【完結】学園都市のナンバーズ   作:beatgazer

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 黒煙と炎を上げる車から、金田は外へと転がり出た。喉に絡みつくような感覚がして何回も激しく咽せ込んだ。そして開いたドアから高熱の車内を覗き込み、「甲斐!山形!」と仲間へ呼びかけた。

 

 ()っ、(あち)い―――そんなように呻く甲斐をまず引き出した。

「甲斐!」

 顔の間近で再び呼びかけた。甲斐の見た目に大きなけがは無いが、奇妙に目の焦点が合っておらず、朦朧としているようだった。

 それから煙に巻かれながらも、奥の山形を何とか引っ張り出した。気を失っていた。

 

 車の反対側では、白いワイシャツにいくつも焦げをつくっている上条が、小男と運転席の警備員を車外へと運び出していた。警備員の女も気を失っているのか、アスファルトに横たわり、身動きをしなかった。

 

「おい、この野朗ォ!!」

 金田は山形を安全なところへ横たえると、立ち上がって上条の陰に隠れるようにしている小男へ怒声を浴びせた。「てめぇの仕業だろ!」

小男は怯えるように金田を見ながら後ずさりした。

 

「全員、動くな!」

 厳しい声が辺りに轟いた。

 

 

 

「監視カメラの遮断はできているか?」

「はい、半径500m以内、対処済みです」

 敷島大佐が側にいた黒服の部下に、目配せしながら問うと、部下がすぐ答えた。

 

「車を消火しろ」

 大佐が無線で呼びかけると、警備員の後方にいたアーミーの兵士が消火剤を持ち出し、燃え盛る車両へと噴射した。シャーッという音が響き、白い粉に塗れた車は燻ぶった。

 

「負傷者はどうしますか?」

「あちらの自業自得だ。そこまでする義理はない」

 黒服の部下の問いに対し、にべもなく大佐が答えた。

 

 車両が突然爆発を起こしたことで、その場の交渉の空気は大きく変わっていた。黄泉川にとっては予想外のことで、部下や少年たちを案じる気持ちと、次に打つべき手を考える思考とで、頭が混乱し始めていた。

 

「これで分かったろう」

 大佐が落ち着き払って黄泉川に言った。

「彼は不安定だ。我々が預からなければならない。お前たちの手には余るのだ」

 

「そう?彼は嫌そうだけど?」

 黄泉川は笑みを浮かべていったが、部下が倒れていることもあり、内心は焦りを募らせていた。応援もまだ到着しない中で、学生数人と能力不明の人物を守るのは難しい。状況は良くなかった。

 

「26号!」

 大佐の声に、26号と呼ばれた小男がビクッと震えた。

「散歩は終わりだ。我々と来い」

 26号は青白い顔で辺りを素早く見回し、そして、一番側にいる上条を見上げた。

 

 上条は、皺の刻まれたその顔に、見開いた大きな目を見た。眼だけを見ると、不思議と目の前の小男が、大人を怖がる子どものように見えないこともなかった。

 

「あんたら、本当にこの子を預けていいのか?」

 上条は大男の大佐に向かって言った。

「そもそも、この子はあんたらの所から逃げ出して来たんじゃないのか?」

「お前たちには理解できんことだ」

 大佐は事も無げに言った。

「分からんのか。今、こうしている間にも、その者の能力(ちから)は制御が利かなくなっている。我々だけが対処できる」

 

 大佐が手を挙げると、兵士達が再び足を踏み出した。

「さあ、26号!」

 

 兵士が距離を縮めようとした瞬間、何者かが警備員の車両の陰から、兵士たちの死角から飛び出し、26号に猛然と飛び掛かった。

 26号は2、3度地面を転がり、仰向けに押さえつけられた。

「おめえらこそ動くんじゃねぇぞ!!」

 金田が叫んだ。26号の額にまっすぐ銃口を向けていた。

 

 

 

「よすじゃん!少年!」

「おい何やって―――!銃なんかどっから、やめろ!」

「うるせェ!黙ってろ!」

 黄泉川や上条が呼びかけるが、金田は制した。

 

「大佐!」

 黒服の男が、焦りを含んだ声で声をかけた。

「無駄なことはよせ」

 大佐の表情は意外にも変わらなかった。「お前らもただでは済まんぞ」

 

「うるせェ!痩せ我慢すンじゃねェッ!」

 金田が26号を押さえつけ、銃口を向けたまま大佐へ怒鳴った。

「こいつが欲しいんだろうがッ!」

 

「……よく理解していないようだな」

 大佐は襟元の機械を操作した。「マサル」

「……出て行っても?」

 大佐のイヤホンから、子供の声で応答があった。

「お前の助けが要る。今、銃火器は使用できん」

 大佐が小声で言った。

 

 業を煮やした金田は26号の胸元を掴み上げて叫んだ。

「ゴチャゴチャ言ってんじゃねェよッ!俺達がこっから逃がしてくれりゃァ用はねェんだ!!」

 

 すぐに、金田は26号に顔を向けて囁いた。

「ただの脅しだ、安心しろ……ゴム弾だからよ」

 そう囁かれても、タカシはますます疲弊した表情を浮かべるばかりだった。

 

 黄泉川には、金田が横たわる部下の警備員の携行銃を奪ったのだと分かった。

 

