【完結】学園都市のナンバーズ   作:beatgazer

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「アキラ君が!!」

 

 それまで車に揺られながらこんこんと眠っていた筈のキヨコが突然弾かれるように叫び、敷島大佐は目を見開いた。

「感じるわ―――すぐ目の前に、いるわ、彼が―――」

 

「キヨコ!」

 大佐は、キヨコが横たわる寝台の柵に手をかけ呼びかけた。

「誰が、誰がいるというのだ!」

 

「僕達にも……分かる」

 

「ウン、アイツだ……」

 

 マサルとタカシが言った。こめかみを押さえ、顔を歪めている。

 大佐は何かを察したようにはっと息を呑んだ。車両内に居る他の兵士たちの表情にも、緊張が走る。

 

「鉄雄君が、アキラ君の目の前に、居るわ」

 キヨコがそう言った。

 

 大佐の額に、汗が流れた。

「先を越されたか……」

 

 その時、運転席との連結部がノックされる。

「大佐!」

 前方から呼びかける部下の声に、大佐は顔を向けた。

「検問です―――有人の。声を潜めてください」

 

「やれやれ、41号を止められず、アキラにも辿り着かれて。……止められたのは我々の方という訳か」

 タバコ好きのドクターがぼやいた。落ち着かない様子で両手の指を合わせ、ピアノのトリルを弾くように忙しなく動かしている。

 

 敷島大佐は一層顔を険しくし、頭を抱えた。

 

 


 

 

 ―――第七学区、風紀委員(ジャッジメント)第一七七支部

 

「木山春生がカオリさんの誘拐犯!?」

 白井黒子はここ数日、驚きのあまり、普段にもましてこのような裏返ったような声を出すことばかりだ。

 黒子の隣には、通常はこの支部に立ち入れない筈の御坂美琴の姿がある。黒子の手引きでオフィスに入れてもらった美琴は、たった今知った事実に、腕組みをして難しい顔をしている。

「なんで、木山先生がそんなこと……」

 

「カオリ先輩のアパート付近の防犯カメラの映像から、特定しました」

険しい顔つきで初春飾利が頷く。

「警護にあたっていた警備員(アンチスキル)の女性隊員を何らかの手段で懐柔し、カオリさんを連れ出し、車に乗せたようです」

 初春がディスプレイの画面を美琴と黒子に向ける。そこには、車高の極端に低い、平べったい形をしたスポーツカーが、モノクロの画面奥に向かって走り去っていく様子が繰り返し再生されている。

 

「また、随分目立つ車を……車種もナンバーも割れているのでしょう?これでは捕まえてくださいと宣言しているようなものですわ」

 黒子が渋い顔をして言ったが、初春は首を振る。

 

「それが、昨日からの騒動の連続で、アンチスキルは混乱し通しで……まだ態勢を整えて追跡する所まで至っていないんです。今朝からの5級警報で、やっとまともな検問を敷き始めましたから、それで引っかかってくれればいいんですけど」

 もしもカオリさんの身に何かあったら、と初春は顔を曇らせる。

 

 黒子は大きくため息をついた。 

「目的は?一体何を考えて木山先生はそのようなことを?」

 先程美琴が呟いた疑問を、黒子も同じように口にする。

 

「目的はともかく、木山がとった行動について分かったことがあるの」

 クリップ止めされた紙の束がデスクにばさりと置かれたことで、一同が顔を上げる。

支部のリーダーである固法美偉が真剣な表情を浮かべ立っていた。

 

「分かったこととは?」

 黒子の問いに、固法は一瞬眉を上げ、本来部外者である美琴を見やる。

 美琴は口を結び、背筋を伸ばした。

 

「……まあ、いいか、どうせ5級警報の出てる緊急時だし」

 小さな声で呟いたあと、固法はコホンと咳払いをした。

「木山春生は行方を眩ます直前まで、水穂機構病院に入院してたでしょ?木山が病院を抜け出た経緯を、アンチスキルが調べてたのだけど、その報告がこちらにも回って来た。木山春生は、アーミーから身辺を保護されていたことを利用して、病室を自分の研究室代わりにしていた……幻想御手(レベルアッパー)の」

