【完結】学園都市のナンバーズ   作:beatgazer

22 / 123
22

 

 7月6日午前 ―――第七学区 柵川中学校

 

 

「くーっ!テスト明け後はやっぱ体育だよ体育!

 子どもは体を動かしてなんぼでしょやっぱり!」

 佐天涙子は教室を出るなり、伸びをしながら軽い足取りで歩いていく。

 

「随分と調子良さそうですね、佐天さん」

 

「そらそうよ!初春が見学なのが残念だよ!アケミ達のチームに一緒に勝ちたかったじゃん?」

 後ろから、マスクをした初春が、とことこと足を速めて追いついてくる。

 発熱はしていないというが、やはり咳込むことが多く、体調が良くなさそうだ。

 

「テスト返しばっかりだと気が滅入るからね、発散しなきゃでしょお?」

 

「そうですね」

初春が目を細めて答えた。初春の口元は見えないが、微笑んでくれたと捉えた佐天も顔が緩んだ。

「さっきの数学の時間、暗い顔してましたもんね、佐天さん」

 

 初春の二言目を聞いて、涙子の顔は曇った。その表情は忙しなく変わる。 

 

「わっ、やなこと思い出した……」

 涙子はこめかみに片手を当てた。

「比例定数間違えたからめちゃくちゃキツい上り坂になったんだ、私のグラフ……」

 

「まあ、補習にはならなそうなんですよね?平気ですって!」

 

「数学さえ回避できれば、なんとか安心かなぁ……」

 

 階段を下り切って、涙子が願望を口にした時、初春がふと立ち止まった。

「あ!私、ドラムコード取ってきてって先生に頼まれてたんでした!」

 

「そうなの?一人で平気?」

 

「大丈夫です、1個だけですから」

 初春が、体育館とは反対方向へ足を向けた。

「佐天さん、先行っててください」

 

「オッケー、じゃまたね」

 涙子は初春と別れ、体育館の近くにある更衣室へ向かおうと歩き出した。

 

 

 

 途中、保健室の側を通りかかった時、涙子は一度足を止めた。

 保健室の隣には相談室があり、ドアのガラス窓から中の様子が少し窺えた。

 誰かが机に向かっている。

 

「あの人……」

 ぼさついた黒髪が特徴的なその姿には見覚えがあった。先日、涙子と初春が助けた、カオリだ。

 涙子は窓越しに、カオリの横顔を窺う。カオリは真剣な表情で、机に向かって何かを書いている。

 

 そっか。テスト受けてるんだ。

 

 遠目に見る限りではあるが、昨日の医師が言っていた通り、目立つ傷はなく、ひどい暴行を受けたとは分からなかった。

 

『―――普通の友達のように、あの子に接してくれると、少しずつあの子の傷も癒えていくと思うの―――』

 医師の言葉を、涙子は思い出していた。

 

 見た目に傷は残っていなくても、心はきっと大変なものを抱えているのだろう。

 

 けれども、涙子は、机に向かうカオリの姿を見て、ほんの少し安心した。

 

 あのときは無我夢中だったけど、助けた甲斐があったかな。

 

 涙子は後ろを振り返った。初春はまだ来ない。

「……あとで、初春にも教えてやろーっと」

 涙子は足取り軽く、再び歩き出した。

 次の時間の体育が、もっと楽しみになった。

 

 


 

 

 ―――都市軍隊 超能力研究所(ラボ)

 

 

 

 率直に言って、木山春生は目の前の少年が苦手だった。

 大西の指示を受けて、木山は島鉄雄というこの暴走族(バイカーズ)の一員との面談を行っていた。

 木山は、もっと幼い子供たちを対象とした実験であれば経験豊富だったが、鉄雄位の年齢の少年、しかもあからさまに演算能力が低いと見える不良相手に、能力開発を行ったことはなかった。

 大西は目を輝かせて、この少年が逸材だとのたまっていた。しかし、木山にしてみれば、その評価は過剰に過ぎると思えた。

 

