―――第一〇学区 ストレンジ 「春木屋」
「だから、ウチをテメェらボーズ共の待ち合わせ場所にすんじゃあねえっつったんだろ!聞いてんのかァ?」
スキンヘッドにちょび髭のマスターが大声で言うのを気にせず、金田達3人と、浜面、半蔵と名乗る優男、そして、浜面側のボスだという気難しい顔をした大男が、テーブルを囲んでカウチにかけている。特に大男が2人分のスペースをどっかり占拠しているので、一番広いテーブルでも大分窮屈だ。
「るせえ!―――で、話ってのは―――」
山形が切り出そうとした所で、半蔵が手を挙げて制した。
「まあまあ、折角、とても―――あー、オシャレなとこを紹介してもらったんだ。なんか頼もうぜ。なあ、駒場のリーダー?」
半蔵の言葉に、駒場と呼ばれた大男が小さく頷いた。半蔵は「お前らもいいだろ?」と言うが早いか、カウンターの方を向いた。
「おじさん!」
「お、おじさんって……」
マスターが目を丸くした。
「メニューないすか?俺ら財布と相談しなきゃで……」
半蔵が楽し気に言うと、マスターは明らかに眉根を寄せて、染みだらけのパウチされたメニュー表を差し出した。
駒場たちのチームには、未成年タバコ・アルコール絶対禁止というスキルアウトらしからぬ鉄則があるのだという。
半蔵は幼い子供のようにコークを頼み、一方で金田達は面食らい、それから嘲笑を漏らした。しかし、くたびれたメニューと睨めっこしていた駒場が僅かに顔を上げ、ナイフのように鋭い視線を投げかけると、有無を言わせぬ圧を感じ、金田達は黙り込んでしまった。
「―――で、はまづらさんよォ」
咳払いを一つしてから山形が話を向けると、浜面がやや身を引いた。
「このデカブツが、鉄雄のことで、俺らに何の話があるって?」
「俺にふるなよ」と言いたげに、浜面は無言で駒場を見た。
駒場はほぼ表情を変えないまま、低い声で語り出した。
「……お前達、全員
駒場の問いに、金田達は顔を見合わせた。
「……能力者に見える?」
「いや、全然」
半蔵が即答した。
金田は早くも苛立ちを見せる。
「なんの話だオイ……鉄雄の話はどうしたよ」
「……俺達もそうだが」
金田の催促を気にも留めず、駒場の口調は古ぼけたプリンターが紙を吐き出すようだった。
「
「なんだそりゃあ」
山形が怪訝そうに言った。
「無能力者が、急に能力を使えるようになるってか?さんざんカリキュラムを受けても、ウンともスンとも言わなかった奴が?」
「そうだ」
駒場が言う。
「6月の終わり辺りからだ……そういう噂話が、俺達の耳に入り始めた」
「俺らは、七学区を主に
駒場の話に、半蔵が続いた。
「SNSだとかネットの掲示板、あとはスキルアウト同士の話の中でな……そのブツを使って、今まで出せなかった、
マスターから飲み物がどかんと並べられ、テーブルにいくつか水たまりができた。半蔵が泡立つグラスを早速傾けて、話を続ける。
「最初は、根も葉もない作り話だと思ってたんだ。だが、だんだんと俺らのシマで、今までレベル0だった奴がいつの間にか能力を使えるようになって、好き勝手し始めた」
「……そういえば」
金田が顔を険しくして、思い出すように言った。
「こないだの月曜だ。鉄雄が、クラウンの奴らに力を使ったんじゃねえかって言われたのは……」
「待てよ、クラウンの奴らは、年がら年中、そーいう売り出しをしてンじゃんか、奴等が
甲斐が金田の話を遮って言った。
「けど、あんなん嘘っぱちだろォ、薬を売り込むためのさァ」
「俺達も最初は、ただのジャンキーの戯言だと疑った……レベルを一時的に上げるという謳い文句でドラッグを捌くのは、昔からの常套手段だ」
