む。

「……お姉様?」

 

「黒子」

 美琴は、爆炎が揺らめく方向の空を見据えながら言った。

「ああ言われちゃあ、黙ってらんない……いや、あの女の指図なんかじゃない。アンチスキルが動けないなら、私が、私の意思で、この騒ぎを起こしている主犯をとっ捕まえてみせる!」

 

 決然と立つ美琴の姿を、黒子は数秒の間見つめた後、ふっと笑みを零した。

「お姉様ならそう仰ると思っていましたわ」

 そして、黒子も美琴の横に並び立った。

「私も……お供致しますわ!」

 

 

 


 

 ―――第十学区、ストレンジ

 

「ここら一帯の帝国の野郎共は掃除し終えたぜ!金田ァ!」

 

「うっし!だがよ、そろそろパッド交換した方がいいぜぇ!?ソレぇ」

 金切り音を上げて側にバイクを停めた山形に、赤いツナギを身に付けた金田が茶化すように言った。

 

「その内な―――なあ金田。帝国の連中だがよ、こいつら新参者ばっかりだぜ。走りは野暮だし、こっちを挑発してたかと思ったら立ちゴケして、そのまま正気を失ってる奴もいた」

 気味悪ィよ、と山形は顔を(オイル)の匂いが染みついたタオルで拭い、地面へ唾を吐いた。

 

 山形の報告を聞いた甲斐が、金田へ顔を向けた。

「アイツら、ほっといてもアンチスキルがパクるぜ。寝かせとけよ」

 

「だがよ、鉄雄の野郎は見当たらねえ」

 道路標識の支柱をもぎ取って作った鉄パイプを拭きながら、忌々し気に山形は言った。

「こっちに来ちゃいないとなると……」

 

「……七学区か」

 金田が唸るように言った。

「駒場が言うには、あっちで暴れてンのは走り屋じゃねえ。レベルアッパーを餌にかき集めて来た能力者の集団だ。手こずってるらしい」

 

「能力者……」

 金田の言葉に、甲斐が表情を険しくする。

 

「何だよ、甲斐、ビビッてンのか?」

 山形がからかうような視線を向けると、甲斐はむすっとして唇を突き出す。

 

「違ェよバカ」

 

「能力者が群がってるってことは、幹部連中もそっちだ」

 金田が不敵に笑い、ゴーグルをかけ直した。

「ボスはその神輿のてっぺんってな……さぁて!駒場のゴリラに、縄張りを取り返す貸しを作ってやろうじゃねえか!」

 

 おお!と一同は声を上げ、再びそれぞれの愛機に跨り、エンジン音を轟かせる。

 

「待ってろよ鉄雄……!」

 引き裂いていく空気に黒髪をなびかせながら、山形は鉄パイプで地面を何度かノックする。

 その度に、燃えるような色を輝かせて火花が立ち、後方へと散っていった。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。