【完結】学園都市のナンバーズ   作:beatgazer

23 / 123
23

―――都市軍隊 宿舎

 

 

 

『俺は建築や芸術に詳しい訳ではないが』

 携帯から聞こえる相手の声が言う。

禁忌(パンドーラー)の箱というには些か不格好過ぎるな、これは』

 電話をかけている、門脇(かどわき)も、同感だった。

 第一〇学区の、石棺の地下深くにある、都市軍隊の実験体封印施設。自分が映像を残すことに成功した「アキラ」の冷凍カプセルは、深海探査船とタコ足配線のコードをぐちゃぐちゃに絡めたような見た目をしていた。少なくとも、門脇はそう感じた。

 

「大佐は、25号の予知を受けて俄かに焦っています」

 門脇が、静かな声で早口に言う。

「だからこそ、普段、セキュリティクリアランス上は入れない筈の私も、一緒に入れてしまう失態を犯したのでしょう」

 

『そのお陰で、ようやく記録として掴めたわけだ。オカルト話に過ぎなかった、アキラという人物のことを』

 向こうの側の声は、冷静ながらもどこか嬉しそうな声色を含んでいた。

 

「これからどうしますか?」

 門脇が聞いた。

「第七学区で暴れた一件だけでも、都市軍隊へ強制査察をかけることは可能だと思いますが」

 

『“(たやす)く敵城へ忍び込み、忽然と敵を挫く”』

 相手が言った。この人物は時たま、古書に書かれているような格言めいたことを言う。

「わざわざ絶対零度まで凍りついたカプセルに、馬鹿正直に触れる理由もないだろう。まだその機ではない。正面から火力を投じて、開けてみたら死体だけでした、では困る』

 

「では……待つと?」

 遠回しな言い方をする相手に対して、門脇はもどかしさを抱えながら聞いた。

 

「新たに加わった実験体(ナンバーズ)の様子はどうだ?』

 質問に直接応えず、逆に相手が聞いてきた。

 

「外部の研究者も招聘して能力の再開発を試みているようです。今のところ目立った成果は上がっていませんが」

 

『……彼が()()だ』

 間を置いて、相手が言った。

『彼の伸長を待ち、揺さぶりをかける。いずれ、奴等は再び、学園都市に噛みついてくる。すっかり丸くなった犬歯で』

 

「……何か策があるのですか?」

 門脇は聞いた。

 

警備員(アンチスキル)から、理事会にある報告が上がってきている。7月2日の第七学区での一件の際、ある薬物を押収したと。学園都市製ではない。規制物質を多量に含んだ、強力な精神安定剤のようなものを』

 

「それは……」

 

『お前達、都市軍隊(アーミー)の研究機関の落とし物だろう?」

 

 門脇は、通話相手の言葉に、答えを言い淀んだ。

 

『お前たちのボスに確認してみるといい。そして、警備員の関係に強制捜査に乗り出すよう、挑発するんだ。

 奴等は勝手に自爆し、学園都市で、如何に自分たちがちっぽけな存在かを思い知ることになるだろう』

 

 門脇は、少し間を置いて、口を開いた。

「杉谷さんの、その見方は……潮岸様がそう仰っているのですか?」

 

 電話口からは、何も返答が無い。

「それとも……あの()()の言葉、ですか?」

 

『……誰の言葉であれ―――』

 相手が低い声で、ゆっくりと言った。

『―――俺たちは所詮、上の指示で動くだけだ。俺も、お前も』

 

 2,3秒、会話が途切れた。たったの2、3秒なのだが、門脇にとっては、それが重苦しく、とても長い時間に思えた。

 

『―――()()()()()

 念押しのような一言を言うと、返答を待たずに、すぐに通話が切れた。

 

