【完結】学園都市のナンバーズ   作:beatgazer

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「見つけたぜ……」

 発泡性の消火剤が沁みる目を擦った山形は、トンネルの出口からほど近い場所で、横倒しになったバイクと、足を引きずりながら路肩へと逃げる男の姿を捉えた。黒の短髪に、小柄な背格好、グレーの作業服を身に付けたその背格好は、山形が知るかつての仲間の姿によく似ていた。また、バイクに乗っているにしては不自然なことに、左腕を覆う形で袈裟のような布切れを纏っていた。金田が言っていたように、左腕がおかしなことになっているのを隠しているのだと察した。

 

「待ちやがれ!鉄雄ォォ!!」

 山形は進路を左に切り、ふらついた足取りで路地に駆け込んだ男の背を追った。

 

 車1台がやっと通れるかという程度の幅の路地に、その男は蹲っていた。大通りの街灯の光が、男の丸まった背を照らし出している。

 バイクを停めるなり駆け出した山形は、勢いよくブーツでその背を蹴りつけ、男を地面へ這いつくばらせた。

「よくも好き勝手暴れてくれたな。鉄雄。ケツ持ちが……何があったよ」

 くぐもった声で呻き、咳込んでいる男の首根っこを、山形は掴み上げた。

「オラ、てめえ、ツラ見せろ―――」

 

 男の顔を自分へと向けた時、山形は目を見開いた。

 片目の上に大きな青痣を作った男の顔は、鉄雄とは明らかに別人だった。知らない若い男だ。

 

「ヒ、ヒヒ。俺が、鉄雄様だってェ?」

 男が引き攣ったように笑うと、唇の端から涎と血が混ざった粘液が垂れた。

 男は、布切れを翻し、()()()()()()()()()を伸ばし、山形の手首を掴んだ。

「ンな訳ねーだろォ。バァーカ!!」

 

 その時、山形は背後に別の気配を感じ、振り向こうとした。

 しかし、突如後頭部にピリッという痺れるような痛みを感じ、次の瞬間、全身の力が、糸が切れたようにぷつりと抜けて行った。

 

 ―――悪ィ、金田。しくじった……

 

 あっという間に暗くなっていく意識の中、山形はぼんやりとそう呟こうとしたが、既に言葉を紡ぐ力は失われていた。

 

 


 

 

 白井黒子は、火災が起きたトンネルを避け、まずトンネルの上を横切る線路のフェンス際に降り立つ。それから間もなく、線路の反対側、更にはトンネルの向こう側の道路上へと続けざまに空間移動した。

 アンチスキルによる道路規制のお陰で、片側3車線の通りには車通りが見当たらない。その中で、トンネルの出口からほど近い場所に、1台のバイクが横倒しになっているのを黒子は見つける。

 黒子はそのバイクに駆け寄る。付近には持ち主らしき者はいない。

 辺りを見回すと、横に入る細い路地に、別のバイクと、作業着姿の男が倒れているのを見つけた。

 黒子はうつ伏せに倒れている男のもとへ走り寄った。袖を乱暴に引き千切って無理やり半袖にしたようなシャツを着た男。仰向けに返したその顔に、黒子は見覚えがあった。

 

「あなたは……!」

 先ほど、一人でトンネル内へと突っ切っていった、金田のバイクチームの男だ。

 鼻の穴から、ドロッとした血液が流れ出している。

「しっかり……!」

 男の顎をやや上げて、黒子は顔を寄せる。それから、首元に人差し指と中指を揃えて当てる。

 ゆっくりとした動きが感じ取れる。しかし、呼びかけには全く応じない。

 

 俄かに背後が騒がしくなった。

「おい―――オイ!山形ァ!!」

 金田達だ。火災の起きているトンネルを避けて、遠回りして駆け付けて来たのだろうか。

 金田が真っ先に駆け寄り、横たわる山形の肩を掴む。

「そんな、嘘だろ―――なあ、山形、山形ッ!!」

 

「揺らさないでください!命に関わります!」

 黒子が金田の手首を掴み、一喝すると、金田は潤んだ目を黒子に向けた。

 

「あァ!?黙ってろ―――仲間が!山形が!」

 

「ですから!まだ生きています!!」

 黒子の重ねられた言葉に、金田は目を丸くする。

「すぐに病院へ連絡を。恐らく脳内出血を起こしています。でもまだ脈はある―――すぐに処置をしなければ!」

 

「ッ!畜生、ちくしょう……」

 金田が急いで携帯電話を取り出す横で、甲斐が言葉を詰まらせた。

「一体なんで、山形……」

 

「島鉄雄を追い掛けていた、というのは本当ですの!?」

 黒子が鋭く聞くと、甲斐が顔を上げる。

 

「あ、ああ、顔を直接見た訳じゃないが、仲間から情報を受けて、それで……後ろ姿がそっくりな奴を追い掛けてたんだ。……オイ、まさか―――」

 甲斐が目を見開く。

「鉄雄が―――鉄雄が、山形をやったってのか!?」

 

