【完結】学園都市のナンバーズ   作:beatgazer

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 ―――第一〇学区、原子力実験施設外縁

 

 パシッ、と軽くはたき落とすような音が聞こえ、島鉄雄は背後の空を振り返った。

 見ると、2対のプロペラを有したドローンが、奇妙に歪んだ形をふらつかせながら墜落し、砂地へと落ちて火花を散らせた。

 

「監視モジュールの一種だよ」

 いつの間にか、先程鉄雄が足を踏み入れたフェンスの裂け目を背に、一人の男が立っていた。頭を角刈りにし、サングラスをかけた、冷たい雰囲気を漂わせる男だ。真夏の朝、既にじわじわと汗が滲むような気候だというのに、黒のスーツを纏い、片手をスラックスの懐に突っ込んで立つ姿は、まるで最初からそこに居たというような雰囲気を醸し出していた。

「随分と大胆に押し入るのだな、41号」

 サングラスの向こうから、恐らくはこちらに視線を向けて、男が言った。

「それとも、島鉄雄、と呼んだ方がよいだろうか」

 

「誰だ、てめえ」

 鉄雄は面倒だという感情を露わに短く言った。

(アーミー)の残党かよ。あのビルでくたばったかと思ったぜ」

 

「そう邪険にするものでもない」

 男が顎に手をやって答えたとき、驚くべき程静かに、音を立てず、鉄雄の周囲に迷彩服姿の兵士達が集まって来た。

 

「……いや、違えな」

 鉄雄は、銃を向けるでもなく、ただ鉄雄を囲んでいる兵士たちを見回して、警戒心を高める。

「雰囲気が違えんだよ、何となく。アーミーの兵隊連中は、もっと泥臭い感じがしたが……お前ら、アーミーじゃねえな?さては、ビルでドンパチやり合ってたほうの奴らか」

 

「我々の身分はさて置きだ。どうせあと1時間もすれば、以後関わることはない」

 丸刈りの男が言った。

「島鉄雄。そちらに申し出がある。このまま闇雲にこのだだっ広い研究所を歩くのも骨が折れるだろう。我々が、アキラの元へ案内しよう」

 

「何だと?」

 鉄雄が眉をぴくっと上げ、ドスを利かせて言ったが、男の表情は対照的に、微動だにしなかった。

 

 


 

 

 7月23日、朝 ―――

 

 目覚めた瞬間に鼻腔を満たしたのは、石油のようにべた付いた匂いだった。

 カオリは目覚めてからまず、全身の節々に突っ張った痛みを感じる。膝と肘をそれぞれ九の字に曲げて、胎児のように横たわっていたことを知る。やたら天井の低い自動車の車内に自分がいることに気付いた。頬に張り付く椅子の感触は、決して硬くは無かったが、ざらついた皮革らしさを十分にカオリに伝えていた。頭をもたげて身を起こそうとした瞬間、祈りを捧げるかのように胸の前に寄せていた両手首付近で金属質な音が鳴り、ようやく自身が硬く冷たい物で束縛されていることを知った。

 

「手錠……」

 口から出た声は、自分でも驚く位に掠れていた。無性に、このままでは餓死してしまうかのような焦燥感に襲われ、慌てて唾を飲み込む。はじめ、喉が微かに痛んだ。エンジンがかかりっ放しの車内は空調が効いていて、暑さは無かったものの、空気がとても乾いていた。自分は風邪をひいてしまうんだろうな、と、現在の状況に似つかわしくない懸念が一瞬頭をよぎった。

 カオリが知る乗用車の物よりも、ずっと角度が後ろ倒しになっている座席に身をもたれかかせ、姿勢を立て直す。窓の外には朝陽の眩しさが明らかに見て取れる。窓の外には、何台か分の駐車場の空きスペースと、白色の壁をもつ3階建ての施設の一面がそう遠くない距離に見える。反対側の窓から見える風景もどこかの街中であるという以外は、カオリに見覚えのある物ではなく、ここがどこなのか、見当もつかなかった。

 

 自分はなぜ、こんな所にいるのか?