 

「レベルアッパーの!?」

 美琴や黒子、初春が驚きの声を上げる。黒子が、プリントアウトされた紙の束を手に取り、流し読みしながらめくっていく。それを、横から美琴と初春が覗き込む。 

 

「木山が割り当てられた個室は特別で、病院内の他の公衆無線とは別に、中継ウェブサーバーを介して独立したクラウドとデータを送受信するようになっていた。ほとんどの痕跡は消去されていたけど、僅かに残ったものから、レベルアッパーの何人もの罹患者の脳波を分析したデータが復元された。そして決め手は―――」

 

「……木山先生自身の脳波との一致」

 書類に掲載されていた棘波の画像を目にして、美琴が息を呑む。

 

「そう、患者の固定化された脳波の形状は、9()0()()()()の割合で木山春生のそれと合致していた」

 固法が言った。

「あの人は、大脳生理学の研究の一環として、脳波を暗号化して電子キーの役割を果たす技術の開発に取り組んでいた。自分の脳波を研究材料にして、その成果を公開していたことから割り出せたの。加えて、今回の病院での動向については、院長も一枚噛んでいる。院長は、木山先生の大学時代の恩師だっていうから……動機はまだ不明だけれど、木山がレベルアッパーの研究を続けられるよう手回しをしていたって、アンチスキルに問い詰められて、吐いた」

 一気に語ると、固法は大きく肩で息をつき、疲れた様子で椅子に体を預けた。そして、ずれた眼鏡を一度外し、ハンカチで拭きながら再度ため息をついた。

「レベルアッパーを広めたのは帝国。そもそも帝国にレベルアッパーを提供したのは、木山先生とみてまず間違いなさそう……でも、これだけの昏睡患者を生み出してまで、一体何を狙って……」

 

「それもそうですが!まずはカオリさんの安否です!」

 初春はパシッと自分の両頬を手で叩くと、自身のコンピュータに向かい、猛然とキーボードを叩き始めた。美琴はその様子に若干気圧され、身を引く。

「先輩が何か危害を加えられてたら……ッ!こうなったら、私が街の監視カメラ映像に虱潰しにハッキングして……」

 

「初春さん。あなたがその方面で凄腕なのは認めますが」

 黒子がなだめるように言った。

「街の警備もようやく厳重に整ってきたところですし、ここはアンチスキルからの連絡を待って―――」

 

 その時、オフィスに設置された電話が電子音を鳴らし、着信を告げた。

 ガタッと音を立てて固法が立ち上がり、眼鏡をかけると、受話器を取り上げ素早く応答する。

「第一七七支部です。―――はい……木山春生が!検問に!」

 

 固法の答える声に、その場の一同が顔を上げた。

「やった!」

 美琴は思わず声を弾ませた。

「後は、カオリさんを早く―――」

 

「えっ―――今、なんて!?」

 固法が続けざまに驚きの声を出したので、美琴を始め、皆が面食らった。

 

 受話器に手を当てて、固法が美琴たちの方を振り返る。

「木山春生が、一〇学区との境界の検問で発見されて―――」

 その顔には、信じられないという文字が今にも浮かびそうな様子だった。

「強行突破したって……その場のアンチスキルやセキュリティボールは、壊滅だと」

 

 美琴と黒子、初春は、3人で顔を見合わせた。

 

「カオリ先輩……」

 初春が発した消え入るような言葉に、美琴も黒子もしばらく返事ができなかった。

 

 

 


 

 

 

 数分前 ―――

 

「質問、してもいいですか」

 いまだ手錠を嵌められたままのカオリは意を決し、運転席の木山春生へと声をかけた。レベルアッパーに関わるこの一連の事件で、手を引いていた人物が、今自分を拘束して、どこかへ連れて行こうとしている。恐らくは、鉄雄の所へ。恐怖が胸の奥でムカムカと這いずり回り、泣きたくなる気持ちを抑えるために、カオリはとにかく黙り込むのでなく、とにかく何か会話をしようと考えた。

