【完結】学園都市のナンバーズ   作:beatgazer

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ここから数話、木山博士以外、とある側の人物は登場しません。


Ⅴ.木山春生
25


 7月7日夜 ―――都市軍隊(アーミー)本部、ラボ

 

 

 

「お騒がせして申し訳ありません、大佐!ここまでの力を発揮するとは全く予想外で―――」

 

「隔壁を下ろせ!特に保育園(ベビールーム)周囲2ブロック内の防衛はレッドだ!41号の収容室(セル)両サイドを固めろ!」

 親鳥に付いていくアヒルのように、無駄に左右に揺れながら、後ろから言い訳めいた事をまくし立てる大西には一切目をくれず、敷島大佐はきびきびと指示を飛ばす。この辺りは流石、アーミーの最高責任者といったところか。指示を受けた隊員や研究者達は短く返事を返し、各自連絡を取り始めたり、廊下を駆けて行ったりしている。木山春生は、他の数人の研究チームメンバーと共に、大佐と大西について、島鉄雄の部屋へと早足で向かっていた。

 

 研究所(ラボ)に来て数日の間に分かったことだが、敷島大佐は部下からの信頼が厚い。いかつい風貌とは裏腹に、警備にあたる隊員たちの会話や勤務態度の端々から、そのことが伺える。週末には、誕生日を迎えた隊員のパーティを開くそうだ。

 ヴィーッ、ヴィーッ、と規則的に鼓膜を揺らす警報音をよそに、あの海坊主のような大佐がハッピーバースデートゥーユーを歌っている姿を想像して、木山は噴き出した。

 

 幸い、誰にもバレていないようだ。木山は咳払いをして安堵し、ふと、実験の様子を思い出した。

 

 


 

 

 木山の意見を受けて大西が立案した実験とは、「20番台のナンバーズ3人が、念話(テレパス)41号(鉄雄)に送ることで、41号の共鳴は再現されるか」を確かめるものだった。

 3人のナンバーズが居住する保育園が、ラボ内のどこにあるのかは、木山に知らされていなかった。ただ、会話の内容から、少なくとも同じフロアにはなく、ある程度離れていることが推測された。

 

 敷島大佐は、「鉄雄と他のナンバーズをそれぞれの場所から絶対に移動させず、近付かせない」との条件付きでやっと実験を承諾した。研究チームは、3人の20番台のナンバーズと、鉄雄の様子を、それぞれ観測していた。

 大西によれば、鉄雄の意識に干渉してほしい、と要請したところ、意外にも、保育園のナンバーズ―――26号と27号はすんなり受け入れてくれたらしい。彼らにも、久しぶりの新入りのナンバーズに対する興味があったのではないか、というのが大西の意見だ。

 ただ、2人だけでなく、3人目―――25号とナンバリングされた寝たきりの女性らしい―――も同伴でなければ、十分に力を発揮できない、との弁だった。木山は詳しく事情をしらないが、25号を同伴させるのは初め、大佐が難色を示したようだ。「今は覚醒してほしくない」等と呟いていた。

 結局、ちょうど鉄雄が寝ている時間に、実験を実施することになった。

 

 25号が横たわるベッドに、電動車椅子に座った26号と、3人の中で唯一歩ける27号が近付いた。そして、静止して数十秒程。

 25号は相変わらず目を閉じて横たわったままだが、ベッド内に置かれたテディベアが、ちょうど3人を結ぶ三角形の幾何中心となる位置で、ベッドから数十cm浮遊した。

 25、26、27号の脳波が、特徴的な棘波(スパイク)を示し始めた。その直後、軽度睡眠特有の紡錘波(スピンドル)を示していた41号の脳波に、3人と同じ棘波が現れた。津波のように連続して高まるその波は、数秒ほどで鉄雄の脳波を塗り替えてしまった。

 すると、鉄雄はベッドで眠りから覚め、うわごとを叫んだあと、右腕を思い切り振るい、部屋の設備や壁面が突風に殴りつけられるかのように吹き飛ばされ―――と、監視モニターの映像はそこで途切れた。

