【完結】学園都市のナンバーズ   作:beatgazer

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Ⅳ.佐天涙子とカオリ
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7月5日午後―――第七学区 柵川中学校

 

 

 

「バイカーズの彼女のお見舞い?」

 怪訝そうな顔でアケミは涙子に言った。

「行かなくていいと思うけどなあ」

 

「そうかなあ……?」

 涙子は困った顔をした。

「初春がさ、今日これから行くっていうから……ほら、あたしも一応、通報者だし……?」

 

「けどさあ、涙子。あんた、あのバイカーズ達のせいで怖い思いしたんでしょ?」

 アケミが少し怒ったように言った。

「所詮、不良共のケンカなんだから、あの先輩だって自業自得だって!涙子は関係ないんじゃない?」

 

 確かに、その通りだ。

 

 月曜日の夜の事件があってから、涙子は結局、何があったかを正直にアケミ達に話した。

 アケミ達の意見は、「放っておいた方がいい」で一致していた。

 そもそも、涙子は初春と違い、風紀委員(ジャッジメント)ではない。ただの、中学一年の女子生徒だ。そんな自分が、暴走族(バイカーズ)の抗争の現場に割って入ってしまったのだし、しかも怪我をした一員の見舞いに行くのは、傍から見れば必要性のないことだった。

 けれども。

 

(あたしは、大丈夫……)

 

 傷だらけの顔で、弱弱しい笑顔を浮かべるカオリの顔を、涙子は頭から振り払えなかった。

 そして、何故だか、放っておけない気がした。

 

「まあ、病院に行くだけだし、初春とも一緒だし……」

 涙子は何とかアケミに納得してもらいたかった。

「相手は3年の先輩だもの、まともに会うのもきっとこれきりだよ」

 そう、きっとこれきりだ。

 

 学園都市の学校の例に漏れず、柵川中学校も少子化とは無縁のマンモス校だ。同級生の顔と名前だっていちいち全て覚えていられないのに、3年の先輩との付き合いはそうあるものではない。

 あの夜の経験は確かに鮮烈だったが、何日も経てば、普段から快活な涙子の心の中では忘れていくことだろう。

 

「むーちゃんが、自習室の席確保してくれるって言ってたんだけど……」

アケミがやや表情を和らげていった。

「うん、アケミにも、みんなにもごめんね。昨日一緒に勉強できたのはとっても良かったよ」

 涙子は両手を顔の前で合わせた。

 

「まあいいよ。また明日ね」

 一息吐いて、アケミは苦笑しながら言った。

「ごめん!ありがと、アケミ!」

 

「ところでさあ、涙子―――」

 じとっとした目でアケミが涙子を見た。

 

「―――明日の試験、数学が2限だけど、涙子大丈夫なん?」

 

「げっ、そうだっけ……」

 涙子はたじろいだ。

「yとかxとかの関数、単元テストやばかったじゃん!よーくお家で復習しといた方がいいよー!」

 アケミは涙子の肩をぽんぽん叩きながら笑って言った。

 

「期末の後、夏休み補習に捕まったりしたら、遊べないじゃん?悲しいぞぉ~」

 

「分かった分かった!―――……一夜漬け、がんばります……」

 涙子の言葉はだんだんと尻すぼみになっていった。

 

「佐天さん?準備OKですか?」

 

 教室の入り口の方から、初春が呼んでいる。

「あー、初春!今行く!」

 涙子はカバンを肩にかけた。

「それじゃアケミ、悪いけど、むーちゃんとマコちんにもよろしく」

 

「うん、涙子も気を付けて」

 アケミと手を振り合い、涙子は教室を出て初春と合流した。

 

 

 

「お待たせ、初春」

 

「いいえ、悪いですね、付いてきてもらっちゃって」

 初春はマスクをしている。昨日辺りから風邪気味だという。

「あたしも初春と一緒に、あの場にいたから―――まあ、一度くらいはお見舞いは行った方がいいかなって」

 涙子は歩きながら初春に言った。

「……きっと、怖い思いをしただろうから、あの先輩」

 

「……そう、ですね」

 互いの顔が曇る。

 途切れた会話の隙間を埋めるように、初春が不意に咳込んだ。

 

「初春、大丈夫?」

 

「すみません、けど平気です……どうも急に暑くなると体調崩しやすくて、私」

初春がマスクの上から口元を抑えて言った。

 

「けど、これから行くとこ、病院だし……かえって悪くしたら大変だよ?テストもあるし」

 涙子は心配して言った。

 

「まあ、熱が出たらまずいですけど、今は平熱ですから」

 初春の目元は笑っていた。

 

