13
緑。
黄色。
緑。
黄色。
機械音。
明るい―――暗い、いや明るい―――
緑、黄色、緑、黄色……。
「26号と……始まった……」
「パターンの比較は……」
「進めてくれ―――」
機械音。
「レベル7からの……投与を……」
「しかし―――!アキラのような……」
「それは……必ず……」
緑。走査線。
身体が前へ前へと運ばれていくのを感じる。
「あ……き……ら」
緑色の光。
7月3日午後 ―――第七学区、柵川中学校
「―――でね、学園都市のどこかの公園ではね、不思議な絵描きが居てね、その人に似顔絵を描いてもらうと、絶っ対モデルになれるんだって!」
「ルイコったらまた言ってるよー、これでいくつめ?」
「うん?百八不思議くらいかなー?」
「またまたー!こないだもなんか言ってなかったっけ?そうだ、『学園都市には同じ顔の人が1万人いる!』だっけ?」
「えーじゃあ、むーちゃんはなんか面白い話もってないの?」
「あたしぃ?そーだなぁ、前も話したっけ?『この学園都市は、今から何十年も前、悲惨なる原子力事故の反省のもとに、より安全なエネルギー生産を研究する目的で建設されたが、実はそれはタテマエで、本当はたった一人の少年によって……なんたらかんたら」
「むーちゃん長いよ……それ多分2回目か3回目」
よく晴れた日の放課後。太陽はやや西へ傾きかけているが、十分にギラギラとした光を投げかけ、生徒たちの歩く地面を照らしている。数分もしない内に、どの生徒も汗を肌に浮かべていた。
4人の女子生徒が会話しながら、校門へと歩いている。月曜日の今日から、期末テスト期間であり、しばらくは放課後の課外活動がない。生徒たちは翌日の科目に備え、夏の日差しの中をいつもより早めに帰る。
「むーちゃんの言ってるのアレでしょ?学園都市の地下どっかに、最強の能力者が封印されてるってやつー」
「最強かぁ、そんな人がいたら、世界は学園都市がとっくに征服してるって」
「ま、LEVEL0のあたしらには関係ないってことよ、でしょルイコ?」
「まあねー……そうだ!昨日仕入れたばかりのニュー不思議!」
ルイコと呼ばれた黒の長髪の女子生徒、佐天涙子は足を止め、人差し指をぴんと立てて話す。
「昨日学生街で、電気系統の事故があったでしょ?そのときにね……目撃されたのよ……」
涙子はわざとらしく声色を突然低くした。友人たちは苦笑いしながら顔を近づける。
大方、また突拍子もない噂話なのだろうが、こちらを惹きつけようとする涙子の意図に乗ってやろうとしているのだ。
「ごった返す人ごみの中をね、この暑さだっていうのに、黒のジャケットを着た、こどもがね……」
「こどもだったら大人の何倍もいるよー、ルイコ?」
「もう、アケミ、まだ続きがあるの!……そのこどもがね、顔を上げると……」
涙子がうつむき加減だった顔をずいっと上げた。
「顔は、しわくちゃの老人だったって言うのよ!」
4人の間に、沈黙が流れた。涙子は明らかに動揺して他の3人の顔を見回した。
「あれ?みんな、怖くないの?」
「ルイコ」
アケミが苦笑いしながら言った。
「ちょっと古臭くない?その話」
「えぇ、昨日ネットで出てきたばっかなんだけどなぁ……」
「似たような話はあるじゃん?ほら、ターボばあちゃんだかじいちゃんだかが高速のバイクにぴったしついて走るとか!けっこう古いネタなんじゃないかなあー」
空気がほぐれてきたところで、4人は再び歩き出した。
「昨日っていえばさ、住宅街でおっきなガス爆発の事故あったじゃん?」
「あったあった?珍しく消防だけじゃなくてアーミーまで復旧にきてくれたやつでしょ?」
「それ、あたしが普段使ってる道だったんだよー」
「えぇ、まじで、まこちん?」
涙子が驚いて言った。
「まこちん家は平気なん?」
「うちは大丈夫!」
茶色がかったショートヘアの女子生徒が笑って答えた。
「ただ、大分通行止めが広いみたいだからさー、今日は回り道して帰んなきゃだよ」
「えー、そうなんだぁ……じゃあ、ジョセフであんまり長居しない方がいいかも―――」
「ねぇ、何かうるさくない?」
むーちゃんが顔をしかめて言った。
校門の外から、排気音が聞こえる。
