【完結】学園都市のナンバーズ   作:beatgazer

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「相手方の主だった幹部で、まだ活動を続けていると見られるのが、2名います。彼らのことを、アンチスキルは、『ホーズキ』と『鳥』と呼んでいます。内、『鳥』は、こちらの位置や思念を捕捉する、或いは念話(テレパス)を仕掛けてくる能力を持っていますの」

 黒子は、美琴にそう言った。

「能力の射程範囲は不明。しかし、先日の一九学区旧スタジアムの一件から推測されることには、鉄筋建築内の遮蔽物を超え、少なくとも3~40m離れた位置からこちらを捉えてくると見込まれています」

 

「もう一人の、『ホーズキ』って奴は?」

 美琴が問い返すと、黒子は明らかな嫌悪感を顔に浮かべた。

 

「……薄汚れた身なりの、肥満体の男ですわ。私は不意を衝かれてあっという間に意識を失いましたが……一九学区で殉職したアンチスキル2名の死因は、心停止。彼の仕業だと、生存者が述べています」

 

 黒子の言葉を聞いた美琴の背筋に、ぞわっと寒気が走った。

「……黒子、一歩間違えてたら、危なかったんじゃない」

 

「面目ありませんわ」

 

 目を伏せる黒子にかける言葉が見当たらず、美琴はコホンと一つ咳払いした。

「そういうことなら、まずはその『鳥』野郎をどうにかしないとね。私たちの行動が筒抜けになって、もう一人の仲間の所へ誘導される危険がある」

 

「ならば、建物の上の階を中心に攻めると?」

 

 黒子の問いに、美琴はウインクしてみせた。

「ええ、まずは、私一人でね」

 

 


 

 そして、美琴は現在、世闇に紛れ、事務棟の外壁を、磁力を操作することで蜘蛛のように登っている。

 

(高所からセンサーを張り巡らせているんだとしたら)

 美琴の掌が、外壁を構成する鋼板と引き合い、体を重力から引き揚げてくれる。

(内部よりも見晴らしのいい場所……屋上にきっといる)

 

 間もなく、美琴の体が3階を過ぎようという時、突如くぐもった銃声が連射して響き渡り、美琴が張り付いている壁面近くの窓ガラスが音を立てて外に向かって砕け散った。

 突然のことに驚愕した美琴は一瞬集中力が途切れ、途端に体が落下しそうになるのを何とか押し留め、体勢を元に戻した。

 窓はほぼ完全に吹き飛んでいる。美琴は横へ体を移動させると、顔を覗かせないよう注意を払いながら、中の様子を伺う。

 

「おばさん!」

 

 何者かが叫ぶのが聞こえた。

 その声に聞き覚えがあった美琴は、窓枠に足をかけると室内へ降り立つ。

 

 服とも呼べない汚らしい襤褸切れのようなものを纏った、頭の禿げあがった痩せぎすの男の背中が目前にあり、その向こうには、尻餅をついた大柄な女性と、庇うように立つ少女の姿が垣間見えた。

 

「ケイさんッ!!」

 美琴が叫ぶのと、男が振り向くのと、ケイが目を見開くのはほぼ同時だった。

 

「なんだァ?()()()()()()()()()

 男の顔が、窓から差し込む街明かりに照らされる。

 奇妙な風貌だった。青白い顔の、本来目があるべきところは薄汚れた赤い布で巻かれ塞がれており、剥げ上がった前頭部には大きく見開かれた一つ目のシンボルが墨のような黒で描かれている。

 そのシンボルが美琴を真正面から捉えている。思わず美琴は薄気味悪さを覚え、一瞬硬直した。

 

「我らが火祭りを邪魔立てするかッ!」

 美琴がハッとしたとき、男が素早い身のこなしで距離を詰め、片手にギラリと光る物を握り締めていた。

 

「ダメッ!!」

 ケイの声が響き、直後、けたたましい銃声が美琴の耳をつんざいた。

 ナイフが弾かれて壁に打ち付けられる。

 

「おのれッ!!」

 男は武器を弾かれた手をもう片手で押さえ、吐き捨てるが早いか、美琴の横をすり抜けて窓の外へと飛び出した。

 

 美琴はすぐさま振り返り様に電撃を放つが、男には当たらない。奇妙なことに、男は落下するでもなく、上昇気流に煽られるかのように、ふわりと視界の上へと飛び去るのが見えた。

 