「―――分かるぜ、先生」

 声を聞いて、木山は思考の湖から意識を引き上げ、目の前の少年を見た。

 鉄雄の声は、声変わりの途中であるかのような、掠れ気味の声だ。15歳でこの声だと、確かに周囲の仲間からは格下に見られてしまうかもしれない。

 

「俺なんかが、能力を使えんのかって思ってんだろ」

 鉄雄は、不敵な笑みを浮かべてこちらを見ている。大股に足を開き、両手を体の前で組み、前のめりで座っている。

 それは、若い女性研究者である木山を値踏みするような雰囲気を纏わせていた。

 この手の視線には、同業者からも散々向けられた覚えがある。

 木山は返事をせず、無表情で鉄雄を見返していた。

 

「あんたがあのジジイ連中の仲間なンかどうかは知らねえけど―――」

 やや間を置いて鉄雄が続けた。

「―――あいつらとは違って、なんつーか、期待してないだろ?俺に」

 

「……映像は見せてもらったよ」

 静かに木山は言った。

「相手の暴走族のチームに向かって、周囲の物を飛ばしていたね。確かに、書庫(バンク)の記録よりも、強度(レベル)の高い念動力のようだ」

 

「―――ハッ!やっぱ、さっき言ったこと、撤回するわ」

 鉄雄はつまらなそうに両手を広げて、笑い出した。

「あいつらと(おんな)じこと言ってるぜ、アンタ。俺は確かに念動力(テレキネシス)って判定されたことはあるけどよ、強度は知ってんだろォ」

 

「ああ」

 木山は手元のクリップボードの資料をちらと見た。

「無能力者だね」

 

「そう、それ!ゼロ、LEVEL0(レベルゼロ)

 鉄雄は両手でぱしっと膝を叩いてみせた。

「どん詰まりもいいとこだぜェ、先生」

 顔には相変わらず笑みが浮かんでいる。

「大体、レベルがそう簡単に1も2も上がるんだったら、職業訓練生(トレーニー)なんてやってないっての!なンかの間違いだよ、きっと!」

 膝に手を置いて、鉄雄が再び前のめりの姿勢をとった。木山へと向ける顔に浮かんだ軽い笑みは、木山への、或いは自分自身への軽蔑の表れのようだった。

「だからさ、先生も諦めなって!俺をこっから出してくれよ、帰りてえんだって、なァ」

 

「私としては別に出て行ってもらっても構わないんだが」

 鉄雄の言葉に、木山が返す。

「……ただ、相手チームのメンバーに怪我を負わせたんだ。研究所(ここ)を出て行ったら、まず警備員(アンチスキル)に捕まるぞ」

 

「へっ、アンチスキルが怖くて今まで走ってられたかよ」

 鉄雄はそれがどうした、とでも言いたそうだった。

 

「今までは、不良同士の諍いで済んでいただろうさ、けれども、今回は―――」

 木山は相変わらず機械が読み上げるような口調で話した。

「―――相手が重傷だと聞いているぞ?意識が未だに戻らない程のね」

 

 鉄雄がぐっと顎を引いたのを見て、木山は足を組んだ。

「仮に相手が命を落としたとする。それならば、君は傷害致死罪で立件されるだろう。その場合、素点(ポイント)は累計マイナス50以下間違いなしだ。

 成人と同じ、普通裁判所行きになるってことだよ。当然、職業訓練校(トレセン)も退学。当分娑婆には出られないだろうし、まともな職にも就けないだろう。

 ……君が守ろうとしてた、彼女とも会えなくなるだろうね」

 

 鉄雄の表情が、雷に打たれたように固まる。

「……ンだと、てめェ―――」

 

「勘違いしないでほしいが、脅しをかけている訳じゃないんだ」

 木山は、自らの長い前髪を手で横に軽く払った。

 明るいブラウンの瞳が、じっと鉄雄を捉える。

「それらの可能性を考慮したって、出て行くのもありさ。逃げ隠れしてもいいし、善良に罪を償ってもいいだろう。何せ、君はまだ15歳なんだ。時間はまだまだあるさ」

 