 

 


 

 

「25号、6号、7号の安全は確保できているか?」

 記憶を呼び起こしていた木山は、敷島大佐の厳しい声で顔を上げた。

 

「全員、保育園内で待機しています。同室内及び各出入口に警備がついています」

 

「間違っても、これ以上刺激させるな。25号の意識は?」

 

「2分前から、昏睡状態です」

 

「……やるべきではなかった」

 角を一つ曲がった所で、大佐は一段と声を低くして唸った。

ナンバーズ(かれら)の念話を、41号に向けて反応を探る等と……眠れる獅子の尾に火を点けるようなものだったのかもしれん」

 

「しかし大佐!」

 大西が口を挟んだ。

「ご覧になったでしょう!あの映像を!27号と類似した念動力(テレキネシス)……強度(レベル)は27号に比肩する、いや、それ以上かもしれない!たった数日であれほどまで成長するとは!素晴らしい逸材ですよ!」

 

「僥倖だな」

 大佐が答えた。

「それが、部屋一つを吹き飛ばすだけで済めば、だがな」

 

 言うと同時に、敷島大佐は立ち止まった。それとほぼ同時に、研究チームを取り囲むように随伴していた5・6名の隊員達が前へ進み出て武器を構えた。

 木山はその武器を見て訝しんだ。彼らが構えているのはハンドガンだ。単純に制圧を目的とするなら、扉を吹き飛ばす程の念動力者相手には心許ないと言わざるを得ない。銃弾の軌道を逸らされればそれでおしまいだ。鉄雄をできるだけ傷つけたくないのだとしても、それなら音響兵器といった演算を妨害する装置が必要だ。

 要するに、中途半端だ。

 

 都市軍隊(アーミー)―――学園都市内の技術保護及び治安維持のために、本国から派遣された者たち。

 だが木山が見てきた限り、都市内の治安維持に関しては、警備員(アンチスキル)が矢面に立つものだ。アーミーが東京の政府から申し付けられた大義名分は、アンチスキルとの縄張り争いによって、威厳を損なわれ、揺らいでいる。アーミーとアンチスキルとの折り合いがすこぶる悪いというのは、一般市民から見ても推測に足るものだった。先日の第七学区での「ガス爆発」騒ぎの時に、木山は久しぶりにアーミーの名をニュースで耳にした。災害復旧の人員を補うものとしてアーミーが駆り出されているのであれば、彼らにとって面白くないのではないかと想像した。

 裏を返せば、能力者の暴走という学園都市の安全が正に損なわれるであろう事態に、この連中は慣れていないのではないか。木山はそう疑った。

 

 

 

 一行は、鉄雄の居室の手前まで来ていた。

 木山たちから見て右手側には、かつて扉があった筈だが、周囲の壁ごと破壊され、くしゃくしゃになった鉄扉の残骸が廊下に打ち捨てられていた。電気系統が寸断されたのか、時折、バチバチッとスパークを起こす音が部屋の内部から聞こえる。部屋の明かりは着いておらず、木山達の位置からは中を伺うことはできない。

 

「41号は中に?」

 

「位置情報が途絶えていて、断定はできませんが、恐らく……」

 やや自信のなさそうな声で、研究者の一人が大佐に答えた。

 

「……君は、どう思う?」

 斜め後ろにいる木山に向かって、大佐が投げかけた。

 

「能力者の急速な成長は、初めは得てしてコントロールが難しいものです」

 木山は努めて冷静に答えた。

「設備の修繕費用は、そちらで持っていただけますよね?」

 

「随分と余裕だな」 

 大佐が、目をぽっかり空いた壁の大穴から逸らさず言った。

 

「こういった場面は経験がありますから……()()()

 木山は噛み締めるように言った。

 

「―――じゃあ、俺が今どんな気持ちかも分かるよな?()()?」

 少年の声が、一同に聞こえた。

 