 立て続けの破裂音に強烈なリバーブをかけたようなエンジン音が聞こえる。木山とカオリを乗せたガヤルドは、七学区の郊外を南へ走るバイパスを駆け抜けている。住宅の数は減り、広大な敷地を持つ企業の建物や、工場が見当たるようになってきた。もうすぐ、第十学区との境界のはずだ。

 

「どうぞ。できることなら、具体的に問うてくれると答え易い」

 幸いなことに、木山は今、これ以上の危害をカオリに加えようとする気は無さそうだ。特に拒絶するでも脅しつけるでもなく、柔らかな声で返事をした。バックミラーに映る気怠げな瞳が、自分を捉えるのがカオリに分かった。

 

「木山先生がレベルアッパーを作ったというなら、涙子ちゃんを―――いや……」

 カオリは一瞬俯いて唇を噛むと、再度顔を上げた。

「眠っている人たちを直す方法も、知ってるんですよね?」

 カオリの目は、鏡に映る木山の顔をしっかりと射貫いている。

 

「……そうだな。肯定しよう」

 木山がやや間を置いて答えた。

「友達が、心配かい」

 

「はい」

 カオリは、両足のジャージの生地をぎゅっと掴んで、すぐに答えた。木山に拉致された時の、部屋着のままだ。

 

「この間、君と共に私の病室を訪れた花飾りの女の子……同じ学校の子だろう?君と同じように、まっすぐで、勇気のある目をしていた」

 木山が、どこか懐かしむように言う。

「良い友達に恵まれたのだね、君は」

 

「元に戻してください」

 木山の称賛には反応せず、カオリは食い入るように言う。

「私の友達のことを口にするのなら!また元のように会いたい。話がしたい―――私は……」

 嗚咽が洩れそうになり、カオリは手錠をじゃらと鳴らし、両手で顔を覆う。木山には見られたくなかった。

 

「……君のご友人にはすまないと思っている。本当だ」

 木山が静かに言った。車は渋滞の最後尾に着いたらしく、僅かに振動しながら停車している。

「その証拠に、君にこれを預けよう」

 車が停車したことで、木山はハンドルから手を離し、脇に置いたアタッシュケースの中から、小さな物を取り出し、後ろ手にカオリへ渡す。

 カオリは掌の上のそれを見つめる。

 

「レベルアッパーは、聴いた者、つまり使用者同士の脳波を同期させるものだ。それにより、使用者同士、能力行使の処理速度が向上する。私はあるシミュレーションを行うために、レベルアッパーを開発した。本来なら『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』の使用で事足りるのだが、申請を何度やっても通らなくてね……そして、君に渡したソレには、同期状態を解除するためのプログラムが書き込まれている」

 木山がカオリに渡したのは、プラスチックケースに入った、何の変哲もない記憶媒体(メモリーチップ)だった。

 

「島君からは、君はもっと、内向的だと―――それも卑屈過ぎる程だと聞いていたが、どうも違うようだ。君は思慮深く、勇気のある子だ」

 鉄雄の名が出てきたことで、カオリはメモリーチップに落としていた視線をはっと上げる。

木山はハンドルを指でトントンと叩いていた。

「誤魔化さずに言うが、島君と相対したら、私は君を人質にするつもりだった……しかし、気が変わったよ。君にそのアンインストールプログラムを託す。もしも私が島君に……いや、()()()()()()、君がそれを使い給え。勝手を押し付けてすまないが、それまでは私に同行してもらいたい」

 

「鉄雄君とあなたに、何の関係があるんですか」

 カオリは語気を強めて言った。目の前の博士が、まるで鉄雄と旧知の柄だとでもいうように語るのが、何となく不愉快だった。

「それに、まるでこれから会いに行くみたいな言い方をさっきから―――私を連れて、どこへ向かってるんですか」

 

 木山が答える前に、カオリは身を傾けて窓から前方を見た。

 半球体をした、4輪駆動の自走警備システム、セキュリティボールが、複数車線のバイパスを塞ぐように横並びに鎮座していた。その後列には、赤色灯を回した車両もいくつか見える。

