【完結】学園都市のナンバーズ   作:beatgazer

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暴力的な描写を多く含みます。


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「ねえ、ほんとにこの道で大丈夫なのお?」

「うるせえ、大丈夫だって!黙って乗ってろ」

 鉄雄は盗んだ金田のバイクで、カオリを後ろに乗せて裏路地を走っていた。カオリの住む学生寮は第7学区の外れ、隣の学区とほぼ隣接する場所にある。

「ここらは俺らの庭みたいなもんだ。こっちの方が近道なんだよ」

「ならいいけど……」

 辺りはすっかり暗くなり、間隔を置いて街路灯が灯り始めていた。鉄雄達は巨大な運送会社の倉庫近くを走り抜けていく。コンテナが両脇にいくつも積み上がり、城壁のように連なっていた。

 

 鉄雄くんが外に行くなら、あたしも行きたい―――

 カオリの先ほどの言葉が嬉しかった、今も、自分の腰に手を回しているカオリの身体の体温が伝わってきて、鉄雄の胸に沁み込んでくるようだった。生温い夜風のそれとは違うものを鉄雄は感じていた。

 緩やかなカーブを抜けた所で、鉄雄は加速しようとローギアへのシフトチェンジをした。

 

 すると突然、バイクが減速し始めた。慌てて鉄雄が加速を試みるが、みるみる推進力を失っていく。

「ああ~……止まっ……ちゃっ……た」

 カオリが不安げな声を上げる。

「そうかァ、ギアチェンジでもモーターを5000以下に下げちまっちゃいけねえんだ」

 鉄雄は計器を弄り始める。手元が暗くてよく見えない。

「お尻がいった~い……あれ?」

 カオリは一旦降り、伸びをしたところで、今しがた自分たちが走ってきた方を見た。

 コンテナで形作られた狭路の向こう、闇の中に、明るく蠢く白色の光が見えた。

 

「金田くんたち……?」

「えっ?」鉄雄も振り返った。

 唸るような音が、反響しながら暗闇から顔を出してきた。街灯が彼らの姿を映し出す。

「……!!じゃない!!」

 鉄雄がばっとバイクから降りた。何台かのバイクが二人のすぐ側を通り抜け、その瞬間、カオリが呻き声を上げて、顔を抑えて倒れ込んだ。

「カオリ!!」鉄雄はうずくまるカオリの傍に駆け寄った。

 

 血の痕が灯りに照らされたアスファルトに、ドリッピングした絵具のように飛び散っている。

 カオリはぶるぶると震えている。

 鉄雄は突然後ろから押さえつけられ、顔面を強かに路面に打ち付けた。

 果汁が弾けたように、血の味を感じる。

 鉄雄の横でカオリの身体が無理やり引き摺られていき、鉄雄の視界には、ヘッドライトに照らされたブーツが映った。

 

「この間は世話ンなったな」くぐもった男の声がしたと思ったら、目の前のブーツが鉄雄の顔面を蹴飛ばした。顔中が、火花が飛び散ったかのように熱くなった。

「やめろ―――」歯ぎしりして声を上げるが、頭をもう一度押さえつけられる。砂利が口の中に入り、苦味と硬さが迸った。

 カオリの悲鳴が聞こえる。頭を抑える圧力が緩んだので、鉄雄は声の聞こえた方を見た。

 

 コンテナの前で羽交い絞めにされたカオリが、顔を思い切り殴られるのが見えて、鉄雄の頭は一層くらくらした。

 

 

 

「で、その暴走族(バイカーズ)たちとどうやって連絡をとるんですの?ええと、―――」

「高場だ!常盤台のお嬢さん、覚えておいてくれよ」

「……どうやってですの?」

 助手席に乗る白井黒子の声に若干の苛つきがあるのを、初春は感じた。

 

 放課後に巡回の指示を受けた初春は、柵川中学校を出た後、まず風紀委員の同僚である白井黒子と合流した。しかし、相手は二輪を駆るバイカーズだ。徒歩で巡回したところで、家の隙間を走り回るネズミを素手で捕ろうとするようなものだ。

 そこで、警備員(アンチスキル)の先生が一人、車で応援に駆けつけてくれると聞いて、乗せてもらったが―――乗っていたのは黄泉川先生や鉄装先生ではなく、がちがちに上へと固めた頭髪からわざとらしい香りを漂わせる、ガタイの良い男性教師だった。

 聞けば、あの柵川中に立ち寄ったバイカーズの少年の通う学校に勤務しているという。

 

「俺はあいつらの教師だからな!生徒の連絡先くらい職員室で探してきたに決まってるだろ!ほれ」運転しながら、高場は片手で電話を黒子の手に押し付ける。

「うわ、ベタベタしてる……って、私はどうすれば?」

「ああ、連絡先から、そうだな……金田ってやつを探してくれ!」

「か、ね、だ……これかしら?金田しょうたろう?」白井が指で画面を操作する。

「そう、そいつ!かけてくれ!」弾んだ声で高場が言った。

 