 昨晩、自分のアパート周辺を警戒してくれていた警備員の女性が、部屋を訪ねて来たのを思い出した。その時、自分は部屋の扉を開けて、それで―――。

 

 不意に、ガタッと車が解錠される音が響き、カオリは鼓動を跳ねさせた。

 

「起きていたか」

 くぐもった声が窓越しに聞こえた。木山春生だ。長く伸ばした茶色がかった前髪が夏の朝陽を受け止め、目元に影を落としている。その影の中でも、目の下には明らかに隈がはっきりと浮き出ていた。不健康そうな顔には、これといった表情が無く、強いて言えば諦観が窺えた。

 木山は車を回り込むと、運転席から乗り込み、黒色のアタッシュケースを助手席へ放り込んだ。

 

「体は冷えていないかい」

木山は身を後部座席の方へ乗り出して、カオリの姿勢を整えると、シートベルトを斜めにかけてカオリの身体を固定した。

「ほんのちょっと席を外すだけだとしてもね、ここ連日の猛暑だ。エンジンを付けっ放しにしたが、かえって毒であったなら申し訳ない」

 

「一体……」

 カオリは、途中まで言いかけて、改めて唾を飲み込んだ。

「なんなんですか」

 

「実に曖昧な質問だな」

 木山は手に収まる程度のサイズのマグを口元に運ぶ。

「それは、なぜ君を連れ去ったか、という意味かね」

 続いて木山がカオリに差し出したのは、パック入りのジュースだ。コンビニやスーパーでしばしば見かける。

 

「ソルティ・レモネードは好みかい。()()()()()()()、子どもと接することが少なくてね。君ぐらいの年頃の女の子が、どういうものを好むのか、いまいち私は疎いが……飲むといい。熱中症は避けねばなるまい。安心したまえ、毒は入っていない」

 ストローを差し込んで、カオリの口元に突きつけられる。

 

「あなたは、涙子ちゃんを……佐天さんを救うために、力を貸してくれると思ってました」

 カオリは、差し出されたストローを無視して、言葉を詰まらせながら言う。

 手錠をかけられ、見知らぬ場所へ連れて来られたこの状況が、良いものである筈がない。目の前にいる人物が、顔見知りではあるとは言え、そんなことは気休めにもならない。カオリは、喉元まで上がって来た恐怖心にえずきそうになりながらも、何とか勇気を振り絞って話した。

 

「佐天……あの幻想御手(レベルアッパー)で昏睡された女の子か」

 カオリが飲み物を受け付けないと察し、木山は容器を差し出す手を引っ込め、黒のストッキングを履いた自身の膝元へ視線を落として言った。

 

「友達なんです。私の、大切な」

 カオリが声に力を込めて言った。

「あなたが、私をこんな風に誘拐したりして、何をするつもりなんですか」

 

「そうだな……」

 相変わらず、木山は視線をカオリに合わせようとしない。下を向き、両手をハンドルに乗せたまま、考え込んでいるようだった。

「そのレベルアッパーを、真に完成させるため……と言ったら、信じるかい?」

 

 カオリは、今しがた木山が口にした言葉が理解できない。

「どう、いう意味です」

 

「幻想御手の使用者は、最終的に意識を保った者が、他の昏睡状態にある者の演算能力を拝借できるんだ」

 木山が、ようやく顔を上げ、カオリへと顔を向けた。

「今なお、この学園都市で活動している使用者は、私が把握している限りたった2人だ。残った方が、演算能力を総取りできる。だから、()()()には……島鉄雄君には、その座を明け渡してもらわねばならない。分かるかい?」

 

 木山の口元に、カオリが見る限り初めての笑みが浮かんだ。

「君にはその交渉の場に立ち会ってもらいたいんだ。カオリさん」

 

 カオリは、先程木山に差し出されたレモネードを飲んでおけばよかったと、ふと後悔した。

 車を発進させようと木山がギアを切り替える後ろで、カオリはまたしても生唾を飲み込もうとしたが、それ以前に口の中がカラカラだった。

 

 


 

 

 ―――第一〇学区、原子力実験施設

 

「し、侵入者?」

 明るいパールグレーの作業服を身に纏った所員は、素っ頓狂な声を上げた。

「何を目的に―――まさか、テロとか―――」

 

