【完結】学園都市のナンバーズ   作:beatgazer

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「一体、何の騒ぎだってんだよ!これは……」

 息を切らしながら上条当麻は買い物途中だったにも関わらず店の外へ転がり出た。

 周りでは、同じような帰宅途中の学生や社会人を主とした客が、悲鳴を上げながら駆けていて、中には怪我を負ったのか明らかに顔や手に赤い筋を作っている者もいる。

 

 サイレンを鳴らし赤色灯を煌めかせながら、2,3台の警察車両が付近に停まった。間髪入れず、重厚な装備に身を固めた隊員が降りてくる。

 

「全員遠ざけろ!封鎖線をすぐに引け!」

 

「負傷者を救護します!動ける方は緑色のベストを来た隊員のもとまで来てください!」

 

「君、怪我は?」

 アンチスキルが口々に叫ぶ中、その中の一人が上条に話しかけて来た。暗褐色のフェイスアーマーの奥に、眼鏡をかけた顔が辛うじて見えた。

 

「いえ、俺は、大丈夫です」

 

「すまないが、協力願いたい。中の状況を教えてほしい。通報がいっぺんに来て、情報が錯綜している」

 呻き声や悲鳴が飛び交う中、5,6名の隊員がシールドを手に店舗の入り口に相対し、封鎖するように列を整えている。

 

「突然、何人かの客の様子がおかしくなって!」

 上条は、自分が見聞きしたことを何とか冷静に説明しようとする。

「叫び声上げたり、刃物を振り回したり……あと、能力者もいます!ッ多分、電撃使い(エレクトロマスター)

 

「君が見たのは、何人くらい?」

 

「わ、分かんないけど、3,4人かな―――能力者は1人だと―――」

 

 上条の説明は、唐突に悲嘆の叫び声がすぐ隣から聞こえて来たことで遮られた。

 バッグを肩にかけた女性が、店の入り口に向かって叫んでいる。子どもが!いないの!と泣き腫らしながら叫び、店へ戻ろうとするのを、アンチスキルに引き留められている。

 

「協力、感謝する」

 上条にきっちりと深く一礼すると、眼鏡の隊員は自身もシールドを手に店舗入口へと向かっていく。

 

 出て来やがったぞ!と誰かが叫んだ。

 若い男が、半狂乱に何事かを叫びながら、何かを振り回している。店舗内の照明に照らされたその得物の切っ先がギラリと光るのを、上条は見た。確保!と合図がかかり、一斉に複数人のアンチスキルがシールドで囲み、相手を地面へ押さえつけていく。

 

 その時、上条は、入口にほど近い駐車スペースで声を上げて泣く子供の姿を捉えた。3,4才くらいの男の子だろうか、いつの間にどこから現れたのか、小さな口を目いっぱいに開いて、空に向かって泣き、立ち尽くしている。

 

 先ほど、自身の子を探していた女性が、甲高く何か叫んだ。子どもの名だろうか。

 

「オイ!ダメだ!止めろ!」

 

 店舗入口を固めていたアンチスキルの集団から、急に慌てた声が上がる。

 本能的に、上条は嫌な予感がした。入口を見やると、数人の隊員が弾かれたように地面へ脱力した倒れ込むところだった。

 

「だっ大覚ゥ~~アキラ様の元へェェ!行くんだァ!!みんな行こうぜぇ、ハハハ!!」

 スラックスに白いシャツという、どこにでもいそうな高校生らしき装いの若い男が、顔のあちこちに痣を作りながら、笑い、叫んでいた。掲げた手に、コンセントに金属ピンを悪戯で差した時のように、青白い光と火花が迸っている。

 上条は右手を伸ばしながら咄嗟に駆け出す。その直後、別の隊員が男を引き倒すのと同時に、男の手からスパークが放たれた。

 

 上条の右手が男の子の眼前に差し出されたその時、電撃が炸裂し、周囲へねずみ花火のように弾け、霧散する。

 母親が駆け寄り、すぐさま泣きじゃくる男の子を抱き止め、一目散に離れた所へと逃げて行く。

 

 お礼の一言も言われる暇もなかったが、上条は安堵して息をつく。

「ビリビリに比べりゃぁ、静電気だな、あれくらい……」

 

「オイ、君!大丈夫か―――」

 

 先ほど、上条に話しかけて来た眼鏡の隊員が声をかけて来た。上条は右手首を何度か捻って、それから頷く。

 