駒場が声をより低くして言った。
「お前らも知ってるだろうが、そういったドラッグの類ってのは、短い時間だけアタマをシャッキリさせるかもしんねえ。それで演算能力を上げた気になっているだけだ……だが、無能力者が、何の訓練や開発もせずに、いきなり
金田達は顔を見合わせ、それから皆頷いた。半蔵も頷き返す。
「……ただ、今回は使える気になるんじゃあない……使える筈のない人間が、実際に、能力を使えるようになっている、俺たちは確かめたんだ」
「鉄雄が、その訳の分からねぇ魔法の品を使ったってことかよ?」
甲斐が肘をついて言った。
「お前ら、鉄雄のことで話があるって言ってたよな?何で知ってたんだ?」
「俺達の領分にも、クラウンのピエロ共が探りを入れてきている……そこで俺たちは、逆にスパイとしてこいつを送り込んだ。奴らが今行おうとしている企みを暴くために」
甲斐に対して口を開いたのは駒場だった。親指をくいと曲げ、浜面を示す。
「え!?」
山形が驚いて浜面へ顔を向けた。
「お前、元々このデカブツの手下だったのかよ!?」
山形の言葉にピクリと眉を上げる駒場の前へ腕を広げ、半蔵が口を慌てて開いた。
「浜面の仕事はあくまでドライバーだ。腕っぷしが弱ェって訳でもねぇが、前線に出てやり合うとか、交渉に当たることがねえから、俺らの仲間だってことは知られてないはずだと思ってさ。お前たちやクラウンの連中と近い、一〇学区の
「……お前らに横やり入れられて、バレちまったけどな」
後頭部を搔きながら、恨めし気に浜面が金田へと愚痴る。
「ンなことこっちは知らねーよ!俺たちは俺たちの筋を通しただけだ!」
金田が強気に言い返した。
駒場が場を収めようと低く咳払いをした。
「ピエロの奴らは、島鉄雄という、お前達の
「クラウン達が自分でそう言ってるんなら、今回のその、急に力に目覚めるってのは、奴らの仕業じゃあないってことか」
「そうだ」
金田が合点して言い、駒場と半蔵も頷いた。
「その、能力を上げるブツって、さっきから何べんも言ってるけどさァ」
山形が肩を竦めて言った。
「具体的には、なんなのヨ?その便利屋さんの正体は?」
「それは―――」
半蔵が言いかけた所で、バァンと春木屋の扉が勢いよく開かれたので、全員が一斉にそちらを見た。
汗だくで、蒼白な顔をした、髪の長い女が、入り口に息を切らしながら立っていた。
「……はるきや?」
か細く呟きながら、女が、2、3歩ふらふらしながら店内に入るのを、金田達も、他の客も、訝し気に見ていた。
「おいィなんだよあいつ……見るからにイっちまってんじゃん……」
甲斐が声を潜めて言った時、浜面は目を見開いた。
「アイツ……!!」
浜面が、昼に廃駐車場で出会った女だった。
駒場が、興味深そうに浜面を見た。
半蔵は、どこか警戒しながら女を見ている。
「何、知り合い?」
「いや、アイツは……」
金田達が浜面に聞き、浜面が何か答える前に、女はつかつかとカウンターに向かった。
「嬢ちゃん、帰んな」
マスターは迷惑そうにグラスを拭きながら言った。
「ここは嬢ちゃんに出すモンは―――」
マスターの言葉を叩き潰すように、バン!と音がした。
女が、カウンターに財布を叩きつけ、小銭がじゃらじゃらと音を立てて辺りに転がった。
「―――ぴーなっつ―――ピーナッツ!」
荒い息も絶え絶えに、女が掌を差し出して言った。
女の言葉を聞いた、周りの客がざわついた。マスターは一層迷惑そうに背を向けた。
「カノジョ、やべーぜ。あの年で……」
甲斐が顔を背けながら言うと、駒場が珍しく不思議そうな表情をした。