「えぇ、なんで私が?」白井は困惑している。

「運転中は通話禁止ですから、白井さん」

 初春が言うと、白井はあからさまに嫌そうな顔をして通話を試みる。

 高場の電話を耳に当てたまま、白井は沈黙している。

 

「……番号が間違ってますわよ」

「えぇ!?なんで!?」高場が情けない声を上げた。

「そりゃあバイカーズやってるくらいの不良なら、ほんとの番号なんて学校に教えないんじゃないですかあ?」初春が言った。

 高場は困ったような顔をして運転している。白井が隣で「どうするつもりですの!?」と文句を言っている。警備員相手にこのような態度をとる白井を、初春は見たことがなかった。

 

「ねぇねぇ、それじゃ、このカオリさんの携帯でかけてみましょうよ!」初春の隣から、夜の暗さを吹き飛ばすような明るい声が飛び出した。

「さっき金田って人からかかってきましたし!」

「それはいいですねえ―――って、高場先生!」初春は高場に抗議の声を上げた。「なんで佐天さんまで乗せちゃったんですか!」

「そうですわ!このお方は無関係ですの!」白井も高場を叱りつけるように言った。

 

「えぇ?キミ、風紀委員じゃないの!?」高場の声が裏返った。

「違いますよ~初春が心配で付き添ってて……」涙子が困ったように笑って言った。

「腕章ぐらい確認してくださいまし」白井が頭を押さえて呻いた。「あなた、ほんとに警備員ですの……?」

 高場は目を泳がせた。「ま、まあ、キミ、金田に電話できる?頼んでもいいか?」

「えと、はい―――なんて聞けばいいんですか?」

 

「どこでやり合うつもりかってさ!」

 先ほどまでの動揺がもう吹き飛んでいるようだ。高場は気を取り直してハンドルを握り直した。「さあ頼んだぞキミ!」

 

 

 

 山形のバイクの後ろに乗っている金田は、携帯が着信を受けていることに気が付き、振り落とされないように片腕でしっかり山形に掴まりながら、電話を耳に当てた。

 

「カオリちゃん!?」

「いえ、さっきの、柵川中のものですけど―――金田さん、どこに向かってるんですか!?」

「どこって―――なんでそんなこと聞くんだよ!?」

 金田は、自分たちと関わりのない中学生がなぜそんなことを聞くのか、疑問に思った。

「今、警備員や風紀委員がそちらに向かっているんです!高場って先生が知りたがってます!」

「はあ!?おい、そのアゴに伝えてくれ!手ェ出すんじゃねェってな!!切るぞ!」

「まっ、待ってください!教えてくださいってば―――!」

 相手の女子生徒の声に、金田は携帯を耳から離しかけていたのを止める。

 

 鉄雄の顔と、カオリの顔を思い出し、次いで、黄泉川という先生が言っていた言葉を思い出す。

 

(―――君達を守ることが、私達警備員の役目じゃんよ)

 

「……7学区南西のコンテナ場だ。抜け道のどっかで、鉄雄は追い詰められてるはずだ。分かったら、遅れんじゃねェって伝えてくれ!!」

 金田は言い終わるとすぐ電話を切り、ポケットにしまった。

 

「誰からだよ―――!?」

 山形が前から大声で怒鳴った。

「どうやら、無観客試合じゃなさそうだぜ!」

 金田は怒っているのか喜んでいるのか、よく分からない高揚した声で発破をかけた。

 

 

 

 

 

 

―――気持ち悪い。

 悲鳴を上げた途端に顔を殴られたので、ただでさえ痛かった目の辺りに熱湯を浴びせられた感覚になり、身体の感覚がフワフワしてきた。

 腹だか胸だかの辺りも殴られている。

 酸っぱいものが喉を駆け上がって口から飛び出していった。咳が止まらない。

 右目は変に塞がれた感覚がする。片目でようやく見えた目の前には、真っ黒な顔があった。

 影になっていて、よく見えない。

 油の匂いがする。

 

 

 

『おい、うるせえんだよ、さっきからあ!!何とかしろやあ!』

 私は突き飛ばされガス台に背中をぶつけ尻餅をついた。弾みで鍋がけたたましい音を立てて床に落ちた。

 向こうの部屋からは甲高い泣き声が聞こえる。

 あぁそうだ。ヨーグルト臭がして思い出す。私はそろそろあいつのおむつを替えなきゃいけなかったのに、夕食の支度に手間取って―――。

『ガキのお守りすんのに、てめえが働かねえで誰が働くんだよええ!?』

 目の前の(ひと)が大声で怒鳴り散らしながら迫ってきてわたしを蹴飛ばした。顔を腕で覆うが代わりに腹に来た。何度も蹴られる。ついでに殴られる。

 あーあ。これは痣になるな。明日は体育だっけ。どうしようまた着替えられない―――。

 

『いいか、誰の金でお前等が飯を食えてると思ってる?ああ!何とか言ってみろよええ!?』

 いや母親が食器棚に隠したへそくりを少しずつとってそれで菓子パン買ってるだけだし。ろくなもの食べさせてくれないじゃんこの男―――

『俺だ!俺が稼いだ金なんだよ!!だからお前はこのボロ家のことをやんのが当たり前だろうがあ、弟のクソの始末もできねえのかよ役立たず!』

 弟?