「驚いたな……伝導を遮断する能力か―――」

 

「支部長!手一杯です!もっと増援がないと!」

 ()()()()()()()()()()勘違いした眼鏡の男に、救護担当を示す緑色のベストを付けた別のアンチスキルが懇願する。しかし、支部長と呼ばれた男は首を振った。

 

「とっくに要請している!しかし、この七学区だけでも、通報が冬眠明けのセミのように湧き出ている……緊急警報の発令もあり得るだろう。とにかく、拘束した奴を片っ端からぶちこめ、店舗内の避難は完了し―――」

 

 突然、上条の目の前で話し合っていた2人のアンチスキルが、ゴゴンという鈍い衝撃音と共に吹き飛ばされ、駐車場の地面を転がり、警備車両に叩きつけられて動かなくなった。

 上条が驚愕して店舗入口の方を見ると、身の丈2mは越しているだろうか、破れたジーンズに筋骨隆々とした上半身を際立たせる白い肌着のシャツ、それに似合わぬ生真面目そうな丸眼鏡を掛けた大男が仁王立ちしていた。

 

「何だアイツは!?」

 残された部下の隊員が一斉に距離をとって囲み、集中的に射撃を加える。暴徒鎮圧用のゴム弾だが、囲まれて撃たれればただでは済まないはずだ。上条が遠目に見ても、男は顔を幹のような両腕で覆い、怯んでいるように見える。

 だが、次の瞬間、男は背後にあった何かを片手で掴むと、それを思い切り振りかぶって放り投げる。ガタタタ、と歪んだ硬質な音が響くと、周囲を取り囲んでいたアンチスキルが、一人も余すことなく倒れ伏せた。

 

「えっ―――」

 上条は、アンチスキルが倒れていくのを目の当たりにしてから、咄嗟に頭を抱えて伏せた。

 その次の瞬間、伏せた上条の、ツンとした髪の毛先を刈り取るほどの勢いで何かが猛然と通り過ぎ、けたたましい音を立てて後方の警備車両に激突した。

 上条はそちらを見やってあんぐり口を開ける。ひしゃげたカートが車輪をからからと鳴らして宙を舞い、アスファルトに落下する。その横では、山道で大岩の落下を受けたかのように、上条が両手を広げたよりも大きくぐにゃりと変形したバンが、ゆっくりと傾き、横転した。

 

「お前達は、我が領土を侵犯している……!」

 周囲の野次馬から上がる喚声の中、唸るような低い声を男が発した。

「いずれ、お前達も臣下へ下るのだ。大覚様の……!」

 

「だいかく、だいかくって……訳分かんねえよッ!」

 思わず上条は叫んでいた。理不尽だと思ったからだ。

 こんなテロ紛いのことを仕出かしておいて、支配だとかそういった言葉を一方的に宣言するのは、全く受け容れられなかった。

 

 男の顔が、上条へと向けられる。

 マズい、と上条は咄嗟に感じた。悪寒が背中を駆け上がっている。

 ゴム弾の強襲を受けてひび割れた丸眼鏡の奥の眼が、上条には直接見えなくても、じっとこちらを捉えているのが分かる。

 

 男がガラガラと背後からまたカートを引っ張り上げ、マイバッグでも持つかのように片手で持ち上げた。

「反逆者が……!」

 歯を剥き出してそう唸るのを聞き、上条は背中を向けて逃げ出そうとする。

 

 

 

「逃げちまうんかよ?ここで」

 嫌に自信たっぷりな男の声が聞こえ、上条は思わず足を止める。あの「大覚様(ダイカクサマ)」シンパの眼鏡男ではない。

「さっき幼子を、身を挺して守ったろ?アレはなかなかの根性だったが……」

 上条の隣にふと現れた人物。前のボタンを留めず、腕に通しただけの白い学ランが、温い夜風に翻った。

「惜しいなあ、ここで背中を見せちまうんじゃ―――」

 

 うおおおっ!!と眼鏡男が気合いの乗った声を上げ、再びショッピングカートを投げ付けてくる。重力に引かれ落下することの無い、奇妙な弾丸のような軌道で、空気を切り裂いて迫って来る。

 

「まだまだ根性が足りないってもんよ!!」

 学ランの少年が迫り来るカートを片手で受け止め、足を一歩開いたかと思うと、その勢いを生かして体を一回転させる。そして、カートをお返しとばかりに眼鏡男へ向かってぶん投げた。

