【完結】学園都市のナンバーズ   作:beatgazer

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 島鉄雄は、金田と山形に引き続き、3人の内のしんがりを走っていた。鉄雄のバイクの性能がこじんまりしたものであることもその理由だが、それを抜きにしても、2人の前に立つと、特に金田には、すぐ笑われ、追い抜かされてしまうのだ。

 

 金田も山形も、鉄雄にとって友達と呼べる数少ない内の一人であることは違いない。それは分かっていた。鉄雄も小学校、中学校と能力開発こそ受けていたが、結果は変わることなくLEVEL0(無能力者)。元々折り合いが悪かった養父母とも、能力向上が見られないことで決定的に仲が悪くなり、いつしかスキルアウトになってしまった。職業訓練校に集まる、学園都市の本来の順路から外れてしまった若者たちの中でも、鉄雄はその引っ込み思案な性格から、日陰者だった。そんな自分に、走る楽しさを教えてくれ、仲間へと誘ってくれ、喧嘩の時に庇ってくれたのは金田達だった。薄汚れた学校よりも、陽の当たる学生達が歩き交う街中よりも、今この空間が一番居心地がよいとは思っていた。しかし、親しい仲間のすぐ後ろにいるからこそ、自分の地位の低さと弱さを余計に感じ、前2人に対する嫉妬を強くしてしまうのだ。

 

 だからこそ鉄雄は、今夜のクラウン襲撃では、金田達に先んじて一旗揚げようと息巻いていた。どこかのタイミングで、俺が先頭に立ってやる。そう思って数十分、先を行くクラウンは、いつの間にか2人になっていた。あの一番大型のリーダーは途中で離脱したのか。しかし、金田と山形はそれに気づいているのかいないのか、目標を変えようとはしないようだった。

 

 クラウンと鉄雄達は、第十九学区に向かって走っていた。この先が整備区間であることを示す赤コーンを吹き飛ばして、クラウンの2人はトンネルへと入っていく。やつら、俺らを撒く気だ!と山形が叫ぶのが聞こえた。コーンがぱこん、と間の抜けた音を立てながら鉄雄のバイクのすぐ横を跳ねていった。

 

 トンネルの中は黄色灯が煌々と照らしていた。バイクのエンジン音の反響に交じって、誰かが何事か叫んだ。金田や山形の声ではない。そう思った瞬間、クラウンと鉄雄達との間で爆発が起き、煙が瞬く間に目の前を塞いだ。

 

 モロトフなんちゃら、という名詞が一瞬鉄雄の脳裏をよぎった。やたら爆発が激しい。ひょっとしたら相手が空気操作(エアロハンド)発火能力(パイロキネシス)なのかもしれない。金田と山形がたまらずバイクを横倒しにしてブレーキをかけている。

 

 今だ!と鉄雄は歯を食いしばった。ブレーキをかけるどころか、更にエンジンの唸りを上げた。前方に停まった2人のどちらかと当たろうものなら、大惨事だが、構うことはなかった。息を大きく吸って止め、煙の中へ突っ込んだ。途端に熱さが顔面を襲い、目も思い切り閉じた。けたたましいサイレンが鳴り響き、自分の体に泡立つ冷たさが纏わりついた。煙を感知して、消火剤を撒くスプリンクラーが作動したのだ。

 

 急に前方が眩しくなり、鉄雄は目を開けた。クラウンの2人のテールランプがずっと先で見えなくなる所だった。

 

 鉄雄おお!という金田の悲鳴にも近い叫び声が聞こえたが、止まらなかった。俺だってやれる、やってやるんだ!煙を抜けたことで、鉄雄の決意は一層固いものへと変わっていった。

 

 


 

 

 トンネルを抜けると、急速に周りの風景が寂れたものに変わっていった。再開発に失敗した、第一九学区、通称”旧市街”に入ったのだ。先ほどまでのトンネルの明かりも、その更に背後のビルの光も、引き波のように薄れていく。

 