「お花とか買ってった方がいいんですかね?佐天さん」

 

「うーん、どうだろ……世話するの面倒じゃないかなあ」

 

「じゃあ、佐天さんならどうします?」

 

「うーん……菓子折り、とか?」

 

「……案外堅っ苦しいんですね」

 

「えー、変かなあ!おいしいものもらったら元気出るじゃん?―――」

 

 そんな会話を続けながら、二人は生徒玄関へと向かった。

 

 


 

 

 ―――都市軍隊(アーミー) 超能力研究所(通称 ラボ)

 

 

 

 島鉄雄は、苛々した気持ちを募らせていた。

 目の前の画面の映像から、かれこれ10分近く続けて、馬鹿げた幼稚な質問をされているからだ。

 

「ココニ コドモト オトナノヒトガ イマス ……」

 やたら粗いポリゴンのピクトグラムが、大人と子供を形作っている。

「…… デハ シツモンデス コノオトナハ コドモト ナニヲシタイト オモッテ イルデショウカ ……

イチバン ボールナゲ   ニバン オニゴッコ   サンバン アタマヲ ―――」

 

 

 なんだこれは?俺をコケにしているのか?

 最初の数問こそ真面目に答えていたが、両手を後ろで組んで椅子に寝そべる今の鉄雄は、まともに答える気がとうに失せていた。

 

 機械的な質問が次に移りかけたところで、突然止まった。

 

「気分はどうだね? 41号!!」

 あいつだ。あの口ひげを生やしたジジイドクターの声だ。

 

「退屈だ!!それにその番号で呼ぶんじゃねぇ!」

 鉄雄は上を見上げて怒鳴った。

「音楽でもかけてくれよなぁ!!」

 

 返事はない。

 この部屋は天井が高く、天井まで2階層ほどの余裕がある。鉄雄から見て左側の壁面は、2階部分がガラス張りになっていて、ひげのドクターを中心に数人が、よく分からない機械をいじりながらこちらを観察している。

 鉄雄は、上からこちらを見下ろすその研究者たちの態度が気に食わなかった。

 

 素晴らしい能力を持っている。とあのドクターに言われたが、2日前の夜は、クラウンの奴らにカオリ共々リンチされたこと以来、記憶が曖昧だ。

 カオリのことが心配だし、金田やチームの仲間はどうしているだろうかも気になった。

 しかし、奴等は自分をここから出す気はないようだった。

 

「ココニ シカクイ ツミキガ アリマス …… コドモガ サンカクノ ツミキヲ モッテキマシタ ……」

 

「うるせぇんだよ……」

 鉄雄は機械からの質問を無視することにして、再び天井を仰ぎ、目を閉じた。

 

 

 

「どうだね?」

 大西が冷笑を浮かべながら聞いてきたが。

 どう、と言われても、木山春生に気の利いた感想は浮かばなかった。

 

「Dr.大西。率直に言えば―――」

 木山は、明らかに不貞寝を決め込んでいる鉄雄をガラス越しに見下ろして言った。

「かなり―――あの年齢の被検体にそぐわないプログラムを行っていると思いますが……」

 

 意外にも、大西の表情は変わらなかった。

「その通りだよ、木山博士」

 木山の返事は、予想通りだったようだ。

 

「なぜです?能力発現を加速させたいなら、もっと彼に見合った方法があるのでは?」

 

 大西は顎に手を当てて、興味深そうに木山の顔を見た。

「木山博士、あなたは教員免許を取得しているね?」

 

 教員免許、と聞いて、木山の脳裏に、嫌な思い出が蘇った。

 木山は、僅かに表情を固くした。

「……そうですが、それが何か?」

 

「ならば予想できるだろう?あの41号が―――」

 大西は顔をガラス張りの方に向けた。

「―――今、どんな気持ちでプログラムを受けているか」

 

「……少なくとも、前向きではないでしょうね」

 木山は静かに答えた。

 

「その通りだよ!」

 大西が笑みをより深くして答えた。

無能力者(LEVEL0)であり、職業訓練校生(トレーニー)。これだけでも劣等感があるだろうに!どうも彼は、彼のバイクチームでも上から命令される立場だったようだ!

 劣等感、そこなのだよ。彼の潜在能力を引き出すためには、それを利用してやればいい」

 

 木山は表情を強張らせた。

「……彼を、焚きつける気ですか?」

 

「波打つニトロにね、火花を飛ばしてやるのさ」

 大西は楽しそうに、手をパッと広げる仕草をした。

「怒り、妬み、憎しみ、嗜虐性。内面でそんなものたちが渦巻く彼が、超能力を手にしたと分かれば、どうなると思う?

