【完結】学園都市のナンバーズ   作:beatgazer

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 電子音。

 画面が開始直後に大きく揺れ、木製テーブルに携帯電話が置かれたと思われる物音がする。開始後0.2秒時点で画面は安定する。大きなため息が2度聞こえる。

 閑散とした室内。窓外からは約3000Kの色温度の日光が木造の床へと差し込んでいる。動画の色調を無視すれば、夕方であると推定できる。

 

 画面奥、テーブルの向こうに、白を基調とした壁紙が一面に張られている。画面左側、窓の方向から、回り込むようにして、アンチスキルの防護服に身を纏った、長髪の女性隊員が現れる。青みがかった黒髪やその表情からは、濃い疲労が窺える。

 

「あー、この録画が、本国だか外国だかの誰かさんに届けって願ってる―――今日は10月―――」

 

 椅子に体をぶつけたことによる大きな衝撃音が響く。

 

「―――あのクソッタレから1週間は経ったか?私は黄泉川愛穂、第七学区の、アンチスキル第七三支部所属隊員だ。少なくともこないだまではね。ほんとだったらウェブで配信したかったんだけど、中継局は奴らの縄張りだ。一瞬で終わらせる必要があるから、事前に録っておくことにする」

 

 女性隊員は一瞬と窓外へ視線を向ける。密集する広葉樹林を通した木漏れ日が揺れる。

 

「今、本国―――いや、学園都市の外のみんなには、奴らからの発信がキャッチャー吹っ飛ばす勢いの剛速球で投げつけられてるんだと思う。きっとみんな困惑してるだろうね。アレは―――まともじゃない。プロパガンダですらない。ただの、電波じゃん。まあとにかく、これが些細なきっかけになってくれさえすればいい。食料ありったけと、戦力が必要。100万を越す人々が食いつなぎ、奴らを止めるためのね」

 

 大きなため息。

 

「9月30日―――学園都市と外界との通信が一切断たれた。多分、合ってるね?北、東、南の3つのゲートが全てシャットダウンされたし、西の山にはいつの間にか、理性を失った操り人形の兵隊共が、突然降って湧いて出た。大半は、7月の事件の後に学園都市の治安維持部隊へ再編された、かつてアーミーの所属兵だった連中だ。奴らは自我を持ってない。互いに、言葉もなしに、まるで念話(テレパス)の能力者みたいに連携している。どんな絡繰りかは知らない。彼らはそもそも能力開発すら受けていない筈なのに。とにかく彼らは、『アキラ』の意識下に入っていない人間を、制圧、略取するようにプログラムされてる。連れ去られたらどうなるかは、知らない」

 

 女性隊員の視線が再び窓外へ向けられた。およそ2秒間。瞬きを素早く繰り返す。

 視線がカメラへと戻される。

 

「雨の夜だった。発端は、外国からの敵対勢力が侵入したって通報だ。私は車載の無線で送られてきた、そのブレブレの合ってるんだか分からない写真資料を見て……妙な格好をした奴だなとは思った。普通、潜入が目的なら、もっと目立たない恰好をするじゃんって。で、その後―――意識を失った。私だけじゃない。部下も、同僚も、上司も……みんな倒れた。7月のレベルアッパーの時もそういうのが多発したけど、あれよりももっと大規模。思考をハックされるでもなく、ただ、よく映画であるじゃん?手刀を叩きつけるヤツさ。あんな感じで。でも、その所為で、300人は命を落とした。どんなに少なく見積もっても。私らが後日見つけた範囲で言えば、例えば、風呂入りながら防水携帯弄ってた子どもとか。病院の看護師が軒並み意識を失ったせいで、透析できなくなった患者とか。ひどいもんじゃん。……でもね、

 あれは、ただの前兆(きざし)だった」

 

 隊員が苦々し気な表情を浮かべる。

 

「私にとっては伝聞でしかないけど。才郷と杉山が教えてくれた。第七学区の郊外に『天使』が現れたと。それは、ある女学生の身体に、ステンドグラスで描かれるような輪っかと砂鉄の竜巻みたいな、巨大な翼を生やしてたらしい。正確に言えなくて、おとぎ話に聞こえるだろうが、昏睡に陥ってたのは警備員だけじゃない。学園都市の、ニ三〇万いる人口の四分の一にも及んだとか。起きてた人間は、その事件を知ることがなかった。何せ、通信が悉く遮断されたからだ。」

 

「天使は……妙ちくりんな格好の人物を撃退した、らしい。ただでさえ我々の機能はマヒしてたから正確には分からない。7月の、島鉄雄の事件の時と同じ―――いや、もっと大規模だ。何せ、一〇学区との区境に流れてた川が、無くなったんだ。大穴になっちまったじゃん。天使は、島鉄雄じゃない。いやそもそも、行き倒れる私たちを天国へ連れてってくれる神の使いなんかじゃない。アレは……『アキラ』だ。みんなよく()()()()。ネットミームの、国家機密。別名(also known as)、大覚様……」

 

隊員が自嘲気味に笑う。

 

「7月の事件以降、学園都市の上の連中は、アキラを復活させようと画策してたんだと思う。その成果が、アレだ。超電磁砲(レールガン)のクローンが形作るネットワークを足場にして、幻想猛獣(AIMバースト)と同じ原理で生み出した。妙な侵入者は、海外から送り込まれた刺客で、学園都市そのものごと、アキラを抹殺しようとしていたんだ。結局刺客は退けられたが……アキラはそれで止まらなかった」

 