「あれが、“鳥”……?」

 美琴は呟いたが、背後から聞こえた呻き声にハッとし、うずくまっている女性とケイに駆け寄った。

 

「大丈夫!?一体何が」

 

「御坂さん……おばさんが」

 ケイが泣きそうな顔をして言った。「おばさん」とケイが呼ぶその女性は、脇腹を押さえ、歯を食いしばっている。押さえている手から、赤い液体が滴っている。

 

「あたしなら、大丈夫さね」

 ヒューッと息を吐きながら、「おばさん」が言った。

「あの白い小僧、銃弾を弾きやがるとはね。細っこい見た目で判断しちゃいけないってことだ……」

 

「喋らないで!」

 ケイが来ていたベストを脱ぎ、女性の傷口を覆うように腰にきつく巻きつけようとする。

 

「なあ、あんた、超電磁砲(レールガン)だろ」

 チヨコが汗の滲む顔を上げ、美琴を見つめて言った。

「ウチの食堂に顔を出した時以来か……なんであんたがここに来たかは知らないが―――あの小僧とやり合うってなら、気を付けな。奴は帝国の幹部だ。どんな力を持っているか、見くびるんじゃなかったよ全く」

 

「……あなたたちこそ、何でこんなところにいるのかは分からないけど」

 目の前で流れ出る血の匂いに湧く不安を押さえながら、美琴は努めて冷静に言った。

「外に私の仲間がいる。風紀委員の。私から連絡を取るから、ここで動かないで」

 

「なに、風紀委員(ジャッジメント)だって―――」

 

「議論してる余裕があると思ってるの?」

 歯噛みするチヨコの言葉に被せるように、美琴はやや口調を強くする。

 ケイが仕舞い込んだ拳銃や、その仲間であろう怪我をした女性の背後に置かれている血に染まったショットガンを、美琴は見やった。彼女らが、ジャッジメントやアンチスキルとは決して相性が良くないだろうことは、美琴にも想像がついた。

 

「……ありがとう」

 ケイは言葉を詰まらせた後、頷いた。とても小さな声だった。

 

「あの蝙蝠は、すぐに片付けるから」

 美琴は振り返って駆け出すと、男の後を追って、窓の外へと飛び出した。

 

 


 

 

 運転席のハンドルに両手を預け、もたれかかっていた浜面は、ふとメール受信を告げた携帯電話を見て、目を丸くした。

 

「マジかよ―――」

 浜面は飛び起きると、すぐにケイへと連絡を試みる。

「……ヤベえ、出ない」

 携帯電話をポケットに突っ込み、浜面は弾かれたようにドアを開け、車外へ飛び出した。

「早く―――知らせなきゃ!」

 浜面は、全力で体を動かし、先ほどケイとチヨコが向かった事務棟へと夜の闇の中を走って行った。

 

 


 

 

 金属製のフェンスを易々と乗り越えた美琴は、だだっ広い屋上へと降り立った。そこはバスケットコート2面を合わせた程度の広さがあり、南向きの方向には空調の室外機の様な外見をした機械が4,5個設置されていた。隣接する敷地で今なお上がる火の手の明かりが差し込み、ウレタン防水加工が施された床を照らし光沢を生み出していた。時折形を変えて揺らめく長い影を落としているのは、美琴と、もう1名居た。

 

「何故だ!」

 一つ目のシンボルを前頭部に仕込んだ男、「鳥男」が美琴の姿を見て叫んだ。

「俺の“目”は曇りない筈!貴様のことが全く分からん。霞のようだ……何故読めない!何故捉えられない!?」

 

「残念ね」

 美琴がゆっくりと前進し、距離を詰めながら言った。

読心能力(サイコメトリー)だかなんだか知らないけど、私に索敵を仕掛けてもムダ。アンタ、『帝国』の偉いヤツなんだって?聞きたいことがあるんだけど―――」

 

()()()め!」

 

 鳥男が滑るように美琴に迫って来た。しかし、美琴は2,3歩横に体をずらすと、鳥男はそのまま通り過ぎ、前のめって困惑したように立ち止まった。

 

「どこだ!どこにいる!?」

 

「……アンタ、おかしいよ」

 目隠しをされた顔で辺りをきょろきょろと見回す鳥男の姿は、美琴にとって奇妙で、不格好で、薄気味悪かった。

 元々の視角を塞いでいる以上、何らかの能力を行使してこちらの位置を把握しようと試みているとみるべきだったが、現在の鳥男の様子は、正しく美琴を捉えているとは言い難い。美琴のもつ電磁波の防壁のお陰か、それとも幻想御手(レベルアッパー)の狂乱が忍び寄っているせいなのか、美琴には断定できなかった。