 

「どうやら、私を連れて行くまでもないようですよ」

 カオリは、アンチスキルの検問に出会えたという事実に、安心感を覚え、自然と頬を緩ませる。

 木山の駆るガヤルドの後方も、大型の資材トラックが既に順番待ちをして塞いでいる。引き返すことはできない。

「どうするんですか?私を無理やり連れ去ったことは知られてるんでしょう?」

 

「アンチスキルに、アーミーか」

 木山の声色に、はっきりとした嫌悪感が混じっていた。

「尻尾を振った犬と、手綱を失った迷える子羊だな」

 

 前方の車が、一台、また一台と、検問を通過して走り去っていく。

 

「『レベルアッパー』は人間の脳をネットワーク化して、クラウド様の演算機器を立ち上げるためのプログラムでね」

 木山が、ハンドルに体を預けるようにしながら言った。

「だが、それだけではない……言ったろう?使用者は、昏睡状態にある他者の演算能力を借りられるとね」

 

 木山とカオリの乗る車が、ゆっくりと前進し、検問に差し掛かった。

 装備に身を固めたアンチスキルの隊員が一人、運転席の窓をノックする。

 木山は特に拒まず、ウインドウを下げた。

 

「IDの提示を」

 アンチスキルの声は男性のものだった。木山はバイザーを付けた相手に、ゆっくりと顔を向ける。

 

「ん……おい、アンタ、もしや―――」

 木山が、ハンドルに預けていた左腕を徐に上げ、追い払うかのようにその指先を隊員に向けた。

 そういえば、とカオリはふと木山の姿に違和感を覚える。

 病院で初めて木山に対面した時は、確か左肩を包帯でぐるぐる巻きにする程の怪我を負っていた筈では―――。

 

 その時、隊員が手にしていた鎮圧銃を構え、なぜか後ろを振り向く。

 銃口を向けた先には、セキュリティボールが壁を成している。

 

 ババババッと鋭い音が響き、ゴム弾がセキュリティボールの一体に幾つも炸裂する。

 もちろん、ゴム弾では堅牢な装甲を破ることはない。それでも、セキュリティボールは異常を検知し、けたたましい警報音をビィーッと響かせた。

 検問を敷いていたアンチスキルの誰もが俄かに騒ぎ出したところで、木山が、今度はフロント越しに前方へ向かって、両手を差し出す。

 

 その瞬間、すさまじい突風が吹き荒れた。

 アンチスキルの警備車両も、バリケードも、巨大なセキュリティボールでさえも、地面を離れ、宙を舞って飛ばされていく。台風の災害映像でしか見たことのないような光景が、カオリの目の前でたちまちの間に起こっている。付近の建物の窓ガラスが割れ、金属が無造作にぐしゃりぐしゃりと叩きつけられる音が響く。

 

 木山は間髪入れずにギアを切り替え、アクセルを思い切り踏み込む。スキール音が空気をつんざき、木山とカオリの乗った車は瓦礫をいくつも蹴散らしながら、破壊の爪痕を駆け抜けていく。

 遮る物はない。

 

「レベルアッパーの、意識を保った使用者は、残り2人」

 急な加速にバランスを崩し、訳も分からない内に座席に横倒しになったカオリは、木山の声に頭をもたげた。

「島君と、そして、私だ」

 バックミラーに映る木山の目元が笑っているのを見て、カオリは絶望的な気持ちになった。

 

 

 木山の車が高速で去っていく背後では、検問待ちをしていた車から次々と人々が降り、何事かと様子を伺ったり、危険を感じて逃げ出したりしている。

木山のすぐ後ろで順番待ちをしていたのは、一台の大型トラックだった。

 

「なんだ、今の襲撃は」

 大佐が怪訝そうな声を部下へかける。

「ゲリラか?帝国か?」

 

「わ、分かりません」

 運転席側の部下が困惑した声を上げる。

「とにかく―――アンチスキルと、あちら側についた同胞達は、行動不能と見えます。……道も開かれました」

 どうしましょう?と顔を向ける部下に対し、大佐は身を乗り出す。

 

