【完結】学園都市のナンバーズ   作:beatgazer

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 ―――アーミー本部、ラボ内 保育園(ベビールーム)

 

 

 

 不意に両足が固い床を感じ、島鉄雄は周りの景色がさあっと明るくなるのを感じた。

「なンとなく、ガキの声だって感じはしたが……」

 鉄雄は鼻で笑って言った。

「マジで、こんなお守りの部屋があるとはな……うざってえ」

 鉄雄にとって、その部屋の内装は、養護施設に入れられていた頃の苦い記憶を呼び覚ますものだった。

 

 鉄雄は幾度か頭を振り、鋭い目つきで辺りを見回した。

 

 奥まった所の一角に、コードが何本か繋がれたベッドがある。

 その近くで、老人のような風貌をした子供が2人、まっすぐ鉄雄を見つめていた。

 鉄雄は、その内の一人に見覚えがあった。

 

「……お前か。あン時の」

 26号(タカシ)の顔を睨みつけて、鉄雄が唸るように言った。

「ハイウェイじゃあ、世話ンなったな……」

 鉄雄は、3人へと歩み寄っていく。

 ひたり、ひたり、と、裸足の踏み締める音が、静かに響いた。

 

 タカシは、鉄雄から視線を離さなかったが、汗が一筋、二筋と額から滲み落ちてくるのを感じていた。

 25号(キヨコ)の横たわるベッドにかけた手を、より強く握り締めた。

 

「……ンで、お前は」

 車椅子に座った少年、27号(マサル)に視線を移して鉄雄が言った。

「……歩けねェぼっちゃんに、干からびたモヤシのガキか……」

 鉄雄はせせら笑った。

 

「ンでこっちのお姫様は……お人形がかわいくて仕方ないと」

 ウサギのぬいぐるみを抱えるキヨコを見て、鉄雄は一層笑みを浮かべた。

 

「鉄雄君……君が、41号?」

 緊張の中、マサルが口を開いた。

「初めまして。君に話したい事が―――」

 その途端に、鉄雄の表情は憤怒のものへと変わった。

 

「気安く呼ぶんじゃねェよ!!」

 突然の怒鳴り声に、マサルはビクッとした。

 

「俺の頭ン中に話しかけてきやがって、寝覚めが悪イんだよこっちは―――ンで来てやったら、出来損ないのガキどもとはな……何の冗談だ、ええ!?」

 鉄雄は怒りに燃えていた。

 悪夢を見せられたと思ったら、その原因が自分よりもずっと小さい子供の仕業だったとは。

 しかもその内の一人は、ここ最近の訳の分からない出来事のきっかけを作った奴だった。

 

 鉄雄は、緊張の面持ちのタカシを再び睨みつけた。

「そうだ、元はと言えば、てめぇだ……詫びの品の一つでも用意してあるンだよなァ?当然!」

 

「ぼっ僕は……」

 タカシは口をぱくぱくさせて、何事か言おうとしているが、上手く声が出ないようだった。

 

「ハッ、ならてめぇからだ……ふざけやがって!!」

 先ほど、兵隊を痛めつけたように、こいつらの脆い手足を砕いてやる。

 鉄雄は、警備兵にそうしたように、タカシに向かって集中した。

 ただでさえか弱い四肢が、飴細工のように折り曲げられ、みっともない悲鳴を上げる筈だった。

 

 ……が、何も起こらない。

 

「……おい?」

 鉄雄は、誰に言うでもなく疑問の声を口にした。

「なンでうまくいかねェ……」

 

「最初から、全部成功するとは限らないんだよ」

 マサルが、諭すように鉄雄に言った。

 その口調が、更に鉄雄を逆上させた。

 

「調子に乗りやがって!」

 鉄雄は、タカシを痛めつけるべく、手を伸ばした。

 

 その腕が、見えない別の手に掴まれたように、不意に止まった。

 

「なんだと……なんで動かねェ」

 鉄雄の目が、驚きに見開かれた。

 

「君は、まだ僕らには勝てない」

 マサルが、はっきりと言った。視線は、鉄雄から逸らさずにいた。

 鉄雄が手を伸ばす先のタカシも、口を真一文字に結んで、鉄雄を見返していた。

 

 

 

「バカな!俺はさっき、都市軍隊(アーミー)の兵隊を何人も血塗れにしてやった!この手で!この力で……」

 鉄雄は焦っていた。まさか、このガキどもに、自分が力で劣るとは思いもよらないことだった。

 

「力は、何かのきっかけであふれ出るんだ」

 タカシが、じっと鉄雄を見つめながら言った。

「それは、始めは蛇口が壊れた水道みたいなものだ。みんな、少しずつ、練習して、コントロールできるようになるんだ……僕らだってそうだった。

 君は、タカシと出会ったこと、それに、さっき僕らが話しかけたこととか、そういうことがきっかけで、力に目覚めている。でも言い換えれば、僕らが君の力をコントロールしているんだ」

 