「いいえ。手を下したのは、恐らく違います」

 黒子は、拳を握り締めて立ち上がった。

「頭部に目立った外傷がないのに出血を起こしている……その手口の能力者に、心当たりがありますの」

 それから、黒子は歩き出し、大通りへと足を進める。

 

「オイ、待てよ!」

 金田が携帯を耳から離し、泣きそうな声で黒子へ叫んだ。

「どこへ行く気だ!鉄雄の野郎を狙ってるんなら、あいつは―――あいつは、俺がこの手で―――!」

 

「今、あなたがやるべきことは!!」

 黒子は顔を向けず、叫んだ。

 沸々とした怒りが、黒子の握られた拳に込められ、僅かに震えとなって滲み出ていた。

「お仲間の傍に居ることです。これ以上、死んではいけない。きっと、助かります。きっと!」

 

「じゃあ、お前はどうすんだよ!」

 金田の叫びに、黒子は言葉を返さなかった。

 次の瞬間、黒子の姿は、金田たちの前から掻き消えた。

 

 


 

 

 黒子が駆け付けたその化学工場では、消防が大挙して駆け付け、懸命な消火活動が続けられていた。

 正面入り口からやや離れた産業用道路に立った黒子は、巨大な玩具カプセルを思わせる幾つもの球形タンクの林の中で、濛々とした灰白色の煙が陽の沈み切った空へと立ち昇っていくのを目にしていた。一際背の高い、3本が一塊となっている赤い煙突からは、煙と共に時折、赤橙色の炎が渦巻くのが見えた。

 

「黒子ッ!」

 呼びかける声に、黒子が振り向く。そこには、肩で息をする御坂美琴が立っていた。

 

「こんな学区の端まで……一人で突っ走らないでって言ってるじゃん」

 口を片手で拭い、美琴がたしなめるように言った。

「あんた、前に帝国に捕まった時だって、そうやって―――」

 

「ええ。自らの未熟さは弁えておりますわ。だからこそ、お待ちしておりましたの、お姉様」

 黒子が決然とした口調で言う。瞳に、ゆらゆらとした炎の明かりや、消防の投光器から投げかけられる光が映っている。

「あれは、ポリカーボネート樹脂の原料を製造する化学工場。燃えているタンクには、フェノールから造られる有機化合物が貯蔵されてるとのこと。幸いにも火災発生時は終業後で、加えて自動化が進んでいたこともあって死傷者は無し。学園都市でも有数の企業の、管理が行き届いたこの工場にマッチを落とした輩―――まだ捕まっていない、帝国の幹部の仕業だと見ていますの」

 

「それって、島鉄雄?」

 

「……いえ」

 黒子の額に僅かに皺が寄り、視線が鋭くなる。

「先ほどお姉様が仰った……私、借りがありますの」

 

「黒子」

 美琴が黒子の横顔を見つめて言った。

「あんた、そいつってまさか」

 

「私が気になるのは、火事そのものではありませんわ」

 黒子は、火の手を上げている工場から顔を逸らし、別の方向を見た。

「……あの隣接する事務棟……アンチスキルの車が多く停まっていますわ。しかし……静かです。アンチスキルの影も見当たりません」

 美琴が黒子と同じ方向へ目を向けると、なるほど、車2台が通れるほどの門が開きっ放しの出入口の向こうに、紅白の送電鉄塔と3,4階建ての校舎のような形をした建物があり、その周囲にはサイレンを付けたままの警邏車両が、少なくとも十台は停まっている。しかし、不思議なことに、そちらに人の気配は感じられず、静かだ。

 

「行ってみましょう」

 黒子の言葉に、美琴も頷き、足を進めた。

 

 


 

 

 黒子と美琴が開いた門から敷地内へ入っていった直後、1台のワゴン車が道端に停まった。

 

「ありがとう。ここで降ろして」

 停車するなり、後部座席に座ったケイは早口に言った。

 

「けど、ケイさん……ほんとにいいのか?駒場さんは、そこまで深入りする必要は無いって」

 運転席から、浜面が心配そうに振り返った。

 

 ケイは顔を上げ、申し訳なさそうな表情を見せる。

「ごめんね、私のわがままに付き合わせて」

 

「何言ってんだい、お前だけ走らせはしないさ」

 助手席に岩の様に座っていたチヨコが車から降り、バックドアを開けて武器を探りながら言った。

 

「おばさん、でも」

 

「島崎がやられ、竜が生きているかどうかわからない今、あんたは私のたった一人の仲間だ。この街ではね」

 チヨコがケイに向かって冷静に言った。

「帝国の幹部連中がここにいるってんなら、ぶちのめしてやろうじゃないか……ウチの店を荒らしてくれた借りはきっちり返すさ」

 

「いや、これは元々、俺たちのチームと奴らとの争いだ」

 浜面が慌てたように言った。

「それなら寧ろ俺が―――」

 

「ドライバーが車を守んなきゃ、誰がこのアシの面倒を見るんだい?帰りは歩いていくだなんてご免だよ」

 チヨコが笑って言った。

「浜面、アンタはここに居な」

 