「降って湧いた好機だ、逃す手はなかろう」

 大佐の背後のベッドでは、キヨコがしきりに身を捩って呻き声を上げ、その様子をタカシとマサルが苦しげな表情で覗き込んでいた。

 

 


 

 

 ――― 第一〇学区、ストレンジ

 

おい!仲間をできるだけ呼ぶっつったよなァ!!」

 金田が、エンジンと風切りの音に負けないように、隣を走る甲斐へと向けて叫んだ。

 

「ああ、そう言ったさあ!?」

 甲斐が負けじと叫び返す。

 

誰がアンチスキルをしこたま呼べっつったんだよォ!!」 

金田がやけくそ気味に叫ぶと、背後から一層サイレンの音が高らかに響く。

 

「こらァ!!金田ァ!!甲斐ィ!!今は非常時なんだぞォ!!5級警報だぞ、5級!!数は数えられるのか!?遊んでる場合かァ!!」

 怪盗アニメーションに登場する名物警部よろしく、助手席の窓から顔を突き出し、昔ながらのメガホンを手に叫ぶのは、金田や甲斐を職業訓練校で教える立場でもある、高場だ。高速で走る車の窓外に露わにした黒髪は、すっかり崩れ、ワカメのように後ろへなびいている。金田達の背後には、高場を始め、アンチスキルが追跡する警邏車両が波のごとく迫っていた。

 

 金田達は東西に延びる片側四車線の広大な産業道路を、化学工場集散区域へと至る方面に向かい、バイクを駆っている。春木屋で一緒にいた、ジョーカーの姿は無い。「仲間を集める」と一旦別れてから、それきりだ。

 

「帝国のバカ共はみんな捕まるか病院送りになった!もうお前達が暴れる筋合いは爪の先一つとしてない!大人しく停まらんかァ!!」

 

「だーかーら!!」

 金田は後ろへ唾を飛ばしながら叫んだ。

「鉄雄が原発を襲ってンだっつーの!知らねーのかよこの鉄アゴ!」

 

「聞こえねーよ!何なら、もっと近付いてみたらどうだよ!」

 

半ば諦めた表情の甲斐を横目に、いよいよ金田は憤って顔を真っ赤にした。

「畜生ォ!こんなとこでケツまくってる場合じゃねェのに……ジョーカーの野郎、ブヒって逃げやがったか!!こうなったらアーミーから分捕ったコイツで、あのアゴを焼いてやる!!」

 

 2人のバイクは、交通規制がなされ、車通りの無い交差点に差し掛かろうとする。金田が片手で、背中に背負ったレーザー銃に触れかけた。

 その瞬間、パアアアッ、とけたたましいクラクションが横道から聞こえた。

 

「ッぶな―――」

 

 金田と甲斐はバイクを咄嗟にヘアピンさせる。

 間一髪、金田と甲斐が通り過ぎた交差点へ、横道から巨大なトレーラーが突っ込んできた。それは警笛を轟かせながら縁石に乗り上げて弾み、今にも横転するかと思える程危なっかしく体をゆさりと揺らし、主線を塞ぐ形になる。

 甲斐はバランスを崩して転倒し、体をアスファルトの上で丸める。金田は体を傾けて、間一髪倒れることを免れる。

 

 高場が血相を変えて頭を引っ込めた。メガホンが道路へ落下し、ぐしゃりと後続の車両に潰される。

 アンチスキルの車両団はブレーキを余儀なくされ、急停車する。

 

「何だいきなり!?」

 金田が自分たちとアンチスキルとを隔てたトレーラーを見る。トレーラーのアルミコンテナ部には、でかでかと「疾風 迅雷 CLOWN」と乱雑なペイントが施されている。

 

「金田ァッ!!」 

 達磨のような体をした、ピエロのペイントを施したヘルメットを被った男が、ニヤリと笑みを浮かべていた。

 

「ジョーカーッ!!」

 金田がぱっと顔を輝かせて叫ぶ。

 