「うるせえ!ガキのお稽古してンじゃねえんだよ!!」

 相変わらず動かない片腕を睨みつけながら、鉄雄が歯噛みして言った。

 

「でも、鉄雄君」

 タカシが言った。

()()()()()()んだよ。僕らの誰よりも」

 

「はっ……何だよ、そりゃあ……」

 鉄雄が眉間に皺を寄せて言った。

 

「だって、キヨコがそう言ってる」

 タカシとマサルは、ベッドに横たわるキヨコを見た。

「そうだよね?キヨコ」

 

 鉄雄も、キヨコを見た。

 閉じられていたキヨコの目が、不意に大きく開かれた。

 

「鉄雄君」

 キヨコの声を聞くとほぼ同時に、鉄雄は腕を押さえつけていた力から解放された。

 

「あなたに、見てほしいの……」

 次の瞬間、鉄雄の視覚に滝のようにビジョンが押し寄せ、聴覚には無数の音が迸った。

 

 

 

 群れ為すバイク。その騒音。

 誰かが自分の目の前に立ち塞がっている。痛い。

 金田の必死な声が聞こえる。

 けたたましい銃声と、嘲る笑い声が聞こえる。

 No.28と書かれているのが分かる。

 光と爆音に包み込まれる。熱を感じる。

 鉄雄は、自分の体が、今やそこらのビルよりも高く、巨大に膨らんでいることが分かった。

 自分の内側から、力が溢れ出てくる。

 それは、止めどなく溢れて、どんどん大きくなって……

 不安げな顔をしたカオリが見える。

 眩しい。その向こうに、誰かが……

 

 

 

「ぼくは!ここだよ!」

 

ア・キ・ラ。

 

 

 

「そうだ!」

 鉄雄はいつの間にか膝を床についていた。

「俺は、クラウンの奴らにやられて、それで、やり返して……そこで不意に力が使えて!そンで……夢を見た。変な、夢を。あれは、……今見たのもそうか?本当に起こるっていうのか!?」

 

「変えられない未来があるの。けれども、一方向だけに進んでる訳じゃないの」

 キヨコが、夢を見るような声で言った。

「近道、遠回りの道……いろんな行き方が合って、私達が選べる未来もあるはずよ……」

 

「じゃあ、その、アキラってのは!?」

 鉄雄が問いかけた。

「一体なんなんだ!いつも頭ン中に、そいつの名前が聞こえてきやがる!」

 

「僕たちの仲間だ」

 マサルが言った。

 

 鉄雄は目を見開く。

「仲間だと!?」

 

「そうよ」

 キヨコが答えた。

 

「ワタシたちの……28番目の仲間……」

 

 

 

 その時、重たい駆動音がした。

「41号!!」

 低い声が響いた。

 シャッターが開かれた出入口に、敷島大佐と木山春生たちが立っていた。

 

 


 

 

 

「41号!どうしてここに……いや、それよりお前たち」

 大股に鉄雄たちのもとへ歩み寄るなり、大佐が詰問した。

 これが重要機密?

 後を付く木山は訝しんだ。保育園という名にふさわしい、テンプレートのような内装だった。

 しかし、鉄雄の側にいる、3人の老人のような奇妙な子どもを目にして、木山は僅かに目を大きくした。

 そうか、彼らが、ナンバーズ……。

 

 木山とDr.大西、そして敷島大佐が歩み寄る周囲では、警備兵たちが半円状に展開した。

 じりじりと、鉄雄に向かって取り囲む形だ。

 

「タカシ!マサル!キヨコ!……どういうつもりだ。我々が頼んだのは、ただ念話(テレパス)を送ることだけだった筈だ!なぜ41号をここへ呼び込むようなことをする!」

 大佐が問うた。しばらく、沈黙があった。

 

「あの」

 タカシがそろそろと手を挙げた。

「こないだの事故のこと、謝りたくて……」

 

「タカシ、下手な嘘はつくな」

 ぴしゃりと大佐が言った。どうやら、タカシの言い訳は下手だったようだ。

 

「41号、さあ」

 膝をつく鉄雄に向かって、大佐が言い放った。

「戻るんだ」

 

「ッ!るせえ!俺をそンな番号で呼ぶんじゃねえ!」

 鉄雄が怒鳴ると、周りの隊員たちに緊張が走った。

 

「やめろ、撃つな!ナンバーズを傷つけたらどうする!」

 大佐が制した。

「ここに来たところで、お前が見るものは何もないんだ、41号―――」

 

「へえ見るものがないって!?」

 鉄雄が、半ば自暴自棄になったように乾いた笑い声を上げた。

 

「訳の分からねェガキと事故って、そんで悪夢を見せられて、こんな建物に閉じ込められてよォ!ああ、そうかい!見てえものはなンもねェさ!それもこれも、アキラって奴のせいなのかよ!?」

 

「アキラだと!!」

 大佐が驚愕して言った。

 

「……アキラ?」

 木山は、どこかでその名前を聞いたような気がした。

 

 大佐は憤りを顔に浮かべ、きっと大西をにらんだ。

「ドクター!何を教えた!」

 

