東京某所
「話は通してみるよ?けれども、あちらさんもホトケではないからねぇ」
召還を受けて、敷島大佐は上官と面談していた。
「加えて、幹部会もとても騒がしい。根津達がはしゃいでいるのさ。『
学園都市が始まって何年経つと思う?どんな能力者が生まれたと思う?やれ、何もない所からポッと火を出すわ、軍艦一隻サイズの雷を出すわ。うちの装備だって、学園都市の技術供与があるからこそだろう?対して君はどうだ」
壁に向かって話していた上官は、大佐の方を振り返った。
「たった数人、あの満足に動けるかもしらない子
大佐は、座って膝の上で手を組んだまま、黙っている。
「アーミーを一塊、君に与えてやっていることにも、説得力は薄れてきているのだよ」
「ナンバーズを、何よりアキラを、守るためです」
大佐が視線を上げて絞り出すように言った。
「理性ある我々が、マッドサイエンティストどもから」
「アキラねぇ、君はそれに拘るが」
上官は大佐の言葉を遮るように言った。
「大事なのはねぇ、根回しと取引だよ。天秤は大方、あちらさんに傾いているのだから。君は嫌いなようだが?」
上官は再び大佐に背を向けた。
「次に同じような事案があれば、私も君を庇い切れん。身辺を整理整頓しておくことだな」
7月3日午後 ―――第十学区 職業訓練校
「……知っての通り、この学校は、お前等のように、一般学生の能力開発について行けぬ者や、集団生活に馴染めぬ
講堂のように広い教室で、黒板を背にして、ちょび髭を生やした男性教師が何やら声を張り上げている。
「―――単に技術を教えるだけではなく!お前等がこの学園都市で、一般社会で適応出来得る人間になることを目指しているんだ」
この時間は科目の授業だった筈だが、途中からこのような説諭が続いていた。
「いいか、この事だけは覚えておくんだ!」教師は教卓をバンと叩き、一層声を張り上げる。
「この、学校が、お前等の最後のチャンスなんだぞ……!」
教師の涙ぐましい演説に、聴衆は胸を打たれ、聴き入っているかと言うと、悲しいことにそうではなかった。
漫画や雑誌を広げる者、スマホの画面を読み耽る者、足を机の上に投げ出していびきをかく者、ペンをひたすら転がしている者、ヘッドフォンを耳に当てたまま寝息をかく者、隣の仲間と構わずお喋りする者。
教師の言葉は、生徒たちの胸どころか耳にすら届いていないのが現状だった。
「貴様等はーッ!聞いとんのかァ、話をォ!」
そりゃあ聞いてまーす、とか、内容が難しくて分かりませんでしたァ、とか、うっせえ、だの、好き勝手な声がごちゃ混ぜになって響く。
「死ぬまでクズをやりたくはないだろう!来月は技術祭だぞ!?」教師は教壇をうろうろしながら怒鳴った。「各種工場からも見に来て頂く!お前等の雀の涙ほどの努力さえあれば!将来の道が開けるチャンスかもしれんぞォ!」
「おい、金田ァ」山形が後ろの席から金田に声をかけた。
「鉄雄の奴おせぇよなァ」
「遅いも何も、ゆうべ『戻ってきたぜ!!』ってはしゃいでたのはお前だろ、山形」
「いや、蛯名のヤツがほんと見たんだって、寮に鉄雄が入るとこォ」
「はァ、話したんじゃねェのかよ」
金田は怪訝そうに振り返る。
「それが、『入院で疲れたから寝かしてくれ』の一点張りだったらしくてよ、そんときは会えなかったってんだよ」
「つまんねェ奴だなァ」金田は頬杖をついた。
「んで、朝になって行ってみてもウンとも言やしなかったしな……」
その時、廊下からドタドタドタと騒々しい足音が聞こえてきた。
「おぉーい!!」
扉をガラッと引きちぎるように開けたのは甲斐だった。
「聞いてくれェ、みんなァ!―――」
「授業中だぞ甲斐ィ!!」
すかさず教師が叫ぶ。
「お前どこに行ってた!?」
「我らがスクラムハーフがァ、ご帰還だぜェ!!」
満面の笑みを浮かべる甲斐の後ろから、鉄雄がバツが悪そうに入ってきた。いつもの広いデコには、包帯が巻かれている。
「鉄雄!!」
金田達はガタッと立ち上がった。
「こらあァ!席につかんか席にィ!」
鉄雄は教師を無視して仲間の方へと近づいた。あっという間に教室の騒がしさは倍になり、鉄雄の周りに人だかりができた。
「よく生きてたなァ」
「どこの病院行ってたんだよ!」
「鉄雄ォ!」
金田が駆け寄ると、鉄雄は笑顔を浮かべて金田の方を見た。
「金田!」
包帯こそ巻いていたが、それ以外に変わりはないように見えた。
「ケガはもういいのかよォ」
「ああ……カスリ傷さ」
高速での事件から2日しか経っていないが、鉄雄のあどけなさの残る声が、金田にはとても懐かしく感じた。