「言ったろ、仲間を集めるってよォ!!」

 ジョーカーが誇らしげに言うと、トレーラーの後に続いて、別のバイクの一団が唸りを上げて現れた。ジョーカーと同様、ピエロのペイントを施したり、ガスマスクを身に付けたりしている者が多い。

 

「クラウンは鉄雄に乗っ取られた筈じゃあ……」

 

「アイツのやり方が気に食わず、離脱した奴らも居たって訳だ―――行け!ここは俺たちクラウンが、アンチスキル(先生)方のご指導を引き受けてやろうじゃねえか!」

 ジョーカーに率いられたバイクの一団は、足止めを食らっている高場たちアンチスキルへと向かい、挑発するように喧しく空ぶかしをかき鳴らした。

 

「甲斐!行くぞ!」

 

「ああ―――悪い、足をやっちまった」

 甲斐は片膝をついて、もう片方の足を投げ出して、足首を押さえている。

「うえ、まずいぞ……」

 

 ジョーカーの乗るトレーラーが、不意に衝突音と共に揺れた。甲斐も金田もそちらを見る。

「マジかよ、オハギだ」

 

 ジョーカーのトレーラーを押しのけるように、セキュリティボールが複数台、クラウンの騒音にも負けじと警告音を鳴らして、金田達へ迫って来た。ずんぐりした外見に似合わず、4脚の車輪が滑るように機体を運ぶ。

 

「甲斐ィ!」

 

「ダメだ、俺は置いて行け!!」

 金田が慌てて甲斐へ駆け寄ろうとした時、迫り来るセキュリティボールとの間の路面に、何かの群れが軽やかな金属音を立てて転がって来た。

 金田にはそれが、スプレー缶のように見えた。一つ一つに、導火線のようなものが付いている。

 

「オーイ」

 間延びした、気取った声が聞こえた。

 ヘッドバンドを付けた長身の優男、半蔵だ。手をズボンのポケットに突っ込み、面白い物を見たとでも言うようにからからと笑って、甲斐に歩み寄った。

「お仲間は任せとけ」

 半蔵は呻く甲斐に肩を貸す。

「早く離れろって。電子制御なんだろ?お前のバイク」

 

 半蔵の言葉が耳に入った直後、バンバンと音を立てて、セキュリティボールの足元へ転がっていた多数の金属缶が破裂する。すると、晴れ上がった空に、陽の光を反射してキラキラと無数の光が瞬いた。

 すると、不思議なことに、セキュリティボールは一旦進行を止め、それから不規則に前後左右に揺れた。機体同士が接触し、火花を散らし、横転した。

 

「金田!!」

 野太く、低い声が歩道からかけられた。

 金田はその声の主である、岩の様に屈強な体の男へと顔を向けた。

 

「駒場ッ!」

 金田は、第七学区のスキルアウトを束ねるという相手の名を呼ぶ。

「すまねェ、俺―――浜面やケイちゃんを巻き込んで―――」

 

()けッ!」

 駒場は、金田が聞いたことのないような大声で叫んだ。

「お前が、島鉄雄を止めろ!!」

 そう叫ぶや否や、駒場は手にしていた金属缶を、丸太のような足で素早く蹴り上げる。

 金属缶に内包されていた数多の撹乱の羽(チャフシード)が、爽やかな夏空へと舞い上がる。

 セキュリティボールはますます混乱し、その内何台かは強制的にシャットダウンして動きを止めた。

 

「頼む!金田ァ!」

 半蔵に支えられながら甲斐が叫んだ声が、最後の一押しとなり、金田は自身の真っ赤なバイクを立て直し、喧騒の場を背に、風のように走り出した。

 

「クソッ、クソッ……」

 金田のハンドルを握り締める手に力が籠った。

「待ってろよ、鉄雄―――」

 

 

 

 その頃、金田達から遠く離れた、原子力研究施設敷地内の石棺では、分厚いコンクリートで固められた頂上部へ、唐突に一筋のヒビが走った。

 そして、みるみるとそのヒビは枝分かれし、不気味な砕ける音を立てながら拡がっていった。

 

 


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