 門脇は、ひとつため息をつくと、携帯電話を操作し、履歴を消した。

 そして、机の一番下を覗き込んだ。そこには大人の頭一つ分ほどの大きさの、こじんまりとした箱型の金庫があった。門脇は、金庫に備え付けられた端末で複数桁のPIN(個人認証番号)を入力し、一見何も無いように見えるその上面に、右の掌をかざした。一瞬、手をかざした一面が、ハロゲンライトのような緑色に光った。

 門脇は右の掌の静脈認証を終えると、金庫を開けることができた。先程まで使用していた携帯電話を、慎重に中に置いた。そして元通りに扉を閉め、立ち上がった。

 

 門脇は、胸の内ポケットから、サングラスを取り出してかけた。

 

 サングラスをかけた黒服の男は、腕時計をちらと見て時刻を確認すると、足早に宿舎の自室を出て行った。

 

 


 

 

 

 7月7日午後―――第七学区 柵川中学校

 

 

 

 帰りのホームルームが終わった後、佐天涙子は早足で廊下を進んでいた。

 家庭科の授業で使った道具を、被服室に置いてきたことに気付き、それを取りに行こうとしていた。

 

 誰もいない廊下を進んでいき、被服室の扉を開けた。

「……あ~、良かった、あったあ」

 白地の作業机の下に、ぽつんと自分のトートバッグが置き去りにされているのを見つけた。授業で使う裁縫セットが入っている。

 

 涙子はバッグを掴み取ると、再び元居た自分のクラスに戻ろうと歩き始めた。

 曲がり角を曲がり、階段を降りようとした。

 

 

「しらばっくれてんじゃねーよ!」

 

 涙子は突然聞こえてきた怒声に身を震わせ、立ち止まった。

 

「ちょ、ユミコ、声でかいって……」

 慌てたような声と、ぱたぱた、といういくつかの足音が、女子トイレから聞こえてくる。

 

「……ケンカ?」

 涙子はトイレの出入口を見つめた。風紀委員(ジャッジメント)に知らせた方がいいだろうか?

 一瞬、初春の顔を思い浮かべた。

 

 けれど、勘違いかもしれない……ふざけあってるだけとか。

 

 一応確かめてみようと思い、涙子はそっとトイレに足を踏み入れた。

 

 トイレの角を曲がると、廊下からは見えない位置に、洗面台がある。

 そこの鏡に、何人かの女子生徒が映っていた。

 

「……曖昧な理由付けて学校休んでたけどさ、アンタが、職業訓練校(トレセン)の彼氏と一緒にボコられて、入院してたのはみんな知ってんだよ」

 背の高い女子生徒が、誰かに詰め寄っている。

 その相手は、ぼさぼさの黒髪の、小柄な人だった。

 

 涙子は、はっとした。

 カオリさんだ。

 向こう側から自分が盗み聞きしているとばれないように、背中をぴたりと壁にはりつけた。

 鏡は見えなくなったが、会話は十分聞こえる。

 

「アンタ貧乏だしさぁ、金無いんだろ?だから―――」

 詰め寄っている側であろう声が、語気を強めた。

「―――アタシらの財布、盗ったんだろ!!」

 

「知ら、ない―――」

  

じゃあ!なんであんたの机の中からアタシの財布が出てくる訳!?」

 カオリの自信のなさそうな声は、間髪入れずに怒鳴り声に押し潰される。

「アンタが昨日からテスト受けに来てんの、知ってんだから―――昨日、今日って、うちらのクラスで財布が続けて無くなってんだよ、ねえユキ!?」

 

「え、ああ、うん」

 ユキと呼ばれた人のだろう声が、突然振られたことに戸惑うような声を出した。

 

「しかも、ユキのはまだ見つかってないんだよね?」

 

「まあ、ウン―――」

 

「この不良!ドロボー!早く出せよ!!

 

「だから、ほんとに、あたし、知らない―――!」

 

 

 

 カオリさん、人の財布、盗んだのかな?