 クラウンの走りはお世辞にもうまいものではなかった。鉄雄は己のバイクの性能の低さを、金田達に叩き込まれた技術でカバーし、徐々に距離を詰めていく。

 

 前方の一人がこちらを振り返ったのが見えた。白いマスクとサングラスに顔を隠しており、表情は窺い知れない。と、次の瞬間、何かスイッチを入れたかのように、2人はエンジンをけたたましくし、急加速した。何かスピードの上限をこじ開けるような改造をしておいたのか。2人のテールランプが危なっかしく揺れていることからも、危険な急加速だと見えた。この先は整備区間故に、道路の状態が不安定だ。あの分じゃバランスを崩して自滅するに違いない。そこがチャンスだ―――鉄雄はしっかりとハンドルを握り締めて追いかけた。

 

 明かりの消えた料金所を突っ切った所で、突然クラウンよりも遥か前方に光の壁が現れた。警備員(アンチスキル)か?と頭をよぎったが、クラウンの二人が逃れるような分かれ道は無かった。一撃与えて、逃げ切ってやる。鉄雄は光源へと進んでいった。

 

 近づいていくと、何名かの人影が、光源を背にして見えた。女性らしきシルエットもある。クラウンのやつらはどこだ?道路は封鎖されている訳ではなく、両脇に置いた発光器からこちらを照らしているようだった。

 

「もう一台―――しまっ―――止まりなさい!―――」

 

 甲高い女の声が聞こえたが、鉄雄は中央を突っ切った。光の先に、2台のバイクが倒れていた。その内、奥の方の1台の傍らに、うずくまっている者がいた。あの白マスクのやつだ。

 

 とどめだ。鉄雄はダッシュボードに忍ばせておいたレンチを左手で取り出し、身を乗り上げた。バイクが唸りを上げ、男を一気に照らし出す。

 

 ゴーグルがこちらを向いているのが見えた。きっとその奥の目は驚愕に見開かれているに違いなかった。男の顔目がけて、鉄雄は左手を思い切り降り抜いた。

 

 くぐもったような声と共に、手応えを感じた。あまりに高速で動いていたためか、思ったより感触はなかった。振り返っても、既に後方は暗く、男の様子は見えなかった。

 

 へっ、ざまあ見ろ―――このままストレンジへ戻って、消火剤に濡れた金田達に、戦果を知らせてやろう。そうほくそ笑んで、前を向いた瞬間―――。

 

 ヘッドライトが、すぐ目の前に立つものをありありと照らし出した。子どもだ。鉄雄は叫んだ。思い切り叫んで、ブレーキをかけた、が、ぶつかるという恐怖を覚える前に、すぐに轟音と熱が鉄雄の感覚を埋め尽くした。

 

 


 

 

 金田は、山形や他の仲間とも合流して走ってきた。トンネルを抜けたところで、鉄雄だけが一人先走ってしまったのだ。自分達が鍛えたとはいえ、まだ未熟な鉄雄のことだ。返り討ちにされるか、不安定な道に足を取られて自爆するかもしれない。無線で他の仲間に連絡を取り、こうして整備区間の料金所を通り過ぎた所まではよかった。しかし、鉄雄が見つかる前に、検問に捕まってしまった。

「なあ、通してくれよ!俺たち仲間を心配して追いかけてきただけなんだぜ!」

 

「そうはいきません、既に警備員から連絡は入ってますのよ。あなたの上下オレンジの身なり、その赤い亀のようなバイク。全く趣味の悪い……今夜ストレンジから飛ばしまくってきたバイカーズでしょう?」

 

「だから!仲間を知らねえかって聞いてるんだよ!」

 

「それ以上口応えするようなら、あなたをここで()にして、その大事な大事なバイクをパンク(・・・)させてもよろしくてよ?」

 

 金田はここでぐっと反論の言葉を呑み込む。このツインテールのが言うことは出まかせではない。事実、金田の横で先に強行突破しようとした甲斐はタイヤをパンクさせられて止められたし、山形は掴みかかろうとした所を突然地面に叩きつけられ、今も這いつくばって動けない状態だ。山形の四肢の袖には至る所に金属矢が刺さっている。この目の前の女は、何かの能力者だ。下手を打てば、自分も体の自由を奪われ、より状況が悪くなる。