 カートが男の顔面に直撃して店舗に向かって吹っ飛ぶと、何故か店舗が天井を吹き飛ばして爆発を起こし、更にどう言う訳か航空ショーのようなカラフルな煙がもくもくと立ち込めた。

 

 野次馬も、苦境に陥っていたアンチスキルも、上条も、全員が口を半開きにして、言葉を失った。

 

「どぉだ。こんなモンよ。あの大男、体は鍛えてたみたいだが、あの『ちょっとすごいスローイン』で伸されちまうんじゃあ、根性が足りてねえな」

 

「いや!おかしいだろ!」

 明らかに的を射ていない少年の言葉を聞いて、放心していた上条は水を得た魚のように堰切って言葉を吐く。

「なんなんだよ!あの投げ返し!車がぺちゃんこになる弾丸みてえな物をなんでキャッチボールできんだよ!?」

 

「そりゃ、根性だ」

 

「あの爆発もか!?どうして煙に色が付いてるんだよ!ブルーインパルスじゃねえんだぞ!?」

 上条は、先ほどまで自分が買い物をしていて、今となっては半壊し瓦礫と化した店舗を指差して喚いた。

「第一、あんなことしたらお前、中に取り残された人が―――」

 

「ああ、それなら、心配いらねえ!」

 学ランの少年が、ぐっと親指を立てて笑って見せた。

 とても整った、美しい歯並びだった。

「客と従業員は、全員避難済みだ。中にいたのは、あの大男の取り巻きだけだ。『帝国』とかいう不良グループらしいな!食料やらめぼしいものを強奪していた!」

 

「どうして分かるんだよ」

 

「人生、壁の一つや二つ見透かすぐらいの洞察力は必要だろう?根性があれば、できる!」

 

「できねえよ!寧ろ教えてくれよ!そしたら俺、学校の『すけすけみるみる』だって、あんな苦労せずとも―――」

 

「すまん!後にしてくれ!」

 上条が半ばやけくそになって反論を試みていると、学ランの少年が掌を突きつけて制止した。少年が真剣な顔つきで夜空の一方向を見上げると、そちらでは火災が起きたのか、煌々とした明かりと、黒煙が立ち昇っているのが見えた。

 

「今、この辺りは非常に危険だ。アンチスキルは混乱しているようだからな!君も、すぐに避難したまえ!」

 え、ちょっと、という上条の声を置いてけぼりにして、少年は地響きを立ててビル3階程の高さまで跳び上がる。

 

「お前は、一体どうすんだよ!」

 

「俺か?俺は―――」

 空中に浮遊した少年が、にっと白い歯を浮かべて笑う。

「根性を入れに行くんだよ!ひ弱っちい帝国の奴らにな!!」 

 それから、少年は()()()()()()()、何もない空中をまるで運動場のトラックだとでもいうように駆けていく。白い学ランが翻り、さながら渡り鳥のようだった。

 

「…………」

 途方に暮れた上条が正気に戻ったのは、先ほど救った男の子とその母親が感謝を伝えに近づき、何度目か声をかけた時だった。

 

 


 

 

 学生街からやや離れた古い街並み。そこに不規則な蜘蛛の巣のように張り巡った路地の一画で、バイクに乗った3,4人の集団が弾かれたようにアスファルトを転がった。

 

「悪ィな!」

 物陰から仲間と共に姿を現した浜面は、歓喜の声を上げて走り、転げて呻いている一人の男の頭部をトルクスレンチで殴りつけた。

「今日いい天気だったからよ!物干しをしまい忘れて―――」

 

 不意に首筋に熱い物を感じた浜面は、咄嗟に身を屈める。

 頭から血を流した男が、浜面の背後から殴りつけようと拳を振り被った。浜面の頭をかすめた手は焼け爛れ、べろんと皮膚が剥離しぶら下がっていて、なぜか溶接工事のような火花がはっきりと散っている。

 

「んだよ、その能力……!」

 嫌悪感を顔に露わにして、浜面は腰を落とした体勢から素早く相手の足を払う。くぐもった声を上げて、相手が顔から地面につんのめった。

 追撃しようと浜面が立ち上がると、いきなり刺激臭のある液体が顔にかけられる。

 鼻腔に押し入るような臭いに、浜面はさっと血の気が引いた。

 