 ブラウス越しに、また、腕を伝って、壁のひんやりとした冷たさが、涙子の身体に染みていた。

 

 不良……暴走族(バイカーズ)と付き合う位の人だ、きっと人の物を盗んだことだってあるだろう。

 何も見なかったことにしよう。あたしには関係ない。

 

 そんな考えが浮かぶが、足が動かない。涙子は天井を見上げる。

 

 昨日、相談室の小窓から見えたカオリの姿。

 机に向かうその様子は、真剣そのものだった。

 

 そのことも思い出し、涙子は目を閉じた。

 

 涙子は、バッグの取っ手をぎゅっと強く握りしめた。

 

 大きく息を吸った。そして―――

 

 

 

「あああああ!!!漏れる~~~~!!!」

 体育祭のスローガン斉唱のときに、この声を出していたら、たちまちクラスの人気者になれただろう。

 大音量で叫んで、涙子は女子トイレに駆け込んだ。

 

「はァ―――?アンタ、何―――?」

 誰か一人が虚をつかれた声を出したみたいだが、お構いなしに、カオリ達の側をダッシュで駆け抜け、涙子は個室の扉をばたんと閉める。

 

「あああ!!絶対!ぜーったい、聞かないでください!!今からめちゃでかいの出しますから!!」

 便器の蓋をぱかんと開け、座るとすぐに叫んだ。そして、涙子は右手親指の付け根辺りを自らの口に押し付け、ぶううっ!!と放屁の音を真似した。

「恥ずいんで、出てってください!お願いしまああす!!」

 トイレの水洗スイッチを連打する。

 手元のトイレットペーパーを、ガラガラガラと引き出しまくる。

 

 水の流れる音が、女子トイレの中に響いた。

 

 涙子はぎゅっと目を瞑り、巻き付けたトイレットペーパーがくしゃくしゃになるくらい手に力を込めた。

 うまくいきますように。

 個室の扉を閉めているので、外の様子は分からない。

 

 「……チッ」

 舌打ちが聞こえた。

 

 「ムカつく……次の月曜、財布の中身、倍にして返せよ。……行くよ」

 興を削がれたような声が聞こえ、何人かの足音がトイレから遠ざかっていくのが分かった。

 

 

 

 足音が聞こえなくなってから、涙子の強張った体から力が抜けた。

 

 ふう、と息を吐くと、ゆっくりと、個室の鍵を開け、そろりと外を見た。

 

 「……カオリさん?」

 

 小動物のような目をぱちくりと瞬きさせて、カオリがこちらを見ていた。

 

「……大丈夫、ですか、ね?」

 涙子は、ゆっくりとカオリの前に立った。

 カオリは、涙子の姿を、頭から下へと見た。すると、なぜか突然くすくすと笑い出した。

 

「えっ?えっ?」

 涙子は面食らった。「なんか、あたし、変ですか?―――ああ、そっか、()()()()()()()()もちろん!―――でもあれは、何ていうか―――」

 

 どう答えていいか分からず、言葉を詰まらせる涙子をよそに、カオリはまだくすくす笑いながら、涙子の右手を指差した。

 

 涙子は自分の右手を見た。

 先ほど大量に引き出したトイレットペーパーが、ミイラのようにぐるぐる巻かれたままで、それは蛇のようにうねって、涙子が駆け込んだ個室へと続いていた。

 

「……ごめんなさい」

 カオリは笑いを堪えて、顔を上げた。

「けど、なんか、おかしくって―――」

 

 涙子はぽかんとして、カオリと向き合った。

 カオリは、指先で目尻を拭った。

 

「……ありがとう」

 混じりけのない、あどけない声。

 全て揃った歯を、僅かに見せて、笑っていた。

 

「あ……ハイ」

 ―――かわいいな。

 涙子は、カオリの笑顔をしばらく見つめていた。

 




門脇……AKIRA第1巻に登場する、敷島大佐の側近。渋滞に巻き込まれて任務が遂行できない特務警察。名前は鉄人28号から。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。