 ―――あの泣き喚いてるものはこの男の子どもかもしれないが。私のきょうだいなんかじゃない。

 口元を切ったせいで無意識に唾を垂らしながら私は別の部屋の物音に耳を澄ます。

 

 右隣りの部屋は灯りが灯っていてそこでは母親がいるはず。

((浄化の炎よ、科学に溺れた人間の欲望を焼き払い給え。救いの日は近い。ミヤコ様のお導きにより大覚様へと縋ることこそ、我ら衆生の―――))

 

『ボーッとしてんじゃねぇこの女あ!!』

 顔を2・3発平手で張られて髪を掴み上げられる。

 母親は今日もなんとか教にハマっていてお祈りをしている。父親が死んでからずっとあの調子だもの。助けてくれる訳がない。

 私は向きを変えられ台所のまな板の上にこれから裁かれる魚のように頭を押さえつけられる。

 切りかけの野菜がそこらじゅうに散らばる。

 あの男が私の下半身をところ構わず撫で回し始める。

『ガキの世話もできねえてめえみたいな役立たずなんざ、これくらいしか使い道がないってんだよなあ』

 あの男が耳元まで顔を寄せてきて喋る。そちらに顔を向けると獣のような笑みを浮かべているのが分かる。

 ヤニと酒の匂いが鼻いっぱいに満ちる。

 

 ああ。そうだ。だから。

 

 これは私じゃない。

 今の私じゃない。

 きっと、あの時の私のことなんだ。

 

 ざらついた作業用手袋が自分の身体を弄るのを感じて、カオリはそう思うことにした。

 

 

 

 

 

 

 ―――学園都市 外壁東部 東京方面 検問所

 

 上官との面談を終えた敷島大佐は、幾重にも施されたセキュリティチェックを受け、ようやく学園都市内に入ろうとしていた。

 最終チェックである金属探知ゲートを抜けた後、入域履歴を残すため、外交官用パスポートを受付に提出する。

 所定の位置に置かれたパスポートは、明滅する緑色の光に晒される。

「お取りください」

 傍にある端末から機械的な音声が聞こえる。

 

「ここを通るのは初めてじゃありませんが……まだ慣れません」

 同じようにパスポートチェックを受ける黒服の側近がぼそっと漏らした。

「人間が全く相手をしない分、さぞかし人為的なミスは少ないだろうな」

 大佐が静かに話すと、黒服は肩を少し震わせた。「申し訳ありません―――」

「お前たちを叱ってるのではない」大佐は声色を変えずに言った。

 黒服は縮こまったままだ。大佐の声は慰めているようには聞こえなかった。

 敷島大佐はパスポートを手に取った。付近にある排紙口から、入域を受理したというレシートが発行される。

 それを手に取ると、大佐は目を細めた。

 レシートの末に、短い文章が印刷されていた。

 

〈 ナンバーズ ヒキワタサレタシ アーミー シレイカン シキシマ タイサ ドノ 〉

敷島大佐は頭上を見上げた。

 監視カメラの漆黒のレンズが、こちらを見つめている。屈折した自分の姿が見えた。

 

 周りを見渡す。明るい白色の光に照らされたターミナルには、人影はまばらだ。

「……大佐?」

 黒服が声をかけるが、大佐は黙っていた。

(統括理事会からも唾が飛んできている)

 上官の言葉を思い出し、大佐は再び監視カメラを見た。

「……もう出られないかもしれないな」

「は?」

 黒服の怪訝な声には答えず、出口へと敷島大佐は歩き始めた。

 

 煌々と明かりが灯る自動車発着用のロータリーでは、別の部下が待機していた。

「大佐!お戻りのところ急にすみません、至急お伝えしたいことが―――」

「なんだ」バッグを部下に預け、大佐は尋ねた。

「Dr大西からです。例の島という少年のEEG(脳波)に、‘青’のパターンが見られたと」

 敷島大佐は車に乗り込む前に立ち止まった。

「……能力発現か?」

「可能性が高いとのことです。現在付近で観測車が待機しています」

 敷島大佐は元来た方を振り返った。

 学園都市と外界を隔てる巨大な外壁は、夜の街明かりを受けて、黒々とした巨躯を夜空にせり出していた。

「……回収しろと伝えろ、我々はラボへ向かう」

「はっ!」

 部下と共に乗り込んだ大佐を、車は外との出入り口から学園都市内部へと運んで行った。

 

 

 

 


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