校門を曲がって出たところで、4人は急に立ち止まった。
前方に、バイクに跨った明らかに不良らしい男がいたからだ。
バイクはとにかく真っ赤で、しかもいろいろなステッカーがごてごてと貼り付けられているので目立つ。乗っている男はそこまで大柄ではない。スポーツに熱心な体格のいい柵川中の女子生徒なら彼よりも大きく見えるだろう。逆立った短髪は特に額を広く露わにしているが、その額には包帯が巻かれているのが見える。
周りは校門から出た制服の中学生ばかりなので、明らかに浮いている。生徒たちは男を怖がってあからさまに避けて歩いているし、男もそのことが分かっているのか、携帯電話に落とした目線は泳いでいるように見える。
「うわ……」
涙子が声を漏らした。
「何してんのさこんなとこで……」
すると、男が顔を上げて、涙子たちの方を睨んできた。
「……何だよ」
男の口がそう動いた。
「ムシよムシ」
アケミが涙子の袖を引っ張った。
「早く行こ?」
4人も周りの生徒と同じように大回りして、横を避けて行こうとした。
「……カオリ!」
唐突に、男が誰かの名前を呼んだ。自分の名前ではもちろんないけれども、涙子は思わず振り返った。
校門から出てきた別の女子生徒が、目を見開いて男の方を見ているのが分かった。涙子には見覚えのないぼさぼさの髪をした人だ。
その女子生徒は何事かを言いながら、慌てて男の方に駆け寄っていく。「てつ」とか「びょういん」とか言っている気がするが、排気音が急に高まってきたのでよく分からない。その後すぐぼさぼさ髪の女子生徒が男の後ろに乗り込むと、バイクはすぐに発進して、甲高い音を吐き散らしながら涙子たちの前から消えた。
「うっざ!」
アケミが吐き捨てた。
「こんなとこまで出てくんなよ不良!」
「最近多いらしいよ~あーいうの」
むーちゃんが言った。
「夜な夜な、一〇学区の方とかめっちゃうるさいらしいし」
涙子は友人たちの会話を聞きながら、ふと何かが落ちているのに気が付いた。携帯電話だ。
涙子はそれを拾った。
白色。角の塗装が何か所かはがれていて、それなりに古く使い込まれているようだ。熊の人形のストラップが揺れている。
さっきの女子生徒のものだろうか?涙子は友人3人に拾ったそれを見せた。
「これ、落ちてたんだけど……」
友人たちが近くに集まり、覗き込んできた。
「―――やめといたほうがいいよ」
突然、背後から別の声がした。
涙子達が振り返ると、別の女子生徒のグループがこちらを見ていた。背丈がなんとなく自分たちより高いから、先輩だろうか。
「そのスマホ、さっきのバイカーに付いてったヤツ、あたしらと同じ3年生のなんだけどね」
1人が言った。
「そうそう、不良と付き合ってるなーんか嫌なヤツなんだよ、あのコ」
もう1人が言った。
「あたしらも関わり合いにならないようにしているってわけ」
「はァ」
涙子はなんとなく返事をした。
「えと、これ、どうすれば……」
「その辺に捨てとけばー?」
先輩達は適当な言葉で応じて、その場を去っていった。
涙子達はその場に残された。
「ルイコ、いいよ、ほっておけば?あの先輩たちの言う通りだよ」
アケミたちがそう言う。涙子はスマホを見つめて考えた。
ストラップのクマは、よく見ると、吸い込まれそうな黒い瞳をしている。
「……これ、職員室に届けてくるよ」
涙子は笑って友人たちに言った。
「みんなは、先に行ってて!」
「……ま、ルイコならそう言うわね」
アケミは笑って言った。
「優しいんだから」
「えへへ」
涙子もはにかんだ。
「ありがと」
「じゃ、先に行って待ってるよー!!」
「うん!」
朗らかに友人たちを見送って、涙子は踵を返して職員室へと向かった。
その時、手に持った携帯電話が震えた。
「えっ」
涙子は思わず声を漏らした。
電話の画面を見てみると、着信が今まさに来ていた。
「金田くん」と表示されている。
涙子は周囲を見渡す。誰もが、談笑したり、自分の携帯に目を落としたり、音楽を聴いたりしながら、通り過ぎていく。
首筋に汗が流れるのを感じる。どうしようか。
悪そうな声が聞こえたら、すぐ切ろう。
涙子はゆっくりと電話を耳に当てた。