―――きっと、派手な爆発が見られるはずだよ、木山博士」

 

 大西は、木山に背を向け、コンピュータに向かって作業し始めた。

「明日は、君にも彼のカウンセリングをしてもらう。ぜひ、彼を内面から理解を深めて頂きたい」

 

 木山はため息を一つついた。

 

 科学者とは、籠る巣が違えど、みな同じようなものか。

 

 そして、椅子に寝そべる鉄雄の様子を伺った。

 目は閉じられていて、時折唇が動いているように見えた。

 

 

 

 

「……アカイ ヤネノ イエノマエニ ヒトガヒトリ タッテイマス ……」

 

 

「……燃やしちまえよ……」

 鉄雄の呟きは、誰にも聞こえることはなかった。

 

 


 

 

 涙子と初春が向かった、カオリが入院しているという病院は、電車でいくつかの駅を跨いだ先にあった。

 

「あの、何か……?」

 初春は怪訝そうに、目の前の女性の医師に言った。医師が、初春と涙子の2人を、目を丸くして見ていたからだ。

 

「ああ、ごめんなさい」

 医師は、笑顔を顔に浮かべて謝った。「バイカーズ絡みの患者さんの見舞いだから、てっきり、もっとその……イケイケな人が来るかと思ったらね」

 

「私たち、あの人の第一発見者なんです」

 初春がはっきりと言うと、医師は納得したように頷いた。

 

「そう、あなた達が……じゃあ、風紀委員(ジャッジメント)の方?」

 

 はいッ、と初春がきびきびと返事をした。

 

 その横で、佐天は不意に肩を震わせる。

「あの、私は―――」

 涙子が、自分は違う、と断ろうとしたところ、医師は突然頭を下げた。

 

「ありがとう!」

 

 ええっ?と、今度は初春と涙子が目を丸くした。

 

「あなたたちのお陰で、あの患者さんはとても助かったの」

 はあ、と涙子は思わず気の抜けた返事をした。

「ただね」

 医師は頭を上げた。

「申し訳ないんだけど、もうあの女の子は、退院して、ここにはいないの」

 

「えっ、いないんですか?」

 涙子は驚いて声を上げ、初春と顔を見合わせた。

 

 

 

「特に対処が必要だったのは、鼻の骨折と、折れた歯の再接着だったんだけどね」

 人の良さそうな笑顔を浮かべる女性の医師は、広い待合室に初春と涙子を案内し、ソファに互いに座って、そう語った。

「鼻骨の復元は数十分で終わるものだからいいとして、歯の方は、破折片―――折れた歯を君たちがちゃんと持ってきてくれたおかげで、元のようにきれいにくっつけることができたんだ。それに、君たちが応急処置を適切にしてくれたお陰で他の箇所の打撲は治りが早かったよ。ありがとうね」

 

「いえ……風紀委員の仕事で居合わせた以上、当然のことをしたまでです」

 初春が照れ臭そうに言った。腕の腕章が、窓からの日の光を受けてきらりと光った。

 

「頼りがいのあるジャッジメントさんだね……あなたもそうなの?」

 医師は、涙子の方を見た。

 

「いえ!わ、私は、何というか―――この子の友達で……」

 涙子は慌てて、相手の注意を逸らすように初春の方を見て言った。

 

「でも、あなたも勇気のある人だよ」

 医師が涙子の目をまっすぐ見て言う。

 

「私が?」

 涙子は自分の顔を指さして言った。

「全然、そんなこと……」

 

 医師は、涙子に向かって首を振った。

「怪我や病気で、その時まさに苦しんでいる人を見た時に、どんな行動が取れるか。大抵の人は、関わりたくない、自分には何もできないって思いこんでしまうものだから。

 あの患者さんの姿を見たとき、きっと、ショックだったでしょう」

 

 涙子は俯いた。

 確かに、あの時は言い様の無い気持ちが胸の奥から一気に沸きだした。カオリの姿を目の当たりにして、同じ年代の女子生徒として、ショックを受けたのだろう。

 

「けれども、あなたたちは行動した。目の前の人を救おうとしてね。大人でもなかなかできないものだよ」

 医師の言葉に、涙子と初春は顔を赤らめた。先程暗くなりかけた涙子の胸が、温かい感情で満ちていった。

 

「これは、勝手なお願いなのだけれど...」

「何でしょう?」 

 涙子は、はっきりした声で聞いた。

 

「良かったら、あなたたちに、あの子の支えになってほしいの」

 医師は、優しい声で言った。

 