「ヤバ―――」

 地面に両手をつく男が浜面へと顔を向け、歯の抜けた顔でへらへら笑う。

 片手から、再び火花が散る。

 

 次の瞬間、強烈な踵落としが男の首筋に命中し、男は手足を震わせ、今度こそ動かなくなった。

 

「無事!?」

 大きな瞳に街灯を映して輝かせる、黒髪の少女。ケイだった。

 

「あ、ああ」

 自分とさほど年齢が変わらない筈なのに、どこか大人びた雰囲気を夜に醸し出すその姿を前に、浜面は言葉に詰まる。

「すまね、ケイちゃん」

 

 その時、丸太のような足が今しがた気絶させられた男の頭部を重機のように踏み抜き、アスファルトにヒビを入れた。

 

「シャワーでも浴びるんだな、浜面」

 レシートを吐き出すようないつもの声色で、針葉樹の古木を思わせる体躯のリーダー、駒場利徳が浜面を見下ろして言った。

「美女の鼻を曲げたいか?」

 

「……面目ねえ、駒場さん」

 地面にめりこんだ頭の四方から血を滲ませ、ひび割れにそって雪解け水のような血だまりを作りつつある男から視線を上げ、鼻の頭を掻きながら、浜面が礼を述べた。

 

「うわ……駒場クン、容赦ないね」

 ケイがくすくすと笑った。

 

 駒場はフンと鼻を鳴らすと、携帯電話を取り出して耳に当てる。

 

「こちらは大方片付いた」

 

『そうか、サンマは大漁だったかよ―――なんか言う事あンじゃねえか?』

 電話からは風切り音とエンジン音がやかましく聞こえ、その合間を縫うように勝気な声が聞こえてくる。

 自分の仲間が地面に転がる帝国の構成員たちを抱え、引きずっていくのを見ながら、駒場は僅かに目を細めた。

「そうだな―――礼を言う」

 

『はっ、俺たちのチームの追込みのお陰だぜ』

 

「礼がてらに伝える。俺たちの情報網によれば、より強力な能力者は七学区の学生街、お前達が向かっている方だ」

 駒場はより空が明るい、中心街の空へと顔を向けた。

「恐らく幹部連中がいるのだろう」

 

『鉄雄のことは聞いてねえか?』

 

「それがからっきしだ。お前の言う事が真実なら、今回音頭を取っているのが奴だとしても不自然ではないが……ただ、島鉄雄は長らく行方を眩ましていた。子分共が好き勝手に暴れているだけとも見える」

 

『ハッ』

 細かいことはどうでもいい、との意がこめられた返事が聞こえた。

『いいさ。ヤツをこの勢いで見つけて叩きのめしてやる。片腕がネジ巻きヤローなんだ、見りゃすぐに分かるさ』

 

駒場の耳が、遠くの空から伝わる微かなサイレンを捉えた。

 

「しくじるなよ、金田。そろそろ遅れていたアンチスキルが動き出す頃だ。ジャッジメントも駆り立てられているかもしれん」

 

『てめェこそな、ボスゴリラ』

 

 一際エンジンの唸る音が高まり、通話は切られた。

 

「ねえ」

 駒場が声をかけられた相手へ目をやる。

「帝国相手にジャッジメントも動き出すって……ほんと?」

 

「確証は無い、が……」

 駒場は逞しい腕を組んで、ケイに向かって言った。

「こんなどうしようもないクズが溢れる夜に、己の正義感だけで突っ走るジャッジメント。そんな奴に、心当たりがある……」

 

 ケイは駒場の言葉を聞き、唇をきゅっと噛み締め、それから口を開いた。

「ねえ、その幹部連中がいそうな場所って、どこ?」

 

 


 

 

「爆発が起きたのは、東の方―――一五学区寄りの化学工場!付近の一帯に避難勧告が出されたようですの!」

 

「派手な花火を打ち上げたって訳?ムカつく野郎じゃんホント……」

 路上の水分を凝結させて季節とは真逆の氷を張ろうとする男を電撃で昏倒させながら、御坂美琴は白井黒子に言葉を返した。

 二人は学生街まっただ中の大通りで、付近の建物を襲撃して回っている「帝国」構成員と戦っている。アンチスキルも駆け付けているものの、当初は相手の人数の多さ故に劣勢を強いられていたが、大能力者(レベル4)である黒子、超能力者(レベル5)である美琴の両名の加勢により状況を一変させていた。構成員は意味不明な言葉を喚き散らしながら、次々と逃げ出したり、拘束されたりしつつあったが、常盤台の学生寮に押し入ろうとした者たちと同様、まともに受け答えのできるものは滅多にいないようだった。

