【完結】学園都市のナンバーズ   作:beatgazer

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本話より、最終章です。


XXII.アキラ
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7月23日未明 ―――第二学区、某所

 

「全く、ここは蒸し風呂のようだ―――空調機能の強化にもっと予算請求すべきだったな、これは」

 ごちゃごちゃと計器や配管、コードが乱雑に配置された狭苦しい車内で、汚れた白衣を着たドクターが汗を拭いながらぼやいた。普段はライオンを思わせる逆立った白髪が、今は汗で垂れ下がり、生え際を後退させている額に張り付いている。

「まだ出発しないのかね!?」

 

「統括理事会の連中が出した警報の発効まであと何分だ?」

 無数のモニターに囲まれた前方の運転席に向かって、後ろから敷島大佐が声をかける。

 

 2分10秒です、と運転席に座る部下がきびきびと返事をする。

 

「対SB(セキュリティーボール)妨害電波の最終チェックを」

 室内にもう1人座る部下が、大佐の指示に対してレバーを幾つか上げ下げし、モニターを見つめる。問題なし、との返答がある。

 

「本当にうまくいくんだろうな……」

 ドクターが眼鏡を白衣の袖で拭きながら言った。元々袖自体が汚れているので、レンズが綺麗になるかは未知数だ。

「普通に走ればものの数十分で着く道程だのに、こんなかくれんぼをしながら行くとは、まるで犯罪者じゃないか」

 

 あながち間違いではないのかもしれない、と大佐はドクターの言葉を聞いて思った。脳裏には、崩壊していく(アーミー)本部のビルの姿が蘇った。

 出発時刻が迫る車内の後方へと、頭を屈めながら大佐は足を進め、積荷スペースとの間に特設された金属製の扉を押し開ける。

 

「気分はどうだ、お前たち」

 

 本来はがらんどうの貨物スペースであるはずの後方は、移動式の救急医療車両のように改造されている。簡易ベッドには目を閉じた25号(キヨコ)が横たわり、壁際の折り畳み椅子は26号(タカシ)が、そしてベルトで固定された車椅子には、27号(マサル)が座っていた。そしてその周囲を、足を抱えるようにして、けれども警戒心を一切緩めない目つきで、少数の生き残りの兵士が固めていた。

 

「問題ありませんよ、今のところは」

 マサルが大佐を見上げて答える。

 

「キヨコは?」

 

「眠っています。薬に限りがある今、無暗にアキラ君や鉄雄君を追跡するのは危険ですから」

 マサルは、微かに呼吸音を立てているキヨコを横目に答えた。

 

「とっても静かだ」

 タカシが、窓一つない壁を見上げて言った。。

「昨日の夜まではいろんな声が聞こえていたけど、今は全然……」

 

「アキラの気配は感じるか?」

 大佐の厳めしい声に、タカシもマサルも首を振る。

 

「けど、眠る直前、キヨコは間違いなく、今日この日に、鉄雄君がアキラ君を“揺さぶる”って言ってました」

 

「……41号」

 

 暫し目を閉じた後、大佐は体の向きを変え、元の座席へと戻り、どっかりと座った。

石棺(サルコファギ)へ向かう。アキラを、41号を止める最後のチャンスだ。心してかかれ」

 

 

 間もなく、市街地のとある地下駐車場から、一台の大型トラックに偽装したアーミーの秘密車両が現れ、昨日までの大騒ぎが嘘のように消えた明け方の街を静かに移動し始めた。

 

 


 

 

 ―――第七学区、常盤台中学 学生寮

 

「カオリさんが居なくなった!?」

 学生寮の自室のベッドに座ったパジャマ姿の御坂美琴は、携帯電話を耳に当てて叫んだ。

「なんでまた?」

昨晩、帝国の暴漢を追いかけて夜の街へ繰り出した挙句、門限を破って帰宅したことで、寮監からはこっぴどく絞られた。這う這うの体でベッドに飛び込んでから、まだほんの数分しか経っていないような気がする。しかし、白井黒子からまず聞かされた言葉に、美琴の眠気は一気に吹き飛び、思考が覚醒していた。

 