 暗闇の中から、ひたり、と、裸足が廊下の床へと踏み出した。

 島鉄雄が、木山達の目の前に姿を現した。

 

 

 

「41号ォ!」

 大佐が呼びかけた。隊員たちが肩を強張らせ、大西以外の研究員は隊員の陰に隠れるように身を縮めた。

 木山は特に隠れるでもなく、やや顔を上げて鉄雄の様子を観察した。

 目はどこか虚ろで、額は発汗していた。能力を急に行使した後らしく、脳が酸素を欲して、肩で息をしている。薄い黄緑色の患者衣(ガウン)は乱れ、尖った鎖骨がはっきりと露わになっていた。

 

「頭が、痛いんだ……」

 鉄雄はゆっくりと言った。

「寝ている所を、ジャマされたンでなァ……」

 

「能力の発現だよ、おめでとう41号!」

 大西がつかつかと前へ出て、興奮した声色で語りかける。

 こいつ、余計なことを。木山は内心、嘆息した。無理やり起こされて頭痛がする、と言っている相手に、おめでとうは無いだろう。

 

「お前らの差し金か?」

 鉄雄が言った。声色には明らかに苛立ちが含まれている。

「俺の、頭ン中に、割り込んで来やがった……誰かが」

 

 木山はそこで、視線をやや鋭くして鉄雄を見た。

 彼は、気付いている。

 能力による干渉を受けるだけでなく、相手を見返している。

 

「睡眠中でも、例えば夢での刺激が引き金になって、無意識の内に能力が覚醒する事例はあるんだ」

 大西がなだめるように鉄雄へ言う。1歩・2歩と歩み寄る。

「今はまだ、君は混乱しているんだ。さあ、別室で安静になれば、精密な検査を―――」

 

「聞いてンだよ!!」

 とうとう、鉄雄が叫んだ。腕を先ほどの映像と同じように振るうと、大西が不意に宙へ浮き、背中から壁へ叩きつけられた。

 

 白衣の研究者たちは息を呑み、隊員達は武器を鉄雄へはっきりと向けた。大西はかはっと息を吐き出し、床に転げた。

「やめろ!41号!!」

 敷島大佐が怒鳴った。

「ここで暴れても―――」

 

「うるせえ!!」

 鉄雄が再び叫ぶと、今度は大佐が不意に両手を床に付いた。大佐はぐっと堪えようとしたが、1・2秒もしない内に、巨人の手で押さえつけられているかのように、這いつくばった。

 

「大佐!」

 上ずった声で隊員の一人が叫ぶと、隊員たちは、ハンドガンのフェイルセーフを一斉に解除した。

 木山は確信した。明らかに、隊員たちは能力者の対処に不慣れだ。目に見えない者に対する恐怖が、カチカチと音を立てて広がっていくようだった。木山は、自然と下がり、彼らから距離をとった。

 

「お前ら、いい加減に―――」

 鉄雄が何か言いかけた途端、パアン!と弾ける音がし、木山を含め研究者たちは頭を抱えて伏せた。隊員の誰だか一人が、引き金を引いたのだ。

「やめろ、撃つなァ!!」

 

「野郎ォ!!!」

 

 大佐の必死な声を上から踏みつけるように、鉄雄の怒りに満ちた声が響く。

 

「大佐ァ!」

 

「わ、うわ、あぁあ―――!!」

 

 木山は、顔を少しだけ上げて、様子を伺った。

 目を見開いた。

 

 鉄雄は、無傷で立っていた。怒りの表情で、右手をすっと伸ばし、1点へ掌を向けている。

 

 1名の隊員―――恐らく、先ほど発砲した者だ―――が、壁にめり込んでいる。みるみる内に、彼を中心として、周囲の壁1~2mの半径内に、放射状にヒビが入っていく。隊員は口も目もあらん限りに開けて苦悶の表情を浮かべているが、声は一切出さなかった。肺も気道も圧迫されて、出せないのだ。