「……彼女は、何を言っている?」
「知らねーのか、リーダーさん。ドラッグだよ」
金田が言った。
「もちろん、
「あいつ……そうまでして欲しいのかよ……」
浜面は、やはりこの女が救いようのない者なのだと改めて感じた。
昼に会ったときよりも、更に切迫していて、何を仕出かすか分からない様子だ。
「止めたほうがいい」
「あァ?面倒だ、ほっとけよ」
浜面は真剣に言ったが、山形は無関心にグラスのソーダを飲み干した。
「多分あいつは、能力者―――」
浜面の言った言葉は、周りの客の喧騒にかき消された。
帰れ!とか、馬鹿アマ!などと、女を罵る言葉だった。
女の背筋が震えているのを、浜面は見た。
「悪ィが嬢ちゃん、家に帰んな―――」
マスターが背中越しにそう言ったところで、女はハンドバッグに手を入れた。
「どいつもこいつも!!なんで分かってくれないの!」
女がバッグから何かを取り出して叫んだ。
「―――みんなまとめて―――死んじまえ―――!!!」
「ヤバい」
浜面は、女が何を掴んでいるのか、よく分からなかったが、危険を感じて頭を抱えた。
シュウウウ、と空気を吸い込むような音がして、女の手元の物が、ミシミシと音を立てながら、浮かび上がり、白く発光し出した。
次の瞬間―――女が倒れ込んだ。
カラン、と女の手から潰れた空き缶が転がった。床にはロックアイスがばらまかれ、水溜りが広がった。
「半蔵」
駒場が呟いたのを聞いて、浜面は顔を上げて半蔵を見た。
真剣な面持ちで、半蔵が転がった空き缶に駆け寄る所だった。
「何が……」
「おいィ、俺のグラスがぁ!」
浜面が呟いたのをかき消して、山形の声が響いた。
半蔵は、女が叫んだ直後に、空になっていた山形のグラスを引っ掴み、女の首筋目掛けて投げ付けたらしい。
「悪ぃ。俺はまだ飲み切ってなかったんでね……」
半蔵が、空き缶を調べながら言った。表情は、まだ油断がない。
「……何見てんだ?」
「これ」
浜面が傍まで行って聞くと、半蔵が、調べていた空き缶を浜面に渡した。
コーヒー缶か何かだったのだろうか。ラベルは黒く焦げ付いていてほとんど読めない。所々に亀裂が入っており、手で潰したのとは違う、八方から力を受けて圧し潰されたような形をしていた。
「洗剤かなんかを入れた手製爆弾かとも思ったが……やっぱ違うな」
「能力者……?」
「例の、レベルを上げるってやつか!?」
山形が言うと、金田が立ち上がり、女が持っていたバッグの中身を調べ出した。
「違うぜ」
「なぜ、そう言える……」
「見ろよ」
駒場の疑問に、金田が別の物をバッグから取り出して見せた。
ブルーハワイを思い起こさせる、人工的な青味かかった粉末が、小袋に入っていた。
「クラウンの奴らが捌いてる薬だよ。あいつらとは何度もやり合ったから、分かるぜ」
「てことは、こいつは元々
甲斐の呟きを聞いて、浜面は倒れ伏している女を見た。
「そうなのか……」
どこか哀れみが込められた声が浜面の口から漏れた。
「おい、お前ら。店で花火打ち上げるのを止めてくれたのは助かるが、なんだ、この嬢ちゃん知ってるのか?」
「知らねーよタコ!」
マスターの怪訝そうな声に、金田が乱暴に答えた。
「とりあえず、そこで寝てもらっちゃあ迷惑だ。何とかしてくれ」
「……っていうか、こいつ、起きないけど」
浜面は、倒れたままの女を揺すった。
「きゅうきゅうしゃ……呼んだ方がよくね?」
その場にいた全員の視線が、半蔵に向けられた。
「……ハァ?いや、俺はあいつが空き缶をぶっ放すのを止めようと……俺、悪くなくね?」