『詳しいことはまだ不明です。けれども、帝国の活動が激化した昨日から、危険が及ぶことを防ぐために、カオリさんにはアンチスキルの身辺警護がついていた筈ですの』

 電話からは、黒子の押し殺したような声が聞こえる。時間が時間であるため、病院で通話をするには、かなり人目を気にしなければならないだろう。

 

『初春が寄せてくれた情報によれば、昨晩20時の定時連絡を最後に、警護担当の職員からの報告が途絶えていたようです。その担当職員は身柄を確保されていますが、カオリさんの部屋はもぬけの殻。携帯電話や貴重品の類も置きっ放しのようですし……』

 

「まさか、帝国―――いや、島鉄雄が!?」

 かつてカオリをガールフレンドとして従えていたという、帝国の首領の名を、美琴は怒りを込めて呼んだ。

 

『可能性はあります。他のメンバーが軒並み捕まっている中で、いまだに行方を眩ましたままですから。とにかく、私は今日午前での退院許可が出ていますから、これから大急ぎで荷物をまとめて、支部へ向かいます。アンチスキルは昨日の今日で混乱が続いていますから、どこまで追えるか……初春と協力して、付近の監視カメラの映像を洗い出しますの』

 

「私も行く!」

 片手で制服のブラウスをクローゼットから引き出しながら、美琴は勢いよく言った。

 

『ダメです!』

 しかし、すかさず聞こえた黒子の返答は拒絶だった。美琴は面食らい、抗議の声を上げる。

 

「どうして!」

 

『ニュース、見ましたか?統括理事会はアーミーのクーデター騒ぎ、それと帝国の暴動を受けて、つい先程から、七学区や十学区、二学区に第五警報を発効させましたわ!』

 

「だ、だいごって―――」

 

『“重大な科学技術の流出が著しく懸念される事態”に発令される、アレですわ―――早い話が、生活必需品の買い出しや、エッセンシャルワーカーの移動を除き、学区内はロックダウンが敷かれています。今月初めのガス爆発騒ぎとは段違いの措置ですの。既にアンチスキルや帰順したアーミーの兵隊たちが、至る所に検問を始めていると聞きます。私たちジャッジメントは、身分を示せば通してもらえますが、一般の学生が捕まったなら、いくらLEVEL5(お姉様)といえども、面倒なことになりますの』

 

「でも、だからって―――」

美琴は部屋の南向きのカーテンを開けた。夏の急き立てるような夜明けは、既に外の街並みを夜の名残から引きずり出そうとしている。

「黙ってじっとしてることなんてできない!私は行く!島鉄雄がカオリさんを使ってこれ以上何か企もうっていうなら、絶対に止める!カオリさんを助け出す!」

 

 電話の向こうで、ゆっくりとしたため息が聞こえた。

 

『まあ……お姉様ならそう仰って憚らないと思いましたわ』

 黒子が言った。

『分かりました。(わたくし)がまずそちらに戻ります。それから一緒に発ち、初春と合流しましょう。今しばらくどうか、お待ちになってほしいです。何とかしてみせますわ』

 

「ありがとう、黒子」

 体に気を付けて、と美琴は気遣いの言葉を添えると、電話を切り、白み始めた空を睨んだ。

 そういえば、黒子は朝ご飯を食べてくるのだろうか。病院食となれば、舌の肥えた黒子には物足りないだろうか。

 味に自信は無くとも、自分が作ったものなら、喜んで何でも食べるだろう。取り急ぎ美琴は、これから来るであろう戦いに備えて、ルームメイトの分も含めて、腹ごしらえの支度をすることにした。

 

 


 

 

 ―――第一〇学区、春木屋

 

「オイ、起きろ……いつまで寝てンだよ赤大根野郎!」

 後頭部への重たい衝撃と、ささくれ立った畳が頬に擦れる痛みとで、金田は突然、ぬるま湯のような眠りから釣り上げられた。

 強制的な起床特有の苛立ちを、金田は寝惚け眼で相手を睨みつけることで精いっぱいぶつけようとする。

「ッてェな……何すンだよ黒ブタ」

 