 建材が擦れ合う音と骨が砕ける音とが混ざって、硬質なアンサンブルを奏でている。

 他の隊員は、敷島大佐同様に、膝をついたり、床に這いつくばったりしている。銃を取り落としている者もいる。

 大西は相変わらず蹲っているし、他の研究員はすくみ上って、壁伝いに後ずさるばかりだ。

 

 木山は素直に驚いた。能力の強度が予想以上に高いことに加え、ほんの一瞬他のナンバーズからの干渉を受けただけで、ここまで力を使いこなすようになっているとは。

 

 ―――やった。

 怖さが無いわけではなかった。彼は大佐の言った通り、起こしてはまずいものだったのかもしれない。

 しかし、こうしている間も、間借りしている木山の個人オフィスから、鉄雄のEEG(脳波)は観測され続けている筈だ。

 

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 木山は確信をもつと、誰もが動けない中、背筋を伸ばして立ち上がった。

 

「島君―――。」

 はっきりと、よく通る声で、木山は鉄雄に呼び掛けた。

 

 

 

 ―――保育園(ベビールーム)

 

 その部屋はちょっとした公園程の広さで、入り口から奥に向かって狭まる細長い台形の形をしていた。

 高さは4階建て程度、優にあり、中心に植えられている一本の欅が伸び伸びと枝葉を広げている。

 木が植えられている箇所を除けば、床は絨毯が敷き詰められており、宇宙船や渦巻、月、星、太陽といった図柄がデフォルメされて描かれていた。壁面にも同様の絵が描かれている。

 部屋の奥には、トンネル付きのドームや、熊の顔を模したゲートがある。壁際には、知育用の大きなサイコロや積み木、列車や線路、自動車、人形といった玩具が置かれているが、最近片づけたばかりなのか、散らかっているという程ではなかった。

 ただし、全体的に青系統の色が多く使われている部屋は、置かれている物とは対照的に、ひどく冷たい印象を見る者に与える。

 

 部屋の一角に、25号のベッドがあり、その両脇に、26号、27号がいる。

 25号は横たわり目を閉じている。彼女を包む布団の上には、ちょこんとテディベアが座っている。

 あぐらをかいた26号と、車椅子に座った27号も、俯いて目を閉じ、微動だにしない。

 

 この部屋では、鉄雄が起こした警報音は、一切聞こえない。

 ただし、出入口のトラック1台が通れるほどの大きなシャッター付近では、都市軍隊の隊員が2名、厳しい表情をして両脇を固めている。

 

 


 

 

 26号(タカシ)27号(マサル)は、ほぼ同時に目を開けた。

 

「あの人……動き出したよ」

 マサルが言った。

 

「うん」

 タカシが答えた。マサルへ一度顔を向けたが、すぐにまた俯いた。

「きっと……僕に怒ってるんだ」

 タカシが声の調子を落とした。

「僕が、あの日の夜、あの人にぶつかっちゃったから」

 

「違うよ」

 マサルがはっきりと否定した。

「今夜は違う。―――僕らが、彼に、働きかけたから。それは、僕らの意志だ」

 

タカシが再び顔を上げた。

「意志……マサル、あの人は、僕らの、仲間?」

 

「分からない」

 マサルは首を振った。

「だけど、止めなくちゃいけない……」

 

 マサルとタカシは、ベッドへと顔を向けた。

「そうだよね?キヨコ」

 

 横たわっていた25号(キヨコ)の目が、開かれた。

 

「ええ」

 キヨコが答えた。目は、瞬きせず、じっと遥か上の天井へと見開かれている。

「彼を―――」

 

 キヨコが言う間に、マサルとタカシは、入り口を警備する隊員二人に顔を向けた。

 

 すると、隊員二人は何も言わずに、ボタンを操作してシャッターを開け、外へ出た。

 シャッターが、ガコン、と音を立てて閉じられた。

 

「鉄雄くんを、こちらに」

 キヨコの言葉を合図に、3人は再び目を閉じた。

 

 ベッド上のテディベアが、再び浮かび上がった。

 

 

 


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