「っいえ、私は何も―――」

 いきなり大西が疑われている。どうも普段から口が軽いのか、こいつは。

 

「……では、お前たち、41号に何を教えた?」

 大佐がナンバーズの子供たちに向かって聞いた。

 

「……アキラ君に、会うの」

 高い、少女の声が聞こえた。

 ベッドに横たわる、少女のナンバーズの声だと木山が気付くのに、少し時間がかかった。

 

「やがて、人が、死んでしまう、街も……だから、鉄雄君に……」

 

「待て、キヨコ!どういうことだ?」

 大佐は要領を得ないようだった。

 

「アキラは変わらない。ずっと()()()()だ。どうして、41号とアキラになんの関係があるというのだ?」

 

うるせェ!いい加減にしろォ!!」

 鉄雄の堪忍袋の緒が切れたようだった。

 

 鉄雄が両手を固く握り締めているのが、背後にいる木山にも分かった。

 ピシイッ、と鞭を打つような音がして、部屋全体が揺れ、照明がチカチカと明滅した。

 「ダメだ―――!」

 マサルとタカシが、驚愕して目を見開いた。

 

「あ、うえから―――」

 警備兵の誰かが口走るのを聞いて、木山は咄嗟に上を見上げた。

 

 バリバリイッとけたたましい音を立てて、はるか高い位置の照明や天井が、バラバラになって落ちてくるのを、木山は見た。

「退がれェ―――!!」

 大佐が叫んだ直後、凄まじい音と衝撃が部屋を揺らした。

 

 

 

「……ッカハッ!」

 頭を抑えて伏せた木山は、止めた呼吸を再開した途端に咽た。粉塵が辺りに舞っている。

 手探りで、とりあえず自分の体に大事がないことを確かようとすると、指先に痛みを感じた。

 きっと照明のガラス片だ。

 五体がひとまず無事なことを実感すると、安堵した。

「……島君、やるじゃないか……!」

 なお五体を投地したまま、鉄雄の成長を嫌という程実感し、木山は呟いた。

 

「ッハッハッハッ!―――ッゲホッゴホッ―――」

 鉄雄の振り切れた笑い声の聞こえる方へ、新調に顔を向けた。

 木山の髪を、塵や礫が滑り落ちていく。

 粉塵の向こうに、鉄雄の姿を垣間見た。

 

「……!あァ、そうかい、ハハ……」

 鉄雄の声には、諦観が滲み出ていた。

 キヨコが眠るベッドを中心とした同心円状の小さな範囲が、破砕片もなく無傷に見えた。

 あのナンバーズ達が守ったのだと木山は推測した。

 それを見て、鉄雄は肩を落としていた。

 

 木山は立ち上がった。靴が、ガラス片を踏みしめ、軽い音を立てた。

「島君」

 木山が呼びかけると、鉄雄は振り返った。

 

「先生、俺は……こんなガキ共にも勝てねェんだなァ……」

 鉄雄の顔は蒼白でありながら、半分が、べっとりと血に塗れている。

「自分がこのザマじゃァな……」

 ガウンの腹や肩の辺りからも、出血していることが見てとれた。

 

「41号!」

 

「すぐに処置を―――」

 大佐やDr.大西、兵隊たちも動き出す中、木山はゆっくりと鉄雄に歩み寄った。

 

「島君」

 鉄雄に向かって木山は語り掛けた。

 鉄雄の真っ赤になった頬に、血ではないものが伝っているのが見えた。

「さっきも、言ったろう、君は、強くなれると……今は休んで、それから、またやってみようじゃないか」

 

 鉄雄は、少し目を見開いて、ふっと笑った。そして、膝をついた。

「……なンだか、寒ィぜ……」

 

 まずいな、血を失いすぎている。

 木山が内心焦り出した瞬間に、大佐の鋭い声が響いた。

「救護を!担架だ、早く!ナンバーズの心理チェックの準備も急げ!」

 

 バタバタと、動ける警備兵や研究者たちが駆けていく。

 鉄雄は止血の処理を施されると、担架に乗せられて木山の横を通り過ぎて行った。

 

 ふっと木山はため息をつき、ポケットに忍ばせた小さな機械をスカートの上から触って確かめた。

 この一連の騒ぎを、一通り観測できた。

 

 一刻も早く自分の研究室に帰りたいと、逸る気持ちを抑えつつ、木山は、3人のナンバーズの方を見やった。

 キヨコは目を閉じて、眠るように横たわっていて、マサルとタカシは疲れた表情でこちらを見つめていた。

 

 木山は笑みを浮かべた。

「ありがとう。色々と学ばせてもらったよ」

 

 3人は押し黙ったままだったが、木山は返事を待たずに踵を返した。

「彼も、私もね」

 

 

 

(アキラ君に会って……それが鉄雄君の進むべき道よ)

 担架に乗せられる道中、キヨコが最後に語り掛けた言葉が、鉄雄の頭の中で反芻していた。

 


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