「黙れ。汗臭ェんだよてめェ、昨日の走りから風呂入ってねえだろ、シャワー浴びてこいや……ていうかだな、朝っぱらのこの時間に集合ッつッたのはてめえだぞ金田」

 達磨に四肢が生えたかの様な体躯の男、ジョーカーが、腕を組み仁王立ちしながら金田を見下げて言った。

 

 そうだっけ、とぼやき、あぐらをかいた金田は後頭部を掻く。

 後ろでは、同じように雑魚寝していた甲斐が、畳に転がっていたコークの空き瓶でジョーカーに背中を殴りつけられ、強引に起こされていた。

 

 昨晩、山形が緊急入院した病院から、怒りに身を任せてバイクを走らせ、やがてこの春木屋へ転がり込むように戻って来た。心には、大切な仲間をやられておきながら、鉄雄を探し当てられなかった敗北感が満ちていた。マスターの制止も聞かずにこの空いていた黴臭い従業員部屋へ押し入り、それから他のチームと連絡を取り合い、そうこうしている内に夜が深くなっていった。

 そうして、夜明けを迎えていた。

 

「……ほかの奴らは」

 金田はぼやいた。ジョーカーが振り返って再び金田を見る。

「もう……みんな来てるのか」

 

「馬ッ鹿じゃねえのお前。来れる訳ねえだろ」

 大げさに肩を竦めて否定してみせるジョーカーに、金田は苛立ちを露わにする。

 

「なンでだよ」

 

「これを見ろッての」

 ジョーカーが携帯電話に何度か指を滑らせて、画面を金田に突きつけてみせる。

 そこにはSNSのタイムラインが表示されている。同じような画像や動画がいくつもアップロードされていた。

 

「何だよ、この……コタツがおハギ乗っけたような代物は」

 金田が動画を目にしてから、自身の知識を基に直感的に表現したその機械の外見は、奇妙な物だった。街灯が輝く真夜中の公道を、ブーンという駆動音を立てながら素早く移動しているのは、5台が1列に連結した赤色のドーム型の機械だった。ドーム1つの幅は、乗用車1台分程あるだろうか、それはおおよそ正八角形に造られた平面フレームの上に設置され、八角形の頂点の内の1つおき、合計4つの頂点から、馬の脚をセラミックでカバーしたような、関節を1つずつ持つ脚が生えている。それらの先には金田達のバイクよりは一回り小さい車輪が付いていて、夜道を滑るように移動するその様は、4本脚の蜘蛛が規則正しく整列して動いているようにも見えた。

 

「これ……セキュリティ・ボールじゃねえか」

 腰を摩りながら、身を乗り出して来た甲斐が思い出したように言った。

 

「何のスポーツだよそりゃ」

 金田の言葉に、ちげえよ、と甲斐がやや呆れたように答える。

 

「そういう名前の、無人警戒機だよ。確か、アーミーと学園都市が共同開発したとかいう……最近だと、三学区で春にやってた、科学技術サミットの警備に駆り出されてたんじゃなかったか?」

 甲斐が目を擦りながら言った。

 

 そうか、と金田は適当に相槌を打ち、それから立ったままのジョーカーを睨みつける。

「で、何でその“電気ごたつ”が街中を散歩してるって?」 

 

 ジョーカーはすぐには答えず、どっかりとあぐらをかいて畳に座ってから、やおらに口を開いた。

「……警報だ」

 

「ゲリラ豪雨でも来ンのか?『おりひめ』の計算も予報できないことがあるンか?」

 

「そうじゃねえ。理事会だ」

 舌打ちしてジョーカーが言った。

「統括理事会が、レベル5の警報をこの学区に出しやがった。店の外へ出ようモンなら、山手線の電車位にはコイツを拝めるぜ」

 

「5ってなると、つまりは……俺らは外へ出た途端捕まるってことじゃねえか!」

 甲斐の言葉に、金田も事態の厳しさを徐々に理解することができた。

 

 金田は膝の上に置いた拳に力を入れる。

「ンだと、マジなのか!?帝国もバラバラになって、後は鉄雄を絞めるだけだってこの時に!」

 