 

 それでも、仲間である鉄雄のことが心配なことに変わりは無かった。なんでこんな真夜中に、学生であるはずの風紀委員が出張ってくるんだ、このままでは警備員が直に駆けつけてくるだろう、そうすればまた―――そこまで考えたとき、別の風紀委員が駆け寄ってきた。

 

「白井さん、前方でもう一人見つけました」

 

「ありがとう。状態は?」

 

「それが、爆発事故を起こしたらしくて―――」

 

「何だって!?」

 

 金田は、報告に来た風紀委員の肩を掴んだ。ひえっ、と声を上げて、その華奢な体をした風紀委員は不安げにこちらを見た。

 

「そいつだ!俺達の仲間だ!動けんのか?あぁ、もう、会わせろ―――」

 目の前の少女の肩を乱暴に揺さぶった所で、首筋に重い衝撃が来た。いつの間にか背後に回ったツインテールの、痩せぎすな見た目からは想像もつかない、勢いの乗った回し蹴りを受けたのだ。金田はぐふっ、と腹から空気を吹き出して、アスファルトに倒れこむ。

 

「いい加減にしなさい、この野蛮人!やはり全員拘束しないとダメですわね、警備員の先生方はまだ来ないのかしら―――」

 そう言って、ツインテールが両手に鋭利なものを取った。山形を拘束したあれだ。ライトに照らされて、何本ものその先端がギラリと光るのを、金田は見た。やばい―――と思った次の瞬間―――。

 

 

 

「―――ヘリ?」

 

 遠くの空から、光を点滅させながら、何かがこちらへ向かってきた。ババババ、という音が次第に上空を覆っていく。金田は拘束されてはいない。また蹴り飛ばされないように、ゆっくりと注意深く体を起こした。

 

 ヘリコプターのようにそれは見えた。テレビの取材などでよくあるものではなく、全体的にもっと幅のある、いかついやつだ。前と後ろの2カ所にプロペラが付いていて、逆光でよく見えなかいが、側面下部には砲塔らしきものも備わっている。ここまで見て、金田はそれが軍用なのでは、と気づいた。

 

 その航空機は土埃を巻き上げ、風紀委員達が張った検問の向こう側に着地した。側面が金田達側に向く形になり、「STF-14」と書かれているのが見えた。ドアがスライドして開き、中から数人の特殊部隊のような装備に身を包んだ人間が、無駄の無い動きで降りて散開した。

 

 都市軍隊(アーミー)―――。最先端の科学技術を狙うテロから、学園都市を防衛するという目的で本国から派遣された、軍事部隊。要人を海外から招聘した時など、空港で警備に当たっているのを、金田はテレビのニュースで目にしたことがあったが、こんなに間近で見るのは初めてだった。暴走集団の小競り合いで軍隊が出動するのか?そんなことは聞いたことが無かったし、金田にとって初めての経験だった。

 

 そして数人の兵隊に続いて、一際大柄な男が降りてきた。こちらは、ごてごてした装備を身に付けておらず、ぴっちりとしたスーツを着ている。春木屋のマスターのようにハゲ頭だったが、鋭い眼光とその体躯は、まるで刃物のように厳しい殺気を放っていた。軍服姿の兵隊が警備する間を悠々と歩くその様は、却って不気味な威圧感を感じさせた。

 

 スーツの男は、金田達や風紀委員がいるこちら側を見やって立ち止まり、しかしそれ以上近づいては来なかった。俺達に用があるのではないのか?金田が風紀委員の表情を窺うと、彼女達も困惑しているようだった。

 

「どうしてアーミーが?初春、そんな連絡はありました?」

 いいえ、無いです―――とツインテールの問いに、もう一人の少女が首を振る。よく見ると、頭に花が咲いているかのように大きすぎる髪飾りが巻かれていた。この状況になんて釣り合わねえ恰好してるんだ―――そんな感想が金田の頭を一瞬よぎった。