「ありがとう、おばさん」

 目を一瞬伏せてから、ケイは決然とした眼差しで、先ほど黒子たちが向かって行った先を見た。

「アンチスキルの車がいくつも止まってる……注意して行きましょう」

 そして、叶うなら、黒子と美琴の力になりたい。

 そうケイは胸の内で誓っていた。

 

 


 

 

「……やっぱりおかしい、隊員がいない」

 事務棟の建物に集っている車両を1台1台見て回りながら、黒子が呟いた。

 

「変ね。まさか車に一人も残さず、全員突入って訳でもないだろうし……ん?」

 怪訝そうに同意した美琴は、ある車両の陰、建物から見て反対側に隠れるように、何者かが膝を抱えて座り込んでいるのを見つけた。

 身に付けている装備から、美琴と黒子には、その人物がアンチスキルだと分かった。

 

「あの!ここで一体何が……」

 美琴は横から呼びかけたが、途中で声が萎んだ。

 そのアンチスキルは顔面の防具を外しており、若い男だと分かった。教壇に立ち始めてそう経っていないのだろう、大学生と言われても納得できる風貌だ。男は、美琴の声が聞こえているのかいないのか、一顧だにせずに、何かをしきりにぶつぶつと呟いている。

 

 ……いやだ、いやだ

 

 あまりにか細い声なので、え?と美琴は聞き返し、耳を欹てた。

 

「あの!」

 埒が明かない様子に、黒子が鋭く声をかける。

風紀委員(ジャッジメント)ですの!ここで、一体何が?」

 

 黒子の声に、やっと男は反応し、顔を上げた。その目は、ついさっきまで泣き腫らしていたかのように潤み、やや充血していた。

 

「……嫌だ……みんな、やられた」

 

「みんなって、仲間が?」

 美琴が尋ねると、男は目を瞬き、唇を噛み締めた。

 

「つ、通報を受けて来た……ここに、怪しい人物が入り込んでるって……踏み込んだら、みんな、バタバタ倒れて……こ、怖かったんだ俺は。まだ採用されて半年も経ってないんだ、何ができるって!?」

 男の肩がぶるぶると震えている。

 

「怪しいやつって、帝国?隣の工場の爆破を仕掛けた?」

 

「わ、分かんない―――何も分かってない……」

 美琴の問いに、男は首を振るばかりだった。

 

 黒子は、男の顔の高さに合わせて膝をついた。

「ならば、すぐに応援を―――」

 

「だから!俺たちが応援なんだよ!!」

 黒子の言葉を遮り、男が声を上擦らせた。

「先行のチームがパニックになったって報せを受けてきた!けど、俺らも蟻地獄にまんまと落ちたって訳だ!何もできやしないんだよ、何かが、マジでヤバい何かが、中にいるんだ。ここに……」

 

 黒子は口を真一文字に結ぶと立ち上がり、携帯電話を取り出し、アンチスキルの緊急コールへと連絡をとる。

 

「……ひとまず、私から改めて応援を要請しましたが、今はこの騒ぎで、すぐに駆け付ける雰囲気ではありませんわ」

 

「そう……なら」

 美琴は、車列の向こうに、静かに、どこか重みをもって居座る建物の姿を見つめる。

「どうする?」

 

「私がやるべきことは、決まっていますわ」

 黒子が美琴の隣に並び立つ。

「お姉様は?」

 

「もちろん」

 短く、しかし自信をもって美琴が答えた。

 黒子は、その返答を聞くと、満足そうに微笑んだ。

 

「……行くのか」

 すっかり気力を失くした隊員の男が、顔を黒子たちに向けて小さく呟いた。

「君ら、たかだか学生2人に何ができるとも思えないが」

 

「追加の応援は呼びました」

 気分を害するでもなく、黒子が言った。

「時間は少々かかるかもしれませんが……あなたはここでお待ちになっていて結構ですわ」

 

「……仲間をやられて、動けなくなった、情けない大人からの、せめてもの情報提供だ」

 男が目を伏せて言った。

「敵の姿は見てない。が、多分相手は見えない所から、こちらの行動を掴んでやがった」

 

 男の言葉に、黒子は目つきを鋭くする。

「それは、能力者ということですわね?」

 

「ああ、恐らく」

 男が微かに頷いた。

「俺たちの無線に割って入ってきたみたいだった。俺だけじゃない、みんなの頭の中で声がしたんだ……『お見通しだ』とか、そんな感じの。それからすぐ、みんな、急に糸が切れたみたいになった……」

 そこまで言って、男は膝を抱えて再び俯いた。

「死神みてえな奴だよ、あそこにいるのは」

 それきり、男は黙り込んだ。

 

 男の言葉を聞いた黒子は、拳を握り締めて、建物を睨みつけた。

「……やはり、私と因縁がある相手のようですの」

 

「だったらさ」

 美琴が黒子の肩に手を置いた。

「闇雲に飛び込んでも危険……だけど、相手が精神干渉系の能力者だっていうなら、分はこっちにある」

 

 目を丸くした黒子に、美琴はにっと歯を見せて笑いかけた。

「黒子に―――私の大切な仲間に。手を出したこと、絶対に後悔させてやるんだからね」

 

 

 

 


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