 

「今宵は我らが帝国、一世一代の火祭り!大覚様の大いなる目覚めのため、鉄雄様の望みのため、有象無象の者共に邪魔立てはさせん!」

 

「一世一代どころか、ここでお終いにする」

 美琴が吐き捨てるように言い、電撃を放つと、くぐもった声を上げて鳥男が片手を押さえ、うずくまる。先程ケイに弾かれたもの以外に、二丁目の武器を携えていたが、それもまた手から取り零す。収納式のナイフが、一瞬光を煌めかせながら落ちる。

「大覚様って何?島鉄雄の目的は?どこにいるの?……いや、それよりも」

 美琴は電光を時折体の周囲に迸らせながら、怒りを顔に湛えて歩く。

「黒子に手を出したばかりじゃなく、常盤台(ウチ)の寮まで襲って……とりあえず、一発痛い目に遭ってもらうよ」

 

美琴の手がぎゅっと握り締められた。

 その姿が見えているのかいないのか、目隠しをした顔だけははっきりと美琴へ向けた鳥男は、急にハッハッハッと引き攣った笑い声を上げた。

 

「俺一人をどっ、どうした所で―――もう遅い!始まっている!とっ止められないんだ―――大覚様の目覚めは!鉄雄様は!」

 後ずさりした鳥男は、よろめきながら室外機の上によじ登る。そして、フェンスに背を預ける。

 そのフェンスが、脆くひしゃげる音を立てて後方へ倒れる。

 

「あっ―――」

 美琴が声を漏らしたその時、鳥男の姿が見えなくなった。

 美琴は駆け寄り、今まさに落下していく鳥男の姿を凝視した。

 美琴の思考が、周囲の状況を瞬時に把握し、次の瞬間、強烈に軋む音が木霊した。

 

 

 

「……たとえ事故でも、死なれたら寝覚めが悪いに決まってる」

 美琴は自分にそう言い聞かせた。

 地面ギリギリの位置で、まるでのたくる蛇のように湾曲した雨樋の排水パイプが、鳥男の体を巻き上げていた。

「パイプが鋼鈑(トタン)だから良かったけど……アンタみたいなクズ野郎だって、勝手にあの世へ逃げるだなんて許さないんだから」

 

 美琴が磁力操作を解除すると、力を失った歪んだパイプは軋みながら壁へと向かってしなり、鳥男の体は冷たい地面を二転三転した。

 美琴は金属製の壁伝いに降りていくと、相変わらず引き攣った笑いを上げながら倒れている鳥男へと近付いた。

 

「いつまで笑ってんの―――答えてもらわなきゃいけないことがいっぱいあるんだから。いい加減その気色悪い目隠しを取れっての―――」

 美琴は無理やり、鳥男の目を覆う布切れに手をかけ、引き解いた。

「……え?」

 暗がりでよく見えないその貌を、美琴は電光を灯して照らす。

そして、それを目の当たりにした瞬間、美琴は抑えきれず、悲鳴を上げた。

 

 


 

 

「お姉様?何発も銃声が聞こえた物ですから、心配しました!」

 アンチスキルの車列に隠れて待機していた黒子は、携帯電話で美琴と連絡をとっている。

『黒子。鳥男は捕まえた。もう建物に入って大丈夫だと思う』

 

「本当ですか!」

 

『ていうかこいつ、例の昏睡が始まって、動かないよ、もう』

 

「あの、お姉様?」

 黒子は相手の声色にまるで覇気が無いのを心配する。

「ご無事で?」

 

『……ああ、私は大丈夫。ただ、ちょっと嫌なもの見ちゃって―――それより』

 美琴が空元気を出すように咳払いした。

『そこにいる若い男の先生、こっちに寄越してくれる?黒子から見て反対側の敷地に鳥男はいるから、拘束してほしい。逃げないとは思うけど』

 

「了解ですわ!」

 

『それから、3階の東側の突き当りの部屋に、2人、人がいる―――ケイさんと、もう一人知らない女の人』

 

「ケイさんが?」

 黒子は意外な名を聞き、驚きの声を上げる。

 

『連れている女の人が怪我をしている。何とかできないかな?』

 

「……分かりました。私としては、今すぐにでもホーズキ男をぶちのめしに行きたい所ですが、もうすぐ増援のアンチスキルも到着しますし、ここは人手を揃えてから行く方が安全でしょう」