「でもジョーカー、おかしくないか?セキュリティ・ボールも警報も、元はといえばアーミーの管轄だったんじゃなかったのか?」

 甲斐が疑問をぶつけると、ジョーカーはタイヤ痕のペイントを施した厳つい顔を左右に振った。

 

「クーデターを潰されて、リーダーが生きてるか死んでるかも分からねえのに、今のアーミーにそんな権限があると思うか?東京だよ。政府が防衛省に圧力かけて、権限を理事会に売っ払っちまいやがったのさ。おまけに、このマシンだけじゃねえ、アンチスキル、それに投降したアーミーの兵士までもかき集められて、あちこちに検問が敷かれてるらしい。俺たちは当分、この狭っ苦しい店ン中に缶詰って訳さ」

 

 ジョーカーの言葉に、金田は俯いた。それと同時に、疑問も湧いた。

 アーミーが機能不全なのは分かるとして、駐屯地本部の反乱は鎮圧され、帝国の残党も昨晩の内に一掃された筈だ。それなのに、なぜ統括理事会は、日付が替わり今日になってから、このような警報を発令しているのか。

 もしや、奴らも鉄雄を探しているのか?そのために、こんな大がかりな封鎖までしているのだろうか。

 

「……そういえば、お前は何でここに来れてるんだよ」

 金田が顔を上げて口を開きかけたとき、甲斐は別の話題を切り出していた。

「他の連中は外に出るのさえ億劫なんだろ、まさか一晩中ここに泊ってたのか?」

 

 ジョーカーは甲斐に向かってニヤッと笑みを浮かべた。

「そのまさかだ」

 

「じゃあ、何でてめえ、昨日俺らが帰ってきた時に、声くらいかけねえのかよ」

 

「マスターに作業部屋を借りたんだ」

 妙な返答に、金田は、はあ?と聞き返す。

 ジョーカーは徐に立ち上がった。相変わらず顔には笑みを浮かべている。

 

「来いよ。どうせすぐには動けねえ。俺が徹夜でチューンアップした、例の兵器、見せてやるよ。あれで鉄雄もイチコロだぜ」

 金田に顔を向けて、ついに笑みを明らかに顔全体で示したジョーカーは、まるでお前のために手袋を編んだのよとでも言いたげな様子だった。金田と甲斐は顔を見合わせ、戸惑いの後、ジョーカーに案内され別の部屋へ付いて行くことにした。

 

 


 

 

―――第七学区、教員住宅街

 

「ッな、なに、何ですか!?強盗!?泥棒?盗っ人?」

 目覚めたと思ったら、急に目の前に見慣れない顔が迫っていたので、上条当麻は裏返った声を上げて飛び起きた。

 

「あ、とうま、おはよ」

 声がした方へ顔を横に向けると、白い修道服に身を包んだ少女、インデックスが、座卓の前にちょこんと正座していた。両手に自身の顔ほどもある大きさの膨らんだパンを持ち、口をもごもごさせていた。

 昨夜まで、上半身を起こすことも精いっぱいだった筈だ。その様子の変貌に、上条は目を丸くする。

「お、お前、もう動いて大丈夫なのか?」

 

「うん、お陰様でね。やっぱり、血を失った後は、美味しい物を食べて取り戻さないとだからね」

 

「そ、そういうもんか……いや、ていうか」

 上条は、先程眼前にアップで映った顔の持ち主へと改めて向き合う。

「てめえ!ミヤコんとこの―――何勝手に人の家へ上がり込んでるんだよ!?」

 

「ここはお前の家ではない筈だが、上条当麻」

 ミヤコ教の教祖の手足となって動く、白装束の少女、サカキが答えた。相変わらず無表情に、上条へ冷たい視線を向けている。

 

「いや、俺たちはちゃんと、家主の承諾のもとここにいさせてもらってんだ!お前達はどうだ、不法侵入じゃねえのか!」

 上条の主張に偽りはない。ここは上条のクラス担任である月詠小萌が住むアパートの一室であり、自分とインデックスは、魔術師との戦いで受けた傷を癒すため、数日前から匿われている。