「やめな!アンタのやってることはますます不利にするだけじゃんよ!」

「そうだ!そいつを離して―――」

 

「お前らまで口を挟むんじゃねェよ!」

 黄泉川や上条の声を再び遮った金田は、乱暴に26号を揺らした。

「さァ、どうすんだよォてめェら!」

 

「やめて」

 スピーカーを通したようなざらざらした子供の声が響いた。

 金田も、黄泉川も、上条も、一斉に声のした方を見た。

 大佐の後方から、奇妙な機械が現れた。それは球形をしていて、真っ赤なリンゴを横半分に割り、上にガラスを被せたような見た目をしていた。そしてそれはフワフワと浮遊しながら、近付いてきて、金田たちには中に人が座っているのだと分かった。それは緑色のジャケットと赤いネクタイを身に着けた、またしても老人とも子供とも見える小男だった。

 

 

 

 奇妙な機械と、機械の中に座る小男とを、金田たちは黙って見ていた。26号と呼ばれた者よりも恰幅がよく、細い目でこちらを見据えて、機械と同じ真っ赤な椅子に、どことなく気取ったように座っていた。

 

「お前も仲間か……?」

 金田が唸るように言った。

「彼は、ぼくの友達なんだ」

 機械に取り付けられたスピーカーを通して彼は言った。

「君たちがこれ以上傷つかないためにも、彼を返してほしい」

 

「てめえも能力(ちから)を使えるってのか」

 金田が笑みを浮かべて言った。

「おいたはすんじゃねェぞ、お友達がどうなってもいいのかなァ」

 

 機械の中の小男の表情は、不思議な物を見る目でこちらを見ていた。

「……僕には分かる。タカシが―――」

 小男は26号の方を向いた。

「―――能力を放ちたいのを、無理やり押さえつけられていたような、不安。……何かしたのかい?」

 

 小男はガラス越しに、次は上条をじっと見つめた。

「俺は……」

 上条は少し後ずさった。

 

 大佐は小男の言葉を聞いて、眉を潜めた。

「……マサル、あの小僧がタカシを制御していたと?」

 マイクを通してマサルと呼ばれた小男に聞いた。

「はっきりとは分かりませんが、恐らく」マサルが答えた。

「彼からは何か……ぼくらとは違う能力(ちから)があるような……」

 

 

 

「―――何が言いてえのか分かんねえが、とにかくここから解放しろよ」

 金田は銃口でタカシと呼ばれた小男の額を突いた。

「お前が何か怪しげなことをすれば、引き金は軽く動くぜ」

 

「もうよせ」

 上条が金田へ詰め寄った

 

「あァ?」

 金田がうるさそうに上条を見た。

 

「さっきから聞いてりゃてめぇは、自分の憂さ晴らしで他人を巻き込んでるだけじゃねえか!」

 上条の声には怒気が込もっていた。

 

「なンだと!」

 金田も唾を飛ばして返す。

「だったらてめえ1人でアーミーに捕まってこいよバカ」

 

「そうやって今までも、自分のことだけ考えて、他人を傷つけて生きてきたんじゃねえのか!!」

「ンだとてめえ!!俺の何を知った口をきいてンだ!!」

 

 

 

 詰め寄る上条と金田が言い争う中、金田に押さえつけられたタカシには、マサルの声が聞こえていた。

〈タカシ〉

その声は、ほかの者には僅かでも聞こえることがなかった。

〈しっかりするんだ、タカシ〉

 

〈……マ・サ・ル……〉

〈迎えに……来たんだ……〉

 マサルはタカシに呼び掛ける。

〈ぼくらは外じゃ生きていけないんだよ……さあ、帰ろう……〉

 

 金田に首元を幾度となく押さえつけられるせいで、ただでさえ荒いタカシの呼吸は、時折更に苦しそうになる。

〈カプセル……を……〉

 

〈大丈夫、ちゃんとある〉

 マサルが言う。

〈だから、帰るんだ……ぼくが助ける〉

 マサルはタカシに語り掛ける。

能力(ちから)を、あと一度だけ、使えるかい?〉

 

 

 

 ぴしぃ、と金田は右手に違和感を覚えた。

 持っていた警備員の銃を見やった次の瞬間、バシイッと鋭い音がして、銃はバラバラに割れ、中のゴム弾が金田に向かって飛び出した。

 「うわァ!!」

 金田はくぐもった声を出した。顔面にいくつものゴム弾が勢いよく当たったためにもんどりうった。

 「あっ―――」

 上条が目を見開いた。黄泉川も驚いて駆け寄った。

 

 タカシは、汗に塗れた顔を、何かに集中するように一層厳しくした。

 すると、アスファルトにみるみる亀裂が入り、上条や黄泉川はよろけた。金田は周囲の以上に気付いているのかいないのか、顔を抑えて地面にうずくまったままだった。

 次の瞬間、大佐の側にいた筈のマサルはタカシのすぐ隣にいた。それとほぼ同時に、道路に走った亀裂を押し分けるように、水が勢いよく噴き出した。

 

 

 

 「遊びはもう終わりだ」

 誰にも聞こえない位の小さく、低い声で、大佐が呟いた。その顔には、薄く笑みが浮かんでいた。

 


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