 

『うん。私もなるべく早く合流する』

 

 通話を終えると、黒子はいまだ怯えている若いアンチスキルに声をかけようと歩き始める。

 その時、建物から、発砲音が聞こえる。

 黒子はその音に足を止める。

「……また銃声……?」

 

 


 

 

「ケイちゃん、逃げろ!」

 

 浜面の声が廊下に反響し、続け様につんざくような発砲音が2,3発聞こえる。

 ケイは必死に冷たい床を這いつくばって、体を動かす。先ほどから相変わらず、両足の膝辺りから下の感覚が、まるでマネキンにすり替えられたようにぼんやりしている。そのくせ、太腿が接種を受けた後の腫れ上がりのように、妙に熱を帯びていて、とても気味の悪い感覚だった。

 

「畜生、なんで、なんで当たらねえんだよてめえ!バケモンかよ―――」

 空撃ちの音がカチカチと聞こえる。

 私もそうだった、とケイはぼんやりと考えた。発汗が激しく、髪が濡れ、床の埃が毛先にこびりついた。おばさんは大丈夫だろうか。今はただ、自分はとにかく逃げなければならない。

 

 もみ合う気配の後、どうっと何かが倒れる音。

 一瞬、期待がケイの頭をよぎったが、次の瞬間聞こえて来た声に、ストンと気持ちが奈落の底に落ちる感覚がした。

 

「ぼっぼくを苛める気だな?お前も―――不良だ、悪者は……みんなやっつけなくちゃだよなぁ」

 

 あの頬かむりをした奇妙な小男だ。

 この建物に入った瞬間に感じた得体の知れぬ悪寒。その発信源は全てこの男だったと、ケイは今になって分かる。

あの目隠しをした仲間ではない。こいつが本丸だ。

 ちらりと目線を背後にやると、倒れ込んだ浜面の金髪が垣間見えた。

 やられたのか。この建物内で、散々に打ち棄てられていた、アンチスキルの連中と同じように。

 

「なあ、鳥男(とりお)ぉ!なぁんでさっきから、返事しないんだよぉ」

 間延びした声で、小男が叫ぶ。

「どぉだ、ぼっぼくは、やったぞお。こんなに、やっつけた!ぼくの手柄だ!そうだろ?銃なんて意味ないさぁ、なんてったって僕ら、()()()()()()()()()()()()()んだからね!」

 カラカラと音を立てて、ケイの傍まで何かが床を滑って来た。

 浜面の銃だ。ケイはそれを掴もうと手を横に伸ばす。

「だから、みんなの力は、僕たちへと集まる……」

 

 途端に、体重が手の甲にのしかかり、ケイは顔を歪める。

 この夏の盛りに似つかわしくない、長靴のような不格好なブーツだった。

 

「ムダだよぉ、弾切れみたいだしねえ、ソレ。君の銃と、おっ、おんなじさぁ」

 ギリギリと自分の手を踏みつける汚れた靴から、その持ち主のそばかすだらけの顔へと、ケイは顔を上げ、渾身の怒りを込めて睨みつけた。

 

「いい目してるよォ、ぼっぼくはさ、そういう目が嫌いじゃない……君みたいな、きれいな女の子が、悔しがる、苦しんでる、そういう顔がさァ!だから―――」

 

 突如、小男はケイの手を踏みつけていた足の力を緩め、廊下の先へと注意を向ける。

 小男が右手をぐっと握り締めて伸ばした。

「隠れたってムダさあ!知ってるぞぉ!!」

 叫び声の後、ずっと先の曲がり角から、どたっと白井黒子が姿を現し、そのまま体を倒れ込ませた。

 

 

 

 何故?

 突如右半身の力が抜けて身体をつんのめらせた黒子は、疑問を頭に浮かべた。

 

「鳥男がやられたのに、なんでえって思ってんだろお!へっへっへへ、へ、お見通しだ。ぞぉ」

 人差し指を立てて笑いながら、「ホーズキ男」が勝ち誇った。

「でもさあ、鉄雄様の後にレベルアッパーを聞いた奴で、生き残りは多分僕だけだろぉ?つまりはだ、今びょーいんで寝てる連中の演算能力の、少なくとも半分は僕のもんってワケだよ!うん?ちがった?4分の1だったかな?うんまあ、どうでもいいことだねぇウン……」

 