 

 再びスーツの男の方を見ると、兵隊の一人と何やら話している所だった。口を動かしているのは分かるが、ヘリのローテーションの音がけたたましく、何を話しているかはさっぱり分からない。

 

「どういうことか説明してください!」

 別の方向からいらついた声が聞こえてきた。見ると、眼鏡を書けた藍色髪の少女が、兵隊の一人に詰め寄っている。腕章をしていることから、風紀委員の一人のようだ。

 

「我々に任せてほしいということだ!これは軍令だ!」

 

「アーミーの出番ではないでしょう?ただのスキルアウトの抗争ですよ!」

 

「君たちの手には負えないことだ!」

 

 押し問答を繰り返している。その時、後方からも新たな光源が現れた。

 先ほど、金田達に迫っていた警備員の車両だ。金田はあっ、と声を出し、膝をついた状態から立ち上がろうとしたが、ツインテールにきっと睨まれ、そのまま動けずにいた。

 

「黄泉川先生!アーミーが……」

 

「白井。ここは一旦引くじゃん」

 

「どうしてですか?訳が分かりません!」

 

「ここじゃうるさくて話せないじゃんよ、固法(このり)!一度支部に戻って説明したげる!」

 

 もちろん、こいつらの事情聴取もね。と警備員は金田達を見下ろし、予想外の素早さで金田の後ろ手に手錠をかけた。くそっ万事休すか、と金田は歯噛みした。しかし、鉄雄はどうなったか、結局まだ分かっていない。

 

「おい!俺の仲間があっちで一人倒れてんだ!どうなってるんだ!」

 まともな返事は期待できないと思ったが、金田はローテーションの音に負けないよう、声を張り上げて兵隊に叫んだ。すると、兵隊はこちらに近づいてきて屈み、顔を金田と同じ位置まで下げてきた。

 

「安心しろ。病院へ連れてってやる」

 

「病院!?どんくらいの怪我してんだ!歩けるのか!」

 

「そっちの警備員に連絡してやるから、詳しい話は後で聞くんだな」

 口調は意外に柔らかだった。しかし、兵隊の顔は、そんなことは興味ない、と言わんばかりに無表情だった。警備員だって?振り返ると、自分を拘束した警備員は口を真一文字に固く結んでいた。

 なんだよ、その顔は。お前らグルなのかよ。金田は焦りを募らせた。

 

 ヘリの方を見ると、何かが乗せられた担架が近くまで運ばれ、そこをスーツの男が覗き込んでいた。担架から垂れ下がった腕と、白い袖が見えた。

 

「鉄雄!おい!聞こえるか!」

 鉄雄!?生きてるのか?返事しろ!他の金田の仲間たちも、口々にヘリに向かって叫んだ。しかし、警備員や風紀委員に全員既に拘束され、近づくことは叶わない。

 

「おい、警備員、早く連れていってくれ」

 兵隊は金田に手錠をかけた警備員にそう告げると、ヘリの方へ引き返していった。金田はまだ必死に声をかけていた。

 

 軍が現れた。担架に乗せられているのは恐らく鉄雄だ。しかも、風紀委員の話によれば、鉄雄は火災を起こすような単独事故を起こしたのだという。それなのに、鉄雄の腕にも袖にも、不自然な程傷が見当たらない。ただ、意識が朦朧としているようだ。何かが、何かがおかしい。

 

「暴れるんじゃないよ!私らが出る幕じゃないんよ」

 なんでだよ!と金田は自分の体を抑えようとする警備員の顔を睨みつけた。その警備員の表情も、どこか不安げだった。

 

 金田だけではない。山形も、甲斐も、仲間も、風紀委員も、警備員も、眩しい光源の向こうで、軍用ヘリが扉を閉め、再び空の闇へと飛び去っていくのを、困惑と不安の表情で見送るしかなかった。

 

 

 


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