「詳細は不明だ」

 アンチスキルやアーミーの制服が入り混じった人員が物々しく周囲を警護する中、サングラスを掛け、髪を短く切り揃えたリーダーだという人物が冷静に言った。

 きっかけは、今朝の夜明けの直後、施設外縁部の北部地域を監視していたドローンの一機が、異常を検知したことを知らせるアラームを鳴らしたことだった。そこからは事態は早かった、ものの15分もしない内に、アンチスキルとアーミーの合同部隊だという警護チームが、内務局から派遣されてきたという。元々、この施設はアーミーのエネルギー局から委託を受けたアーミーが警護を任されていたが、昨日のクーデター騒ぎで混乱している中、余りに急速に事態が動いていて、所員たちは混乱していた。現在、各種実験施設の運転はストップし、必要な箇所には制御棒が挿入され、冷却措置が取られている。こちらとしては、放射性災害を予防する取り組みは恙なく実行できている。後は、その謎の侵入者とやらが、大人しく目の前の屈強な部隊に制圧され、昨日のクーデター騒ぎ以来どこかへ逃げ出してしまっている平穏が戻って来ることを祈るばかりだった。

 

「ここは我々が護る。所員は皆、速やかに誘導にしたがって避難しろ。直ちにだ」

 有無を言わせぬ口調で、何故か一人スーツ姿のリーダーが言ったので、応対する所員は泡のように吹き出す疑問を無理やり飲み込み、小刻みに頷いた。

 

 間もなく、所員たちが慌ただしく居なくなったモニタールームで、スーツ姿の男、杉谷は携帯電話を取り出し、部下へと指示を発する。

 

()()()は居なくなった。あとは、島鉄雄を問題なく、『カプセル』へと導け」

 

 


 

 

 ―――第一〇学区、春木屋

 

「いいか、そいつを無暗に落としたり壁にぶつけたりしてみろ!絶対にやらかすんじゃねえぞ。この俺が丹念に詰め替えてやった光学繊維(ファイバー)だ、正しく、安定して使う限りはだな、電力変換率は、てめえが持ち込んだ時に比べて10%(じゅっパー)は向上している筈だ。だがな、俺が厳選してやったその外層(クラッド)は繊細なんだ。衝撃が加われば、中の石英が―――」

 

「っせえよ、ちったあ黙ってろ!」

 いかに自らが改造を施したレーザー銃の省電力性が向上しているかについてマシンガンの如く御託を並べるジョーカーに、金田は苛立って声を荒げた。

「てめえの機械いじりの御託を拝みにきたんじゃねえンだぜ」

 

「でもよ、ジョーカー。そこまで拘って改良したっていうんなら、どうして自分のモノにしないんだ?」

 朝方のバーの店内は静まり返っていていて、客の姿は無い。金田がレーザー銃を手に取って様々な角度から眺めている横で、甲斐が不思議そうに言った。

「お前らしくもねえだろ」

 

 椅子にふんぞり返って座るジョーカーは、腕を組み直し、睨むように甲斐を見据えた。

「……そりゃあ、俺は鉄雄(アイツ)が憎い。アイツのお陰でどん底に叩き落とされたさ。仲間も大勢失った。何より、この俺が、アイツのことを怖いと思っちまった。てめえらのチームの中でも、真っ白いひよっこだと思って見下してたヤツにな」

 ジョーカーが、一言一言を噛み締めるように言う。

「だが、アイツのことを一番よく知ってんのは、お前達であり、多分……金田、てめえだ」

 ジョーカーに名を呼ばれたことで、武器を弄っていた金田も手を止め、顔を上げた。

「俺の手でケリをつけてやりたい気持ちはヤマヤマだ。けどよ、うまく言えねえが……その役を背負(しょ)ってンのは、金田、てめえなんじゃないかと思うんだ。だから、こうやって、力を貸してやる」

 感謝しやがれ、と最後に取ってつけたように言い放ったジョーカーに対し、金田は暫く目を丸くしていたあと、ニヤッと笑みを浮かべた。

 