 二人の間に、沈黙が流れた。

 

「あんたは、何が望みだ?」

 鉄雄の声は、先刻までに比べ、やや弱いトーンに変化していた。

「俺に力なんてない。俺はLEVEL0だ。俺は、クラウンの奴等に何をしたかなんて覚えてない、俺は……」

 鉄雄は、頭を抱えて床を見つめた。

「……俺は、無力だ……」

 

 

 

 木山は、鉄雄の姿を見ていた。

 劣等感と、後先を考えない思考に染まった、不良少年。

 木山がこれまでに見てきた少年少女達の中に、能力を格段に上昇させた者は何人もいた。

 彼ら彼女らは、自分だけの現実(パーソナルリアリティ)を強固に持つべく、それに見合った精神力、判断力、演算能力を持っていたし、またそれらの力を伸ばす余地があった。

 

 対して、この少年はどうだろう?

 バイカーズやトレーニー、素行不良といった符号を取り外せば、彼は、ただの、15歳の子どもだった。

 学園都市の内にも、外の世界にも、あり触れた存在だろう。

 

 超電磁砲(レールガン)のような、己の努力のみで高位能力者になれる人間にはとても見えないし、かと言って、今更能力開発を改めて行ったところで、同じ手立ての繰り返しでは、目に見える成果は得られそうになかった。

 

 ただし―――木山は、自己嫌悪に陥る鉄雄を見ながら、大西から見せてもらった映像の事を思い出した。 

 

 あの記録を見る限り、突発的にではあるが、鉄雄は能力を行使していた。

 LEVEL2(異能力者)、やりようによってはLEVEL3(強能力者)位までなら、強度を上げられるかもしれない。

 

「……」

 木山は唾を飲み込んだ。

 元はと言えば、この少年の研究は、大西達、都市軍隊(アーミー)の領分だ。

 自分が手を貸す以上、こちらの目的のためにも、一役買ってもらわねばならない。

 もちろん、この少年1人だけでは不十分だ。大西達が他にもいると言っていた実験体(ナンバーズ)念話(テレパス)でネットワークを形成しているという、彼等にもいずれ会ってみたい。

 

 

 

「島君、顔を上げてくれ」

 木山が言うと、鉄雄は僅かばかり顔を上げ、顔を覆う指の間から、上目遣いにこちらを見た。

「LEVEL0の烙印が苦しいかい?……研究者の言うことは信じられないだろうが、私は少なくとも君の気持ちが多少なりとも分かるつもりだ。

 そして、君のように苦しみながら、適切な能力開発と訓練を経て、この学園都市での居場所を見出した者も見てきた」

 

 そして、その過程で無残にも使い捨てられ、死んでいった者たちも。

 木山は、そっと心の中で付け加えた。

 あの子たちに報いるために、目の前の不良少年には役立ってもらわねばならない。

 

「さっき、君は自分のことを期待していないと言っていた。

 私は、ここにいる以上、君にそれなりに興味をもっている。君の可能性を形にしてみたいと思っている。だから、ここに来たんだ。

どうせ兵隊さんたちは、君をここから出したくはないみたいだ。なら、この機会を利用してみないか?私と一緒に」

 

 我ながら、よくここまで白々しいことが次から次へと言えるものだ。木山は自分自身を嫌悪した。

 

 鉄雄は、ゆっくりと上体を起こし、不安げな顔で木山を見た。

 バイカーズの一員として、虚勢を張っていた面影は、そこには無かった。

 

「……だけど、()()、一体どうやるってんだ?」

 鉄雄が言った疑問に、木山はすぐに答えず、手持ちのカバンの口を開いた。

「あのジジイどものやり方は嫌いだ。ガキ向けのQ&Aとか、頭の中をいじくる機械とか……」

 

「……そうだな……音楽を聴きたい、と言っていたね?」

 木山は、徐にカバンから小さな物を取り出して、机の上に置いた。

「……ちょっと、BGMでもかけながらやってみるかい?」

 木山が取り出したのは、巷で流行りの携帯型音楽プレイヤーだった。

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。