 ホーズキ男は一度言葉を区切り、自分のソーセージのような親指を噛み切った。

 末節の傷口から染み出した赤黒い血液が、ホーズキ男の眼前で雨粒のように丸い雫をつくり、浮かび上がった。それらの粒が弾丸のように飛び、黒子の顔に弾ける。

 黒子は目を全力で瞑った。言いようのない嫌悪感が、全身を舐め上げていく。

 

「つまりはだ、ぼくの力……ぼくは“血流操作(ブラッディハンド)”って勝手に呼んでるけど……一定の範囲内だったらね、分かるのさ……どこの誰が、どんな血液型をしていて、どんだけコレステロール値が高くって……どんな流れをしているのか、とかね。隠れたってムダっていった意味、分かったぁ?もっとも、ぼくは運動音痴だから、鳥男と()ができなきゃ、攻めるには向いてないんだけどねえ」

 

 黒子は、急激に痺れて感覚がなくなり始めた左腕と左足のことを考えた。

 血の巡りを滞らされているのだ。

 ここに来るまでに倒れていた何人ものアンチスキルも、山形も、そうやって脳への血流を阻害され、意識を奪われたのだ。

 幸い、自分の思考はまだはっきりしている。

 しかし、まだ自由が利く左手を懸命に動かすが、右足の腿に忍ばせた鉄釘を上手く取り出せない。

 焦りが黒子の脳裏に湧き上がる。

 

「さて、ぼくの凄さがさぁ、分かってもらえたところで、いよいよ君みたいな、知ったかぶったジャッジメントをやっつけてあげるんだ。嫌いなんだよねぇ、君らのこと……いっくら僕がリンチされてたって、たぁすけも、し、ししなかった癖にぃ」

 黒子は、身動きのとれない自分へと、悠々と歩き出そうとするホーズキ男をきっと見返した。

 

しかし、男は急に倒れ込んだ。

 

「なっ!」

 ホーズキ男が顔を振り返らせる。

 上半身の自由が利くケイが、黒髪を振り乱し、必死の形相でホーズキ男の片脚を掴み、引き倒していた。

「お前、はっ放せ、放せよぉおお!!」

 ホーズキ男が右手を開いて、ケイの顔先に突きつける。

 次の瞬間、ケイがぷっつりと糸が切れたように、力を抜き、頽れる。

 

 黒子は、左手で、黒く冷たいその感触を確かに掴んだ。

 ケイが、ホーズキ男に掴みかかる前に、思い切り投げて床を滑らせた、浜面の拳銃だ。

 

「はっ、それでどうしようって?」

 立ち上がったホーズキ男が、肩を竦めて厭味ったらしく言った。

「それ、弾切れだよ?」

 

「ええ」

 黒子は、ホーズキ男をまっすぐ見据えながら、はっきりと言った。

「ありがとう、ケイさん……とにかく、手に触れれば十分ですの」

 

 次の瞬間、ホーズキ男が苦悶の叫び声を上げた。

ああああああああああっっっっ!!!

 ホーズキ男は、自分の右手を見ていた。

 その掌のほぼ真ん中に、黒子が転移させた拳銃の銃身が刺さっていた。自身の血が、貫通した隙間から、ぴゅっぴゅっと弾け飛んでいる。

「手が、手があああああっ!?」

 

「あなたは、能力を発動させるときに、必ず右手を相手に向ける。それがトリガーでしょう?」

 黒子は、滞っていた血流が堰を切った雪解け水のように体中を巡るのを感じていた。

「鳥男の位置探知と、念話……その助力で、あなたは、この建物内に侵入したアンチスキルの血流を遠隔的に操作して、戦闘不能に追い込んだ」

 急に全身が温められるようだ。眠気に似た倦怠感が黒子を包み込みつつあった。

「でも、なぜでしょうね。皆、息がありましたわよ?倒れていた皆……バイカーズの山形も……」

 

 レベルアッパーが、自分を選んだと、ホーズキ男は誇らしげに言っていた。

 本当にそうだろうか?

 あれがもたらす狂乱から、逃れられる者などいないのではないか?

 だから、能力行使の精度が低くなって……

 

 黒子は耐えられなくなり、床に体を横たえて、重たい瞼をこじ開ける抵抗を止めた。

 

・・・・・・ろこ!ろこっ・・・・・・!」

 ああ、大好きな、安心する声がする。

 幾人もの足音に混じって聞こえる親愛なるルームメイトの声をとどめに、黒子は意識を手放した。

 

 

 

 


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