 

「事態のまずさにやっとアンチスキルも本腰を入れて来たようですし、既に通報はしましたが―――」

 黒子が不意に言葉を止め、手を翳して振り返る。

 美琴や黒子の目前の道路を、けたたましい音を引き連れて、何台ものバイクが猛スピードで駆け抜けていく。ドップラー効果によるエンジン音のグリッサンドが耳に張り付いた。

 

「止めて来ますわ!」

 

「ちょ、黒子―――」

 美琴が声をかけようとするが、もう一人奇声を上げて殴りかかって来た相手に気を取られる。黒子は既に空間移動を繰り返して、バイクの暴走集団に追いつこうと遠くへ去っていた。

「あんま深追いしないで―――!」

 

 

 

「かっ金田ァ!!ユーレイだァ!!!」

 

「はァ?やっと鉄雄を見つけたかも知れねエって時に、寝惚けてんじゃねェぞ!」

 甲斐が悲痛な叫びを上げたことで、バイクに乗って逃げる帝国の残党を追いかけていた金田の意識はそちらに逸れた。

「今時ユーレイなんて、この科学の都市(まち)にいる訳……」

 

 そういって視線を横に向けた金田は凍り付いた。

 ツインテールの少女の姿が、点滅するように現れては消え、しかしはっきりと確実に、疾走する金田のバイクの横に追随している。

 

「ひ、ひええええええ!!!!」

 金田がバイクを横倒しにして急ブレーキをかけたことで、チームの一団も止まることを余儀なくされる。

「あ、見た!俺も見たぞ甲斐ィ」

 

「だから言ったろがよ!女のユーレイがァ」

 

「バカヤロウこんな時に女だなんて盛ってンじゃねえよ猿かよテメェ」

 

「誰が、幽霊ですの?」

 バイクを停めた金田や甲斐、山形らメンバーが口々に喚く中、気取った声を出して、ローファーがアスファルトの上に軽快な音を立てて降り立った。

「うわ!出やがった、ターボばーちゃん!!」

 

「ああ、てめえ!こないだの……」

 甲斐が指さした先には、白井黒子が立っていた。

 

「騒いでいるから、またぞろ帝国のバカ連中かと思えば、あなた方とは……手出し無用、と申し上げた筈ですが!?」

 黒子が眉間に皺を寄せて甲斐に詰め寄る。

 

「いや、なんでてめえ追いつけるんだよ俺らに!?」

 

「私、空間移動の応用には心得がありましてよ?反復して行うことで、疑似的に新幹線程の速度で移動することなど、たやす……って金田正太郎!?」

 甲斐の隣で驚愕する、赤いツナギのリーダーを見て、黒子もまた驚きの声を上げる。

「今までどこにいらしてたんですの、あなた!?」

 

「っるせえよ、こっちにも色々事情があんだよ……」

 そこまで金田が話したところで、突然、金田や黒子たちの前方で爆炎が上がる。

 一同がそちらに顔を向けると、金田達が向かおうとしていた方向の、立体交差を構成しているトンネル内で火災が起こり、もくもくと黒煙が上がっている。サイレンが聞こえ、自動で作動するスプリンクラーが見えた。

 

「野郎!撒く気だぜ!」

 憤った山形がバイクの唸りを上げる。

 

「待ちなさい!誰を追いかけているのです!?」

 

「鉄雄に決まってンだろ畜生!」

 制止しようとする黒子にそう叫ぶと、山形は猛然と突き進み、炎と煙をものともせずトンネルへ突っ込んでいった。

 

「待て、ダメだ、山形ァ!!」

 金田は手を伸ばして叫んだ。とある過去が急に脳裏に蘇ってきたからだ。

 

 鉄雄がおかしくなったのは、あの日の夜が始まりだった。クラウンを追い掛けた鉄雄は一人トンネルを突き進み、そして―――。

 ダメだ、一人で行っては。

 

 油の匂いのただようトンネルを前に、金田は胸の奥に、じっとりとした悪寒が滑り寄るのを感じた。

 

 


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