 上条の言葉に、サカキはすぐに答えず、部屋の出入口へと顔を向けた。

 

「起きない」

 のそりと廊下から現れたのは、黒髪で長身の少女、ミキだった。

「相当深酒したみたいだ。いつもあんな感じなのか?というかまず、未成年ではないんだな?」

 漂ってくる酒の匂いに鼻を摘み、ミキが首を振りながら上条に言った。

 

「と、いう訳だ。承諾を得ようと努力はした」

 サカキが肩を竦め、上条は頭を抱えた。

自分もこのアパートに駆け込んだ当初は驚いたが、月詠小萌はその幼い外見とは裏腹に、大の酒好きだ。インデックスを治療してくれた初日の夜こそ飲まなかったものの、翌日からは夜遅くまで、ビールやカクテルの空き缶、瓶をいくつも空けている。ちゃんと酒が抜けてから出勤できているのだろうか。

 

「まあまあ、上条クン、心配しなくていいよ」

 インデックスとテーブルを挟んで向かい合い、同じようにパンを頬張っているのは、パーマが強くかかった金髪の、モズだ。

「アタイら、別にインデックスちゃんや君のとこの先生に、危害を加えようなんてこれっぽっちも思っちゃいないさ」

 

「モズはね、やっさしーんだよ!サカキもミキも!」

 インデックスが大きなパンの塊を飲み込み、笑顔をいっぱいに浮かべて言った。

「とうまと同じ、命の恩人なんだよ」

 爛漫なインデックスの笑顔と、発せられた言葉に、上条の心は微かに震える。

 それは、不意に向けられた感謝に対する驚きか、比較されたことへの嫉妬か、よく分からないものだった。

 

「……で、お前ら、何が目的だ?」

 それぞれが勝手に振舞っている3人娘に向かって、上条は厳しい声色を作って問うた。

「こんな朝っぱらから……言っとくが、入信はお断りだぞ。イギリス清教のシスターの御前だ。そうじゃなきゃ、一体何がしたくて―――」

 

「上条当麻。お前の右手、幻想殺し(イマジンブレイカー)の力を借りるため、我々は来た」

 サカキが言うと、突如3人の娘は体の向きを変え、上条へと一様に視線を向けた。

 

 またこれだ。上条は思い出す。

 ミヤコ教の施設に強引に連れていかれた時も、この3人は時折、不意にシンクロした動作を見せた。それはとても不気味で、上条にとって慣れるものではなかった。

 

インデックスが、別のパンに伸ばしていた手を止め、不安そうに上条と3人の方を見る。

 

 サカキが口を開いた。

「今日、間もなく、アキラが目覚める。学園都市(この街)が滅びる危機だ。力を貸してほしい」

 

 サカキやモズ、ミキが一様に頭を下げたのを、上条もインデックスも、ぽかんと口を開けて見つめた。

 

 


 

 

 ―――第一〇学区、原子力研究施設 外縁

 

 遠くに見える山の端は、東から滲み出しつつある朝の光を予感して、徐々に碧々とした形を露わにしようとしていた。

 それを背景とし、フジツボを思わせる上へと狭まる筒型をした冷却塔や、ドーム型の建屋、その他大小様々な建造物が、今日もまた日の出を受けて、その白色に統一された姿を晒そうとしていた。

 

 学園都市最大の原子力実験施設の周囲には、緩衝林がぐるりと取り囲み、さらにその外周は数百m以上に渡って空き地が設けられている。そしてその縁には、高圧電流に有刺鉄線、防獣スピーカーを携えたフェンスが、侵入者を拒もうと立ちはだかっていた。

第5警報が発令された第十学区の明けは、とても静かだった。

 

 そのフェンスに面したある一か所に、ふらりと一人の人物が現れた。

 ぼろぼろになった赤いマントを時折はためかせる少年は、目の前のフェンスの、その向こうに姿を現しつつある施設群に目を凝らす。

 

 少年の目の前で、フェンスは軋む音を立てたかと思うと、竹細工のように簡単に、大きくひしゃげ、人一人が優に通れる隙間を作った。

 

 島鉄雄は、その内部へと一歩を踏み出した。

 

 

 


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