「まず、統括理事が何人も死んだ。機能は回復してない。私らアンチスキルの指令系統もズタズタだ。治安が不安定化したと思ったら、次の朝にはもう奴らが動き始めた。アキラを神輿に担いで、この学園都市を作り替えようとする連中。それに、アキラの意識下に取り込まれた人々。食べるし、呼吸もするけど、喋らない。笑わない。感情が無い……奴らの目的は掴みづらいけど、ゆくゆくは一つのどデカい集合意識に溶け合うことを目指してる。多分そういうことなんだと思う」

 

「北部から、さっき言った元アーミーの操り人形たちが大勢繰り出して、重要なインフラを次々に抑えてった。四学区の食糧ファームに備蓄倉庫。一七学区の工業ベルト。東はニ三学区を完全に取られた。空港に来た救援隊やメディアは悉く迎撃されたって聞いたが、本当か?一一学区を抑えられたのも痛い。お陰で必要な物資がこっちに回ってこないじゃん。それから、一学区は……分からない。多分、理事長は分かっててやってるんだろうから……私ら、まだ正気を保ってる人間は、主に南側の一〇とか一ニ学区で何とかしようと踏ん張ってる。ただ、ゲートは相変わらず開かない。科学技術を守ろうと要塞都市にしたのがこんな風に仇になるってのは……避難訓練をもっとちゃんとやっとくんだったじゃん」

 

「こういうとき、パワーバランスを崩せるのは、超能力者(レベル5)の子らだ。だが、状況は楽観できない。

まず第一位は、30日の夜にひどく傷ついた。生きてはいるけど……こっちには満足いくほどの医療資源がない。助けを求めてる人であふれてる。彼は、元のように動ける見込みが、無い。

 第二位と四位は、多分あっち側についた。協力してる訳じゃないと思う。アキラが神輿なら、その前に立って音頭を取ろうとしてるんだろう。一方通行(アクセラレータ)が倒れた今、自分が能力者の頂点になり替わろうとしている。特に第二位は多分、そういう奴だから。

 第三位は―――御坂美琴は味方だ。けど……彼女の妹達(シスターズ)が、アキラの支配下に取り込まれている。彼女は妹達との通信をシャットアウトしているみたいだが、精神的には、マズイ状態だ。いつ無謀な行為に走るか、分からない。

 第五位はもっと悲惨だ。私らが何とか引っ張り上げた時は、もう手遅れだった。彼女は自分の力をもって、アキラの牙城を切り崩そうとしたのかもしれない。そしたら……ああ、あの子がいつか目覚めることがありますように……」

 

 隊員が小さく嗚咽する。

 

「……第六位は、二日前にシェルターに来た。といっても、奴の使いっ走りだが。名前を貸してやるって言ってたから、皆がそんなものより食べ物をくれって怒ったら、帰っていった。アイツは、よく分からない。じゃあ奴らの側につくかと言われれば、そうでもない気がする。

 第七位。あの熱血少年と、幻想殺しの上条クンは元気だ。今のところ。バイカーズやスキルアウトの坊主らと一緒に、何か反撃の計画を練っているらしい。上条クンは、30日に随分危ない目にあって、それでいてなお、今度は絶対アキラを止めるって息巻いてる。ハハ、危険は冒さないで欲しいが、この状況で私がそんなこと言う資格は無い、のだと思う。でも……若い元気な子たちには、生きる希望が見えるよ。生きていてほしい。本来は、我々大人が止めるべき事態だ」

 

 隊員が、ちらりと腕時計を見る。そして、カメラへ視線を戻す。

 

「東の、一ニ学区では、ミヤコ教団がアキラと対抗しようとしているらしい。あの人たちに何ができるか分からないけど、今、助けを求める人が続々集っているって噂だ。ほかにもいろんな宗教組織が同盟を組んで対抗しようとしていると。

 それから、……ああ、そうだ。超能力者には、8番目の席に座りかけた子がいるんだ。島鉄雄。7月の事件で行方不明になっていたが……どうも、生きているらしい。一学区や七学区で目撃例が複数あった。連中の側についているのか、それともこっちに来てくれるのか……彼は元々、アキラとのリンクを得ていたんだ。何か、この事態を打開するカギを持っていそうな気がする。久しぶりに、会ってみたいじゃん、ハハ」

 

「私はこれから、ここから2kmの送受信施設(トランシーバ)へ向かう。初春が、ほんの僅かな時間だが、アメリカの企業がやってる、衛星コンステレーションのVバンドの一部を開放してくれる。連中の目をかいくぐって、そこで、この動画をネットにアップロードするんだ。これを聞いた人へ。頼む。私たちを助けてくれ。百万を超す人間が、アキラの―――『ネオ学園都市』の支配を逃れて、耐え忍んでいる。

 ただ、同時にこれだけは注意してくれ。アキラの姿を、間違っても衛星から撮影しようなんて思うな。送りつけられてくる映像もダメだ。まともじゃない。奴は見ちゃいけない。声を聞いちゃいけない。まさか、本国の政府首脳は、部下からの写真や動画で報告を受けていないか?乗っ取られたりしちゃいないだろうね?奴の姿は、傍から見れば、どこにでも居そうな少女だが、それはガワだけの話だ。中身は、私らの想像を超えた―――」

 

 隊員が唐突に喋るのを止める。窓外に視線を向け、耳をそばだてている。

 

 無言で隊員がカメラに歩み寄り、手を伸ばす。

 

 映像が一瞬大きく傾き、終わる。

 




投稿を始めた当初に思い描いていた結末、に近いようなものです。

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