「よしッ、今夜はパーティだ!」山形が握り拳をつくった。
「飛ばすか、久しぶりにィ!」
「たった2日ぶりだけどな」
甲斐が悪戯っぽく笑った。
「それがさ、今夜7時にまた病院来いって言われてて……」
鉄雄の顔が曇った。
「バカ言ってんじゃねえよ!」
金田は鉄雄の肩をバシッと叩いた。
「カスリ傷なんだろォ、構やしねーよ」
「よしっ!そう来なくちゃ」
教師が「テスト範囲だなぁ」とか「試験に出そうだなぁ」とか黒板を指しながら言い始めたが、もう誰もそちらを気にする者はいなかった。
「金田、1つだけ頼みがあるんだよ」
鉄雄が声を潜めて金田に言った。
「何だよ、治療費ならアーミーに請求しろよなァ」
金田が額を近づけた。
「走り行く前に、会っときたいんだ、その―――」
「なになに!?あれちゃんですかァ」
金田は人差し指で鉄雄の頬を小突いた。
「もちろん、行ってやれよ、カオリちゃんとこ!」
「バッ!そんなでけぇ声……」
金田がわざとらしく声を大にしたので、鉄雄が顔を赤くした。
おぉッ、とかヒューとか、仲間が囃し立てた。
「今夜7時に、いつもの駐車場な!」
金田が笑った。
「病院じゃねェぞォ」
「……わりィな」
鉄雄もはにかんで言った。
「じゃ、早速行ってくるよ」
がんばれー!とか、癒してもらえェー!と声がかかる中、鉄雄は明らかに入る時よりも軽い足取りで去っていった。
「……ヨシッ」
金田が仲間に声をかけた。
「そうとなったらァ!授業は―――」
金田はわざとらしく両手を広げて、もったいぶった。
「―――自習!各自、好きにしたまえ!」
うおおお、と歓声が上がり、途端に何人もの生徒がバタバタと教室を出て行った。
「―――貴様等、0どころじゃない、マイナスだ……死ぬまで
椅子にへたりこんだ教師は顔を抑えてうめいた。
同じ職業訓練校内の保健室では、若い保健師が椅子に座り、電話を受けていた。
「……全部じゃないです、
『ありがとう、どんな感じだった?』
電話の話し相手は、快活な女性の声だ。
「普通の人間が、これを飲んだら、……気が狂っちゃうか、死んじゃいますね」
保健師が机の上の印刷された書類をめくった。
「そっちにさっきデータを送りました、見れますか?……ハイ、4ページの……No67が高いですよね?使用規制がかかってるやつですよ。一般の規制は認知されていないはずの―――」
「認
不意に保健師の背後から声がした。
保健師はばっと振り返った。入口に、少年が一人立っていた。
「ごめんなさい、後でかけ直す」
保健師は携帯電話を急いで置いた。
「
保健師は立ち上がって言った。
「おどかさないでよ!」
「カッカすんなって」
笑みを浮かべて金田は部屋へ入ってきた。
「今はダメよ、向こうに」
隣室へと続くドアを見やって保健師は言った。
「ドクターがまだいるから―――」
「残念だけど、ゆっくりしては―――」
金田はいきなり保健師の顎をぐいっと引き寄せ、キスした。
「―――いられねェーんだ」
唇を離すと、保健師は顔を背けた。
「あっそ、で、なァーに」
顔は紅潮していた。
「預けたろ?あれ」
金田は上機嫌に言った。
「俺の
「鍵?ならさっき」
保健師は怪訝そうに言った。
「鉄雄くんが取ってったよ」
「はァ?」金田の表情が一気に険しくなった。
「何ンで!?」
「なんでって、知らないけど」
保健師は困惑した。
「これから多分走るから、金田に渡してやるって言ってた」
「あンのデコ助野郎ォ……」
金田はもっと顔を歪ませると、走って慌ただしく部屋を出て行った。
「あ、ちょっと―――!もォ!」
保健師の顔は別の意味で赤かった。
携帯電話を再びとると、保健師は耳に当てた。
「あ、黄泉川せんせ、すいません―――ハイ、その辺に出回ってるやつじゃないってのは分かったんで、もう少し詳しく調べてみます」
『ありがと、牧子ちゃん……何かあった?』
「いや、うちのバカ生徒が―――そういえば」
保健師は思い出したように、睫毛の長い目を瞬きさせた。
「―――黄泉川先生が言ってた生徒、島鉄雄でしたっけ?さっき帰ってきましたけど……」
鉄雄は、校舎の外、陽の当たらない非常階段の陰まで歩き、足を止めた。
真っ赤なバイクがそこに停めてあった。
「ありがとよ金田」鉄雄が笑みを浮かべて呟いた。「借りるぜ」
牧子……AKIRA1巻に登場する、アーミーのカプセルを解析した、保健室で勤める若い女性。
あの職業訓練校に、若いのによく勤務しているなと思います。
名前は、大友氏に倣って鉄人28号から拝借しました。