「患者さんのプライバシーに関わることはあまり話せないけど...あの子は心に傷を負ってる。肉体の傷以上に、深くね。私達はカウンセラーじゃないから、心の傷までは治せない。

 バイカーズと付き合う位だから、周りに支えになるような人は、多分少ないんだと思う。

 あなたたちが、普通の友達のように、あの子に接してくれると、少しずつあの子の心も癒えていくと思うの。」

 

 涙子は初春と顔を見合わせた。

 カオリさんの支え。2日前にたまたま会い、なりゆきで怪我を手当てしたくらいの自分に、そんなことができるのだろうか。

 

「もし、できればでいいんだけれどね」

 

「...はい」

 相変わらず優しく語りかける医師に対して、涙子は先程とは打って変わって、自信のない返事しかできなかとてた。

 

(まともに会うのも、きっとこれっきりだよ)

 

 学校でアケミに言った言葉を、涙子は思い出していた。

 

 


 

 

 

 夜――― アーミー超能力研究施設内

 

 

 

 敷島大佐は、鉄雄が収容されている棟から、他のナンバーズの収容されているセクションへと移動していた。

 大西から、実験体が目覚めたと連絡を受けたからだ。

 

 保育園(ベビールーム)

 幼少期の能力開発の副作用で、肉体の成長が止まり、逆に老化が進む実験体の収容施設。

 その中でも、特に肉体の衰えが顕著な一人が、とある部屋に眠っている。

 

 そして、その一人が起きるときは、能力を行使する可能性が高かった。

 

 敷島大佐は、部屋の中央に置かれたベッドに歩み寄り、膝をついて屈んだ。

 ベッドには、白髪のお下げの、少女とも老婆とも言える人物が横たわっていた。

 

 ベッドの横では、大西が観測用のコンピュータを熱心に見ている。

 

「15分ほど前に覚醒しました、言葉は―――」

 大西が何か報告しようとしたが、敷島大佐は首を振って遮った。

 そして、横たわる人物の、皺の刻まれた小さな右手をそっと握った。

 

 掌には、「25」とプリントがされている。

「さあ、キヨコ、言ってごらん」

 普段全く出さないような、子供に語りかける優しい声色で、敷島大佐は言った。

「何を見たのかな?」

 

 キヨコと呼ばれた人物は、わずかに身じろぎして、目を開いた。

 皺の刻まれた顔のなかで、大きな、睫毛の長い瞳は、不釣り合いに輝いた。

 

「人が、何人も死ぬわ」

 

 声は、あどけない子供の声そのものだった。

 

「街が、光でとっても明るくなって、私たちは、もう一度、アキラくんに会うの」

 

「アキラ!!」

 敷島大佐が一気に表情を厳しくした。「それは、いつだ?いつ起きるのだ?キヨコ!!」

 

「もうすぐ……」

 キヨコの瞼が閉じられていく。

「あの子を……行かせて……もうすぐ…………」

 

「キヨコ」

 

 敷島大佐の呼びかけに、キヨコは反応しなくなり、静かな寝息を立て始めた。

 

「どう思う?」

 大佐は、不安げな表情をしてキヨコを見つめる大西に投げかけた。

 大西は、ハッとした顔をしてから、素早く手元のコンピュータで調べ始めた。

 

ECG(心電図)EEG(脳波)MEG(脳磁図)全てパターンは正常です。投薬スケジュールにも問題なし……」

 大西は、画面と睨めっこしながら、早口でまくし立てていく。

「―――いえ、EEGに規定値以上の棘波が先ほどまで見られました……大佐」

 大西が、敷島大佐の方を見た。

 

「今回の発言は、25号の、予知・知覚能力の行使かと思われます」

 大西も深刻な表情だ。

「―――最も、今回のものは、久方ぶりではありますが……最高幹部会議の査問に、通しますか?」

 

「信じるのか?―――アキラが、目覚めると?」

 敷島大佐は、大西の方へ顔を向けた。

 

「25号の予知能力の精度は95~97%です。信頼に足ると……各種のデータがそれを裏付けています―――」

 二人の間に、沈黙が流れた。

 キヨコを取り囲む観測機器の低い唸りが微かに聞こえる。

「……大佐は、どうですか?」

 大西は、声を潜めて聞いた。

 

「私の仕事は、信じるかどうかではない。行うか、どうかだ」

 大佐が、厳しい声色で言った。

 

「石棺だ。28号(アキラ)のカプセルのもとへ行く」

 

 

 

 

 




改行した後に字下げしたつもりでも反映されないことが多いのですが、みなさんはどうされているのでしょうか

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