「ああ」

 不敵な笑みだった。

「恩に着るぜ」

 金田は、手にしたレーザー銃の傍に置かれた箱型のバッテリーを撫でた。ラボでは1機のみだったが、形・大きさが違えど適合するものを、ジョーカーがもう1機、別の機械から切り離して調整し、用意してくれていた。

「アーミーのラボじゃあ、相手を牽制はできたけどよ、すぐバッテリー切れになりやがった。今度こそは鉄雄の(デコ)に一発、食らわせてやるぜ」

 

 その時、カウンターの奥から現れたマスターが、大きな欠伸をひとつ飛ばすと、リモコンを手に取り、テレビの電源を入れた。

 映ったのは、画面端に青い速報の帯を伴ったニュース映像だ。昨日からのアーミーのクーデター騒ぎや、発令された警報に関わる報道が、どの局でも延々と流れている。

 

「随分余裕かましてんなァ、店の仕込みはいいのかよォ、タコ親父」

 金田がからかって声をかけると、マスターはフンと不機嫌そうに鼻を鳴らした。

 

「分かってて言ってんだろォこのガキ。こんな警報が出てる街で、誰が飲みに来るってんだよ」

 

「来るヤツはそんなン気にしないで来んだろ。ここをどこだと思ってやがる、屋台尖塔だぜェ?」

 

「どうせ商売上がったりだ。面倒くせぇんだよ」

 カウンターに肘をつき、半開きの目でテレビを眺めながらマスターが言った。

「それよりもよォ、お前らいつまで駄弁ってるつもりだ。アンチスキルやアーミーに目を付けられてるからってよ……ウチの店は教会じゃねえンだぞ」

 

「客なんざ来ねえって言ったのはてめえだろがコラ」

 金田が立ち上がり、憤慨して言った。

「何なら、タコの耳に懺悔ってか、聞かしてやろうかってんだ……ん?」

 

 どうした、と甲斐が怪訝そうに声をかけた。

 金田は悪態をつくのを唐突に止め、マスターが視線を向けているのと同じ、女性アナウンサーが現行に目を落としながら読み上げるテレビのニュースを見ている。

 

「……繰り返しお伝えします。内務局から先程発表された情報に寄りますと、今日午前5時30分頃、第十学区の―――……原子力研究所において、襲撃行為が発生したとの通報がありました。現在、アンチスキルとアーミー……えー、これはクーデターに参加しなかった部隊です。これらの即応部隊が対応に当たっているとのことです。これを受け、エネルギー局は自動通報システムの起動により、発電所をはじめ、各種実験施設の稼働を緊急停止し、発電設備については冷却措置を稼働させました。襲撃を行っているのが、単独犯なのか複数犯なのか、昨日より、一連のアーミーの武装蜂起やスキルアウト騒乱との関連性また人的被害、施設への被害が発生しているかなど、詳細は現時点では分かっておりません。現在、施設周辺は原子力特別研究特区に指定されているため、避難命令の対象となる住民は居ないとのことですが―――」

 

「鉄雄だ!!」

 金田が弾かれたように大声を上げたので、甲斐もジョーカーも驚いた。

「ヤツだ!ヤツはそこにいる!」

 

「待て、待てよ金田。なンで分かんだよ」

 傍に寄ってなだめようとする甲斐に、金田はキッと視線を飛ばした。

 

「昨日、ラボから逃げ出した時、知らねえ女が現れて、そンで、あの妙なガキども……実験体(ナンバーズ)の連中が言ってた。レベルアッパーにやられた奴らが喚いてやがる名前があったろ!“アキラ”は十学区の原発、地下深くに眠ってるって!!」

 

「急にそんなモン言われても分かんねえよ!」

 甲斐が困惑して言う。

 ジョーカーも立ち上がった。

 

「甲斐の言う通りだぜ金田ァ。いくら帝国のジャンキー共がそんなうわごとをくっちゃべっていたとしてもだ。その“アキラ”と鉄雄の間にどんな関係があンのかなんて、俺らには何一つ分かっちゃいねえ」

 

「だが!アイツはきっとあそこに―――」

 金田が反論しようとしたその時、マスターが、あっ、という声を上げてテレビを指差した。

 

「……ここで、内務局から公開された、施設周辺の緩衝区域を巡回する監視ドローンが撮影した画像をお伝えします。この……髪型からして、男性、のように見える一人の人物が映っていますが、これは……」

 

 金田も、甲斐もジョーカーも、黙って画面を食い入るように見つめた。

 

 奇妙にコントラストの弱い画像には、だだっ広い更地のような場所に、撮影側から視線を外して歩いている最中の一人の人物が映っていた。

 上空からズームアウトして捉えた写真だが、逆立ち気味の短髪と、何より人物の右半身を覆うように肩からかけられた赤い布が目立った。その顔は、前方を真っ直ぐに見つめているようだった。

 

「鉄雄だ……!」

 金田は再度、かつての仲間の名を噛み締めるように口にすると、レーザー銃を引っ手繰り、バッテリーのストラップを肩にかけるや否や、甲斐やジョーカーを振り返ることもなく、猛然とバーの出入口を破るように開け、地上への階段を駆け上がって行った。

 

「どっ、どうすんだよ―――」

 

「知るか、こうなったらアイツは止まる性質(タチ)じゃねえ!てめえがよく分かってんだろ!」

 ジョーカーが一喝すると、甲斐は覚悟を決めたように口を真一文字に結んだ。

 

「やるっきゃねえな……」

 甲斐が握り拳を作って言った。自らに言い聞かせるようだった。

「アンチスキルがなんだ、アーミーがなんだ……!金田があそこへ辿りつけるように、全力でやってやるんだ」

 

「もう一度、呼べるだけ、仲間を集めようじゃねえか」

 ジョーカーが、甲斐と共に階段を走って昇りながら言った。

「頭数は多けりゃ多い方が、目眩ましにゃあなる」

 

 

 店の裏手で、甲斐とジョーカーが追いついた時、金田はボロボロになった銀色のポリエステルのバイクカバーを、今正に取り去ったところだった。

 巨大な前輪と、そこから流線形を描くフロントガラス、そしてロゴステッカー交じりに、全面に至る赤のボディカラーが、目に飛び込んできた。

 

 


 

 

 ――― 原子力実験施設内、「石棺(サルコファギ)」地下 

 

 学園都市で最大の原子力関連の研究を行う施設、その敷地の一角には、煙を吐き出す建屋とは対照的に、静的に佇む巨大な構造物がある。それはアーチ状をした、高さ100m、全長は150mにも達しようかという、巨大なコンクリートの塊で、表面はポリカーボネートでびっしりと覆われている。前世紀に発生した原子力発電所の悲惨な事故後、放射性物質の飛散を食い止めるために建造された―――少なくとも一般には、構造物の目的はそのように伝えられていた。

 その構造物の地下奥深く、かつて、アーミーの大佐とラボの研究者一行が足を通わせた、極寒の区域。そこには、厳重な防寒服に身を包んだ一団が現れているが、彼らはアーミーやその研究者たちとは異なる。

 ガラス張りのコントロール・ルームで、何名かがパネルを操作すると、照明の明かりが辛うじて差し込む奥まった場所で、表面を結氷させた重い扉が、軋みながら横へと開いていく。

 

 赤い布きれをマントのように纏った少年が、暗闇の中へと進んでいく。傍目にはかなりの軽装だが、氷点下を優に下回る寒さに震える様子はない。

 

 防寒服の一団は、少年が歩みを進めるのを見届けると、元来たエレベーターへと足を向け、その場を去った。

 

 凍てついた床を這う巨大な配管を避けるように歩き、少年は暗闇を見通す目で、眼前の巨大なカプセルを見つめる。

 

 

 

「会いに来てやったぜ……中に居るんだろ」

 

 

 島鉄雄の脳裏に、不意にレベルアッパーの甲高い金属音が木霊する。それは長三度に近い和音を形成し、コンサートホールのステージど真ん中で、ハンマーを鉄琴の鍵盤へ打ち付けたような響きだ。

 

 カプセルのネームプレートに張り付いた氷が、不意にぴしりと音を立てて剥がれ落ちた。

 

 

〈 A K I R A    N o. 2 8 〉

 

 

 


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